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2019年09月16日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <26 むずかる女>

 むずかる女

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梨央は見た目やしゃべり方が少し甘ったるい感じがするが性格は意外にさっぱりしていた。だがその朝はぐずぐずと機嫌が悪かった。原因は分かっていた。夜のことだ。特に恥をかかせようと思ったわけではなかった。ただ、うつむき姿勢で寝ていたから、そこから始めただけだった。それが余程恥ずかしかったらしく、ぐずぐずが止まらない。

貴方が出張が多いから、あんなことをしてしまった。出張なんかしなければいい。そしたら私はちゃんと普通なんだから。と何度となく言い続ける。以前の俺なら、女がベッドでぐずったら、さっさと服を着てしまう。それっきりだ。残念ながら妻がぐずった時には服を着ても帰るアテもなかった。

「そうかい、フーン。そうかなあ?悪かったなあ。でも楽しかったからいいんじゃないのか?」などと意味のない相槌を打ちながら寝てしまった。梨央もそのまま寝てしまったはずだった。それが朝になると「昨夜は眠れなかった。睡眠不足だ。今夜は夕飯は作れない。」というではないか。

「しょうがないなあ。じゃあ、帰りにデートしようか?」というと、やっとうれしそうな顔をして「ねえ、前に言った日本料理のお店はどお?」と機嫌を治した。俺はこの女にいいように操られていると思った。

約束通り、梨央のリクエストの日本料理屋に行った。安くはないがそんなに高級というところでもない。落ち着きたかったので個室を取っておいた。梨央は機嫌を直してコースを全部平らげた。要するにちょっと外へ出たかったということだ。そういえば、このところ忙しくてあまり外出していなかった。梨央は夜は一人で外出しなかった。勝手に行きたいところへ行くことができなかった。

梨央は少しおしゃれをしていた。2カ月ぐらい前に一緒に買った服を着ていた。普段の梨央よりちょっと派手な服だ。「これを着て出かけたかったのか。」と気が付いた。「梨央ちゃんはかわいいね。」と調子に乗った。

日本料理屋の帰りにはホテルのラウンジに連れて行った。梨央はこういう場所は慣れないので、ちょっと興奮していた。少しだけ酔って例のごとくニコニコだ。機嫌がよくなったところでラウンジを出ようとしたその時、「あら、この間はごめんなさい、大丈夫だった?」と声をかけられた。加奈だった。

俺は面食らって「この間ってなんだよ。変な言い方すんなよ!」と怒ったが加奈は、そのままにっこり笑って「またね。」と行ってしまった。梨央の顔から笑い上戸のニコニコは消え失せて固まっていた。

車の中で「梨央、全く会ってないからな。あんなことで惑わされんな。」というと「わかってるの。あんなときに堂々とできない自分が嫌になっちゃう。いつになったら、しっかりするんだろう。」とうつむいた。「あんな場面で堂々とできる女なんていないよ。梨央はしっかりしてるし、まともだよ。」と言っても顔を上げてはくれなかった。

家に着いても気分はぎくしゃくしていた。「寝室で気分治そう。」と言って肩を抱くと、「わかっているのに気分がすぐれないの。」といった。「無理もない。ごめんな。」とキスをすると、「今からお仕置きをします。」と言った。これは例の悪夢の続きがやってきたのか、はたまたジョークなのか判断しかねた。

「横になりなさい。」と命令口調だ、横になると上に乗ってきて、「愛してるといいなさい。」「梨央を愛している。」「最高だといいなさい。」「梨央は最高だ。」「お前しかいないといいなさい。」「梨央しかいない。」とあの悪夢の問答が続いた。

耳に顔を近づけてきたと思うと、耳元で「梨央に入れたいといいなさい。」といわれたので、顔を正面に向かせて「梨央に入れたい。」と答えた。梨央が「ねえ、あなたの本気の愛の証を私にちょうだい。誰にも上げないものを私だけにちょうだい。」といった。その意味がすぐに分かった。

「そうだな。もう1年半だからな。そろそろ本気で作らなくちゃな。」と答えて「梨央、嫌なことはもう忘れて俺に集中して。梨央が喜んでくれた方ができやすいと思うんだよ。」というと「そんな話は聞いたことないわよ。」といいながら、切ない表情に変わっていった。

その夜の俺たちは静かで暖かい気持ちだった。加奈のことがあっていらだっているはずの梨央もなぜか穏やかな優しい表情だった。二人が初めて本気で子供というものを作ろうと確かめ合った日だった。

翌朝は例のごとく二人でダラダラして、そのままカフェの朝ごはんに行こうとしていた。梨央はごく普通のTシャツとジーンズだった。玄関で靴を履く梨央の後ろに立っていて、梨央の首筋にあるものを見つけてしまった。というより見つけてよかった。

