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2019年08月17日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <43 婿の働き>

婿の働き

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浜野の東京出張に梨央が付いてきた。浜野もこちらへ泊るという。こちらへきていることは浜野の家でもわかっているのだろうから、こちらに泊まってしまっていいものか心配だった。

本人は、浜野の家では自分が泊まらないというとほっとしていたと言う。「すみませんがこちらに泊めてください。」と、あっさり言う。絵梨や梨沙が浜野を気に入っているのを本人もわかっているのかもしれない。

浜野夫婦が来てから我が家の娘たちがざわついている。絵梨に聞くと浜野が例の画家に働きかけてくれているらしい。あの画家が梨沙と結婚するのを、あまり歓迎はしていないが、梨沙があの画家を気にかけているのは分かっていた。

最初は奇妙な奴だと思ったが、全く金の話が出なかったので、やはり好意から来る行動なのだろうと思っていた。それなら、いいやつじゃないかと思わざるを得なかったのだ。

梨央も絵梨も相手がちょっと名の知れた画家だというだけで好感を持っているが僕が気になるのは画家という職業がどの程度収入を得られる仕事かということだ。結局は梨沙にある程度の暮らしをさせてやれるかどうかが問題だ。

僕の認識では、高名な画家でも相当長い間実家や婚家の世話になっている、もし、画家として名を上げることができなかった場合には、貧しい暮らしを余儀なくされるということだった。苦労を掛けた娘に結婚してまで苦労をさせるのは嫌だった。

浜野はしっかりしている。ロマンチックなことをぼんやり考えているタイプではないと思う。その浜野が仲を取り持とうとしているのなら、しっかりした話になるのかもしれないと思った。少なくとも、梨沙が最近はつらつとしてきたた気がする。思い人と結婚させてやりたくもある。

僕は複雑な思いだった。僕が悶々としている間に女二人は盛り上がっていた。不思議なことに相手の資産も年も気にならないようだった。ひょっとしたら母娘で珍しいもの好きなのかもしれなかった。絵梨は家付き娘だし結婚相手は弟として育った僕なのだから金銭では全く苦労をしていない。

梨央は考えてみれば大冒険をしたが結局のところ、しっかりした男と結婚した。浜野に関しては経済的な心配はなかった。そういう現実を見ているから余計に絵梨も梨沙も呑気なものなのだ

ある夜、梨沙が真剣な顔で話があるという。絵梨はもう喜んでいる。ある程度のことは知っているのかもしれなかっった。

「パパも、もうわかってるのかもしれないんだけど、私あってほしい人がいるの。パパの都合のいい日を教えてほしいの。家に来てもらうから。」

「ああ、次の土曜はどうだ?ゆっくり話せる。」「プロポーズしてもらったの。それでお受けしたいの。」「どいう人だ?」内心イラっとした。なんで、こっちに先に話がないんだと理不尽に腹が立った。

「あの、画家なのよ。それとカフェも経営してるの。いい人よ。」「どこの出身だ?」「東京、江戸っ子よ。おうちは古い呉服屋さんなの。でね、自社ビルがあって、その一階でカフェをやってるの。」「ふう〜ん。いくつだ?}「あのね、45なの。でも若々しいのよ。健康だし。」「ずいぶん年上じゃないか。ちょっと離れすぎてないか?」「でも、一緒に居て年の差は感じないのよ。っていうか年の差が心地いいの。お母様もとっても良くしてくださって、望まれてるのが凄くわかるの。」

「そりゃ向こうは望むだろうさ。若くて美人でその上性格もよくて賢い。」と僕が言うと絵梨が笑い出して、「梨沙はそんなに完全無欠じゃないわよ。」といった。「そうなのパパ、私が辛い時に助けてくれた人なの。それにね最初はひどいフラれ方したのよ。私のためを思って辛かったけど、追い出したんだって。いい人だと思わない?」

