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2023年11月15日

十八世名人 森内俊之九段『 超進化論 藤井聡太 将棋AI時代の「最強」とは何か 』

とても興味深い内容でしたので、ご紹介します


日本中が熱狂したシリーズだった。藤井聡太竜王・名人と永瀬拓矢王座が激突した第71期王座戦は、既報の通り藤井が3勝1敗で王座を奪取。八冠独占は社会現象になり、藤井竜王・名人には今月13日に内閣総理大臣顕彰が授与された。

 十八世名人の森内俊之九段は、今年8月に『 超進化論 藤井聡太 将棋AI時代の「最強」とは何か 』(飛鳥新社)を上梓した。前書きでは次のように断言している。

〈将棋の歴史上、「最強の棋士は誰か?」と問われれば「間違いなく藤井聡太竜王名人」と言い切れる〉

 同書は藤井聡太の強さを分析している。「永世七冠」の羽生善治九段とのタイトル戦(第72期ALSOK杯王将戦)や共通点を巡る考察は、羽生と小学生のときから長く戦ってきた森内九段でないと書けない内容だ。
 百戦錬磨の森内九段から見て、今回の歴史に残る大勝負はどう映っていたのか。取材は第3局、第4局の直後に行った。

 まずは最終局前のインタビューをご覧いただきたい。前半は藤井の強さ、そして後半では王座戦について語っている。五番勝負では激戦が何度も続き、大棋士もハラハラしていた。永世名人の率直な感想を聞くと、番勝負がどちらに転ぶかわからない興奮がよみがえるだろう。また「当時の羽生七冠より藤井八冠のほうが強い」となぜはっきり言えるのか。その真意を聞いた。

(取材日:2023年10月3日)

――森内九段が藤井聡太竜王・名人を初めて認識したのは、いつですか。

森内 彼と初めて出会ったのは、小学生の大会のようです(2012年の第9回小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会・3年生の部。藤井聡太竜王・名人が3位、竜王挑戦中の伊藤匠七段が準優勝したことで有名)。私は審判長でしたが、記憶は定かではありません。多くのお子さんが参加されていますし、何年も務めていましたから。

 彼の名前を覚えたのは「詰将棋解答選手権・チャンピオン戦を小学6年生の藤井聡太さん(奨励会二段)が優勝した」というニュースを見たときでした。有名な詰将棋作家、詰将棋が得意な棋士が何人も出ている大会ですから、信じられなかったです。プロが悩むような難解な詰将棋はセンスだけではなく、経験がないと解けません。この少年がそのまま強くなったら、すごいことになるんじゃないかと思いました。


――将棋を初めて見たのは?

森内 プロの四段になってからです。デビューから連勝が積み重なり、本当にどこまで勝つんだろうかと眺めていました。将棋界の枠を超えた社会現象になって注目が集まっても、中学生の彼は平常心で対局している。出来過ぎているストーリーですよね。

――『超進化論 藤井聡太』では、藤井竜王・名人について「平常心」という言葉が何度も出てきます。

森内 いやぁ、どれだけ注目されても淡々と対局に臨まれて結果を出していましたからね。普通は舞い上がってもおかしくないでしょう。正直、将棋の内容よりも盤外のふるまいにインパクトがあったぐらいです。

――藤井将棋はデビューからどのように成長してきましたか。

森内 当初から序盤から終盤まで完成度の高い将棋だなと思いました。ただ、いくら中盤が強くて読みが速かったとしても、どうしても経験が少ないので、序盤に精通した上位の棋士と当たると苦戦していました。学校にも通っていたため、将棋を勉強する時間は少なかったでしょう。

 年々、対局や研究を積み重ねて、いまは序盤も克服されてスキがありません。内容を検証するとレベルアップしています。棋戦上位で活躍すればするほど対戦相手も強くなっていきますので、8割を超える勝率を維持し続けているのは驚異的です。

藤井竜王・名人を強くした、量より質のAI勉強法
――なぜ、序盤を克服できたのでしょうか。プロの課題は高度であり、わかっていても実際にどう解決すればいいのかは簡単ではないはずです。

