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2020年07月31日

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俺らが食べ終わった頃から、徐々に潤の店が込んでくる。

雅紀がサッと料理を持って行ったのを皮切りに、俺らも動き出す。

ニノが洗い場に入り、智は潤の隣で料理を手伝う。

智、料理もできるんだ〜。

手際もいいって、手伝ったことあるんじゃね?

俺は料理名とかわからないから、空いた皿を片したり、お冷持ってったり。

「あ、翔ちゃん、奥の卓、案内して!」

指示を出したのはニノ。

洗い場から全体を見回す指揮官てか?

「こちら、どうぞ。」

言われるままに家族連れを奥の席に案内する。

俺だって、ファミレスでバイトくらいしたことあんだからな!

「あ、翔ちゃんついでにこれ、持ってって。」

雅紀まで!

持ってくよ、わかってたから!

「お兄さん。地元の人?」

肩の出たワンピースを着た女の子が声を掛けて来る。

「いや、ちょっと手伝ってるだけ。」

「なんだ、明日もいるなら、来たのに!」

「お兄さん、カッコいい!」

いや、まぁ……そう?

そう、言われないこともないよ?

「てか、この店、イケメン率やばくね?」

「やばいやばい!」

イケメン率……?

確かに潤はひと目見てイケメン!って派手な顔だし、

雅紀も大学ではモテるし、俺もまぁまぁ。

ニノもオタクっぽいけど、顔はいい?

智は……。

「翔ちゃん、鼻の下伸ばしてないで、こっち!」

雅紀に呼ばれ、空いた席に向かう。

「鼻の下なんか伸ばしてねーよ。あいつら、高校生っぽいぞ?」

「谷間、見てたくせに〜。」

雅紀がケラケラと笑う。

確かに、目には入ったけど。

惜しげもなく見せてるあっちが悪くね?

「ほら、ビキニのお客さん来たよ。」

ニノがチラッとテラスの方に目をやる。

「あ、いらっしゃいませ!」

慌ててお冷を手に取り、テラスに向かう。

ビキニ見たさじゃないからな!

「悪いね!混むの今だけだから!」

潤が申し訳なさそうに片手を顔の前で立てる。

「いいって!」

潤の隣でオレンジを切る智が、俺を見てニコッと笑う。

俺はこれで十分!

「俺も楽しんでるから!」

すれ違った雅紀の声が後ろから聞こえる。

「え?何?翔ちゃん、女の子いっぱいで楽しいって?」

違うから!

それじゃ俺が無類の女好きみたいじゃん!

俺はな、男も好きみたいなんだぞ!

そんなこんなで、笑いながら手伝って、昼が終わると一気に客が引いてった。

「これでひとまず落ち着いた?」

ニノが、フライパンで焼きそばを作る潤に聞く。
焼きそばもあるんじゃん!

「うん。後は一人でもなんとかなるよ。ありがと。

 今日のメシは俺のおごり。なんでも食べて。」

「やった!俺、ステーキ!」

雅紀が間髪入れず言う。

「おごってくれるって言うとすぐ肉って!」

ニノが呆れ顔で雅紀を見る。

「じゃ、ニノは?ニノは何にすんだよぉ。」

「私はなんでもいいよ、潤君の作りやすいもので。」

ニコッと笑って潤を見るニノに、雅紀が口を尖らす。

「そうやっていい人ぶる〜!」

「ぶってんじゃなくて、いい人なの!」

潤も笑って皿に焼そばを盛る。

隣の智が、飾り切りしたオレンジをグラスにつける。

羽が生えたみたいなキレイなオレンジ。

「すっげ。智、こんなのもできんの?」

「え?見よう見まね。」

椅子作りって器用じゃないとできない?

クリエイティブだもんな〜。

オレンジが付いただけで断然トロピカル!

