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2024年01月08日
「妙だと思ったんですよ」他の棋士たちを絶望させる、史上初の八冠・藤井聡太(21)の「真似ができない2つの能力」とは
とても共感できる内容でしたので、ご紹介します。
うーん、藤井八冠の記事ばかりになりつつある(笑)
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将棋界初の八冠全制覇を21歳にして成し遂げた藤井聡太。よく1996年に七冠全制覇を達成した羽生善治と比較される。どちらも偉業だが、比較にならないというのが正直なところだ。
【写真】史上初の「全八冠制覇」を達成して、はにかむ藤井聡太
まずタイトルの数が単純に1つ多い。2017年に叡王戦がタイトル戦に昇格して、将棋界は8大タイトル戦になっている。そして藤井はタイトル戦を18期戦って無敗だ。これは信じ難い記録で、羽生ですら初タイトルの竜王を翌年に奪われている。羽生の強さももちろん驚異的だったが、それでも「絶対にかなわない」と思っていた棋士は多くはないはずだ。だが藤井のタイトル戦無敗という事実は重く、藤井に対して本気で勝機があると思っている棋士がどれだけいるのか。絶望的になるあまり、そもそも視野に入れてすらいない者もいるのではないか。
なぜこれだけ藤井は圧倒的に勝っているのか。将棋に運の要素は介在せず、実力のみである。棋力がずば抜けて高いことになるが、それはどの部分なのか。ここでは技術面とメンタル面の2つに絞って、藤井のすごさに迫ってみたい。
他の棋士を圧倒してきた「残り1分未満」の領域
将棋には序盤、中盤、終盤という段階がある。序盤は自分の玉を囲いながら、攻撃態勢を整える時期だ。中盤は駒がぶつかり、敵陣に駒を向けるのが主なタスクになる。そして終盤は自分の玉を守りながら、相手の玉に迫る。将棋は相手の玉を先に詰ませば勝ちなので、いちばん大事なのは終盤戦だが、藤井はここの技術が史上最高と言えるほど卓抜している。
具体的には、読みのスピードと正確性がずば抜けているのだ。公式戦の大事な要素として、「持ち時間」がある。棋戦によっても違うが、持ち時間がなくなった終盤戦では1手を1分未満で指さなくてはいけない。だから早く正確に深く読めないと正解にたどり着けないのだが、ここで藤井は他の棋士を圧倒してきた。
八冠を達成した第71期王座戦第4局がその典型だ。終盤で藤井の玉に詰みが発生していたが、相手の永瀬拓矢がそれを逃し、歴史的な逆転負けを喫した。こう書くと永瀬の実力不足と捉えがちだが、決してそうではない。
その直前の局面で、藤井は突然ギアチェンジをしたのだ。形勢は悪いながら長引かせる順はあったが、それでは勝ち目がないと踏んで永瀬玉に駒を向けた。重要なのは、その手を指す時に藤井は自分の玉に詰みがあって負けだと気づいていたこと。だが永瀬は「妙だと思ったんですよ。まだ長い将棋だと思っていたのに、突然双方の玉が詰む詰まないという状況にされた。それに瞬時に反応できませんでした」と語るように、詰む詰まないまでに意識がいっていなかった。慌てて切り替えて読んだが、1分では足りない。それで痛恨のミスを犯してしまったのだ。
藤井に4つのタイトルを奪われた渡辺明九段も「終盤力が違いすぎる」と素直に脱帽している。
なぜ藤井はこれほど終盤が強いのか。
将棋の勉強法として「詰将棋」というものがある。敵玉を詰ますパズルのような問題なのだが、これをたくさん解くと終盤力が向上すると言われている。これを好む藤井は幼少期から大量に解いており、またスピードも抜群だった。
「詰将棋解答選手権」という大会に藤井は8歳から参加していた。5回目の出場で全問正解を達成し、12歳で史上最年少優勝を記録した。藤井が将棋界に初めて与えた衝撃と見る向きもあり、これで藤井の存在を知った棋士も多い。
「ギフテッド」としか形容しようがない才能
突き詰めていくと、ではなぜ幼少期からそれほど詰将棋を解くのが早かったのか、ということになるが、それは「天性のもの」というほかない。プロ棋士は皆が才能の塊で、特にトッププロはそれが顕著だ。その中でも突き抜けている藤井を形容するには、「ギフテッド」という言い方が最も適切だろう。
