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2019年09月06日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <17 特典>

特典

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引っ越したいという話を梨央の実家に報告した。結婚記念日も近づいていたので挨拶がてら東京まで出向いた。梨央が近所の不良に目をつけられているという話を聞いた義父は緊張した面持ちで何か考えていた。

「どうだろう、大阪から通勤するのは難しいかね。大阪の北畠にいい土地があるんだが。父が亡くなった時に相続した土地があるんだが家をそのままにしている。僕たちにとっては思い出深い家だ。古い家で何度かリフォームしている。ご存知の通り田原隆は僕の実弟だ。敷地が広いんで弟と私で分筆しているが十分な広さがある。表通りが隆の自宅兼事務所になって裏通りの閑静な方がこちらの土地だ。隆の家には隆の母親とお手伝いさんが住んでいる。隆の母親は僕の叔母のような人だ。高齢でほとんど外出もしない。弟一家は普段は東京住まいだ。出来ることなら親族に隣に住んでほしいという希望なんだ。君たち夫婦には格好の家じゃないかと思うんだが。」

親が聞けば「待ってました!」声がかかるような話だった。梨央がメンタルの問題を抱えていることを知ったうえで強引に縁談を進めたのは、いずれはこういう話が出るのを見越してのことだ。だが、今の俺はこの話に無条件に飛びつくことができなかった。あさましい気がした。

「いや。妻の家に住むのは気が重いこともあるかもしれないが、うちは代々婿養子だ。皆慣れている。
いや、君に養子に入れという話じゃないんだ。気を悪くしないでくれ。大阪の家はうちにとっては大切な家だ。あの敷地全部が田原のものだ。今後もそうしておくためには君らに住んでもらうのが一番なんだよ。こちらの都合で悪いが考えてくれんかね。」義父はあくまで俺の顔を立ててくれる。

「実はこの話は家内が以前から希望していた話なんだ。君が浜野の事業に熱心なんで言い出しかねていたんだ。家内は君が好きなんだ、以前家内と梨央が電話中に君が呼ぶ声が聞こえたそうだ。大きな声でリオーってね。」

そんなことがあったっけ。リビングに行ってみると梨央が誰かと電話中だった。あの時の相手がおふくろさんだとは聞いていたけど、まさか俺の声がおふくろさんに聞こえていたとは思わなかった。まずいことをしたと思った。

「その時、梨央がちょっと待って、って小さな声で言って、そのあと二人がクスクス笑う声が聞こえたそうだ。」

そうだ、あの時、待ちきれなくて、ちょっと良くないことを梨央に仕掛けたのだった。しまったと後悔した。

「家内は、そのクスクス笑いで君たちが仲良くやっているのが分かったそうだ。梨央がとても明るくなった。君のおかげだ。思い切って嫁に出してよかったよ。神戸に連れて行くといってくれてうれしかった。」

「いえ、私が梨央さんと一緒に暮らしたかったので。」

「君には本当に感謝している。それにこれは急ぐ話だ。つまらんトラブルに巻き込まれる前に安全な場所へ避難してほしいんだ。あの家なら今すぐでも住める。隣は親戚だし土地柄も安全だ。」とそこそこ強引な話だった。

結局この話を有難く受けることにした。その翌日から恐ろしく忙しいスケジュールになった。義母が来て引っ越しの準備を手伝ってくれた。

この機会に浜野の家にある梨央の荷物も引き上げようとしていた。浜野の母は不満そうだった。「あなた、あの家の養子になるの?」「そういう訳じゃなくて、空き家にしておけないから住むだけですよ。」「何も荷物まで出さなくても。」「だって荷物をいつまでもほったらかしにもできないですよ。
和服類も必要だし。」「こっちの冠婚葬祭はどうなるの!」「言ってくれればきちんとしますよ!」と口喧嘩が続いた。

父は何も言わなかった。「あんたが何にも言えないからこの家はダメなんだ。」と心の中でわめいていた。

続く

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2019年09月05日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <16 若い店員>