「生活はどうなんだ。生活できてるのか?」「大丈夫、カフェを経営してるから、その収入が安定してるの。それに、絵の方も評価されてるのよ。新田詩音ていうの。知ってるでしょ。」「名前はなんとなく知っている気がする。」「そうでしょう?そんなに先行き不透明な人じゃないのよ。私ね、プロポーズを受けたいの。だから、よろしくね。」と結局出来レースを走らされることになってしまった。

あまり反対するのは逆効果だと思った。家出でもされたら大変だ。最悪は、こちらで生活の面倒を見る覚悟をした。それに、僕は誰が考えても無理のある結婚をしたのかもしれなかった。自分の努力ではなかった。周りがみんなで協力してくれて整った結婚だった。反対するよりはうまくいくように協力する方がいいのはよくわかっていた。

「まあ結論は会ってからだ。いい加減な奴と結婚させるわけにはいかない。」と少し父親の威厳を見せた。

続く

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2019年08月16日

THE THIRD STORY 純一と絵梨 <42 破傷風>

破傷風
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金曜日の夜10時ごろインターホンが鳴った。僕が不愛想な声で「はい」と返事をすると「夜分にすみません。浜野です。」という声が聞こえた。

途端に梨央が羽が生えた小鳥のように玄関に駆け出して行った。サンダルをつっかけて浜野に駆け寄った。僕たちが後から出ていくと二人が抱き合っているのが見えた。

ああ、本物だと思った。梨央は僕たちの懐から本当に浜野の懐へ飛び立っていったのだ。梨沙は呆然と二人を見ていた。

その夜のうちに神戸へ帰るというのを無理やり引き留めた。浜野のあごにうっすらとひげの影が見えた。疲れているのだろう。そのまま返して事故でも起こされては大変だと思ってその夜は泊まるようにいった。父親としての気遣いとちょっとした意地悪だった。しかも浜野には客間を用意してやった。ざまあみろ!

きっと梨央がベランダ伝いにあの男の部屋に忍んで行くに違いない。昔の絵梨のように。そして目にいっぱい涙をためて男の胸に飛び込むのだ。男はきっと力いっぱい抱きしめるのだろう。昔絵梨が僕の胸に飛び込んできたときのことを思い出した。恋愛ドラマなんてみんな同じようなストーリーなんだよ。

土曜日の朝早く二人は神戸に向かって出発した。嬉しいような寂しいような複雑な気分だった。絵梨は二人が出て行くやいなや泣き出した。泣きながら笑っていた。梨沙も笑っていた。「浜野さん、いい人よねえ。梨央幸せね。」といった。ふっと寂しそうな眼をしたような気がした。

浜野が迎えに来た時、梨央は慌ててサンダルを片方だけつっかけて飛び出した。浜野は梨央の片方の足が裸足だと気づいて玄関で這いつくばるようにして、梨央がけがをしていないか足を調べたらしい。そして、「こういう時の小さな傷が悪化すると破傷風になるんだよ。」と言ったそうな。

浜野が席を外したすきに梨沙が梨央に「浜野さんて大げさね。」というと梨央が「あの人何言ってんだかわかんなかったの。」というと久しぶりに母娘3人が笑い転げた。

その日から我が家では破傷風という言葉が流行語になった。ああ、雨が降ってきた洗濯物早く入れなくちゃ破傷風になっちゃう。こんなもの、ほったらかしにして破傷風になっったらどうするの?という具合だ。もちろん梨央には内緒だ。

梨央の幸福な結婚を目の当たりにして僕たち夫婦は梨沙の縁談に本気になった。見合い結婚は割といいというのが僕たちの気持ちだ。しかし、梨沙は縁談には耳を貸さなかった。「私はいい。」の一点張りだ。梨沙も幸福になってほしかった。


続く

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2019年08月15日

THE THIRD STORY 純一と絵梨 <41 成田離婚>

成田離婚

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浜野真と梨央の新婚旅行はハワイだった。旅程は一週間だ。平凡だが安全で楽な旅程を浜野が決めてきた。説明もしっかりしていたし段取りもよかった。仕事ができそうだった。
一週間も離れるのは事件以来初めてだった。不安だが、余り過保護にするのは梨央のためにならない。そう思いつつも、新婚旅行に送り出す日は梨央も僕たち親も恐ろしく緊張していた。