森内 やはり、長期的なスパンで考えた勉強をしているんじゃないでしょうか。短期的に考えるなら、次の対局で勝つこと、相手に合わせて有効な方法を選んでいくのが現実的でしょう。しかし、藤井さんは後手だと2手目△8四歩しか指しません。恐らく△8四歩が最善手だと思っていて、相手に用意されていた局面に誘導されかねないデメリットがあってもスタイルを変えない。主導権を握りやすい先手でよい戦法を固定するのはわかりますが、後手番でも突き詰めて同じことをやっていくのは非常に興味深いです。

現代は将棋を研究する環境がすべて整ったので、勉強時間を確保するのが大事です。藤井さんはすでに将棋界の顔なので、対局以外にもこなさなくてはいけない仕事が増えているでしょう。以前ほどは研究に時間を割けなくなっているはずなのに、序盤の精度を落とさずに戦っています。量より質で、勉強法がうまく機能しているに違いありません。

――そのカギになっているのが、AIということですか。

森内 ええ、そうだと思います。藤井さんは評価値が悪い手を基本的に指しません。本にも書いた通り、AIは10年ぐらいで飛躍的に伸びました。AIを使って検証することで力を伸ばせる時代ですから、棋士にとっては欠かせないアイテムになっています。

記憶力の比重が増しているが、地力も問われる
――将棋AIによる研究は加速していますか?

森内 大半の棋士がAIを活用していることは間違いありません。評価値の良さを追い求めていくタイプと、実戦的な指しやすさを重視するタイプで研究の仕方は随分違うような気がします。

 AI研究はどうしても時間がかかります。最初から最後まで完璧なものを作って勝とうと思えば、1日24時間やっても足りません。しかも局面は複雑になればなるほど理解は難しくなっていきます。

――なぜ藤井竜王・名人は、それをトップレベルでこなせるのでしょう?

森内 記憶力がよくて、きちんと読み筋を理解して定跡を的確に整理するから、AIの膨大な読みについていけるのでしょう。

ただ、受験勉強みたいにただひたすら暗記すれば勝つわけではないですよ(笑)。勝負は事前の研究だけでは決まりませんし、想定から外れたときや駒が入り組んだ中終盤になると地力が問われます。それに、自分の技量を超えたものを記憶だけで指し続けるのは簡単ではないです。

 年々、将棋では記憶力の比重が増しています。一般的には「ネットで調べればいいから、記憶力は大事ではない」という方もいらっしゃいますけど、調べて分かること、その場でとっさに自分でできることは違うと私は思っています。

藤井竜王・名人の知られざる新たな一面
――今年の春先、当時の渡辺明名人は「 藤井聡太さんの角換わりは、記憶のパワープレー 」だと評していました。相手に作戦の選択権がたくさんあっても、全部潰せるのは藤井さんだけ。それを支えているのは深い研究と記憶力だと。

森内 確かに藤井さんの記憶力は抜群ですよね。

 この前のABEMAトーナメント2023で、藤井さんが出口(若武六段)さんに負けたときが印象的でした。角換わりになって終盤までお互いに研究の応酬を繰り広げるなか、どうも先に藤井さんが間違えてしまったようで、控室で兄弟子の齊藤裕也四段にぼやいていました。

――「もう、定跡通りに突っ込んで負けるパターンとはこのことですよ」と愚痴が止まらなくなり、兄弟子に放送されることを指摘されると「マジか。やばいな」と苦笑していましたね。

森内 年の近い同門ですから、親しい間柄で喋りやすかったでしょう。新たな一面を見られたのではないでしょうか。

 藤井さんはABEMAトーナメント2022で私と藤井猛九段を指名してくれました。自分たちとは親ほど年が離れているので、遠慮はあったと思います。でも、将棋では率直な感想を残していました。

 チームメイトの猛さんの将棋を2人で観戦している時は、猛さんと聡太さんの感覚の違いが感じられて興味深かったです。不利な猛さんが早く投了しそうなので、私がモニタを「投げないで」と見守っていたら、聡太さんに「投げてますね」と冷静にいわれたのも面白かったです。

まさかの八冠独占…考えてもみなかったこと
――藤井竜王・名人の初タイトル挑戦・獲得は2020年です。あれから3年で一気に八冠独占を視野に入れました。森内九段はいつ頃、八冠独占が現実味を帯びると思っていましたか。