若い店員

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朝食をしてから近所の商店街で買い物をした。いつもの魚屋の店員が「奥さ〜ん、いいの入ってるよ〜。」と声をかけた。梨央は満面の笑みでその店員の方へ行った。その店員は梨央と同い年ぐらいの奴だ。魚の品定めがうるさい梨央はこの店の上客だった。

俺はこの店員にいい感情を持っていなかった。梨央が親しげにするのが不満だった。ところがそういう不満を梨央に言うことができなかった。素直に嫉妬心を打ち明けることができなかった。この男の前ではことさら自分の存在が目立つようにふるまった。この店員の前で梨央の荷物を持ったリ、時々は腰に手をかけたりした。

それとなく梨央にスーパーで買い物をしたらどうかと言ってみるが、「あそこは鮮度が違うし安いのよ。」と言ってきなかった。それ以上文句を言うのも大人げなくて我慢していた。実際魚がうまかった。

ある日、三宮で信号待ちをしていると「あれ?奥さん梨央さんですよね。」と声をかけられた。例の魚屋の店員だった。梨央の名前で呼び留められてムッとした。しかも、その店員に「ちょっとお茶どうですか?」と誘われた。なんだこいつと思いながら一緒に喫茶店に入った。

古いコーヒー店だ。「ここええ店でしょ。コーヒーうまくておばはん怖いんですわ。」といった。なるほど店主と思しきいかついおばはんが注文を取りに来た。「あれ、お友達?いつも主人がお世話になってます。ゆっくりしてくださいね。コーヒーホット2つ」と注文もしないのに勝手に注文を取っていってしまった。

「びっくりしはったでしょ。でもちょっと言うといたほうがいいかな?と思ったんで。」とその男は話し出した。「奥さん、ちょっと目立つんですわ。こけしみたいな顔してあのボイ〜ンは反則やわ。そんで近所のアホンダラに目つけられてるんですわ。」といわれてぞっとなった。

それにしても人の女房をつかまえて「こけしみたいでボイ〜ンは失礼だろう。」と思いながら吹き出してしまった。

「眼をつけられってるってどいうことなんだ。」
「わるさされるかもしれんっていうことです。」
「わるさって?」
「痴漢っていうか婦女暴行っていうか」
「なんでそんな奴が普通にそこらに居るんだ?」

「常習ですよ。最近出所したんですわ。親がうちらの近所やから、帰るとこ他にないし。この間うちにあいさつに来た時にうちで奥さん見かけてるんですわ。それから、しょっちゅう来よるから、ちょっと危ないなと思うんですわ。俺が目つけてる女やって感じにしてるから大丈夫やとは思うけど。保証はできんし。うちの嫁さん怖いしね。」といった。

「君が眼をつけてるってどういう意味だ?」
「お宅めんどくさい人やね。俺は昔ちょっとやんちゃやったんですわ。家はその筋です。そやからあいつ俺に頭が上がりませんねん。俺が眼つけてることにしたらあいつら手出されへんからね。」「それは申し訳なかった。ありがとう。」

尻から嫌な感じがぞわっと湧いてきた。「で、どうしたらいいんだ?」と聞くとあっさり「引っ越しが一番確か。」といわれた。「君、なんで家内の名前を知ってるんだ?」と聞くと「お宅、リオリオ言いすぎなんですわ。あんまり人前で嫁さんの名前呼ぶのんよくないですよ。」と注意された。「教えてくれてありがとう。このお礼は絶対します。ちょっと時間をください。」と言って別れた。

急いで家に帰って梨央に買い物は遠くのショッピングセンターまで行くように言った。梨央は話を聞くと車以外では外出をやめるといった。とにかく早く引っ越しをすることにした。

続く

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2019年09月04日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <11 返礼>

返礼

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その翌日は何とか身体を動かして家でうろうろしていた。事故から4日後に身体に鞭打って出社した。不思議なことに無理をして仕事をすると体の痛みが軽くなった。それから2,3日後には、ほぼ回復していた。当然、梨央にお返しをしなければならなかった。