俺がまたミスをしていた。「梨央、今日はその服ダメだ。着替えなきゃ。」「どうして?」「俺またやっちゃった。ここ、つけちゃった。目立つ。ごめん。」梨央は振り向いて、「どうしてくれるの?」と睨まれたので「ごめん。」とつづけて言うと「リベンジだ!」と飛びついてきた。耳元で「あなた、赤くなってるわよ。可愛い。」といって笑った。

続く

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2019年09月15日

THE FOURTH STORY 真と梨央  <25 出張>

出張
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その夜は梨央には言わずに帰途に着いた。突然帰ったら喜んでくれるだろうと思っていた。出張2日目の夜だ。本当は明日の朝帰る予定だったが、早く終わったので一泊切り上げて夜のうちに帰った。

最近は何かと出張が増えていた。4、5日の出張なら梨央は実家へ帰った。今回は3日の予定だった。
短い出張でいちいち東京へ帰るのも面倒になったようだ。お隣さんには頼りになるお手伝いさんもいるし、今回は大阪で一人留守番をすると言い出したのは梨央だった。

俺も梨央の決心に賛成した。それでも、夜は不安におののいているのかと思うとかわいそうだった。それで無理に一泊切り上げたのだった。家に着いたのは深夜だった。起こすのもかわいそうだと思ったので黙って家に入ってそっと寝室の前まで行った。

不思議なことに梨央の「あなた、あなた、」という声が聞こえた。なんだ気が付いたのかと思って寝室のドアを開けると梨央が俺の枕を抱いて何かごそごそしている。声をかけそびれた。梨央の声が甘ったるい。夢でも見ているのかと思ったが、そうではないことがだんだんわかってきた。

「梨央、梨央、待ってろ、すぐだから。今シャワーを浴びてくる。少しだけ待ってろ。」と声をかけると、口を大きく開けたが声はかすれた声しか出なかった。「落ち着け、俺だよ。落ち着け。」と抱きしめると、本当にガタガタふるえていた。

しかも、下着一枚身に着けていなかった。一人寝の時には裸か?と驚いた。俺は、梨央を抱いたまま不覚にも大笑いしてしまった。「梨央シャワーを浴びてくる。そのまま待ってろ。一人だけじゃイかせないよ。」と声をかけた。梨央は泣きじゃくった。

ベッドに戻ると梨央はまだ泣いていた。「そんなに泣かなくても、もう安心して。梨央奥様のお楽しみを邪魔しちゃったからね。もっと心行くまで楽しんでもらわなくちゃな。」といって毛布をよけるとうつむいたまま泣いている。

そのまま、上にかぶさって胸に手をまわした。悪気はなかった。とにかく早く始めないとかわいそうだと思った。何しろ興奮していた。抜き打ちで帰ってみれば妻が自分の枕を抱きしめて甘い声を出していたのだ。俺は新婚の夫だ。興奮しないわけがないだろう?

梨央は慣れない態勢でも、器用に順応した。喜んでいると思った。普段よりも大きな声が出ていたしその部分も滑らかだった。急いで帰って来たかいがあった。とても素敵なお出迎えだった。梨央奥様は生まれつきの才能があると思った。梨央も満足したように見えた。ところがここで俺は言葉の選び方を間違えてしまった。

「俺、梨央をこんなに淫乱にしちゃったね。これじゃ、心配で長期出張はできないな。」と声をかけた。これが、ぐずぐずの発端だった。俺は自分の妻が良家の子女で、その中でも超のつく真面目印だということを忘れていた。わいせつな言葉の使い方をよく理解していない。淫乱などという言葉は梨央にとっては侮辱以外の何物でもなかったのだ。

「私はそんなんじゃない。たまたま今夜はあなたがいないし、眠れないし。普段はこんなことはしない。」と何度もいい訳をした。責めた覚えはなかったが梨央には責め言葉に聞こえたらしい。「わかってるよ。今のは誉め言葉だよ。梨央は貞淑ないい奥さんだよ。ただ、俺の前ではちょっと淫乱で居てくれて嬉しかったんだよ。」と火に油を注いでしまった。

話がだんだん横道へそれて、「だいたい最近出張が多い。あなたの会社はあなた以外に出張できる人はいないのか。あなたは私と夜を過ごすのが嫌なのか。」と駄々をこねだした。こんな時は話せば話すほどこじれると思った。

「そうだなあ。出張減らさなきゃいけないなあ。」と適当に相槌を打って寝てしまった。

続く


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2019年09月14日

THE FOURTH STORY 真と梨央  <24 恋の始まり>

恋の始まり
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それから2,3日して、仕事を終えて家に帰ると豪華な食事が用意されていた。梨央は基本的には和食のお惣菜だが、その日はなぜか洋風のごちそうにワインが用意されていた。誰かの誕生日のような雰囲気だったが客はいなかった。