森内 厳しかった王座戦の決勝トーナメントで勝ち上がり、八冠目に挑戦することになり、現実味を感じました。今は棋士の上位層が厚くなっているので、ひとり勝ちするのは難しいと思っていました。2018年に8つのタイトルを8人で分け合っていたのに、それを統一しそうな人がいるのは信じられません。1996年に羽生さんが七冠独占したときもすごかったですけど、その時代よりも現代は競争が厳しくて大変ですから。

 藤井さんはすごくミスが少なくて、いままでの棋士にはない正確さを持っています。今後は、同じ方向性を目指す棋士が増えるのではないでしょうか。以前は、将棋はミスをして負けるゲームでしたが、いまはミスをしなくても負ける展開もまれにあって、序盤から息が抜けません。

96年の羽生七冠と現在の藤井竜王・名人が対戦したら…
――『超進化論 藤井聡太』の前書きでは、藤井竜王・名人が史上最強だと記されています。では最新の定跡が関係ない戦い、いわば地力が問われるような未知の局面で1996年の羽生七冠と現在の藤井竜王・名人が対戦したらどうですか?(※取材後の10月20日、記者会見で羽生九段は「羽生七冠と藤井八冠が対戦したら」の問いに即答で「全然かなわない。全くかなわないです」と笑った)

森内 やっぱり同じ時代でないと比較することは難しいんですよね。いくら地力が問われる局面でも、藤井さんは30年分の進歩した知識を身に着けているわけですから。同様に、いかに藤井さんであっても30年後に全冠制覇するような人が出てきたら戦うのは大変でしょう。

王座戦3局までの藤井vs永瀬戦
――王座戦第1局〜第3局を振り返ってください。

森内 永瀬さんの戦いぶりは興味深いです。後手番の第1局は角換わり早繰り銀の珍しい4一玉型、第3局は後手雁木で前例の少ない将棋を指されました。藤井さん相手に後手番で普通に角換わり腰掛け銀をやったら大変なので、微妙にずらしているわけです。それがいちばん労力がかかる大変な勉強だと思うので、最高峰の研究だと思います。

 永瀬さんは研究がすさまじく、シリーズ中に指したA級順位戦の斎藤(慎太郎八段)戦、王位戦の伊藤匠(七段)戦で、中盤のかなり先まで時間を使わずに飛ばしていました。タイトル戦の最中でも多くの時間を研究に費やして、実戦にぶつけているわけです。今年、私がABEMAトーナメント2023で戦ったときも、難しい局面でも瞬時に判断していました。対局で相手から毎日鍛え上げているような強さを感じることは、あまりないことです。

――永瀬王座は最新形をリードするひとりです。藤井竜王・名人が角換わり腰掛け銀でくるとわかっていても、最前線の相腰掛け銀で迎え撃つわけにはいかないんですね。

森内 もちろん、後手で角換わり腰掛け銀を指す選択もあり、過去のお二人の対戦では何度も指されています。しかしメジャーな定跡は相手もよく調べていますし、なかなか互角以上にするのが難しいのが現状です。それなら、お互いに知識の少ないフィールドで勝負しようというのが、今回の永瀬王座の作戦だったのかと思います。

――藤井竜王・名人の戦いぶりはどうでしょうか。

森内 いつも通り、自分の興味や最善手を追及しています。第2局では角換わりで珍しく右玉に組み、いままでとは違った工夫を取り入れてきているように思いました。角換わり右玉は打開が難しく、指しこなすのが大変な戦型ですが、どんな戦型でも勝負できるという強い意思を感じます。

将棋はパーセンテージを争うものではない
――タイで迎えた第3局は、評価値だけ見ていると永瀬王座のたった1手のミスでひっくり返った大逆転です。

森内 実際は難しい終盤で、後手がほぼ勝ちに見えてしまうのは評価値の弊害といえます。永瀬さんは正しく指せたら勝てるけど、間違えたら負けてしまう終盤でした。局面の難易度が高く、持ち時間が切迫していれば何が起こるか分かりません。

 AIの形勢判断はパーセンテージで出ます(多くの動画中継では、評価値をもとに計算された勝率が表示される)。それをもとに将棋を楽しむのは素晴らしいことです。しかし、あくまで形勢を見やすくしたものであって、将棋はパーセンテージを争うものではありません。