金曜日の夜、ちょっと高級なフランス料理屋で食事をした。夜出歩くのは好きではないようだった。腕をしっかり組んでくる。肘に梨央の胸が当たって心地よかった。

家に帰ってからウィスキーを飲んだ。もちろん梨央にも勧めた。梨央はあまり飲みたがらなかったのでまたキスをして飲ませた。梨央は「ウィスキーはこうして飲むのが一番おいしい」といった。その夜は梨央が寝室へ来るや否やベッドに押し倒してキスをした。

半べそを掻いて家着のまま病院へ駆けつけた梨央の姿を思い出していた。強引に病院に泊まり込んでしまったときの寝姿を思い出していた。あの時のうれしい気持ちが梨央を抱きしめてあふれ出してきた。

その夜は梨央に心からありがとうと言ったし、いつもよりも情熱的に愛した。

朝目覚めても起き上がる気持ちになれなかった。いつまでもうとうととベッドにいたが空腹で起き上がった。シャワーをあびて寝室に戻ると梨央が化粧台の椅子にぼんやり腰かけて鏡を見ていた。胸を大きくはだけて喉元にできた赤い跡を眺めていた。「どうした?何かにカブレた?」と聞くと、にっこりわらって、俺の唇に手をふれた。「えっ、俺?」といったとたんに顔が赤らむのが分かった。

「痛むか?」と聞くと「少し。壊れちゃうかって思ったわ。」「ごめんな、興奮してしまった。」
「あなたに壊されたいって思っちゃった。」といってとフッと笑った。こぼれるような色香だった。
自分にそんな性癖があることを初めて知った。

しばらく二人でぼんやりしてから近所のカフェに朝食に出た。梨央は相変わらず、ぼーっとしていてけだるそうだ。話しかけても、とんちんかんな返事をした。俺と一緒だからいいが、こんな調子でひとりで外出させてはいけないと思った。

この女に取り込まれているという自覚はあった。人に振り回されたり、取り込まれたりするのが嫌いだった。それなのに、梨央にはもっと深く入りたいと思っていた。


続く

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2019年09月02日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <14 頚椎症>

頚椎症

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大げんかから一カ月ぐらいたったある日の夕方一番渋滞の激しい時間に玉突き事故に巻き込まれた。
事故現場から救急車で病院に運ばれた。幸い大きなけがではなく頚椎症と診断された。軽いむち打ち症だ。ただし体中が痛い。けがというより体全体が打撲傷のような状態だということだった。念のため、その日は検査入院になった。

事故直後、自分で梨央に連絡した。会社にも連絡してとりあえずは2,3日休むと伝えた。電話では梨央は驚いてはいたが取り乱す様子はなかった。ところが、病院へ来た姿は家着のままだった。化粧はおろか髪も後ろに束ねたままだ。スーパーへ行くときでもこんな格好では行かないだろう。

病室へ入ってきたときには半分泣きべそをかいていた。「慌てたのか?でも大丈夫だから。」と声をかけると何も言わずに手を握ってきた。その手を自分の顔にあててしばらく黙っていた。手の甲に梨央の熱い涙がにじむのを感じた。

「歩ける?」と尋ねられたのでベッドから降りて歩いて見せた。やっと笑顔が戻った。付き添いの必要がないので帰るように病院から言われた。だが梨央は看護師にしつこく粘ってベッドの横のソファーに横になった。

看護師に何度も「ご迷惑をかけてすみません。」と謝らなければならなかった。看護師から大きな声で「私達がいるから大丈夫ですよ。」と言われたが梨央は寝たふりをした。「困ったもんだ。」と独り言をいいながら口元がにやけてくるのがとめられなかった。梨央はもう何年も一人で夜を過ごしたことがなかった。あらためてかわいそうだと思った。

翌日退院するときには全身に痛みが走った。骨や関節がギシギシ音がするような気がした。ひどい筋肉痛をおこしていた。出来るだけ身体を動かすように言われたが、身体を動かすのが辛かった。

