2014年10月28日
スピリチュアルって??
\(^o^)/こんばんは!konyです。
霊性(スピリチュアル)とは?
簡単に言えば、自分に関わるすべての事柄。新しいものの見方であり、万物に隔たりのないありさまである。と私は思っています。
現実は私達の目に見えている世界です。
その現実に隠れている目に見えない働きがあります。感情や、もっと不思議な出来事も沢山あります。
今、自分がどうなっていて、具体的に何が興っているのか・・・
これからを知っていくには目に見える観点だけでは整理出来ないことも多いと思います。
自分の半生を振り返ってみて下さい。
すべて自分が選び、自分の思い通りになっています。
ですが、そう思いたくない現実を過ごされてきた人も多いはず。しかし広い視野で見てみると、否定出来ない物なのです。
両親にはじまり、他人との人間関係から自分という存在を創り上げてきた事実。
両親のあるお陰で、今の自分があると感謝する人もいれば、こんな親じゃなければ、もっと違う自分になれたと悲観されている人もいます。
その両親を自らが選んで、この世に誕生しているとしたら・・・
この世は、生きている理由や意味合いを見つけて自分が何物であるかを知るために経験していく場です。
人は、肉体、心、精神の三つのよそで成り立っています。
そして、あらゆるエネルギー(波動)と共存しながら己を育んでいます。
その己のあり方を決めていく意志(精神)を養い意志的進化の道をスピリチュアルな生き方です。
進化の方向は人それぞれ目的に準じて、道のりは違いますが到達しようとしている場所は、みな同じであると思っています。
例えば、山登りをイメージして下さい。
山が人生を送る場です。頂上が到達地。登ろうと決めたところが生誕の地であり、出発地点です。
人によって、登っていく道のりは違うでしょう。
先人の作った道を歩んで行く者もいればまた独自の登り方を見つけて行く者もいるでしょう。
人は自由な意志を持ってあらゆる自己を表現しながら山に道を造り人生を歩んでいくのです。
どのように山を登るのか、そのガイドとなる存在もおります。
人の求めるあり方を問う主護神、道を照らし、登り方の導きを伝えるのが主護霊です。
人によっては、途中で止まってしまう者もいれば下山してしまう人もいるでしょう。
みなが頂上到達といいう同じ目的を持っているけれどもあらゆる困難、苦難、誘惑などの理由から目的を見失ってしまう事もあるでしょう。
生涯を通じて頂上まで到達できるのは、ごくわずかであるのですが、誰しもがこの頂上にいつかは到達するのです。こう書いてしまうと霊性は苦難に満ちているように思いがちですが、実際登って見ると上に行けば行くほど苦難から逃れ実に清々しくなっていくものなのです。
霊性(スピリチュアル)とは?
簡単に言えば、自分に関わるすべての事柄。新しいものの見方であり、万物に隔たりのないありさまである。と私は思っています。
現実は私達の目に見えている世界です。
その現実に隠れている目に見えない働きがあります。感情や、もっと不思議な出来事も沢山あります。
今、自分がどうなっていて、具体的に何が興っているのか・・・
これからを知っていくには目に見える観点だけでは整理出来ないことも多いと思います。
自分の半生を振り返ってみて下さい。
すべて自分が選び、自分の思い通りになっています。
ですが、そう思いたくない現実を過ごされてきた人も多いはず。しかし広い視野で見てみると、否定出来ない物なのです。
両親にはじまり、他人との人間関係から自分という存在を創り上げてきた事実。
両親のあるお陰で、今の自分があると感謝する人もいれば、こんな親じゃなければ、もっと違う自分になれたと悲観されている人もいます。
その両親を自らが選んで、この世に誕生しているとしたら・・・
この世は、生きている理由や意味合いを見つけて自分が何物であるかを知るために経験していく場です。
人は、肉体、心、精神の三つのよそで成り立っています。
そして、あらゆるエネルギー(波動)と共存しながら己を育んでいます。
その己のあり方を決めていく意志(精神)を養い意志的進化の道をスピリチュアルな生き方です。
進化の方向は人それぞれ目的に準じて、道のりは違いますが到達しようとしている場所は、みな同じであると思っています。
例えば、山登りをイメージして下さい。
山が人生を送る場です。頂上が到達地。登ろうと決めたところが生誕の地であり、出発地点です。
人によって、登っていく道のりは違うでしょう。
先人の作った道を歩んで行く者もいればまた独自の登り方を見つけて行く者もいるでしょう。
人は自由な意志を持ってあらゆる自己を表現しながら山に道を造り人生を歩んでいくのです。
どのように山を登るのか、そのガイドとなる存在もおります。
人の求めるあり方を問う主護神、道を照らし、登り方の導きを伝えるのが主護霊です。
人によっては、途中で止まってしまう者もいれば下山してしまう人もいるでしょう。
みなが頂上到達といいう同じ目的を持っているけれどもあらゆる困難、苦難、誘惑などの理由から目的を見失ってしまう事もあるでしょう。
生涯を通じて頂上まで到達できるのは、ごくわずかであるのですが、誰しもがこの頂上にいつかは到達するのです。こう書いてしまうと霊性は苦難に満ちているように思いがちですが、実際登って見ると上に行けば行くほど苦難から逃れ実に清々しくなっていくものなのです。
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