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2017年05月05日

「食物アレルギー」のショックはなぜ怖いのか

「食物アレルギー」のショックはなぜ怖いのか


大人でも子どもでも、食物アレルギーに悩む人が意外に多い

今年3月。ファイザー社の「エピペン」という薬の不具合が報道された(自主回収され日本では事故報告なし)。
エピペンとは、食物アレルギーから生じる「アナフィラキシーショック」(急激な全身のショック症状)を緩和するため、アドレナリンを自己注射する薬だ。
現在、日本人の2人に1人が何らかのアレルギー疾患に罹(かか)っているとされ、アレルギーは“国民病”といえる。集中力の低下を招くスギ花粉症、発作で気道が塞がれば死にも至る気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎――などもある。が、急性のショックを起こすおそれもある食物アレルギーは、より深刻かもしれない。

文部科学省などが、全国の公立学校(小中高)で2004年(対象1200万人)と2013年(同、少子化により900万人)の2回実施した調査では、食物アレルギーがあると申告した子どもが2.6%から4.5%に増加。
アナフィラキシーショックを起こしたことがある子どもも0.14%から0.48%へと増えている。

戦後にアレルギー疾患が増えた理由
アレルギーの歴史は古く、昔からハチやイソギンチャクの毒によるアレルギーは知られていた。
しかし、いわゆるアレルギー疾患が問題になってきたのは、第2次世界大戦後。その背景として、“衛生仮説”という考えが専門家の間でも支持されている。
かつて人類は細菌やウイルスなどの病原体による感染症(伝染病)で命を落としていた。戦後、欧米や日本では衛生状態が大きく改善し、ワクチンなどの予防手段も進んで、感染症やそれによる死者は激減。人間の体には、生体を外敵から守るための免疫系(システム)が備わっているが、病原体という“攻撃対象”を失い、本来攻撃する必要のない物質を、アレルゲン(アレルギーの原因物質)として過剰な反応を起こすようになった。

戦後のアレルギー“第1世代”は、気管支ぜんそくや花粉症を発症する人が多かった。これには大気汚染などの公害や人工的なスギの植林も影響している。
そうした親世代の子どもたち=“第2世代”に、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎の子が増えている。
ぜんそくの新規発症者の増加は頭打ちになっており、食物アレルギーもその道をたどるはずだが、前述の文科省調査ではなお増えており、アナフィラキシーを起こすなど、一部は重症化している可能性もある。

他の病気と同様、アレルギー疾患も、遺伝的要因と環境的要因がかかわって発症する。
アレルギーの場合、遺伝と環境中の物質との相互作用によって、エピジェネティックな変化(遺伝子配列には影響しないが細胞分裂を経ても維持される変化)をもたらすとされる。
乳幼児期から起こる食物アレルギーは、卵、牛乳、小麦が大半を占め、ほとんどの子どもが自然に治癒していく。
成長に伴って、食物を消化する力や、人体最大の免疫器官である腸管の免疫系が発達してくるためだ。一方で、学童期あるいは成人になってから発症する食物アレルギーは、甲殻類(エビ・カニ)、魚、そば、ピーナツなどによるものが多く、より治りにくい。

食物アレルギーの症状は、皮膚に起こることが多く(じんましんなど)、咳や息苦しさなどの呼吸器症状が出て、さらにショック状態に進むおそれがある。
アレルゲンとなる食材は、料理や加工食品にも用いられており、うっかり摂取すれば、毛細血管や小動脈が拡張して血圧が低下し、ショック状態から対応を誤れば、絶命するおそれもなくはない。
そこでエピペンの登場である。こうした緊急時、自分もしくは周囲の人(学校の先生など)は、エピペンを注射して利用する。
注射を使わないに越したことはない 
実は毎年ハチに刺されて亡くなる人がいることから、エピペンはまず2003年にハチ毒用に導入された。2005年には小児の食物アレルギーまで適応が広がった。そして2011年から保険承認され、処方される人が増えている。
国立病院機構相模原病院臨床研究センター・アレルギー性疾患研究部長の海老澤元宏医師によると、「アナフィラキシーのリスクがあり、かつ自己注射ができる年齢の人に処方している。“お守り”なので、薬の有効期限(約1年)内に使わずに済めば、それに越したことがない」と語る。実際に使われるのは100本処方したうちの1本程度という。