一週間後の午後4時ごろ、真と梨央が突然我が家に帰ってきた。今日は浜野へ帰って日を改めてあいさつがあるのかと思っていた。梨央は顔色もよくて出発のときよりもきれいになった気がした。おお、元気そうだと心から安心した。

しかし、落ち着いて話してみると、なんと梨央をこの家で預かってほしいという。噂に聞いていた成田離婚かと思った。梨央はうちの娘なので、預かってくれと言われる筋合いはなかった。若造がつまらない口の利き方をしやがってと腹が立った。初めて怒髪天を衝くというのが現実だとわかった。

ところが梨央がこの男の肩を持つ。一緒に神戸で暮らしたいというではないか。東京で家族と同居するんじゃなかったのか?そういう部分が気に入って進んだ縁談じゃなかったのか?

浜野も必ず土曜日に迎えに来る、とにかく部屋を片付ける時間をくれというので了承した。
何となく信用してもいい気がした。最悪の場合は梨央はうちの娘として今まで通り暮らすだけだった。

浜野が神戸へ引き上げてから梨央に詳しい話を聞いた。梨央はあの男に事件の日のことを全部話したそうだ。「あの人ね、私の話を聞いた後で一生守るって言ってくれたの。それでね、その翌日から、外へ出るときには手をつないでくれるの。レジをするときには、私の手を脇に挟むのよ。」と言って笑った。

「あの男、外面と内面が違うんじゃないか?気難しくないか?」と聞くと「そうなの、全然違うのよ。外面は愛想がよくてスマートな感じでしょ?ちょっと冷たい感じもするでしょ?最初はちょっと怖かったの。でも内面は、あんまりスマートじゃないの。言葉は少ないんだけどすることが優しいの。多分お願いしたらなんでも聞いてくれるわ。だから無理言っちゃいけないの。」と親に向かって臆面もなく大のろ気を吐いた。

たった一人の男がたった一週間で娘の自信を取り戻して瞳や頬に輝きを与えていた。絵梨は寝室で、「おじいちゃんそっくりね。奥さんにデレンデレンになるタイプなのよ。」とつぶやいた。僕は心の中で「じいちゃん、ありがとう。」といった。


続く

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2019年08月14日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <40 不吉な決心>

不吉な決心

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浜野真と梨央の見合いは両方の両親と本人の6人で行われた。場所は都内の有名な料亭だ。どうも先方の母親は形式を重んじるタイプのようだった。あまり堅苦しいようなら断るつもりをしていた。

しかし、会ってみると意外にざっくばらんな家族だった。父親は無口だが優しそうな男だったし、母親は座持ちが良くて面白い人だった。梨央も好感を持ったようだ。浜野真本人は、余り口数は多くないが如才ない態度で年齢よりも大人びて見えた。

写真で見るよりも祖父に似ていた。僕と絵梨はその男に惹かれた。見合いの前に例の事件のことを先方に報告していた。

本人は今神戸に赴任中だが、結婚をするなら早い時期に東京へ戻すという話だった。神戸が遠すぎるなら東京の家で同居してはどうかという話だ。すでに、二世帯住宅になっていているので気を使う心配もない。

浜野真本人ができるだけ毎週帰るし実家との行き来を頻繁にされてはどうかと言ってくれた。梨央が都内で暮らせるというのは親にとってもうれしい話だ。

本人からそういう話が出るということは気に入ってくれたということだ。梨央は緊張してあまり話さなかった。しかし、実家と頻繁に行き来できるという条件には魅力を感じたようだ。僕も最初の半年程度は、そんな暮らしの方が梨央のためになるような気がした。