「おや、今日はどうしたんだ?ずいぶんごちそうじゃないか。何のお祝いだ?」と聞くと梨央は「浜野君の働きを認めて今日はご褒美に上等の肉を買ったぞ。」といわれて、「まとまったのか!」と聞くと「そんなに急にはまとまらないけど、とにかくおつきあいしようっていう話になったらしいの。」

「おお、俺の努力が実ったか?」というと、「まだ実ってないんだけど、お付き合いはするらしい。なんでも詩音さん、涙声で電話してきたらしいの。お付き合いしてほしいって。」「オッサン、やっと動いたか。世話の焼けるオッサンだ。」と思ったが嬉しかった。

しばらくしてオッサンからも連絡があった。「付き合うことになった。例の話もしたんだよ。それでも付き合いたいといってくれたよ。若い女は勇気があるなあ。俺なんか、おっかなびっくりで言ってるのに、梨沙は堂々としたもんだ。余計なことは考えないようにするよ。それが芸術家の生き方ってもんだよ。」といった。「そうだよ、もしフラれたって、人間に深みが出てもっといい絵が描けるようになるさ。」というと、「お前はやっぱり失礼だ。電話して損した。」と笑いながら電話を切った。

それから、半年もたたないうちに二人は婚約した。その時にオッサンは両親に身体のことも説明したらしい。両親は最初はいい顔をしなかったが、義姉の熱心な説得に折れた形だ。こうなるとキューピット役の俺は両親に気を使うことになる。

オッサンよ。頼むから義姉を幸福な妻にしてくれと祈るばかりだった。オッサンの人格は間違いない。オッサンがいい仕事をしてくれさえしたら、義姉は幸福になると思った。

俺はカフェの経営権やビルの名義など、要は生臭い所をひきうける覚悟を決めていた。「梨央、俺はすごくいい人だろ?」と心の中でつぶやいた。

続く

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2019年09月13日

THE FOURTH STORY 真と梨央  <23 本気のキューピット>

本気のキューピット
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梨央はまるで自分が惚れた男のように、あのオッサンに未練を持った。俺は金の計算をしていた。

確かに画家で十分な生活をするのは難しいかもしれない。しかし、現実的には義姉には田原家の財産の半分は入るわけだ。無茶をしなければ一生食べていけるだけのものはあるはずだった。ただし、それは相続をしてからの話だ。それでも現実に義姉が会社を継げば給与も相当なものになるだろう。

それに、オッサンの実家も資産家に違いなかった。あのビルの名義は誰なのだろうと人の家の資産を詮索した。兄弟は多いのか?相続はどうなるんだ?たしかに、呉服店は今後経営は難しくなるだろうが、需要がなくなるわけでもないだろう。やり方じゃ儲かる仕事にならないんだろうか?あのカフェは儲かってないのか?

いろいろ考えた結果、あのオッサンの画家としての収入がなくても食べるには困らないと答えが出た。あのカフェさえ利益を落とさなければいい訳だ。食べるに困らないでは義父は許さないだろう。豊かな暮らしをさせたいのが親心というものだ。義姉を会社の役職に就ければ解決だ。義姉は能力があると見た。

人の金について悶々と考えている俺こそがあのオッサンに未練を持っている。もう一度会おう。そう決めた。単刀直入に話をしてみよう。本気のキューピット役をやってみようと思った。いかつい風体の画家は人たらしだった。

その週の水曜日には東京本社に出勤した。午後二時には、えり兆ビルについていた。カフェに入るとオッサンはボーっとコーヒーを飲んでいた。こんにちはと店へはいると、義母が おやという顔をした。注文を取りに来るついでに「あれから何があったのかさっぱりわかりませんのよ。一体どうなったんでしょうかね。」という。

とりあえずコーヒーを注文した。コーヒーはオッサンが持ってきた。テーブルに置くや否や、「あんたもう来ないでくれ。引っ掻き回さんでくれ。」といわれてしまった。さすがにムッと来た。
「あんたこそ、もっと素直になれないのか。」と気色ばんだ。ほかの客が一斉にこちらを見た。

義母が気を使って、カフェの奥の従業員用の小部屋に入れてくれた。「お前ね、この機会を逃すとホントに梨沙ちゃん、どっかへお嫁に行っちゃうよ。いい年なんだからもっとしっかりしとくれ!周りに心配かけんじゃないんだよ。」とこの前とは打って変わった江戸っ子口調で言い捨てていった。