寝返りを打つのも苦痛な上に昼間から寝てばかりいたので夜眠れない。梨央は一日家にいる夫の世話で疲れたのだろう。よく眠っていた。それでも我慢しかねて梨央を起こした。梨央は眠そうにしながらも体をすり寄せてきた。いつもならこの段階で抱き寄せてしまうがこの夜は身体を動かそうとして大きく「痛!」と声が出てしまった。

梨央が驚いて顔を覗いてきた。「大丈夫?今日はお利口さんでねんねしなきゃ。」と軽くキスして体を離してしまった。がどうもそのままでは治まりそうもなかった。

「奥さま、奥さま」とまた呼んだ。「すみません、眠れません。何とかしてくれませんか?」と言ってみた。梨央は一瞬不思議そうな顔をしたが、「教えてくれる?」といった。


続く

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家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <13 ひきょうもの>

ひきょうもの
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事態を甘く見ていた。抱きしめてもつれ込んでしまえばこっちの勝だと思っていた。梨央を抱いたままベッドに倒れ込んだ。梨央は激しく抵抗した。そして結局は昨日と同じ流れになってしまった。

「あの人に言ったことを私にも言いなさい。愛しているといいなさい。君は最高だといいなさい。」と手足をバタバタさせて暴れた。空腹と疲労感でイライラした。「もういい、疲れた。俺はソファで寝るよ。」といってそのまま朝まで放っておいた。こういう場合どうすればいいのかさっぱりわからなかった。

少しだけウトウトしたら朝になった。梨央は眠ったのだろうか?気になって寝室をのぞくとベッドの上に座っていた。「ずっと、そうしてたのか?」と聞いても返事をしない。「梨央、確かに訳の分からん女が乗り込んでくるようなことになって悪かったよ。だけど、俺はお前のためにきちんとしようとしたんだ。お前とできてから一度もあってないんだよ。もういい加減に機嫌を治してくれないかなあ。もう疲れたよ。」と言っても返事をしない。

「そんなにいやだったら、あの宝石を持ってママのところへ帰れ。パパとママに可愛がられていいお嬢さんで暮らせ。」といったままドアを閉めてしまった。優しい言葉を知らない自分を嫌いになった。

家を出るときに梨央の足音が聞こえた。いつも玄関まで送りに来る足音だ。しかし、玄関を出ても梨央の声は聞こえなかった。ひょっとしたらこれから実家へ帰る準備をするのかもしれない、そう思ったとたんに踵を返して玄関に戻っていた。梨央が玄関に座り込んでいた。きっと怖い顔をしていたのだろう。梨央が座ったまま後じさりをした。

「梨央、お前は俺を馬鹿にしてるんだよ。確かにおれはお前の体にのぼせたよ。おぼれたよ。だけど俺だっていい年なんだよ。そんなことだけで人生観がひっくりかえったりしないんだよ。お前の性格だろ?性格が好きで一緒にやっていこうと思ったんじゃないか。飯はうまい。家はいつも清潔だ。そういうところが好きだよ。だけどそういうことはやってくれる業者がいるんだよ。そういうことじゃないだろう。もしも、セックスができなくなって、掃除も洗濯も料理もできなくなっても、その性格でいてくれたら俺はお前が好きなんだよ。そういうことがわからないか?26にもなってそういう関係が理解できないか?」

「理解?そういう関係になれると思ってたところに突然あの人が来たのよ。あの人は帰り際に、『事故物件のくせに』って言ったわよ。私は何を理解するの?」

もう何も言えなかった。「ごめん。君に会う前にそういう口の利き方をしたことがあった。君に会う前の話だ。君にあって自分の下品さが嫌になった。申し訳なかった。許してほしい。」謝って済む話ではなかった。それでも謝る以外にできることがなかった。とにかく、この場で出ていかないと約束させたかった。

目の前に梨央の足があった。足を捕まえて動けないようにした。逃げようとしたが逃がさなかった。
玄関の鍵がかかっていることを確認してから足を思い切り引き寄せた。梨央は不自然な姿勢で転んだ。