とにかく先方の母親が気に入ってくれた。絵梨はかつて不幸な結婚をした。その時姑に冷たい扱いを受けたようだ。ところが浜野の母親は梨央ちゃん、梨央ちゃんと梨央に気を使ってくれる。これには母親として相当魅力を感じたようだ。浜野真の上の妹が梨央と同い年で友達感覚なのも魅力的だった。

夜一人で過ごすのが苦手な梨央にとっては同居家族がいるのはむしろ大きな魅力だったようだ。梨央の縁談は意外に早く進んだ。今思えば、これが運命というものなのだろうと納得した。

梨央の結婚式は都内の有名ホテルで行われた。盛大な式で同業者も多く出席した。僕たちはプライベートなセレモニーに同業者を呼ぶ習慣がなかったが、浜野の家ではそれが普通のようだった。浜野にとっても我が家にとっても大きな宣伝になった。出席した同業者はいずれ業務上の結びつきができるだろうと憶測したようだ。

浜野真は若いのにこういう場面でも物おじせず如才なかった。しかし、なんとなくこの如才なさが気になった。この男は外面がいいんじゃないか?家の中で気難しい男でなければいいがと不安になった。

我が家は女系家族で男は一様に優しい。梨央は気難しい男には慣れていなかった。最悪は帰って来ればいいさ。時々様子を見て梨央が辛そうにしたら離婚は覚悟した方がよさそうだ。

僕は結婚式の最中に「梨央が辛いなら即離婚」という不吉な決心をしていた。絵梨は常に離婚の覚悟は決めていた。梨央には辛い思いをさせないというのが僕たち夫婦の共通の認識だった。



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2019年08月13日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <39 似た男>

似た男

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梨央が結婚を口にしたのはある男の写真を見たときだった。その写真を見たとき、なんとなく知り合いのような懐かしい気持ちがした。家族みんながなんとなく、この男を知っているような錯覚をした。それぐらい、その男は、ある男と似ていた。

そうだ、あの金の仏様の横でほほ笑んでいるあの男、田原真一に似ていた。瓜二つというわけではなかったが家族全員が似ていると感じた。ハンサムというよりは男前だった。

僕はこの祖父の生きざまには憧れに近い感情を持っていた。絵梨も妻を追って逝ったこの祖父には好感を抱いていた。祖父は祖母をことのほか大切にしていた。家庭第一の人生だった。この男ならいいかもしれないと思った。

梨央もあの人なんだか知り合いのような気がすると笑った。毎日見ている顔だ。親しみを感じるのも無理はなかった。

梨央には内緒でその浜野真(はまの まこと)という男を調べた。不動産会社を経営する家の長男だった。同業者だということも縁談を進めてみようかというきっかけになった。本人にも特に大きな問題はなさそうだった。

父の会社で営業部長として働いている。いずれは役員として経営に携わるのだろう。同業者間でも評判は悪くなかった。

ただし、家庭は複雑だった。本人だけが先妻の子供で妹二人が後妻の子供だ。しかし、この点はあまり気にしなかった。というよりむしろ縁があるかもしれないと感じる理由になった。

田原家は一度、絶えた家だった。しかし島本真一と田原梨花が結婚してこの地に再び僕らの家族の木を張り巡らせた。島本真一は田原真輔の愛人の子だった。田原梨花と結婚して田原真一になった。Tコーポレーションの創業者だ。
それからも代々女系家族だ。僕達の父は大阪の田原亮子の連れ子だ。それが田原真梨、僕たちの母と結婚してこの家の家業であるTコーポレーションの社長になった。

そして僕は大阪の田原聡一の愛人の子供だ。それがこの家の養子になり一人娘の絵梨と結婚した。寄る辺ない育ちの男がこの家の娘と結婚して家族の木を繁らせてきた。

浜野真は寄る辺ない身の上ではない。しかし、寂しい立場には違いないだろうと勝手に憶測した。梨央の素直で優しい性格がこの男の寂しさを埋めるのではないかと思えた。不思議だが結婚など毛頭考えていなかった妹の梨央の縁談が先に進んだ。




