2017年11月29日
世界のエリートに学ぶ「創造的思考力」の伸ばし方
Forbes より古代ギリシャの主要三科目は 数学、音楽、体育だったという。 確かにこの三つが人並み以上にできたら 結構幸せな人生がおくれるかもしれない。 テレビ番組で聞いた話だが 東大生の習い事経験で、 もっとも多いのはピアノで 確か52パーセントが ピアノを習った経験を持つそうだ。 普通の公立の中学などで ピアノを習っているか 習った経験のある人が 圧倒的に女子が多いことを考えると 男女比ほぼ4:1の東大で 52パーセントというのは 驚くべき数字だ。 今の日本の学校教育では 芸術教育は尊重されているとは 言い難い。 時間数も少ないし 内容も充実しているとは言い難い。 理由は簡単で 他に教えなくてはならないことが たくさんあるからということだろう。 高校に情報科の授業が必修になった時 割を食ったのは芸術教科だった。 多くの普通科の高校で 4単位だったものが 2単位になった。 感覚的に良いことではないのではないかと思った。 しかし 芸術科の指導要領や教科書と 情報科の指導要領や教科書を 読み比べてみると確かに 「お役人様がそうお考えになるのも無理はございません」 と皮肉を込めても込めなくても思ってしまった。 そもそも 目に見えるものを中心に 生きてきた官僚が 目に見えない世界のことより 情報化の社会の中で 目に見える危険が迫りつつある 青少年に 必要な情報化社会の知識を 短期間にしっかりと教えなくてはならない 気持ちはわかる。 そして こういう話が一事が万事で 日本の社会全体として より直接的に成果を上げることが 重要視される度合いが 極端に高まってきた。 「文学部不要論」 などもその最たる例で 直接的な効用がわかりやすい 理系学部だけがあれば良いなどと いう人までいる。 しかし より成果を上げる人たちの 成果に至るプロセスを 事細かに見聞きすると そこには 文学部不要論者の唱えるような 成果のパラダイスは 全くありえないことに 気づかされる。 上の文章なども良いし 少し前に話題になった本に 『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる──21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』 などもあるし、 そして心や脳を育てることに 芸術がどう関わるかといった研究も 結構ある。 そういう書物に寄らなくても 実際に成功した人 有能だとされる人 ストレス知らずな人 社会的にも プライベートでも幸せな人たちと 直接やりとりをしても 音楽、美術、文学に長けた人は 思いの外多いし 彼らがその芸術を学び楽しむ過程で 身につけた能力は多い。 そもそも 人間は普通考えられているほど 原因と結果の関係に気づいていないし その関係を諭されても なかなか気づくものではないし また 原因と結果の位置が 遠ければ遠いほど わかる人は少ないから よほど 物事の 全体像が把握できる人でないと わからないことも多々ある。 そして (皮肉や冗談ではなくて) その物事の全体を把握する力も 芸術や哲学などの抽象的思考で 培われるところがあるから 堂々巡りになる。 つまり わかる人は大いにわかるが わからない人は 全くわからないことが起こる。 そういう 大いにわかる人と 全くわからない人の 乾いた争いが 一国や社会全体の 命運を分けるようなことには なってほしくない。 と考えると 芸術教育は 学校教育でも必要だし 社会教育としての 芸術教育も 趣味レベルではなく あって良い。 文学部不要論者のような種類の 成果論者は 物事を因果関係という形で見ようとしない。 または 因果関係を 狭い範囲でしか適用しようとしないから 結果の部分と そのとりあえずの周辺だけを見て より成果を上げることを考える。 だから 根性論になってしまったり 給料を増やせば 誰でもモチベーションが上がると 本気で思い込んだり できなければ 努力が足りないと思い込む。 こういう上司は 過労死やブラック労働の 温床となるばかりでなく 良い企業風土や 企業の歴史的遺産まで 破壊する。 さらにタチが悪いのは その当事者本人は 良いことをやっていると 本気で思っている。 「人は善意でやったことには 反省はない」(河合隼雄)から あっという間に 大変なことになってしまう。 いわゆる「企業の不祥事」の多くは こういうことに集約されることが 多いのではないか ちなみに 希望の党の支持率3パーセント台も 因果関係がまるで見えてなくないか。 ひどいことだ。世界のエリートに学ぶ「創造的思考力」の伸ばし方