出来たら子供を産んでほしいんだ。梨央と俺の子供が欲しい。梨央と家庭を作りたいんだ。普通のことだ。夫婦なら普通のことだろ?」というと梨央は眼にいっぱい涙をためてうなづいた。「私もあなたの子供が欲しい。」と答えた。

続く

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2019年09月01日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <12 悪夢>

悪夢

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翌朝早く梨央が朝食を作り始めた。何か声をかけなければいけないと思ったが何と声をかけていいのかわからなかった。梨央は朝食を作り終えると寝室へ入って出てこなかった。取りつく島もなかった。黙って朝食を食べてそのまま出社してしまった。

帰りに加奈の部屋に寄った。これは加奈の計算に違いなかった。こうすれば宝石類を取り戻しに部屋に来ると見越しているのだ。それでも、そのままにしてはおけなかった。加奈の部屋の前で待っていると美容院から帰ってきた。「こんばんは」と明るい挨拶だった。部屋に入るとワインの用意がしてあった。

「宝石を返してほしい。あれは妻がお母さんからもらったものだ。」というと「事故物件さんはお元気?」「その呼び方はやめてほしい。その言い方は夫である俺を侮辱する言葉だ。」「なによ、自分が言ったんやない!誰もこんなひどい言葉思いつかへんわよ!」

「申し訳ない。恐縮だが二度といわないでもらいたい。妻は君のように大人じゃない。精神的な動揺が大きい。時間もないんだ。昨日妻が渡したものを返してもらいたい。」と他人行儀なものの言い方を崩さなかった。

「奥さん泣いたんよね。泣かしてやりたかったんよ。私だけが泣くなんておかしいやないの。泣いたんやったらもういいわ。お返しします。どうぞ。」とぞんざいに返された。指輪ケースとネックレスのケースがお菓子の袋に入っていた。梨央のお気に入りのチョコレートの袋だった。

帰りは9時を過ぎてしまった。テーブルの上に食事ができていたが梨央は寝室にいるようだ。いつもならピッタリ横に張り付いて、「これ、スーパーで意外と安かかったの。」とか「田中さんちの犬が可愛い。」とかとりとめのないおしゃべりをする時間だ。

一人で食事をするのは味気ない。シャワーを浴びているうちに食事の片づけをして顔を合わせないまま寝室に入ってしまった。

とりあえず寝室へ行ってチョコレートの袋を渡した。梨央は「あの人に会ったの?」「ああ会わなくちゃ取り返せない。ただ取り返しに行っただけだ。部屋に居た時間は5分ぐらいだ。それからすぐ帰ってきた。」

「あの人の部屋に行ったの?そんなものいらない。いったんあの人の手に渡ったものなんて要らない!」「いい加減にしろ!これはお義母さんにもらったものじゃないか!」なんで俺は優しく言い含めることができないんだろうと嫌になった。

「梨央、何度も言ったよな。ハワイへ行く前の関係だ。ハワイから帰ってからあったのは別れ話のときと今日の2回だ。きちんとしたかったから別れ話をした。もう2度と会わない。あんまりしつこくされても困るんだ。これ以上どうしようもないんだ。機嫌を直してほしいんだよ。」というと、「でも、あなたはあの人に愛してるって言ったんでしょ。」とまた始まった。昨日の悪夢がよみがえってきた。


続く

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2019年08月31日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <11 修羅場>

修羅場

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あの事件以来私の家族はみんなで私を守ってくれたの。父は私のために家を改築したの。外から見るとまるで要塞でしょ?母は私のために仕事を辞めたわ。姉は父の片腕として働いたの。そのころ付き合っていた恋人と別れたわ。

私一人のために家族に大きな負担をかけたのよ。でもあなたと結婚して、料理や掃除も頑張っていい奥さんになろうと思ってたのよ。それに私の体があなたを喜ばせることができるってわかったの。疲れ切った顔で帰ってきた日はあなたはとっても激しくして、そのあとホントに優しい声でおやすみっていうの。私の体はあなたを癒すことができるって、とてもうれしかったのよ。初めて人を癒すことができたの。

