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2024年09月21日

シナジーのメタファーの作り方3

2.2 Lのフォーマットで文学を比較する

 パイロットとか救急医療または株式市場の現場で働くエキスパートと同様に、作家もリスク回避をテーマにして作品を書くことがある。例えば、トーマス・マンは、20世紀の前半にドイツの発展が止まることを危惧して小説や論文を書き、魯迅は、作家として馬虎(詐欺をも含む人間的ないい加減さ)という精神的な病から中国人民を救済するために小説を書いている。また、鴎外は、明治天皇や乃木大将が亡くなってから、後世に普遍性を残すために歴史小説を書いた。  
 トーマス・マンの文体は、イロニーである。「魔の山」(1924)に限らず、マンは、散文の条件として常に現実から距離を取る。現実を正確に考察しながら、一方で批判するためである。このイロニー的な距離は、正確に記述しようとしても、言語媒体そのもの特徴からあるところで制限される。また、ロトフィ・ザデーのファジィ理論は、システムが複雑になると、振舞について正確ではっきりとした説明ができなくなることを主張する。つまり、両者共に物事を深く突き止めて行ってもそこには限界があり、深追いしないと逆に良い結果が得られることを論じている。(花村2005:113)そこで、「魔の山」の購読脳を「イロニーとファジィ」とし、そこから「ファジィとニューラル」という組に向かい、マンの執筆脳であるファジィを引き出した。
 魯迅の文体は、従容不迫(落ち着き払って慌てないという意味)で、持ち場は短編である。「狂人日記」(1918)と「阿Q正伝」(1922)に対する解析を「記憶と馬虎」にし、これを「記憶とカオス」という生成イメージに近づけるため、場面を作業単位にしてL字の解析と生成を繰り返す。すると馬虎という無秩序状態にある人々の予測不可能な振舞い(非線形性)及び刑場に向かう阿Qと荷車運搬人の近似入力が全く異質の出力になる様子(初期値敏感性)が見えてくる。(花村2015:75) 
 鴎外は、明治天皇や乃木大将の死後、それ以前の文語体ではなく口語体で歴史小説を書いた。歴史小説は、誘発が強い作品と創発が強い作品に分けることができる。例えば、「山椒大夫」(1914)の購読脳は、誘発強と創発弱になり、「佐橋甚五郎」(1913)はその逆になる。また、誘発と創発を合わせた情動と尊敬の念からなる感情を行動と組にして、それを鴎外の執筆脳とし、作成したデータベースから購読脳と執筆脳をマージして、バラツキによる統計処理を試みた。(花村2017:125) 
 三人の作家の上記作品を比較してみると、全て医学情報を含んでいるため、作家が伝えようとする定番の読みとマージ可能な脳内の信号のパスを探すことにより、シナジーのメタファーは想定できる。脳の活動といっても、人文の研究対象が言語や文学であるため、例えば、五感の情報が脳内で伝達される様子について考えている。

花村嘉英(2018) 「シナジーのメタファーの作り方について」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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