 これが例えばバックギャモンだと、サイコロのどの目が出るかは均等なので、AIが計算した局面の勝率は実際に正しく、参考になります。将棋の場合、真理を突きつめていくと、ある局面の勝率は100%か0%か50%のいずれかに分類されます。また、実際の対局においては、対局者が自分の意思で指し手を決めるので、対局者の情報がないAIには勝率を判断することが難しいのです。だから、どうしても評価値のパーセンテージと対局者の感覚にはギャップが生じてしまいます。

人と指さなくても強くなれる時代…世界中に可能性がある
――単純な金の両取りが永瀬王座のエアポケットに入ったようですが、そうなってしまう状況になるほど追い込まれていたのでしょうか。

森内 いくら優勢といってもなかなか勝ち切るのは大変です。自分がほとんど指さない戦型なので経験値が低い、自玉が薄くて大変、そういったなかで優位をキープするために時間と力を使います。そして疲れ切って時間がなくなったころに相手が最後に必ず攻めてくるので、間違えることもありえます。

 藤井さん第3局で勝ったのは大きかったです。負けていたらあとがなくなって、厳しかったでしょう。

――仮に藤井八冠誕生なら、誰がその牙城を崩すと思いますか。

森内 わからないですけど、時代の流れからすると、年下の人が出てきて勝つのが一般的です。若手棋士で勝率が高い人は研鑽を積んでいますし。ただ、いまは環境が整っていて、どこからどんな人が出てくるかわからないので、想像がつきません。

 例えば、囲碁はもともと日本がいちばん強かったそうですが、中国・韓国が一気に強くなりました。集団で強くなる力はすさまじいものがありますし、将棋もそういう仕組みがあったらわかりません。いま人と指さなくても強くなれるので、世界中で可能性があるでしょう。囲碁界は国際的な競争が激しく、将棋界よりも先をいっています。トッププロの低年齢化、活躍できる期間は短くなっているので、将棋も徐々にそうなると思います。

八冠を守り続けるのは大変、何が起きても驚かない
――1996年の羽生七冠のときはどういう評判でしたか。

森内 羽生さんの勝率が抜群に高くて、全冠保持がしばらく続くというのが一般的な見方だったと思います。それが棋聖戦で失冠されて七冠独占は数か月で終わり、そのあとは七冠になっていません。本当に先のことはわからないですよ。

――羽生九段は2004年、34歳で一冠に後退しています(森内に竜王・名人・王将を奪われた)。それも七冠のときには想像できないことでしたか。

森内 ええ。藤井さんも全冠独占が続くと思われているかもしれません。もちろんいまの藤井さんのほうが羽生七冠よりも勝率が高くて、安定しています。タイトル戦で敗退したことがないどころか、連敗したこともない。でも八冠を守り続けるのは大変だと思うので、何が起きても驚かないです。藤井さんの初戴冠から八冠まではわずか3年。それと同じようにガラッと数年で変わってもおかしくありません。

 もちろん、藤井さんがまだまだ強くなる余地はあるでしょう。いまのソフトの強さはすさまじいですから、次々に新しい考え方を学ぶことができます。そうやって自分の考え方をアップデートしていけば、向上心に終わりはありません。

「藤井さんはすでにオールラウンダー」
――藤井竜王・名人は居飛車党です。大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、「永世七冠」の羽生九段は居飛車と振り飛車を指せるオールラウンダーで、自分の年齢や相手に合わせてうまく使い分けています。藤井竜王・名人もそうなる可能性はありますか。

森内 すでにオールラウンダーみたいなものですよね。居飛車の角換わり・相掛かり・矢倉をすべて指せるし、右玉のような変化球もうまい。新しい感覚をいち早く吸収しているので、基本的に指そうと思えば何でも指せるでしょう。振り飛車をできれば武器になるかもしれないけど、別にやらなくても困らないかもしれない……。

――いま初戴冠を果たすには、藤井竜王・名人を倒さないといけません。「打倒・藤井聡太」を目指している若手に向けて、アドバイスはありますか。

森内 いまは層が厚くて競争が厳しいので、挑戦者になるのも大変です。でも、そういう舞台に出ると見えてくるものが変わるでしょうから、経験を積むことが大事だと思います。

〈 「羽生さんを近くで見ていると、調子のいい時と悪い時があるなと…」レジェンド・森内俊之九段が明かす“絶対王者との戦い方” 〉へ続く

(小島 渉)
posted by hyouronka at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋
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