焼きそばとジュースを持った雅紀が、客の所に向かうと、一気に疲れがやってくる。

カウンターの上に両肘を付き、両手の上に顎を乗せる。

「疲れた?」

智がまな板を片づけながら聞く。

「うん、てか眠い。」

昨日もあんま寝てないし、朝は早かったし、眠気が急に襲ってくる。

「少し寝れば?智ももういいよ。」

「これ終わったら終りにする。」

智がまな板を布巾で拭き、その布巾を洗う。

「遊んでくる?」

智に聞く潤。

「いや、俺も眠ぃ。」

大きな欠伸をする智に釣られ、俺も欠伸が……。

「ははは、二人して!俺んち行って寝て来る?」

潤ちって、民宿?

智と二人っきりで民宿!?

「いや、あれ貸して。」

智が指差したのは外に立てかけてある、ビーチチェア。

「ああ、いいよ。パラソルも持って来な。焼けて痛くなるから。」

智が俺に目で合図する。

「じゃ、俺も。」

潤がふふっと笑ってフライパンを洗う。

「今日はほんとありがと!」

いいよって笑って、智と並んで外に出る。

ちょっと潤の笑いが気になったけど。

太陽は厚い雲に遮られ、直射日光はなかったけど、ムッとした暑さは健在で。

「翔ちゃん、パラソル立てて。

 俺、チェア持ってく。」

「二つ、持てる?」

「持てなかったら、もっかい行くから。

 あ、翔ちゃん、パラソル立てられる?」

失礼な!やったことはないけど。

できない前提で考えてないか?

「なんでも経験が大事!」

その一言でわかったのか、智が笑ってチェアを持ち上げる。

2ついっぺんに。

「重てっ。」

「代わろっか?」

「経験が大事なんじゃないの?」

智はそれでも、ふんっと踏ん張ってガニマタで持って行く。

んはは!

俺もパラソルを持って智に続く。

こっちも重ぇっ!

いい感じのところに穴を掘り、差して突っ立てて。

グラグラするパラソルを見た智が、並べ終わったチェアの間から手を伸ばす。

「せぇのっ!」

掛け声を掛けられ、一緒にパラソルを砂に埋める。

二人でやってなんとか。

てか、智、やっぱ筋力あるな。

最後に智が少し斜めに調整してチェアに横たわる。

目の前にはオレンジと青のパラソル。

隣には寝転んだ智。

遠くに見える空は、半分雲で半分青空。

海は凪いで、波の線がところどころで浮き上がる。

耳を澄ませば聞こえる、ザァーっと言う音。

カモメの鳴き声、人の笑い声。

風が体中を撫で、暑さを吹き飛ばす。

気持ちいい……。

目を閉じ、音に神経を集中すると、いつの間にか意識が飛んだ。









 


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ただの、普通の平日
それなのに、昼にはひとりならば休日や特別な日にだって食べる事の無い鰻を先輩からご馳走になった
少し、いや…
僕にとってはかなり口が軽いしひとの恋愛事情に興味を示してくる先輩から



煩わしくなんて無い、と言えば嘘になるけれども良いひとである事も分かった
だって、初めて恋愛の相談なんてものをする事が出来たから
鰻を食べながら何だかとても親身になって話を聞いてくれて…
と言うか、色々とアドバイスをくれた



『付き合いの長さなんて関係無いから、安心させる為に抱くべき』
『求められているのに手を出さないだなんて男が廃る』
『相手から告白してきて、裸を見せ合っても好きでいてくれるなら彼女のアプローチに応えるべき』
…なんて、色々な言葉でアドバイスをされたのだけど、つまりは全て
『恋人を抱くべきで、恋人はそれを求めている』
と言うものだった



恋人、が男である事は流石に言えないし、男性同士の恋愛だともしかしたら何か勝手が違うなんて事もあるのかもしれない
だけど、性別が違ってもきっと、根本はそれ程変わらない筈
ユノさんは男とも付き合った事があると言っていたけれども、特に僕に何か…
例えば注意したり、男同士だから何かを気を付けよう、だなんて言っていなかったから