「ガラの悪い婆さんだ。」とオッサンがため息をついた。

「あんた、惚れてるんだったら素直になればいいじゃないか?何をそんなにぐずぐずごねる必要があるんだ。」というと「あんたにはわからない事情ってもんがあるんだよ。口ださないでくれるかなあ。」といわれて負けているわけにもいかないんで、「事情って何だい。金の計算ならおれの方が得意だよ。」というと「金の問題だけじゃないんだよ。」

「年か?」

「ああ、それもある。金なしで爺さんじゃかわいそうだろ。」

「それは本人が納得してるんだから問題にならんだろ。それに、あっちは資産家だ。画家のパトロンにはうってつけだ。」

「しつこいなあ。こちとら、身体が良くないんだよ。健康上の都合だよ。わかったら帰ってくれんかな。」 

「がんか?」

「なんでそんなに単純なんだ。世の中にはがん以外にも病気はあるんだよ。」

「何の病気なんだ?」

「お前と関係ないだろう。」

「なんでそんなにかたくななんだ?梨沙ちゃん涙ぐんで、吹っ切れたっていってた。いっつもああいう風に無理ばっかりしてるんだ。うちの女房は自分が迷惑をかけてるからほっとけないんだよ。」

「ないんだよタネが。」

「何のタネ」

「子ダネだよ。前の女房とはそれで離婚した。もうたくさんなんだよ。ああいうゴタゴタは。」

「そりゃ辛いな〜。あの、立ち入ったこと聞くんだけど出来ないのか?」

「できないから調べたんだよ。おんなじこと何遍も言わせんな。」

「いや、悪い悪い、そっちじゃなくて夜の方。」

「お前ほど失礼な奴にあったことがない。してなかったらできない理由は調べんだろうが。してるのにできないから調べたんだ。」

「あ、そうか。どっちにしても、それをあの子に説明してみたらどうだ。嫌なら本気で吹っ切れる。あんた卑怯なんだよ。絶対ダメならなんであの絵を渡した?あの子は吹っ切れたフリをしなきゃいけないんだ。吹っ切れないんだよ。あんなもの渡されちゃ。そうだろ?そんなことわかってるだろ?あんたいい年じゃないか。田原社長に説教食らわせたんだろ?なにいい人ぶってるんだよ。そんなことしてる暇があったら、あんたの方からあの子に事情を打ち明けて、あんたがフラれてやれよ。それが年長者の務めってもんだろ?いうこと言ったからな。一週間以内にあんたがなんにもしなかったら、クラムボン捨ててやる。本気で吹っ切るってそういうことだろ?」

俺は精一杯けしかけた。これで進まなきゃホントにクラムボンをオッサンに返そうと思っていた。梨沙ちゃんに恨まれるかもしれないが、これが本当の親切というものだ。オッサンはしゃべらなくなってしまった。

梨央には一応の説明はしておいたがオッサンの健康上の秘密は言わなかった。梨央は「あなたは、私が思った通りの人だった。とっても優しい。本当に信頼してる。」とお褒めの言葉を賜った。俺は自分がいい人になってきていることを自覚していた。

その翌日、義父から会社に電話があった。「君、この間、例の画家と会ってくれたのか?」と聞かれたので言いよどんでいると「すまんね。面倒掛けて。梨央が君にお願いしたのかな?申し訳ないね。忙しいのにお世話をおかけして。まあよろしく頼む。君はしっかり者だからな。君の眼を信じるよ。まあ、とにかくお礼の気持ちを伝えたかった。ありがとう。」といわれた。

賛成とも反対とも言われなかった。君の眼を信じるって、なんて卑怯な言い方なんだと思った。人が悪い。俺だけがいい人だった。


続く

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2019年09月12日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <22 クラムボン>

クラムボン

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僕たちが帰った時には、もう夕食が始まっていた。義姉も一緒に食事をしていた。いつも通りの表情だった。僕たちは何があったのかわからなかった。ただ、義姉がこの時間に帰っているということは、大した話にはならなかったということだ。

夕飯後それとなく義姉の様子を見ていた。俺も梨央も義母も。すると不意に涙ぐんで部屋に入ってしまった。「梨央は私余計なことしちゃったのかな」といった。すると義母が「踏ん切りをつけなきゃ。いつまでも中途半端な気持ちを引きづってちゃダメなのよ。」といった。

義父が「君たち何の話をしてるんだ?なんかあったのか?」と聞いたので全員で「何でもない。」とごまかした。

義姉は夜遅くになっても風呂に入らなかった。梨央が心配して様子を見に行くと一枚の絵を見て涙ぐんでいたらしい。「もう来るな。って言われちゃった。さっさと嫁に行けって。お餞別なんだって。」と言って見せた絵がクラムボンだったらしい。