次は精神面だ。23年6月に名人を獲得して七冠を達成した後、藤井は八冠について尋ねられることが増えた。だが答えはいつも判で押したように「意識していない」。そして八冠を達成した後の記者会見でも、藤井は何度も「実力不足」と自分に厳しかった。質問をかわそうとしているのか、謙遜をしているのか。
そのどちらでもない。藤井が将棋界初となるデビューからの29連勝を達成した17年6月の竜王戦決勝トーナメントから藤井を観戦し続けてきた私には、先の答えが本心であることがわかる。
藤井は、結果自体を目標にしないのだ。もちろん勝つことを目指しているのは言うまでもない。だがそこをゴール地点に置くと、達成したらその先はなくなってしまう。八冠達成を終着地点にしたら、これからどうすればいいのか。モチベーションを喪失しかねない。
藤井が常に目標に据えているのは、実力を向上させること。それには終わりがないからだ。さすがにあり得ないと思うが、このまま実力を向上させ続けて、公式戦で全く負けなくなったとしよう。それでも藤井は今と変わらず楽しそうに盤上を凝視していると思う。強くなるほど視界が広がり、情報量も増え、より将棋を理解できるのでさらに楽しめるからだ。
「人生でいちばん楽しいと感じる瞬間」を尋ねられ…
藤井からは名誉欲、金銭欲、物欲といったものは全く感じられない。22年の夏に、藤井に人生でいちばん楽しいと感じる瞬間を尋ねたことがある。
「棋士としては勝利を目指す必要がありますけど、将棋というゲーム自体は楽しむためのものです。だから将棋を指していてすごく面白い局面に出合えた時が、人生でいちばん楽しい瞬間ですね」
よく私は藤井について「透明感のあるたたずまい」と表現する。濁ったところはまるでなく、純粋に盤上の真理を追究している。対局中、藤井は透き通った視線で盤上を眺めている。それを盤側から観戦していると、心が洗われるような、不思議な爽快感に包まれることがある。
そんな棋士は、藤井聡太だけなのだ。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2024年の論点100 』に掲載されています。
大川 慎太郎/ノンフィクション出版
うーん、藤井八冠の記事ばかりになりつつある(笑)
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将棋界初の八冠全制覇を21歳にして成し遂げた藤井聡太。よく1996年に七冠全制覇を達成した羽生善治と比較される。どちらも偉業だが、比較にならないというのが正直なところだ。
【写真】史上初の「全八冠制覇」を達成して、はにかむ藤井聡太
まずタイトルの数が単純に1つ多い。2017年に叡王戦がタイトル戦に昇格して、将棋界は8大タイトル戦になっている。そして藤井はタイトル戦を18期戦って無敗だ。これは信じ難い記録で、羽生ですら初タイトルの竜王を翌年に奪われている。羽生の強さももちろん驚異的だったが、それでも「絶対にかなわない」と思っていた棋士は多くはないはずだ。だが藤井のタイトル戦無敗という事実は重く、藤井に対して本気で勝機があると思っている棋士がどれだけいるのか。絶望的になるあまり、そもそも視野に入れてすらいない者もいるのではないか。
なぜこれだけ藤井は圧倒的に勝っているのか。将棋に運の要素は介在せず、実力のみである。棋力がずば抜けて高いことになるが、それはどの部分なのか。ここでは技術面とメンタル面の2つに絞って、藤井のすごさに迫ってみたい。
他の棋士を圧倒してきた「残り1分未満」の領域
将棋には序盤、中盤、終盤という段階がある。序盤は自分の玉を囲いながら、攻撃態勢を整える時期だ。中盤は駒がぶつかり、敵陣に駒を向けるのが主なタスクになる。そして終盤は自分の玉を守りながら、相手の玉に迫る。将棋は相手の玉を先に詰ませば勝ちなので、いちばん大事なのは終盤戦だが、藤井はここの技術が史上最高と言えるほど卓抜している。
具体的には、読みのスピードと正確性がずば抜けているのだ。公式戦の大事な要素として、「持ち時間」がある。棋戦によっても違うが、持ち時間がなくなった終盤戦では1手を1分未満で指さなくてはいけない。だから早く正確に深く読めないと正解にたどり着けないのだが、ここで藤井は他の棋士を圧倒してきた。