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2019年08月11日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <39 縁談>

縁談

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絵梨は梨沙の縁談を大阪の親戚や友人関係に頼んでいた。そのうちに梨央にも縁談が舞い込むようになっていた。梨沙の縁談は次男や三男。梨央の縁談は長男が多かった。皆、こちらの後継者の事情も考慮した昔ながらの縁談だった。

見合い写真は梨央にも一応見せるには見せたが、僕たちも梨央自身もあまり気がなかった。梨沙はもっと無関心だった。梨央は梨沙が自分自身のことに無関心なのが気になるようだった。時々「梨沙ちゃん、この人ハンサムよ。ちょっとカッコいいわよ。」と声をかけても「タイプじゃない。」と言ってまともに見ようともしなかった。

ある日梨央が「私結婚できるかな?」と言い出した。「私、何にもできないけど家事は自信あるの。好きだし。そんな人、世の中に必要?」と聞いてきた。「必要も何も梨央みたいな可愛くて優しい娘はみんな嫁さんにしたがるさ。」といったものの、本心は結婚させたくなかった。

結婚するとなると事件のこと、そのせいで情緒不安定なこと、社会経験は全くないということを説明しないわけにはいかなかった。たぶん性的な被害のことも憶測されるだろう。それは親としてはいたたまれないことだった。


続く



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THE THIRD STORY 純一と絵梨 <38 婿探し>

婿探し

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僕たち夫婦は梨沙には内緒で梨沙の婿探しを始めた。親はわがままだった。梨沙の夫が会社を継いでくれたら梨沙は童話を書きながら暮らしていけるとこちらの都合のいいことを考えていた。そして、会社の若手社員の一人に目星をつけていた。

梨沙は今はパートタイマーとして働いている。その社員とも接点がある。何とかもっとお互いに関心を持たせたかった。僕は意識して、その社員に渡す書類などを梨沙に作らせた。
梨沙は時々その社員にわからないところを質問しに行くこともあった。うまくいきそうな気がしていた。

そうはいっても不自然になってはいけない。僕は少なくても1年ぐらいはただ接点を持つだけでいいと思っていた。多分、その社員本人も薄々は感じていたはずだった。我が家が娘二人で、婿になれば何らかの形で会社の経営にかかわっていくだろうことはわかるし、よそから来られるよりは社員から選ばれた方がうまくいくと誰もが考えていた。

ある日、夕食のときに梨沙に「中島、仕事できるだろ?」と水を向けてみた。梨沙は、ごく普通に「そう思う。言いにくいこともはっきり言うし、段取りもいいし。」と好感触だったので「あいつ、彼女いるのかな?」と持ち掛けると、「うん、同棲してるみたいよ。そろそろ婚約じゃないかな?」とあっさりしたものだった。拍子抜けもいいところだった。絵梨もおおいに落胆した。

食事中は梨沙に落胆した様子は見えないようにしたが、梨沙が風呂に入るや否や夫婦でぼやきたおしてしまった。それを聞いた梨央が「ねえ、梨沙ちゃんは分かってると思うのよ。パパやママの考え。でも梨沙ちゃんはその気がないのよ。梨沙ちゃん、今結婚なんて考えられないんじゃないかな。私のせいなの。あれ以来梨沙ちゃん私のことで、自分のことお留守になっちゃって、彼ともお別れしちゃったみたいだし。梨沙ちゃんに悪い。」と泣きそうな顔をした。

「ねえ、私もしっかりしなきゃいけないって思うの。私がしっかりしないと梨沙ちゃん、結婚なんて考えてくれないと思うの。私アルバイトしようかな?昼間に少しだけどこかで働いてみようかな?」と言い出した。悪いことではない。梨央は生涯手元に置いて暮らす覚悟をしていた。それでも、アルバイトは悪いことではなかった。