それなのに何?突然女の人が来て、あなたはベッドで、とても熱心に愛してくれた。とても大事にしてくれた。愛しているって言ってくれたっていうのよ。わかってたわよ。そんな人が居ても可笑しくないってことぐらい。でも、なにも目の前に現れて事細かにいうことないじゃない。それでも、別れてくださいって頼んだの。そしたら500万円っていわれたわ。」

「彼女には相応のものは渡した。君がそんなことを気にする必要はない。」

「その場で払ったわ。2度と来ないでって言って、その場で払ったわよ。」

「そんな金家においてたのか?」

「そんなお金急に用意できるわけないでしょ。それを承知であの人は私にそんな要求をしたのよ。私が困ると思ったのよ。とっても嫌な人だわ。だから母からもらった宝石を渡したわ。」

「バカ!そんな大切なもの安易に渡してどうするんだよ!」

「母は何かの役に立つかもしれないからって言ったのよ。今がその時だって思ったわ。だってそうでしょ。来週までに用意しますからまた取りに来てくださいって言えばよかったの?もう、2度と顔も見たくなかったのよ。さっさと帰ってほしかったのよ。」

「彼女は小さいけれどクラブのオーナーだ。金に困ってない。ただの嫌がらせだ。そんなものに引っかかってどうするんだ!」

「誰のせいで嫌がらせをされたの?私が悪いの?」

「とにかく取り返してくる。お義母さんになんて言えばいいんだよ。」

「取り返してなんか要りません。私はあの人からあなたを500万円で買ったのよ。あなたは私のモノなのよ。あなたは500万円だったの。私にとってはずいぶんお高い買い物だったの。もう2度と会わないでほしいのよ。あなたは、もう自由に人に会う権利ないのよ。私がお買い物したモノなのよ。」
とわめいた。

「とにかく飯を食おう。何か食いに行こう。」と言っても動かない。仕方なく近所のコンビニでサンドイッチやコーヒーを買ったが結局梨央は何も食べなかった。

本当の修羅場は夜やってきた。「さあ、あなたがあの人にしたことを全部私にしなさい。あの人に言ったことを全部私に言いなさい。あなたは毎日500万円分私に尽くすのよ。さあ、早くしなさい。」とベッドに横になったまま命令した。

最初は「なんだ。結局やればいいんだ。梨央ちゃんはかわいい。」と甘く見ていた。しかし、梨央の嫉妬心は想像以上に大きなものだった。原因は事故物件という言葉だということは分かっていた。

「あの人とするとき一番最初に何をしたの?」と聞かれてとにかくキスをした。すると「その時あなたはあの人になんて言ったの!」といわれて「何も言わない。」と答えると「嘘!愛してるよ。って言ったのよね。私は一度も愛してるといわれたことないのよ。」「梨央を愛している。」

「さあ、その次は何をしたの!あなたは何をしてあの人を喜ばせてあげたの!」「梨央、俺はなにもしないんだよ。プロの女は男にいろんなことをするんだよ。男は何もしないんだよ。」梨央は一瞬戸惑った。

そして、「あの人はあなたに何をして上げたの!」「いろんなことだ。梨央はそんなことしなくていいんだよ。」「あの人はあなたに何をしたの!あなたはあの人に君は最高だって言ったのよね。何をされてそんなことを言ったの!」「マッサージだよ。上に乗って体を使ってマッサージをするんだよ。」と答えると梨央はまた戸惑った。「しってるわよ。」と言って上に乗ってきた。

「さあ、言いなさい。君は最高だって言いなさい。」と命令口調だ。「梨央は最高だ。梨央こんなことしなくていいんだよ。」といいながら梨央の上に乗ろうとしたが梨央は「あなたは私の命令に従うのよ。勝手に動いちゃダメ!」と許さない。「梨央、もう許してくれよ。梨央、これからずっと梨央に尽くすから、もうこんなこと止めよう。梨央の笑顔が好きだよ。」と言っても治まらない。