八冠を達成した第71期王座戦第4局がその典型だ。終盤で藤井の玉に詰みが発生していたが、相手の永瀬拓矢がそれを逃し、歴史的な逆転負けを喫した。こう書くと永瀬の実力不足と捉えがちだが、決してそうではない。
その直前の局面で、藤井は突然ギアチェンジをしたのだ。形勢は悪いながら長引かせる順はあったが、それでは勝ち目がないと踏んで永瀬玉に駒を向けた。重要なのは、その手を指す時に藤井は自分の玉に詰みがあって負けだと気づいていたこと。だが永瀬は「妙だと思ったんですよ。まだ長い将棋だと思っていたのに、突然双方の玉が詰む詰まないという状況にされた。それに瞬時に反応できませんでした」と語るように、詰む詰まないまでに意識がいっていなかった。慌てて切り替えて読んだが、1分では足りない。それで痛恨のミスを犯してしまったのだ。
藤井に4つのタイトルを奪われた渡辺明九段も「終盤力が違いすぎる」と素直に脱帽している。
なぜ藤井はこれほど終盤が強いのか。
将棋の勉強法として「詰将棋」というものがある。敵玉を詰ますパズルのような問題なのだが、これをたくさん解くと終盤力が向上すると言われている。これを好む藤井は幼少期から大量に解いており、またスピードも抜群だった。
「詰将棋解答選手権」という大会に藤井は8歳から参加していた。5回目の出場で全問正解を達成し、12歳で史上最年少優勝を記録した。藤井が将棋界に初めて与えた衝撃と見る向きもあり、これで藤井の存在を知った棋士も多い。
「ギフテッド」としか形容しようがない才能
突き詰めていくと、ではなぜ幼少期からそれほど詰将棋を解くのが早かったのか、ということになるが、それは「天性のもの」というほかない。プロ棋士は皆が才能の塊で、特にトッププロはそれが顕著だ。その中でも突き抜けている藤井を形容するには、「ギフテッド」という言い方が最も適切だろう。
次は精神面だ。23年6月に名人を獲得して七冠を達成した後、藤井は八冠について尋ねられることが増えた。だが答えはいつも判で押したように「意識していない」。そして八冠を達成した後の記者会見でも、藤井は何度も「実力不足」と自分に厳しかった。質問をかわそうとしているのか、謙遜をしているのか。
そのどちらでもない。藤井が将棋界初となるデビューからの29連勝を達成した17年6月の竜王戦決勝トーナメントから藤井を観戦し続けてきた私には、先の答えが本心であることがわかる。
藤井は、結果自体を目標にしないのだ。もちろん勝つことを目指しているのは言うまでもない。だがそこをゴール地点に置くと、達成したらその先はなくなってしまう。八冠達成を終着地点にしたら、これからどうすればいいのか。モチベーションを喪失しかねない。
藤井が常に目標に据えているのは、実力を向上させること。それには終わりがないからだ。さすがにあり得ないと思うが、このまま実力を向上させ続けて、公式戦で全く負けなくなったとしよう。それでも藤井は今と変わらず楽しそうに盤上を凝視していると思う。強くなるほど視界が広がり、情報量も増え、より将棋を理解できるのでさらに楽しめるからだ。
「人生でいちばん楽しいと感じる瞬間」を尋ねられ…
藤井からは名誉欲、金銭欲、物欲といったものは全く感じられない。22年の夏に、藤井に人生でいちばん楽しいと感じる瞬間を尋ねたことがある。
「棋士としては勝利を目指す必要がありますけど、将棋というゲーム自体は楽しむためのものです。だから将棋を指していてすごく面白い局面に出合えた時が、人生でいちばん楽しい瞬間ですね」
よく私は藤井について「透明感のあるたたずまい」と表現する。濁ったところはまるでなく、純粋に盤上の真理を追究している。対局中、藤井は透き通った視線で盤上を眺めている。それを盤側から観戦していると、心が洗われるような、不思議な爽快感に包まれることがある。
そんな棋士は、藤井聡太だけなのだ。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2024年の論点100 』に掲載されています。
大川 慎太郎/ノンフィクション出版