それから一カ月もしないうちに梨央はアルバイトを始めた。近所のパン屋の製造員だった。
朝自転車で出かけて昼には帰ってきた。最初の2カ月ぐらいは疲れ切って帰ってきたがパンの製造は楽しいようで、休みの日には家でパンを焼いたりするようになった。この娘は家事が本当に好きなようだ。

梨央がアルバイトを始めたことを梨沙はずいぶん喜んだ。梨央は時々家族の朝食用のパンを大量に買い込んできたりした。商店街でかわいいハンカチを見つけたといっては梨沙や絵梨のために買ってくることもあった。それは、年不相応の高校生のような買い物だったが、絵梨は寝室でそのハンカチを見ながら泣いていた。



続く


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2019年08月10日

THE THIRD STORY 純一と絵梨 <37 変な画家>

変な画家

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梨沙はこの事件をきっかけにして塾のアルバイトは止めていたし教職の方の勉強も一時中止していた。塾のアルバイトをする代わりに、僕のサポートをするようになっていた。家族全員が事件の影響を受けた。

梨央を守るために家族は結束していた。梨央は時々深夜に泣き出したり一日中寝込んだりした。素直な明るい娘が四六時中泣き顔をする暗い人間になってしまった。僕たちが一番戸惑ったことは梨央がなぜか小学生の高学年から中学生のような物言いになってしまったことだった。「ママ怖い、一人で行けない。」が梨央の口癖のようになってしまった。

梨沙は健気だった。絵梨が梨央につきっきりだったので家事も引き受けていたし会社でも働いた。いつも明るくふるまってはいるが、時折疲れた表情を浮かべるのを知っていた。絵梨も気づいていた。

そんな日々の中、画家だという男が合いたいといってきた。男親がいいという。ホテルで待ち合わせた。名前は新田詩音といった。全く記憶にない名前だった。しかし、絵梨はその名前を知っていた。

なんでも新進の画家で最近になってよく名前を聞くようになったという話だ。「梨沙のことで折り入って話したいことがある。」という。梨央の事件のことがあったので、不審なことがあればすぐに警察に通報するつもりだった。

指定されたホテルのロビーに行った。40代ぐらいに見える男は礼儀正しいし服装もきちんとスーツにネクタイをしていた。画家といえば、Tシャツとジーンズかと思っていたので意外だった。

名刺を出すと、男は名刺は持っていないといったが代わりにパスポートを見せた。間違いなく本名だったし住所は赤坂の商業ビルになっていた。そのビルに住んでいるらしい。

「梨沙が何かございましたか?」丁寧に聞いたが用心はしていた。男は「梨沙さんと少しトラブルがありました。」といった。「梨沙さんが最近恋人と別れられたのはご存知ですか?」と聞かれてハッとした。そういえばこのごろ遊びに出るということがないと気が付いた。常に家か会社の用事をしている。

「梨沙さんも気持ちがいっぱいいっぱいでかわいそうです。妹さんに大変なことが起きたと伺っています。ご両親が妹さんにかかりっきりになっている間に梨沙さんにもいろんなことが起きています。少し、梨沙さんにも注意を払ってあげていただきたいんです。」

そういわれると返す言葉もなかった。それにしても、なぜこの男は梨沙のそんなことを知っているんだと不審に思ったし不愉快でもあった。

「失礼ですがあなたは梨沙とはどのようなご関係で?」と尋ねると、「お嬢さんは私のカフェのお客さんです。もう2年ぐらい通っていただいてます。私の絵もよく鑑賞していただいています。お嬢さんは、朝、私のカフェによって絵を見て出勤されていました。

夕方恋人と待ち合わせをされるときもありました。でも最近喧嘩をされたようでお会いになっていません。一人でお茶を飲んで絵を見て帰られます。いつもバタバタです。ゆっくりされることはありません。若い娘さんなのにかわいそうです。」