この数年で 「デザイン思考」 が新しいフェーズに入り、 イノベーションを生む手段としてのみならず、 企業を変革する経営戦略のツールとしても 使われるようになってきています。 さらには、 数年前から 「デザイン」を「芸術」に 広げた考え方も出てきています。 特に、 昨年ごろからその動きは 顕著といえるでしょう。 昨年、 フィナンシャル・タイムズが 「The art school MBA that promotes creative innovation (美術大学のMBAが創造的イノベーションを加速する)」 という記事で、 グローバル企業が幹部トレーニングを 美術系大学院と一緒に行う実態を報じました。 また、別の記事では、 『Art Thinking』(邦訳なし)の著者である エイミー・ウィタカー氏を紹介するなど、 芸術をビジネスに取り込む重要性を説いています。 『Art Thinking』の中で、 デザイン思考は、 自分の外側から与えられた条件の中で 創造的アイデアを出すものであり、 アート思考は 自分の内側から湧き起る目的を作るとものだと 説明されています。 デザイン思考が普及する中で、 経営手法は 「デザイン」を包括した「芸術」へと 進化していっているのです。日本でも問われる「芸術思考」の重要性
日本では、2012年に 明治大学の阪井和男氏と 東北芸術大学の有賀三夏氏が 「芸術思考」という言葉を作り、 提唱し始めています。 文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業に 採択され、 数多くの研究が進められ、 論文にまとめられたり、 講演やワークショップなどが行われたりしています。 たとえば、 2015年に情報コミュニケーション学会の全国大会で 研究奨励賞を受賞した 阪井氏・有賀氏・筆者の3名で書いた 「新規事業を生み出す芸術思考」では、 新規事業におけるデザイン思考の限界を指摘し、 芸術思考を ゼロから顧客を生み出す事業に適用し、 5つのステップにまとめています。 1. 新規事業を思い描き、関係者に共有する 2. 思い描いた事業を実現するための人・モノ(技術)・金を含むパーツを揃える 3. 現在あるものでシンプルなビジネスモデルを作る 4. 少額の投資によるフィージビリティ・スタディで実現性をチェックする 5. 実現可能であれば実行し、さもなければギャップが何かを調べ(1)あるいは(2)に戻る 顧客が明確でない新規事業の開発の場合は、 目的を問い直す芸術思考で 新しい仮説やビジョンを創造したあとに、 デザイン思考を適用することが有効です。 欧米では90年代から芸術教育 (美術、音楽を含む) の効果を測定する研究が多数行われています。 その中でわかってきているのは、 芸術は創造的思考力を 伸ばすということです。 コロンビア大学の芸術教育センターでは、 3つの州の公立学校に通う 2046人の子供たちを対象に 大規模調査が行われました。 芸術の授業に多くの時間を使っている生徒ほど、 創造的思考力の能力が 向上していることがわかったのです。 創造的思考力には、 次の4つの能力が含まれています。 ・問題解決力: より多くのアイデアや問題解決へのアプローチが考えられる ・オリジナリティ: より多くの創造的な問題解決アプローチを生み出せる ・進化させる力: 問題を解決するプランを作成する際、より詳細な案を練ることができる ・粘り強さ: 多様な価値観を受け入れ、早計に判断を下さない。また解決策に対してすぐに満足しない この調査によると、 芸術で培った創造的思考力は、 業界などに依存せず、 すべての分野で発揮できるものでした。 音楽教育の効果については、 ドイツのゲッティンゲン大学の教育学者、 クリスチャン・リッテルマイヤー氏らの 研究によっても指摘されています。 音楽はひとりだけで完結できる美術と比べると、 対人的な能力も求められる。 よって芸術的な経験に加えて、 人と人とのコミュニケーションを 繰り返すことで効果を 上げていると述べています。 美術も音楽もどちらも創造性が養われますが、 それぞれ異なる脳の領域を使っているので、 身につく能力に違いは出てきます。 美術は、創造性を具現化して可視化する能力、 音楽は創造性を表現したり 人とコミュニケーションを取ったりする能力を 育んでくれます。 もちろん どちらも取り入れることが理想的ですが、 まずは、音楽を聴いてみる。 または美術館へ出かけてみる。 少しずつでもアートと触れ合うことで、 創造的思考力をより磨く第一歩が踏み出せるでしょう。
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