残念なことに気分は最悪なのに血流は激しく高揚していた。このまま、ネチネチした嫌がらせに付き合っている余裕はなかった。「梨央、今夜はこれまでにしてほしい。さあ、もう限界だよ。さあ、いつも通り梨央のイク声を聞きたい。」というと「だめよ。もう二度とあなたの下にはならないのよ。あの人はこんな時どうしたの!さあ言いなさい!」といわれて本気で焦ってしまった。

「梨央だめだ。もうそんなこと言ってる場合じゃないんだ。続きは明日だ。」と言っても聞かなかった。「あの人はどうしたの!」「梨央はプロの真似なんかしなくていいんだ。梨央は奥さんなんだから。」「でも、あの人に君は最高だって言ったのよね。妻は最高って言ってもらえないの?」「梨央は最高だ。いちいち社交辞令を言わなきゃわからないのか?」と延々と続いた。

梨央を置いてシャワーを浴びてからソファーで寝た。眠れるはずもなかった。梨央が泣く声が聞こえた。


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2019年08月30日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <10 別れ話>

別れ話

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加奈と待ち合わせをした。加奈はあんまりほったらかしにされたから忘れられたのかと思ったと怒っていた。ごく当たり前のように首に腕を絡ませてきたので、その腕を振りほどいて距離をとった。

「先方がうるさい。ごまかしがきかないんだ。ここらでいったんすべてをきれいにしようと思っているんだ。」というと、「何?、事故物件に引っかかったの?ツマンナイ女やって言ってたやない。
別れへんよ!別れる必要なんてないもん。」と大きな声で叫んだ。

「いや、別れよう。もともと大人の関係じゃないか。俺以外にも男いたよね。知ってるよ。」というと「なんて陰険なんよ、知らんぷりするなんて卑怯やないの!仕事関係もあるんよ。切れへん関係だってあるんよ!」と叫んだ。

「ごめん、わかってるよ。だけど、もう無理なんだよ。もう、いい年になって地道に暮らしたくなったんだよ。申し訳ない。これは今までのお礼なんだ。君のおかげでずいぶん慰められた。」と現金をおいて部屋を出てしまった。後味の悪い別れになってしまった。もう少しきれいに別れられると思っていた。自分の不器用さが嫌になった。

その翌日、家に帰っても梨央は出迎えてくれなかった。いつもなら、とろける笑顔で玄関に来てくれる。その日は出迎えてくれなかった。外出してるのか、気分が悪いのかと思いながらリビングに入るとセンターテーブルにコーヒーを出したあとがほったらかしになっていた。乱暴にネックレスが置かれていた。去年、加奈の誕生日にプレゼントしたものだった。ぞっとした。

寝室は真っ暗だった。梨央が床の上に座り込んでいた。そんなところに座ってたら寒いだろ?と声をかけたが答えない。「何があった?」と聞くと「ねえ、事故物件ってどういう意味?」と聞かれた。心臓がつぶれそうになった。何も言葉が出なかった。



続く

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2019年08月29日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <9 結婚指輪>

結婚指輪

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梨央は神戸の暮らしに少しずつ慣れてきて新妻らしくキッチン用品を買ってきたり、クッションを買ってきたりして楽しそうだった。最近は打ち解けて夜もうまくいっていた。きれいな体だったし、何よりもお嬢様は意外にはしたなくて淫らだった。心の中で、良いものを手に入れたとほくそ笑んでいた。

料理の腕も大したものだった。問題のある娘を嫁に出すについては家の方でも悩んだようで、料理教室は二か所通ったそうだ。よく笑ったし素直だった。

不思議なのは食事の時だった。四角いテーブルで二人で食べる。一人で使うつもりで買ったものだから大きくはない。梨央は俺の隣に椅子を持ってきて隣に座る。普通は向かい合って食べないか?しかも、結構密着してきて、「これがおいしいのよ。」「ね、おしょうゆか塩かどっちがいい?」と世話を焼く。子供の時、母や祖母がしたようにだ。この女といると俺はバカになると思った。

ある夜バレーのポーズを見せてほしいといってみた。すると、脚を後ろにあげてポーズを作ってくれた。思わず、「すげー」と声を上げると恥ずかしがって、すぐにやめてしまった。