「どうもご心配をおかけして恐縮です。娘はあなたにどのようなご迷惑をおかけしたんでしょうか?私としてはできるだけのお詫びはしたいと考えておりますが。」というと男は急に恐縮して、「いや、なにも迷惑はかかっていません。出来たらいいご縁で結婚なされたらいいんではないかと思っているんです。きちんとしたお婿さんと結婚されたらいいのではないかと思っているんです。」といった。

何とも不思議な男だった。きっと、何がしかの金を要求されると思っていた。金の話は一切出なかった。新手の詐欺かもしれないと思った。その男は最後に「私がうかがったことは梨沙さんには内密に願います。私しばらくは日本を離れます。カフェには私はいませんのでご安心ください。」ともいった。

その夜、絵梨と話をした。絵梨は、その人は梨沙が好きなんじゃないかといった。僕はそれはないとわかっていた。梨沙とは年が離れすぎているし第一、惚れていたら親にややこしいことを言わなくても自分がアプローチすればいいじゃないかと思った。

毎日自分のカフェに通ってくる娘なら自分が誘うのが普通じゃないかと思った。どこの男がいきなり惚れた女の父親に説教をくらわすんだ?とにかく警戒した。梨沙にはあまり出歩かないように言ったがカフェを名指すわけにはいかなかった。




続く



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2019年08月09日

THE THIRD STORY 純一と絵梨 <36 道づれ>

道づれ
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梨央は病院のベッドで婦人警官に付き添われて寝ていた。僕たちの顔を見ても目を大きく見開いたまま動かなかった。僕と絵梨が近づいて行って、抱きしめた時に初めて大きな泣き声をあげた。

小さな子供の様に「パパ〜、ママ〜 うわ〜ん、うわ〜ん。」と泣き喚いた。「あの人がいきなり、いきなりぶったの。何にもしてないのにいきなりぶったの。」と泣きわめいて止まらなかった。

僕も絵梨も梨沙も一緒に泣いた。「閉じ込めたの。閉じ込めたの。」とまた泣いた。10分位大泣きが止まらなかった。医師が「よかった。お嬢さん、声が出て。泣けてよかった。」と言った。

絵梨がずっと抱きしめていたので僕が買い物に出た。その時医師に呼び出されて、お嬢さんは暴行されていませんでしたと告げられた。服装の乱れは本人が苦し紛れにボタンを引きちぎった程度でひどい破れなどはなかった。

けがも擦り傷と切り傷、多少のあざはあるがひどい暴行は受けていない。拉致はしたものの怖くてただ暗い部屋に閉じ込めただけのようだった。診断書は追って出します。ということだった。

みぞおちに一撃されて車に引っ張り込まれるときに腕や髪をつかまれたのと、車から降ろされてクローゼットに閉じ込められるときに平手打ちされたらしい。そのあとは壁に向かって突き飛ばされていた。ところどころあざはできていたようだが、骨折などはなかった。

その他には特に暴行は無かったようだ。二日半水だけで真っ暗で狭い空間に閉じ込められていた。男は、普通に出勤して休みに入ってから自分の部屋に放火した。そして自分は浴室で手首を切っていた。自分の命を絶つついでに梨央を道づれにしようとしたのだ。絶対に許せない犯罪だった。

犯人は梨沙のアルバイト先の塾の講師だった。梨沙の恋人の同僚だ。時々4人でお茶を飲んだが梨央はその男と特に親しくならなかったそうだ。その男は、アルバイト仲間でも優秀でその男と付き合いたがっている女の子は多かったらしい。

梨沙の恋人が梨央もきっと気に入ると思って二人を合わせた。ところが梨央は全く関心を示さなかった。どうも男のプライドを傷つけてしまったようだ。

その男は梨央に付きまとって、梨央が一人になる機会を狙っていたらしい。送るといって梨央を車に誘ったが梨央が断った。梨央はその男の車に引きずり込まれてそのまま拉致されてしまったのだ。