「はっきり言われて吹っ切れたわ。梨央、明日からしばらくは仕事一本で暮らさせて。そのうちいい人見つけるから。お風呂入るわ。」その日俺たちは一切男の話はしなかった。そして、俺たちは大阪へ帰った。 たった三日間のキューピット生活だった。

続く

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2019年09月11日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <21 三日キューピット>

三日キューピット
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なんとか、梨沙ちゃんとあの画家が合う機会を作ろうという話になった。今夜仕事帰りに、いいカフェを見つけたから一緒に行こうと誘うことになった。車で強引に行ってしまおうとしていた。俺なら「全く知らなかった。偶然だねえ。」と言って切り抜けられる。

学生のような計画だった。それでも梨央も俺もその計画に本気になっていた。ひょっとしたら義姉の結婚が決まるかもしれないのだ。しかも今日の明日だ。なんだかやけに緊張した。

翌朝出勤前の朝食の席で、「義姉にいいカフェを見つけたんですよ。今日は早く帰るんで一緒にどうですか?」と誘った。「二人で行けばいいじゃない。」とすげない返事だ。

「いやいやそういわずに、俺のセンスのいいところを見てくださいよ。」「梨沙ちゃん行こうよ。」と梨央も誘うと、義母が「梨沙行ってきなさいよ。私もご一緒しようかしら?」といった。梨央は慌てて「えっ ママ、ちょっとちょっと来て」と洗面所まで義母を呼んだ。

洗面所から戻った義母が「梨沙行ってきなさいよ。」と後押しをしてくれた。

とにかく、義父が席に着く前に話を終わらせたかった。義父が入ると話は絶対に混乱することは分かっていた。娘の結婚話に黙っているような義父ではなかった。

その日の午後、梨央と義姉と三人で待ち合わせをして車でえり兆ビルへ行った。「ここです。梨沙ちゃん、ほらおしゃれな感じでしょ?コーヒーがサイフォンなんですよ。うまいですよ。」「あら、ここ私ちょっと、どうしよう。」義姉はとまどったが無視した。

梨央が「あなた、いいお店ね。割とセンスいいんじゃない?」と畳みかけてとにかく店に入ってしまった。

オッサンは僕たちを見て呆然としていた。コーヒーを三つオーダーすると上品な老婦人がこちらを見て笑った。義姉に小さく手で合図した。あの老婦人は義姉に好感を持っているのだとわかった。きっとオッサンのお母さんだ。

すぐにギャラリースペースに入って、「この絵いいでしょう。うちの寝室に飾りたかったんですが、売約済みだそうです。なんで値札つけてるんですかね? ねえ、ねえマスター。この絵のことなんですがね。」とオッサンを呼んだ。

オッサンは不承不承という感じでやってきた。「ねえ、マスターこの絵の名前を付けた人ってマスターが惚れた人なんですよね。」というと義姉がびっくりしてオッサンを見た。オッサンはしどろもどろになってうろたえていた。

「しまった、忘れ物しちゃった。すぐ帰らなきゃ。梨央帰ろ。帰ろ。」と声をかけると梨央も「ああ、それは大変。急がなきゃね。」と小走りに店を出た。驚いたことに老婦人も「私も忘れ物しましたよ。ちょっと、今日は閉店ですよ。失礼しますよ。」と表のドアの札をclosedにして表へ出てきた。

みんな本気だった。そこにいる三人がみな祈るような顔をしていた。「さっさと車出さなきゃ。」と車に乗ろうとすると老婦人も一緒に乗り込んできた。「私ね、財布もハンカチも何にも持ってないんですの。一人だと家に帰れないんですのよ。」といった。

車の中で老婦人は「あなたが骨を折ってくださったの?」と聞いたので、「妻からのミッションです。妻は梨沙の妹です。」と答えた。

「浜野梨央と申します。姉が新田さんを好きなんじゃないかと思って。新田さんは姉をどう思ってらっしゃるんでしょうね?」と聞くと老婦人は「実は本気で好きなんじゃないかと思います。多分梨沙さんに苦労させるのが辛いんじゃないかと思うんですよ。画家たって十分な稼ぎがあるわけじゃないですから。年もずいぶん離れてるし、親御さんがお許しになるはずもないですよね。でも、最近は絵も売れるようになって、時々は大きなお仕事もさせていただけるようになったんですよ。私はあのお嬢さんが大好きなんですけど。いえね、うちだって江戸時代から続く呉服屋ですよ。御仕度も家もちゃんと準備できます。」と言ってくれた。義父以外の外堀はは埋まった形だ。

僕たちは老婦人を自宅まで送り届けた。家は銀座の裏通りにあった。地味な作りだが一等地だ。「もう昔っからの住人です。昔はここも店舗だったんです。この辺りは今も住んでる人多いんですよ。」という。土地っ子だ。