「バレリーナにならなかったの?」
「無理よ。私ヘタッピーなのよ。それに身長が足りないの。」と笑いころげた。小学校のクラスの子と話しているようで楽しかった。バレーの話は大好きなようだった。時々水を向けると、笑いながらポーズを取った。

「ねえ、俺んちでは俺がウィスキーを飲んでいる時、嫁さんがバレーを見せてくれるんだぜ。くすくす笑いながら足を信じられないぐらい高く上げるんだ。スキニーパンツのお尻がぎゅっと締まるんだよ。なんだかめまいがするんだよ。」と目の前にいない誰かに自慢した。いつか、衣服をつけずに踊ってもらおうと下品な妄想をしていた。

こんなに打ち解けた関係になっても結婚指輪をしない。こちらとしては、そこそこ頑張ったつもりだ。
お嬢様のお気に召さなかったのかとガッカリしていた。ある日、寝室に入った時に梨央が結婚指輪をはめて、自分の手にキスをしている所に行き合った。気に入っていないようには見えなかった。むしろ、とても気に入っているように見えた。

「普段はしないの?」と聞くと「大切な時だけにするわ。普段付けてたら傷だらけになっちゃう。」といった。「毎日見てたのか?」と聞くと、「そう、毎朝挨拶をしてたのよ。とっても素敵だもの。大好きだわ。」といった。いじらしいという言葉を初めて実感した。

加奈と話を付けなければならない。何度か連絡が来ているのをほったらかしにしていた。加奈はこの部屋を知っている。突然やってこないとは言い切れない。きちんとしなければならないと思った。


続く

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2019年08月28日

THE FOURTH STORY 真と梨央 <8 神戸>

神戸
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梨央が東京の実家で暮らしている間に、とにかく掃除機をかけた。寝室や洗面所や浴室の掃除もした。
シーツも全部掛け替えた。たった三部屋だからそんなに時間もかからない。ゴムも捨てた。ほかに何かないか。

毎晩梨央に電話をかけた。あの家は居心地がいい。やはり親のそばがいいといわれないように、こちらのいいところをアピールした。おいしい中華料理屋、素晴らしい夜景、毎晩抱き合って眠れる、もっと気持ちよくしてあげられる、港町の散歩は最高だ、といろんなことを言った。金曜日の朝には、今夜迎えに行くと連絡していた。

田原の家では土曜日に送り出すつもりをしていた。それは当たり前だった。しかし、金曜日の午後には迎えに出発していた。夜遅くに田原の家に着いた。今から連れて帰るというと義父は激怒した。「君が泊まれ。土曜日という約束じゃないか。」とその夜は帰してもらえなかった。翌朝は、しっかりした朝食と丁寧なあいさつで送り出してもらった。

神戸に着いたのは夕方だった。部屋に荷物を置いてすぐに買い物に出た。なにしろセミダブルベッドが一つだけしかない。一日二日眠れないことは無いだろうが狭いのは分かっている。ベッド、食器、簡単な家具など買い揃えた。新婚の夫婦らしい幸福感が押し寄せてきた。

その夜、梨央を抱きしめるとなぜか涙があふれてきた。「やっと、やっと俺のうちに来た。今俺の領分はここだけなんだよ。実家は俺の領分じゃないんだ。あそこは財産の争奪戦をする戦場だよ。あんなとこに梨央を暮らさせるわけにはいかなかったんだ。時期が来たら家を建てるから、それまでこの部屋で我慢してくれ。ごめんな。」といいながら梨央を見ると涙ぐみながら笑っている。

「どうした?」と聞くと、「あなた何だかかわいい。」といった。こんな時女は可愛いという言葉を使うのかとおどろいた。いつの間にか梨央は大人の女になっていた。つい2週間前、ホテルの化粧台の椅子に所在なげに座っていたのに今夜は腕の中で夫を可愛いといった。

その夜は酒を用意していなかった。しかし、酒はいらなかった。一度目覚めた女神は意外なほど簡単に燃え出した。


続く

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