先日書いた「アクセスを上げるための本質をわかっていない」にコメントをいただきありがとうございました。
コメントに対して回答をしようと考えるのですが、なかなかうまくまとまらず、3日が経過しました。
このまま、まとまるまで待つと、何も書けないので、未完成でも公開してしまって、区切りにするか、ということで公開します。
顰蹙を買うのを承知の上で書けば、実際にコメントが来てみると、返事をするのって凄い疲れる。
面倒くせえわ。記事だけ書いていた方が楽だ。
やっぱり、ブログで「コメントを楽しむ」のと「記事を発信する」のとでは全然違う。そういう意味で言えば、前に書いた「コメント記入コスト」が正しいということが実感できた。
楽keyさんのブログ経由で見つけた記事「Happyサイト〜楽Key - 悲しき精神科 - 楽天ブログ(Blog)」から。
結局の所、教えてやっているという意識が、感謝や礼を求めるわけだ。
初心者向けの記事っていうのは書くのに、通常の記事の何倍も労力がかかる。
このブログのカテゴリーでいえば「JavaScript(上級)」というのがあるが、そういう方が内容は高度だが、書くのは簡単。何故ならいちいち説明しなくてもよい前提が読者の土台にあるから。これを、初心者にわかるように書くとなると、何倍もの文章と執筆時間が必要になる。
初心者を対象にした記事を選んで書いているのは自分自身なわけだが、それによって何が得られるのだろうか?
これは、スポーツのコーチをやってみるとわかることだが、教えることによって自分自身が上達できることがある。
自分には簡単な事が、はじめてやる者には簡単ではないかもしれない。
自分では当たり前の事が、他人には当たり前でない。
出来ない他人に対して、出来るように教える。
これはなかなか難しく、どうやって伝えればいいのか、どうすれば理解出来るのか、考えながら教えていくうちに、自分自身の再理解、再発見につながり、自分自身が上達する。
コーチングをして、こういう体験をしたのは自分だけではなく、知り合いにも大勢いる。
現役時代より、上手になったコーチというのは大勢いる。
ここで、ファンブログに立ち返ると、ある事に気がつく。
ファンブログのユーザーは、どうやれば出来るのかを知りたいのではなく、コピーして貼り付けたら出来ていて欲しいのだ、多分。
だから、理屈には興味がない。
理屈に興味がないから、理屈を理解しようとしないから、出来ない。
貼り付けたら、その通りにはなることもあるが、自分好みには変えられない。
これは、ブログのカスタマイズだけではない。
アフィリエイトで儲からないのも同じ理由だ。
貼るだけでカンタンに儲かる。そう聞いているので、それしかやろうとしない。
少し自分で考えてやり方を工夫すれば利益が出るのに、それもわからない。
実をいうと、もうファンブログはいいかな。というのが今の気持ちだ。
自分が社会人になって何年かしたときに、高校時代の恩師に会って驚いた事がある。
恩師は高校時代、自分を導いてくれたわけだが、改めて話してみると、発想が幼稚というか世間を知らなすぎる。
自分が高校生の時は、それでも恩師の言動は通用した。自分よりは知識も経験もあったから。しかし、自分が社会に出て経験を積むと、恩師の知識は貧弱であったと知った。接しているのは、いつも生徒。常に自分よりも下の人間ばかりを相手にしていると世間知らずになるんだな。と思ったものだ。
ファンブログというのは、常に新しい人がブログをはじめ、すぐにやめていく。いつでも常に、大部分が初心者なのだから、進歩しないのも無理がない。
コメントに対して回答をしようと考えるのですが、なかなかうまくまとまらず、3日が経過しました。
このまま、まとまるまで待つと、何も書けないので、未完成でも公開してしまって、区切りにするか、ということで公開します。
顰蹙を買うのを承知の上で書けば、実際にコメントが来てみると、返事をするのって凄い疲れる。
面倒くせえわ。記事だけ書いていた方が楽だ。
やっぱり、ブログで「コメントを楽しむ」のと「記事を発信する」のとでは全然違う。そういう意味で言えば、前に書いた「コメント記入コスト」が正しいということが実感できた。
楽keyさんのブログ経由で見つけた記事「Happyサイト〜楽Key - 悲しき精神科 - 楽天ブログ(Blog)」から。
ジョセフ・マーフィー、引き寄せの法則、……眠りながら成功する、ザ・シークレット等、……
優れた、人類の宝だが、
これらには、致命的で、
大きな欠点が少なくとも2つある。
(中略)
これらは、基本的に、読者を非成功者、無知、不幸であることを前提としている。
無知で不幸な読者よ。良いことを教えてあげましょう。
というメッセージが、暗に、含まれている。
これは、このブログにも当てはまる。優れた、人類の宝だが、
これらには、致命的で、
大きな欠点が少なくとも2つある。
(中略)
これらは、基本的に、読者を非成功者、無知、不幸であることを前提としている。
無知で不幸な読者よ。良いことを教えてあげましょう。
というメッセージが、暗に、含まれている。
結局の所、教えてやっているという意識が、感謝や礼を求めるわけだ。
初心者向けの記事っていうのは書くのに、通常の記事の何倍も労力がかかる。
このブログのカテゴリーでいえば「JavaScript(上級)」というのがあるが、そういう方が内容は高度だが、書くのは簡単。何故ならいちいち説明しなくてもよい前提が読者の土台にあるから。これを、初心者にわかるように書くとなると、何倍もの文章と執筆時間が必要になる。
初心者を対象にした記事を選んで書いているのは自分自身なわけだが、それによって何が得られるのだろうか?
これは、スポーツのコーチをやってみるとわかることだが、教えることによって自分自身が上達できることがある。
自分には簡単な事が、はじめてやる者には簡単ではないかもしれない。
自分では当たり前の事が、他人には当たり前でない。
出来ない他人に対して、出来るように教える。
これはなかなか難しく、どうやって伝えればいいのか、どうすれば理解出来るのか、考えながら教えていくうちに、自分自身の再理解、再発見につながり、自分自身が上達する。
コーチングをして、こういう体験をしたのは自分だけではなく、知り合いにも大勢いる。
現役時代より、上手になったコーチというのは大勢いる。
ここで、ファンブログに立ち返ると、ある事に気がつく。
ファンブログのユーザーは、どうやれば出来るのかを知りたいのではなく、コピーして貼り付けたら出来ていて欲しいのだ、多分。
だから、理屈には興味がない。
理屈に興味がないから、理屈を理解しようとしないから、出来ない。
貼り付けたら、その通りにはなることもあるが、自分好みには変えられない。
これは、ブログのカスタマイズだけではない。
アフィリエイトで儲からないのも同じ理由だ。
貼るだけでカンタンに儲かる。そう聞いているので、それしかやろうとしない。
少し自分で考えてやり方を工夫すれば利益が出るのに、それもわからない。
実をいうと、もうファンブログはいいかな。というのが今の気持ちだ。
自分が社会人になって何年かしたときに、高校時代の恩師に会って驚いた事がある。
恩師は高校時代、自分を導いてくれたわけだが、改めて話してみると、発想が幼稚というか世間を知らなすぎる。
自分が高校生の時は、それでも恩師の言動は通用した。自分よりは知識も経験もあったから。しかし、自分が社会に出て経験を積むと、恩師の知識は貧弱であったと知った。接しているのは、いつも生徒。常に自分よりも下の人間ばかりを相手にしていると世間知らずになるんだな。と思ったものだ。
ファンブログというのは、常に新しい人がブログをはじめ、すぐにやめていく。いつでも常に、大部分が初心者なのだから、進歩しないのも無理がない。