続く



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2019年09月10日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <20 奇妙なタイトル>

奇妙なタイトル
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新田詩音のカフェのコーヒーはサイフォン式だった。なかなかうまいコーヒーで客層は年配が多かった。いいカフェだと思った。ここに若い女が一人で来れば目立つ。コーヒーを待つ間ギャラリースペースに行ってみた。するといかついオッサンが笑顔でやってきた。

なるほど柔らかい色合いで好感が持てた。不思議なことに買ってみようかなどと思った。寝室にどうだろうと思った。

オッサンが、絵をお探しですか?と聞くので、ちょっと、この青い絵がいいなと思っているんです。といいながら、値段を見てびっくりした。怖気づいてよく似た感じの小さい方を指さした。するとオッサンは「すみません、それは売約済みなんです。」という。

「そうなんですか。でも変わったタイトルですね。こっちはどうなんですか?」と聞くと「すみませんね。それも売約済みなんです。」という。心の中で「じゃあ、値札つけるなよ!」と思った。

「変わったタイトルですね、この二つ。」というとオッサンは「よその女がつけたんですよ。私もよくわからんのですが、そのまま使いました。惚れた弱みですかな。」と笑った。「えっ、恋人がお付けになった名前?」「いや、片思いですよ。」と苦笑いをした。

残念でした。このオッサンはどっかの変な女に片思いをしていた。変なオッサンなんだから変な女とお似合いだ。梨央は残念がるだろうけど。と思いながらカフェを出た。

夜、梨央に事の顛末を報告した。「あのオッサンには好きな女がいるみたいだ。残念だけど諦めよう。梨沙ちゃんにはもっといい人が現れる。俺も心がけるから。」というと、「ええ〜、あの人そんな人がいたの? あの人絶対梨沙ちゃんのこと好きだと思ったのに。ママもそうじゃないかって気をもんでたのよ。残念だわ〜。でも、あなた、たった一度お店へ行っただけで凄いこと聞きだしてきたのね。凄い。」といわれた。

「梨央はあの画家が気に入ってるみたいだけど、変な奴だったぜ。なにしろ、絵を売らないんだ。値段をつけて飾ってあるから、寝室に飾りたいっと思って買うって言ったんだよ。そしたら売約済みだって言われたんだよ。2枚もだぜ。その絵のタイトルが変なんだよ。なんでも惚れた女が勝手につけた名前らしいんだ。いいオッサンがその女に片思いしてるらしい。変な名前だったよ。」

「まあ確かに変な人には違いないのよ。でもいい人みたいなのよ。」

「いい人かもしれないけど、あれじゃ梨沙ちゃん苦労するよ。俺がいい男見つけてやるよ。」といいながら自分で自分に驚いていた。人の結婚の世話をする奴の気が知れないと思っていたのに、今、男を見つけてやると口走ったようだ。

「絵、いい絵だったの?」「うん、優しい感じの青い絵だ。なんだかなあ。クラムボンっていう名前だった。もう一つがシグナル何とかだった。」というと、梨央が「シグナルとシグナレス?」と聞いた。

「なんだ、知ってるのか?」「有名よ、両方とも宮沢賢治の童話よ。」「宮沢賢治って、アメニモマケズのか?」「そう、いい童話をたくさん書いた大作家よ。」「ふう〜ん。知らなかった。」
という間に梨央の表情が変わってきて、明るい目になった。

「浜野真君、君はたった一回のミッションでよくそこまでいい情報をつかんできた。ここに君の功績をたたえます。」と言って抱き着いてきた。「おお、よかった。もう一生出来ないのかと思って焦ってたんだ。」と答えると大笑いした。

明るい表情だった。「あのね、梨沙ちゃん宮沢賢治の大ファンなのよ。その絵の名付け親は梨沙ちゃんよ。」といった。「ええ〜、変な女って言って悪かったな。」いいながら、なんだか気持ちのいい感動が胸に押し寄せてきた。

「梨央軍曹、今後は私はミッションには必ず文書と写真で詳細なレポートを書きます。下手したらものすごい重要な情報が抜けおちるとこだった。あぶねえ。」と声が出た。


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2019年09月09日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <19 脅迫>

脅迫

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俺は義姉の梨沙ちゃんが気になっていた。梨央が地味な顔立ちなのに比べたら、梨沙ちゃんは花が咲いたような華やかな美人だった。俺よりも二つ下だが、しっかりしていてサバサバした感じの男前だった。もし、職場にこんな女がいたら惚れるだろうなと思った。気になるのは時々寂しそうな顔をすることだった。

