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2018年06月08日
青い目の幽霊(1)
祖母から聞いた話です。
祖母は戦時中の生まれで、戦争末期は私の実家のある、東京湾に面した千葉のとある村で暮らしていたそうです。
そのころは物資も底をつき、もちろん電気もガスもない時代ですから、
少女だった祖母も毎日山に薪を拾いに行っていました。
ある暑い夏の日のことです。
いつものように薪を拾っていた祖母は、突然のけたたましいサイレンにハッと顔を上げました。
青い空に、銀に光るかつお節のような戦闘機がいくつも見えました。米軍のB29です。
一直線に東京に向かって飛んでいくその後方を、
B29より一回り小さい零戦が翼の日の丸を陽光にさらして必死に追撃しています。
(空襲だ! 東京に爆弾を落としにいくんだ!)
祖母のいる村は軍事工場などもないので、米軍の標的になる可能性はほとんどありません。
ましてや、山の中で高い木立に囲まれている祖母を上空から見つけられるはずはないのですが、
それでも恐ろしさに身がすくんだといいます。
(零戦がんばれ! アメリカをやっつけて!)
祖母の祈りが届いたのでしょうか。数機の零戦からチカチカと閃光のようなものが瞬いたかと思うと、B29が爆砕しました。
(やったぁ!)
喜んだのもつかの間、燃え盛る機体が破片を撒き散らしながら祖母の頭上に墜ちてくるではありませんか。
悲鳴を上げてその場から逃げる祖母に遅れ、地上に叩きつけられたB29が再び爆発を起こしました。
「きゃああああああっ!」
爆風で勢いよく体を木立に叩きつけられた祖母は気を失ってしまいました。
どれくらい気絶していたのかはさだかではありません。祖母はどこからか聞こえてくるうめき声で目を覚ましました。
「……〇〇〇……〇〇〇……」
無意識に声の出どころを探した祖母は愕然としました。くぐもって、
意味を成すのか成さないのかもわからないその声は、墜落し炎に包まれているB29から聞こえてくるのでした!
(まだ生きている!)
なんという残酷な奇跡でしょう。
墜落した戦闘機のパイロットは撃ち落とされても死にきれず、いま、燃え盛る劫火に生きながら焼かれているのでした。
「……どうしよう……どうしよう……」
ガタガタ震えながら、祖母はその場に釘付けにされたように動けずにいました。
パイロットを助けなくては、という強い衝動と、
敵国の兵なのだから死んで当然だという両極端な想いが祖母の中でぶつかり合い、
どちらにも動けなくなってしまったのです。
激しく逡巡しているうちに、B29はひときわ大きな炎を吹き上げ、最後の爆発を起こして崩れ落ちました。
炎の幕の向こうに背の高い、黒い人影が見えた気がしましたが、気のせいだったかもしれないそうです。
その映像を最後に、祖母は再び気を失いました。
そんなことがあった後、祖母の周りでしばしば異変が起こるようになりました。何もない空中から視線を感じたり、
夜眠っているとどこからかあのくぐもったうめき声が聞こえたり、一度など道を歩いていてふと振り返ると、
遠くの電信柱の陰に巨人のような黒い影が立ち、こちらを見ていたことなどもありました。
(そのときはまばたきすると消えてしまったようですが)
祖母は病みました。異変の正体はもちろん、いつかの山で焼け死んだアメリカ兵に違いありません。
死んでなお天国に行けないアメリカ兵の霊が、自分をとり殺そうとしているのだと祖母は思いました。
けれど、山で焼け死ぬ兵士を見たことは誰にも言いませんでした。怖かったからです。
あの体験そのものが、というよりも、
アメリカ兵を助けられなかった罪悪感を周囲の人間に悟られるのが恐ろしくて恐ろしくてたまらなかったのです。
祖母は後悔していました。敵兵といえど、目の前で人が燃えているのに何もしなかった自分を激しく責めていました。
しかし、こんな考えを誰かにもらせば異端とみなされ迫害されてしまいます。
配給は止められ、飢え死にするかもしれません。
けれど祖母の中には「自分があの人を殺してしまった」という深い悲しみと悔悟がこびりついていました。
誰にも言えぬ思いを抱え、祖母は次第にやせ衰えていきました。
衰弱し床に伏せることが多くなるにつれ、アメリカ兵の霊はより鮮明に、より近く、祖母のそばに現れました。
皮膚が真っ黒に炭化した影が廊下を横切ったかと思えば、
うつらうつらと眠る祖母の顔に生暖かい吐息がかかり、ゾッとしたことが何度もありました。
あのうめき声も四六時中聞こえるようになりましたが、
英語のわからない祖母は何と言っているのかわからないままでした。
いよいよ殺されるのだと思った祖母は、ある決心をしました。
せめて最後にあの場所に行き、アメリカ兵に謝ろう、と。
許してくれなくてもかまわない、取り殺されるのが天罰だというなら甘んじて受け入れよう。
祖母はふらつく体を押して、山に向かいました。
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