2016年04月05日
地下に潜るカネ 米政府の監視強化は逆効果
【大西洋上空】米国発ドバイ行きの機内の7Gと書かれたシート。その頭上の手荷物入れには大量のドル札が入ったバッグがあった。数千枚におよぶドル札は20ドル、50ドル、100ドルの額面ごとに輪ゴムとビニール袋で束ねられていた。
この現金を機内に持ち込んだのはソマリア人の移民で、米中西部にある送金会社の従業員アブディ・ワーサミ氏だ。ワーサミ氏が働く会社は昨年、国際銀行システムから締め出されたため、人の手で現金を運ぶことを余儀なくされているのだ。
それ以来、同社が扱う現金は米国の金融システム上には出てこなくなった。ドバイに到着した紙幣はその後、貿易や融資、さらにはアフリカ東部や中東へ広がる送金といった不透明な資金の流れの中に消えていった。
米銀はこれまで、不審な口座や管理が困難とみなされた個人・組織の口座を大量に閉鎖してきた。その中には、送金業者や外国銀行、海外を拠点とする非営利団体の口座も含まれる。何か良からぬことに使われるかもしれないとの恐れから口座を閉鎖しているのだが、そうすることで、米政府が最も目を光らせておきたい個人や団体などと共に、罪のない人までも金融システムから追い出されている。これは米政府も予測しなかったことだ。
米通貨監督庁(OCC)のトーマス・カリー長官は3月、この潜在的な危険性を指摘。長官はワシントンで開催された銀行と規制当局の国際カンファレンスで、「合法的かつ透明性をもって行われるはずだった資金移転が水面下で行われることになりかねない」と懸念を表明した。
通信各社が米国家安全保障局(NSA)に力を貸したのと同様に、銀行などの金融機関はテロ行為やマネーロンダリング(資金洗浄)に関連すると思われる兆候があれば、それを特定し、かつ報告するよう米当局から協力を求められている。
不審な動きを見逃せば巨額の罰金が科されることを恐れ、多くの銀行はリスクがあるように見える口座はことごとく閉鎖してきた。こうして銀行から締め出された企業は、例えば、現金をバッグに詰めて運ぶというような他の選択肢を模索することになる。そう指摘するのは、米連邦議会の調査機関である政府説明責任局(GAO)による問題の検証を求めた超党派の議員グループだ。そうなれば多額の資金が世界の銀行システムを通らなくなる。
世界銀行で送金の流れを調査する部門のヘッドエコノミスト、ディリップ・ラーサ氏は「全体的な資金の流れが水面下で行われるようになれば、追跡を可能にするという当初の目的にとっては逆効果になる」と話した。「これは少し矛盾している」
米当局者は、銀行が顧客の口座を片っ端から閉鎖することを想定していたわけではなかったと話す。リスクのある口座は管理されるべきであり閉鎖されるべきではないと述べた。
世界銀行は、米国で暮らす移民の海外への送金は2014年に540億ドル(約6兆円)に達したと推計する。送金業者にはウエスタンユニオンやマネーグラム・インターナショナルといった世界的大手から冒頭のワーサミ氏が働いているような小さな業者まである。
世界銀行が最近、送金業者を対象に調査した結果によると、回答のあった82の業者のうち半数超が2014年に銀行口座を失ったと回答した。また、約4分の1が廃業したか、もしくは法人口座なしで事業を続けている。
連邦捜査局(FBI)の金融犯罪部門で責任者を務めるパトリック・ファロン氏は「これは想像もつかないほど恐ろしい事態だ」と話す。「カネが地下に潜ってしまったら、法執行機関はなす術(すべ)がない」
膨大なデータ
2001年に米愛国者法が通過して以降、報告義務が強化されたことで、銀行をはじめとする金融機関から尋常でない量のデータが当局に上がってくるようになった。
1日当たり5万5000件のペースで報告される顧客データは主に銀行や金融サービス事業者のものだが、カジノや株のブローカー、保険会社などからも入ってくる。同法は顧客が1万ドルを超える送金を実施した場合に報告を義務づけている。2001年以降に累積した2億2000万件の報告のうち約2億件がこれに当てはまる。
米政府のコンピューターシステムがこの膨大なデータを精査し、過激派組織「イスラム国」(IS)など外国のテロ組織に関連する動きを、ひと月に最多で1000件ほど抽出する。当局によると、抽出されたデータは捜査当局に渡されるという。一方、金融機関も昨年、テロ関連の資金の流れと疑われる動きを約2200件報告した。
不審な動きの中身は極秘扱いだ。その存在を明かすことさえ連邦法違反になる。当局の監視網にマークされている顧客は決して知らされない。自分たちの報告が逮捕につながったかどうかを銀行が知ることもほとんどない。当局も捜査過程のどこで、こうした報告が使われたかを明かすことはない。
監視強化は逆効果
ただ、テロに関連する資金の動きを探知するのは難しい。元FBI捜査官でテロ関連の金融の動きを担当する部門で責任者を務めたこともあるデニス・ローメル氏によると、テロリストは通常、金融システムを利用しないうえ、たとえ利用する場合でも、やりとりされる金額が警戒感を招くほど大きくなかったり、不審な動き方もしないものだという。
2001年9月11日の同時多発テロのときがまさにそうだった。当時の探知システムでは、ハイジャック犯とその銀行口座の動きを把握することができなかった。
オクラホマ州にあるグレートプレーンズ・ナショナル・バンクのコンプライアンス(法令順守)チーフ、モーリーン・キャローロ氏は、来店客をよく観察し血走った目や落ち着かない態度といった不審なことがあってもすぐには行動に出ないようスタッフを教育していると話す。キャローロ氏の仕事は、銀行と顧客の関係が根本的に変わったことを物語っている。「(顧客には)ただ笑顔で『よい一日を』と言う」だけにして、その後で政府に報告書を上げるよう従業員を訓練していると同氏は言う。
ウエスタンユニオンは現在、中東のリスクの高い地域への送金など、顧客の疑わしい動きを監視することに年間で2億ドルを費やしている。同社は2010年にマネーロンダリングに関連した裁判で、アリゾナ州を含む4州に和解金9400万ドルを支払うことで合意した後、監視体制を強化した。
2014年にはJPモルガン・チェースがナスダック・ストック・マーケット元会長のバーナード・マドフ受刑者による巨額詐欺事件にからみ、取引銀行として不正行為を察知できる立場にあったにもかかわらず、当局への報告が不十分だったなど、責任の一部を認め、17億ドルの罰金を支払った。同行は現在、マネーロンダリング対策として約9000人の担当者を置いているほか、リスクが高いとみなされた数千人におよぶ顧客との取引を停止した。
ただ、当局による現行の監視システムの対象が広すぎるために、その効果が減殺されている可能性があると指摘するバンカーもいる。バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)のコンプライアンス・エグゼクティブで元連邦検察官のジャイクマール・ラマズワミ氏は「やましい人物に焦点を絞るのではなく、無実の人を追跡することに、自分がどれだけの時間を費やしているかに驚いた」と話す。
現在の監視システムは、干し草のなかの針を探す代わりに、「すべての干し草を1本ずつ調べて、これは針ではなく干し草であることを示すよう」銀行に求めているようなものだとラマズワミ氏は指摘する。
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