夜、梨央と二人きりになった時に梨央から梨沙ちゃんの話をしだした。「梨沙ちゃん寂しそうでしょ?」「梨沙ちゃんね、私のことがあってから、自分のことがお留守になっちゃったの。自分の恋人の友達が犯人だったから、凄く責任感じちゃったの。ママが私にかかりきりだったから、家のことも全部自分が引き受けちゃったの。パパの会社のサポートもしたのよ。梨沙ちゃん学校の先生になりたかったの。でも、私のことがあって全部諦めちゃったの。彼氏ともお別れしちゃったの。何もかも諦めちゃって。私ね、いつまでも梨沙ちゃんの重荷になってちゃいけないと思って結婚したのよ。」

「え、俺に惚れてくれたんじゃなかったのか!」

「だから、なんだかひいお爺ちゃんにそっくりな人がいたから、この人とだったらうまく行けるんじゃないかって。そしたらホントにハワイの最初の夜にあなたに恋をしたの。あなたは私を抱きしめて魔法の言葉を言ったのよ。そしたら、いっぺんに恋をしてしまったわ。」といいながらふふふと思い出し笑いをした。

「魔法のことばって、俺何言ったの?」「教えてあげない。」

「梨沙ちゃん、好きな人がいるんじゃないかと思うのよ。どんな縁談にも耳を貸さないの。写真も見ないの。私ね、心当たりがあるの。」

「なんだ、それをパパやママに言えばいいじゃないか。」

「梨沙ちゃん隠すのよ。知らんぷりするの。」

「誰だ、それ」

「新田詩音ていう画家の人」「そんな画家知らないな。」「えっ、けっこう有名よ。ほら、ちょっと淡い色合いで優しい絵を描く人よ。公的な施設でも時々見るじゃない。」「知らない。」「名前も聞いたことない?」「ない。」

サッパリかみ合わなかったが、その画家がカフェを経営していて梨沙ちゃんはそのカフェの常連だったそうだ。その男が義父に「少しかまってやらないとかわいそうだ。」と説教をしたという。それはずいぶん不思議な話だと思った。


俺なら女に惚れたら女の父親は避ける。父親が一番の難敵じゃないか。

「その人パパと話してからすぐに海外へ行ったみたいなの。梨沙ちゃんもそのカフェにいかなくなったの。なんか変だと思わない?」

「たしかに変だね。そいつおかしな奴なんじゃないの?相手にしないほうがいいぜ。」といったが梨央は、「梨沙ちゃん、あの人が好きなんじゃないかと思うのよ。ねえ、あなた、そのカフェに様子を見に行ってくれない?」

「えっ、なんで俺が行くの?梨央が行けばいいじゃないか。」

「なんで意地悪なのよ。じゃあ、もうしない。一生しない。」

「何言ってるんだ。なんでそういう話になるんだ?」

意味不明の脅迫を受けて訳が分からないまま、とにかくカフェに行ってみた。そう、こんな場面でいつも感じる。俺はこの女にいいように使われている。それなのに、その仕事が自分の仕事のように感じてしまう。

カフェがあるビルはえり兆ビルという名前だった。一階のカフェには上品な老婦人と、いかついオッサンがいた。なるほど画家が経営するカフェらしく、結構大きなギャラリースペースがあった。


続く

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2019年09月08日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <19 似た男>

似た男

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ある夜のベッドの中で、「梨央は男が苦手なのに何でおれとお見合いしようと思ったの?」と聞いてみた。「あなたのお見合い写真を見たとき、なんだか見たことがあるって思ったの。家族中みんなそう思ったのよ。それで、みんなが気が付いたの。あなたうちの、ひいお爺ちゃんの写真に似ているの。」

「うそ、俺そんなに老けた写真送られてたのか!」

「そうじゃなくて、ひいお爺ちゃんの若いころの写真よ。ひいお爺ちゃん、ちょっと有名だったのよ。雑誌に写真が載ってたの。その写真をひいお婆ちゃんが大切に保管してたのよ。その写真にそっくりなのよ。」

「へえ〜、今度その写真見せてよ。」

「そうね、今度実家に帰ったら見せてあげるわよ。そっくりなんだから。それに、写真のそばに金の仏様も飾ってあるんだけど、なんだかその仏様にこの縁談は梨央を幸福にする縁談だよって言われているような気がしたの。これを逃すと後がないよって。」と言って笑った。

東京の会議に出るときに梨央も一緒に東京に帰った。実家には日帰りだといって泊まらなかった。俺の実家は俺が泊まらないというとホッとするようだ。

梨央が待っている田原の家に泊まった。この家は暖かかった。夫にとっては妻の実家はとても居心地がよかった。義母も姉の梨沙ちゃんも面白い人だ。梨央が別に冗談を言わなくても、何とはなしに面白い雰囲気があるのは母娘三人で冗談ばかり言って育ったからだろう。