「まだ火曜日だと思うと憂鬱だけど、仕事も順調だったし先輩とも話が出来た
昨日の夜はユノさんに嫌われたって思ったけど誤解も解けたし、この後も会えるし…」



僕が今恋愛中、なのかは分からない
ひとを好きになった事が無いから
付き合う事も初めてだから

でも、付き合う相手が隣のマンションに住んでいるハイスペックなひと、だなんて何だか恵まれている気がする
会いたくても直ぐに会えるから
きっと寂しくならずに済むから



「太ったりだらしが無い身体になったら嫌われるかもだし、これからは更に気を付けなきゃ」



帰宅して直ぐに洗面脱衣所へと向かった
鞄も足元にそのまま置いて、スーツを脱いだ
下着一枚で鏡に向かって、コンプレックス以外の自分の身体をまじまじと見ている



今までだって、常に外見に関しては特に気を付けてきた
コンプレックスがある分少しでも完璧で居たいから
勿論、ユノさんに比べたら僕なんて男としてまだまだ
でも、完璧な男性、とも言えるユノさんが僕を恋人として選んでくれた
僕に抱かれたい、そんな風に思ってくれているらしい
それならば恋人として釣り合いが取れるような、ユノさんが誇れるような男で在りたい



「ユノさんの身体ってどんな感じだったっけ…
って、あそこは思い出さなくて良いんだってば!」



一昨日の日曜日、つまり出会った翌日に一緒に風呂に入った時の事を思い出そうとした
けれども一番インパクトのあった…
僕からすれば考えられないくらい大きな
まるで僕とは違う生き物なのかと思う程立派なモノを思い出してしまって頭を振った

その部分、では無くてそれ以外を思い出したいのに印象に残っているのはあまりに大きかったその部分ばかり



「…でも…ユノさん、鍛えてたな
僕も少しは筋トレとかした方が良いのかなあ」



正直、筋力には自信が無い
運動も苦手
でも、恋人の為ならば頑張りたい



「いや、兎に角ユノさんが帰って来るまでに身体を綺麗にしなくちゃ」



最後の最後まで脱がずにおいた下着
鏡に背を向けてからそれを脱いだ
そのまま鏡を見る事無く、勿論下を向いて確認する事も無く慌てて浴室のなかへと入った



僕はほぼ定時で会社を出た
と言うのも、今夜もユノさんと会う約束をしているから
目的があったし美味しい鰻を食べて仕事にも精が出たから
昨日ユノさんと話していた予定では、今夜僕達は恋人としての行為…
つまり、抱き合う為の準備を進めるらしい

何もするのか、僕は分からない
けれどもED治療にも役に立つとユノさんが言っていたという事はきっとまた裸になったりコンプレックスの部分を晒す事になる気がする
ユノさんは予定では、後少し掛かるらしい
だから、彼が仕事から帰ってくる前に身体を隅々まで綺麗に洗っておこうと思ったのだ



「見ないで洗ったら、垢とか…溜まってるって言われそう」



本当はなるべく自分のモノを見たく無い
見る度にコンプレックスに支配されて悲しくなるから
でも、ユノさんは僕のモノを綺麗で完璧だと言う
医師として多くのひとのモノを見て来た上でもそう思うのだと言ってくれた
それを聞いてから、少しだけ…
こんな自分でも良いのだと思えるようになった



「かと言って、自分で見て『良い』だなんて全く思わないけど」



立ったまま左手で小さなモノをそっと掴んだ
右手にボディーソープを付けて、ゆっくりと洗っていく



確か、ユノさんは先端の、皮の隙間に垢が溜まりやすいと言っていた
痛くない程度で良いから少しだけでも皮を引っ張る
そうして先端を皮の下から出して空気に触れさせるようにして洗うのだと、浴室のなかで教えてくれた
ボディーソープの滑りを借りながら、ゆっくりと先端まで僕のモノを覆う皮を引っ張った
それから…



「…っん…」



ほんの少しだけ顔を出した先端
そこを右手の人差し指でふにっと押した
その瞬間、浴室に響く声が漏れて腰が引けた

毎日、洗う時は仕方無く触れている
触れたって何とも思わなかった
でも、ユノさんに初めて触れられた土曜日から僕の身体は何だか…
どんどん、敏感になっている気がする



「…洗わなきゃ綺麗にならないのに……っふ……ん…」



今度は左手も動かして、両手で全体を洗っていく
片手で握ったらもう完全に隠れてしまうくらい小さなモノ
それを両手で洗うと、どこもかしこも手と指に覆われてしまって…
その、触れられている部分が全てじんじんして腰の奥がむずむずする