見つかった時には閉じ込めたクローゼットのドアの前に大きなソファが置かれていたそうだ。男は梨央を部屋に残したまま梨沙の恋人と一緒に梨央を探すふりをしていた。

男は風呂で自死していたがこの事実を梨央に伝えたのは、事件後三カ月ぐらいたってからだった。

梨央が外出先で犯人に出会うことを恐れて外出できなくなったからだ。幸い公開捜査直前で見つかったのでこの事件を知っているのは関係者だけだった。大阪の親戚にだけは伝えておいた。大阪の叔父にとっては梨央は実の孫だった。

梨央はその後一人では外出できなくなった。家には高い塀を張り巡らしてセキュリティーは万全にした。絵梨は仕事を辞めて一日梨央と一緒に行動した。大学への送り迎えもした。
僕は家にいる日を出来るだけ増やした。



続く



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2019年08月08日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <35 行方不明>

行方不明

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梨央は絵梨の帰りが遅くなる日は多少の家事を片付けたりする、学校でも家でも目立ったトラブルもないいたって平凡な女子学生だった。親としては、相当の美人だと思っていたが姉の梨沙が目立つタイプの美人なので梨央は影が薄かった。家が大好き家族が大好きで、余り出歩かないし夜遅くなることもない。

その夜は梨央は夜9時を過ぎても帰ってこなかった。普段は夕食が要らない日は出かける前か外出先から連絡が入る。梨沙も絵梨も、「たまにはこんな日もある。まだ10時なんだから。」とタカをくくっていたが僕は落ち着かなかった。

11時を過ぎた時点で絵梨が心当たりの友人に連絡しだした。梨沙も落ち着かなくなった。どの友人にも心当たりはなかった。その日一緒に講義を受けた友人は夕方の5時過ぎには別れたといった。僕は警察に連絡したかったが、女二人は取り合ってもらえないだろうといった。

12時を過ぎてたまりかねて警察に電話した。丁寧に対応してくれたが、それでも「事故の案件では該当する人はないですね。深夜でも気兼ねせずお友達に確認してみてください。」という返事だった。世の中には、一晩くらい帰らない娘が普通にいるらしかった。

翌朝になっても梨央は帰らなかった。家族は誰も寝なかった。僕と絵梨は警察に行った。捜索願を出すときには警察はそんなに深刻に受け止めてはいなかった。よくある事らしい。

梨沙も朝から梨央の友人に電話をかけまくった。友人たちもお互いの心当たりを当たってくれた。皆、梨央に異性関係があるとは思っていなかったし、無断で一晩家を空けるなど想像もつかなかった。

梨沙の恋人も親身になって心当たりに電話をかけてくれた。梨沙と恋人の共通の友人には梨央を知っている人もいたようだった。そういった、ほんの顔見知り程度の友人にも連絡を取ってくれたが、梨央の行方は分からなかった。

梨央は2日目の夜も帰らなかった。さすがに警察も本腰になった。食事もとれない状況で絵梨は横になったまま動けなかった。梨沙は気丈に電話番や食事係を引き受けてくれた。
「どうか無事で。どうか無事で。」とそればかり考えていた。

3日目の昼頃から警察が家に張り付いた。誘拐を念頭においていた。しかし誘拐されて向こうから連絡あるのは身代金目当てのときだけだと念を押された。ただ、拉致することが目的の場合には連絡は入らない、若い娘の拉致の場合には身代金目的の割合は低いという。恐ろしくて涙も出なかった。

3日目の夜11時を過ぎたころ警察から家に詰めている刑事に足立区でぼや騒ぎがあったと連絡が入っていた。僕たちはなんでこの場の刑事にそんな連絡が入ったのかわからなかった。

よそのぼや騒ぎなんてどうでもよかった。うるさく感じていた。しかし、刑事の表情が明るくなって、こちらを向いた。「お嬢さん見つかりました。存命です。病院へ運ばれましたが、大きなけがはない模様です。」といった。

家族三人思わず「よかった。」と抱き合った。がその間1分だった。すぐにでも顔を見ないことには安心できなかった。存命といったって、どんな怖い目にあわされたのかを考えると心臓が縮んだ。



続く




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