ひいお婆さんが大切に保管していた雑誌は金の仏様と同じ棚に置かれていた。なんでもその仏様は田原家のお守りらしい。その雑誌に「島本真一氏」として写真が載っていた。ひいお爺さんは長い間島本真一のペンネームで榊島の自然についてコラムを書いていたらしい。

雰囲気が自分にそっくりなので驚きもしたし恥ずかしくもあった。義父も義母も、「この人がTコーポレーションを起こした人で、フィットネスジムも榊島の施設もこども園の前進である幼児教室も全部の創業者だ」と説明してくれた。

「苦み走ったいい男で女にもてた。君に似ている。」とお世辞を言ってくれた。この家族は、俺とこの人を結び付けて俺に好感を持っていてくれているようだ。

義父が「この爺さんは本当に婆さんにぞっこんだったんだよ。」というと義母も「外で会うと結構強面で近寄りがたい雰囲気なの。それが家では、お婆ちゃんにいいように扱われてたのよ。お婆ちゃんにお世辞を言われてはへらへら笑ってたの。なんでお爺ちゃんはあんなにお婆ちゃんに弱かったのかしらね。」といった。

義父が「女が家に乗り込んできたんだよ。ところが婆さんは堂々としたもんで相手の女のほうが逃げ出したらしい。それから、爺さんは婆さんに頭が上がらなくなったって話だよ。」といった。家族で「うっそ〜。そんなことあったの?」と大盛り上がりだったが、俺は冷や汗が出た。梨央もみんなと一緒に盛り上がっていた。俺は笑うに笑えなかった。

この家の仏間にはこの田原真一夫妻の写真と田原俊也夫妻の写真が飾られていた。確かに田原真一氏と俺は似ているような気がしたが、同時に梨央が真一氏の奥さんの梨花さんに似ている気もした。梨花ばあちゃんと梨央は血がつながっているのだから当たり前のことだった。

金の仏像やひいお爺さんの写真を見てわかったことがあった。俺はきっと梨央の言いなりに動くようにプログラムされている。プログラムしたのは、あの仏像だ。あの仏像が、梨央が二度と不幸な事件に巻き込まれないように梨央を守る役目を負った人間をつくったのだ。

そして、梨央のすることに過剰に反応するようにプログラムしたのだ。田原真一が可愛いひ孫を守るために作ったのが俺だ。やっと腑に落ちた。

続く

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2019年09月07日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <18 非礼>

非礼

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それでも、梨央の嫁入り道具を大阪の家に運び入れて大阪での生活が始まった。古い家だったので今までの明るい家とは違った。その分重厚な趣があった。時々、自分がこういう家の当主になったような錯覚をした。現実にはこの家は梨央の実家の家、ひょっとしたら梨央が相続するかも知れない家だった。

引っ越してからしばらく来客が続いた。特に俺の実家の両親と妹が押し掛けてきた日には相当疲れたはずだった。食事は古くから出入りしている仕出し屋で何とかなるが、なにしろ掃除が大変だ。

俺の両親も妹も梨央の前では委縮した。母や妹はよく笑って愛想を振りまく梨央が意外なのだ。妹達は梨央と仲良くなれそうな気がしたが母は梨央が席を外すと陰口をたたいた。「いい人みたいね。気が付くし美人じゃない。事故物件の割には掘り出し物だったじゃない?」といった。思わず手に持っていたコーヒーカップを床に打ち付けていた。

梨央が驚いて部屋に入ってきた。「あら、危ない!手で触らないで。すぐ片付けるから。」といってエプロンで割れたカップを拾った。そして、にこにこ笑いながら「真さんとは何があっても結婚してたと思います。事故に会っても会わなくても。絶対巡り合ってたと思うんです。」と答えた。梨央の圧勝だった。妹たちが謝りながら片づけを手伝った。

俺の家族が帰った後、梨央に「あのカップはとっても高いのよ。あなた同じもの買いなおしてね。」と怒られた。「ごめんな、バカな親で。」というと、「ほんとの気持ちよ。あなたと私は何があっても巡り合ってた。絶対結婚してる運命なのよ。ね、あれマイセンなの。次の土曜日にデパートに行きますからね。絶対同じモデル探してよ。」と厳しく念を押された。俺はひれ伏しそうになった。

その夜は外で夕食を食べた。この辺りは普通にフランス料理店や高級洋菓子店があった。そうかと思えばそれこそ昭和からやっているうどん屋やお好み焼き屋もあった。その日はお好み焼きを食べた。梨央が小さい時から知っている店だった。

「田原はんのお孫さん」と呼ばれていた。今度こちらに引っ越してきたというと、ビールをサービスされた。商店街を歩いてぶらぶら家に帰った。


続く

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