「…ユノさんの、なら…片手じゃあ絶対に隠れないんだろうな」



ユノさんのモノは、僕のモノと比べて大きさ以外にも色が全く違っていた
他の箇所よりも少し色が濃かった
僕のモノは、むしろ少しピンクがかっている
だから、桃のようだと言われたのだろう



「…っひ……もう、何でこんな声…」



ユノさんに教えてもらった通り、これまでよりも洗っているだけ
それなのに、触れる度に身体がむずむずして声が出て、どうしたら良いのか分からなくなる
ユノさんと出会って触れられるまで知らなかった感覚
まだ怖い、けれども嫌では無い

嫌では無いけど…
自分で触れてむずむずするよりも、ユノさんに触れられてむずむずする方が良い気がする
だって、自分ではこの感覚を持て余してしまうから
























前を丁寧に洗うだけで、何だか疲れてしまった
嫌な疲労感では無いけれども、触れる度にむずむず…
いや、じくじくと言えば良いのだろうか
腰の奥がむず痒いような、けれどもその正体が分からないような
分からないのに、嫌では無い、そんな感覚が僕を襲い続けるから、何だか息が切れてしまった

ユノさんにまた触れられるかもしれない、見られるかもしれない
そう思うと、垢なんて残っていたら恥ずかしいし、少しでも綺麗な自分で居たいから、身体も顔も全て、普段よりも丁寧に洗った



「…ふう……ん?…っあ、ユノさん…」



嫌な疲労感では無い
けれども心地好い、とも言えない、何とも形容し難い疲労感を湛えながら浴室から出たら、脱いだワイシャツの上に置いていたスマホの通知ランプが光っている事に気が付いた



「うわっ、もうそろそろ着くって事?急がなきゃ…」



メッセージの通知で、アプリを開いてみたら数件、時間を置いてメッセージを受信していた
僕も、帰宅してから
『先に風呂に入っておきます』
と連絡をしていた
だから、ユノさんからも
『既読にならないから、風呂に入っているのかな?』
そんな言葉があった

でも…



「…確か、風呂に入る前に最後にスマホを見た時、ユノさんはクリニックを出たって言っていて…
え、僕こんなに長く風呂に居たって事?」



どうやら、約三十分僕は浴室のなかに居たようだ
ユノさんがクリニックを出て、僕が
『お疲れ様です、今から先に風呂に入っておきます』
そう返信した時間が約三十分前だから
そして、この三十分の間にユノさんからは
『早く会いたい』
だとか大体の帰宅時間を書いて
『マンションの下で待ち合わせる?』
だとか、何通ものメッセージを送ってくれていた
そして…



「うわ、ごめんなさい…」



最後のメッセージは三分前で、
『少し待ってみたけど、返事が無いから部屋に帰っているよ
インターフォンを押してくれたらオートロックを開けるから、何時頃に来れるか教えて欲しい』
と言うもの



『お風呂に入っていました
今上がったので、十五分程で向かいます』
慌てて返信して、急いで着替えた
下着は、ユノさんに触れられる事を考慮して選択済みの新しいもの、それから…



「これで良いかな」



昨日と同じ、スウェットのフーディーとデニムパンツに着替えた
あまり気合いを入れても空回っているように見えそうだから

















そう言えば別に、急ぐ必要なんて無いのかもしれない
だって、ユノさんが僕を好きになって付き合う事になった
まだ僕はユノさんの事を特別に好きな訳では無いし、そんな気持ちもユノさんにはちゃんと伝えてある
昨日だって今日だって、会いたいと言ったのはユノさんから
でも、気が付いたら…
僕の頭のなかはユノさんでいっぱいだし、会える事を楽しみにしている
早く会いに行きたくて、十五分で向かうと行ったのに実際には十分で部屋を出た



「…ふう……やっぱり体力を付けなきゃ…」



スマホと鍵だけ持って部屋を出て、ユノさんが暮らす隣のマンションまでのほんの僅かな距離を走った
ボディーソープで入念に洗ったばかりの身体は、あっという間にほんの少し汗ばんでしまった
それでも、身体を洗わないよりはずっと綺麗な筈