そもそもアレルギーは、どのような仕組みで起こるのだろうか。
アレルゲンが体内に入ると、血液中に、免疫グロブリンE(IgE)抗体というタンパク質が作られる。
実はIgEは1966年、日本人免疫学者の石坂公成氏(現・米国ラホイヤ・アレルギー免疫研究所名誉所長)によって突き止められ、ノーベル賞級の発見とされた。同じ物質が2回目以降に入ってきた場合、IgE抗体が免疫系に働きかけてアレルギー反応を起こす。
何らかの物質に対してアレルギーがあるか否かは、血液検査や皮膚テストでIgE抗体を調べるとわかる。ただし、偽陽性者が多く出てしまうため、より正確に調べるには、食物アレルギーなら実際に食べた際の反応を見る経口負荷試験が必要になる。

即時型の食物アレルギーのうち特殊なタイプとして、口腔アレルギー症候群がある。これは口腔粘膜の免疫系がアレルゲンに反応するもので、果物や野菜を食べて口の中がイガイガするというような人は、アレルギーを起こしている場合がある。たとえば、花粉アレルギーがあれば、それと似たアレルゲンでも起こり、たとえばカバノキ科のアレルギーの人がリンゴを食べて、アレルギー症状が出るといった具合だ。これらのアレルゲンは熱に弱く、胃で消化されてしまうため、腸管で起きる食物アレルギーのように重症になることはまずない。
さて、IgE発見から半世紀を経ても、まだ根本治療に至る治療はないが、アレルギー疾患の治療は確実に前進している。
きちんとアレルゲンを調べ、避けられる原因であればそれを避けるようにすることは重要だ。ぜんそくでは、吸入薬などが進歩したため、完治はできなくても症状を管理できるようになった。フィギュアスケートでの羽生結弦選手は、ぜんそくがあるとされながら、世界の頂点に立ち続けている。かつてスピードスケートで五輪メダリストになった清水宏保さんも、ぜんそくを抱えているなど、トップアスリートの活躍は希望を与えてくれる。重度のぜんそくには、IgEの作用を抑える抗体製剤(ゾレア)も登場して、これによって劇的な効果を得られる人もいる。花粉症に用いる抗ヒスタミン薬は、眠気を起こさないものが主流となった。

社会が豊かになるほど関係する人が増える?
より根本に迫る治療も模索されている。ごく少量のアレルゲンを体に入れて慣らしていくアレルゲン免疫療法(減感作療法とも呼ばれる)は、かつては注射によるしかなかったが、スギ花粉やダニに対しては、エキスを口中に含むだけという、より簡便な舌下免疫療法が保険で受けられるようになった。
食物アレルギーについても自然治癒を待つのでなく、より早い段階で慣れさせ、アナフィラキシーなどを起こすリスクを軽減するための経口免疫療法の開発が進められている。

とりわけ子どもの食物アレルギーは、本人のみならず、親の生活の質も損なう。また、アレルゲンを取った後に運動すると、症状が誘発されるタイプもある。前述の海老澤医師は、「原因を突き止められずアナフィラキシーを繰り返す人、3つ以上の食物にアレルギーがある人、日常生活で困っている人は、専門医にかかってほしい」と呼びかける。

社会の豊かさとアレルギーには、密接な関係がある。
都市化・工業化が進むアジア諸国の中では、日本とは周回遅れでぜんそくが問題になりつつある。
一方で先進国であっても、放牧や酪農に従事している人にはアレルギーが少ない、との報告がある。
病原体と背中合わせの生活に戻れれば、アレルギー疾患は治るかもしれないが、それは不可能だ。“宿命”としてのアレルギーを、人智が克服することを期待したい。
05/04 06:00

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