僕が暮らす在り来りなマンションの隣、ユノさんの暮らす高層マンションのエントランスで息を整えてから、改めてメッセージで送ってもらった彼の部屋番号をオートロックの機械で入力して呼び出した



『…チャンミン?』

「…っあ、はい
お待たせしました…開けてもらえますか?」



機械越しのユノさんの声も、直接聞くのとも電話越しのものとも違って良い
でもやっぱり、顔を見て話すのが一番だと思う



『開けなかったらどうするの?』

「え…開けてくれないんですか?」

『嘘だよ
こんな事を言って、チャンミンが帰ってしまったら悲しくて泣いてしまいそうだ』



笑いの含んだ優しい声でユノさんはそう言うと、オートロックの扉が開いた
「向かいますね」
と言って扉を潜り、エレベーターに乗る



ユノさんは、若き泌尿器科の名医
年齢が近い事、身長も近い事…
それらを覗けば、コンプレックスを隠して完璧で居ようと何とか頑張る僕とは大違いのハイスペックなひと

土曜日に直接初めて顔を見た時は、完璧過ぎて近寄り難いくらいのひとだと思った
サラリーマンの僕とは生きる世界が違うのだろうなあ、とも
でも、知れば知る程ユノさんは格好良いのに何だか可愛い



「…もっと、可愛いって思うようになれば…
ユノさんの事を抱きたいって思えるようになるのかな?
抱きたいって思えば…それが恋って事なのかなあ」



エレベーターを降りて、ユノさんの部屋の前に辿り着いて呟いた
お昼に鰻を奢ってくれた先輩は、
『鰻を食べると力が付く』
『彼女を抱くなら鰻を食べた方が良い』
と言っていた
鰻を食べた僕がユノさんを見たら、抱きたいって思うのだろうか



「…分かんないや」



恋が分からない
だって、コンプレックスを抱えた僕には人並みの恋なんて出来る訳が無いと思っていたから
誰かにありのままの自分を見られる事なんて絶対に無理だと思っていたから

でも、ユノさんと付き合っているという事はもう、僕は恋をしているのだろうか
どうなれば恋だって分かるのだろうか



「……」



ふう、と小さく深呼吸してからインターフォンを押した
そうしたら…



「…チャンミン、いらっしゃい」

「……ユノさん…びっくりしました
開けるの、随分早くないですか?」



インターフォンを押した、その次の瞬間には扉が開いた
しかも、多分鍵を開ける音はしなかった



「入って」
と微笑むからお邪魔します、と言いながらなかへと足を踏み入れて靴を脱いだ
すると、扉の鍵を閉めたユノさんは僕の前に立った



「エントランスのオートロックを解錠してからずっと、此処でチャンミンが上がって来るのを待っていたんだ」

「え…だから早かったんですか?」

「うん、だって早く会いたくて…
なんだけど、もしかしてこの部屋に来るのは嫌だった?
昨日も来たのに今日も、とか思ってる?」

「どうしてですか?」



分からなくて首を傾げた
嫌なら急いで風呂に入って必死に身体を洗わないのに



「だって、扉の前で何だか考え込んでいるようだったから」

「…え…っあ、え?見ていたんですか?」

「うん、扉の覗き窓から
チャンミンを待っていたって言っただろ?」



当たり前のように頷くユノさん
信じられないくらいのイケメンなのに、何だかやっぱり可愛い
知らない内に見られていた事は恥ずかしい
でも、嫌では無い
だってそれだけきっと…僕の事を好きだって事だから



「嫌だったの?チャンミンは」

「え…いえ、そうじゃ無いです
急いで来たし少し緊張していたから、インターフォンを押す前に気持ちを整えていただけです
僕だってユノさんに早く会いたかったから急いで来たんです
お風呂は長くなってしまいましたが…」

「そうなの?」

「はい
それから…恋ってどういう気持ちなんだろう、とか…」


 
廊下に大の男ふたりが突っ立ったまま向かい合う
何だか少し滑稽なのかもしれない
でも、僕は真剣だ



「チャンミンは恋を知らないんだよね?」

「はい」

「恋は…定義なんて無いと思うよ
俺の恋は…チャンミンに毎日会いたい
朝から晩までチャンミンの事を考えている
それから、早くチャンミンとひとつになりたい」

「…っ…」



最後は僕を覗き込んで囁くように
物凄く良い声で教えてくれた



「部屋でゆっくりしよう、おいで」



ユノさんが前を歩いて、その後ろに続いた
昨日も訪れているか、昨日程緊張しない



恋に定義は無い
そして、僕に恋をしているのだというユノさんは朝から晩まで僕の事を考えて、毎日会いたいと思っているらしい
『ひとつになりたい』はきっと、僕に抱かれたいと言う事なのだろう

僕はと言えば、ユノさんを抱きたい、とは思っていない
でも、今日は一日ずっとユノさんの事を考えていた
仕事を早く終わらせてユノさんの前で綺麗な身体でいる為に三十分も掛けて身体を洗った
折角身体を綺麗にしたのに、早く会いたいからと走って汗ばんでしまった
それってつまり…



「恋、って事?」

「何か言った?チャンミン」

「えっ、いえ、何でも…」



リビングに入ったところで呟いたら、ユノさんが振り返って微笑んだ
その顔を見て、やっぱり声だけでは無くて顔が見たいって思った
そして、顔を見ると何だか嬉しいと思った



「昼、俺の為に鰻を食べてくれたの?」

「ユノさんの為なのかな…
先輩が、恋人の為に頑張れって言って…
何を頑張るのかが分からないんですが、ユノさんは分かりますか?」



ソファに促されて腰掛けながら尋ね返したら、ユノさんはくすりと笑ってから僕を抱き締めた



「…っわ…びっくりした…」

「嫌?」

「いえ…少し緊張するけど、ユノさんに会いたかったし…」



そう答えたら、腕の力が緩まってキスしてしまいそうなくらい近くにユノさんの整った顔が現れた



「鰻は精力がつく、と言われているんだ
まあ、微々たるものだけど」

「精力…」

「そう、つまり、前が反応しやすくなるって事」



僕のモノが不能で無くなれば、手術前に抱き合う事が出来る筈
つまり、鰻を食べた僕の今日はユノさんを抱く事が出来るのだろうか
まだ、想像もつかないしどうすれば良いのかも分からない
だけど、想像出来ないのは何も知らないから



僕は、ユノさんが僕に思ってくれたように、ユノさんの事を朝からずっと考えている
ユノさんに会いたい、顔を見て話がしたい
触れられるとむずむずするし恥ずかしい
でも、触れて欲しい
それはもしかしたら、もう恋になっているのかもしれない

恋であるならば…
僕は、男として不能で無くなればユノさんの事を抱けるのかもしれない



「…ユノさん」

「ん?」

「その…僕が、男として頑張れば嬉しい、ですか?」



ソファに並んで腰掛けて向かい合っている
ユノさんの大きな手はスウェットの上から僕の背中を撫ぜる
それだけで腰がむずむずする



「勿論、物凄く嬉しいよ」

「じゃあ…頑張りたい、です」

「本当に?
昨日、先に進む為に…なんて言ったけど、チャンミンの気持ちを無視して進むのは良くないかなって少し思っていたんだ」



ユノさんが少年のように嬉しそうに含羞む
男らしい、のに可愛いところがある
そう思うのももう恋なのかもしれない
それならば、男らしくユノさんを抱いて…
そうして、もっとユノさんが喜んでくれるなら、きっと僕も嬉しい



「じゃあ早速…
ベッドで、昨日の続き…本格的な『準備』をしようか」

「…ユノさんにお任せしてしまって良いんですか?」

「勿論、俺はプロだから任せて
痛い思いなんてさせないから」

「はい…ええと…宜しくお願いします」



ユノさんの言う『痛み』
僕はそれを、僕のコンプレックスに関するものだと思っていた
つまりは、皮を無理矢理引っ張って剥こうとすると痛いから

でも…
ユノさんの言う痛みはその事についてでは無くて、僕は大きな勘違いをしていたらしい事を遂にこの後知る事になるのだ












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