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僕の中国のばあちゃん

 僕には中国のばあちゃんがいる。僕はばあちゃんの名前を知らないし、ばあちゃんのほうでも僕の名前を知らない。ばあちゃんの訛りのある発音と僕の聴解力のせいで、ばあちゃんが何を言っているのかわからないことはよくある。ばあちゃんのほうでも「この男は一体何を言っているんだ?」と困った表情を浮かべていることはよくある。けれど、僕はときどきばあちゃんの部屋を訪れ、狭い小さな部屋で一緒にテレビを見ながら白酒や紹興酒を飲むことがあるのだ。

 引越しをする以前に、僕は濱江にある「農民房」という出稼ぎ労働者や大学生などの住む安アパートに住んでいた。僕はそこで月500元の家賃を払って暮らしていたのだが、ある晩友人とバー(酒吧)に行った帰り、僕はほろ酔い気分で一人大通りから「農民房」の並ぶ通りへと入った。時刻は深夜2時をまわっている。路地は薄暗く、「こんな時間に出歩くヤツが悪いんだ!」とでも言うように電灯がぽつりぽつりと、砂や土をならしただけの道の上を照らしていた。

 ふらりふらりと歩いていると、薄っすらとした視界の先に人の気配を感じた。目をすぼめてよく見ると、誰かが何かを背負って歩いているのがわかった。その歩く速度からどうやら僕と同じ方向へ進んでいるようだ。肩に竹のようなものを掛けて、その両側に何やら大きな荷物のようなものを提げている。僕は酔っ払ってはいるものの、意外と冷静に「こんな時間に仕事だなんて大変だなあ…」とその労働者に同情した。僕は「農民房」に住んではいるが、日本へ帰ろうと思えばいつでも帰ることができる。しかしこの「農民房」に住む人たちは、自分の生活レベルは自分で変えることしかできないのだ。地元の人間でもない限り仕事を選んでいる余裕などない。そんなことを考えながら歩いていると、背後の足音に気づいたのか、労働者は道の端に寄って僕に道を譲った。僕はすっと身体を動かし彼を追い越し、道先にあった僕の住む「農民房」の扉へ鍵を差し込んだ。

「開けててくれ」

 扉を閉めようとすると何かが後ろから聞こえた。声のほうへ振り返ると、労働者が荷物の先を閉じようとした扉に近づけていた。同じ「農民房」の住人だったのかと扉を大きく開ける。すると扉の明かりで、労働者が階下に住む老婆であることがわかった。

「何で!? 何やってんの!!」

 僕は思わず大きな声で言った。僕はそのときすでに老婆と面識があったのだ。老婆は近所に住んでいて、ときどき近くを暇そうに散歩しながら捨ててあるペットボトルを集めていたのだ。僕もたまに出会ったときは、「ちょっと待ってて」と部屋へ戻ってペットボトルを袋に入れて、日本のお菓子なども入れて渡したものだ。そんなときはいつも「あぁ、ありがとう。アンタは本当に良い人だ!」と僕に何度も礼を言ってくれた。「僕が日本人だって知ったらもっと驚くかもしれないな」などと考えたりして楽しんだりもした。その老婆が、なんでこんな時間に、こんな仕事をしてるんだ!?

 或いはお酒がまわっていたからかもしれない。小柄な老婆は皺だらけの顔を真っ赤にし、肩に掛けた荷物は捨てられていたダンボールで今日は大収穫なんだと僕にうれしそうに説明する。その様子に僕は怒りのような悲しみのようなものが込み上げてきた。そして自分がこんな時間に酒を飲んで帰ってきたことが申し訳なく、恥ずかしくもあった。「早く部屋に戻って休みなよ」と言うと僕は我慢できずすぐに部屋に入った。ただやるせない気持ちになるだけだった。なんであんな年になって、こんな時間に仕事をしなくちゃいけないんだ? なんだってこんなにも苦労しなくっちゃいけないんだ? ばあちゃんが何したっていうんだ?

 それから僕は老婆の住む部屋を訪れるようになった。一人暮らしのばあちゃんの部屋に白酒や紹興酒を提げて訪れたり、日本から送られてきたホッカイロや時には米を手土産に訪れたりした。すると「晩御飯はもう食べたのか?」「腹は減ってないか?」とばあちゃんは僕を夕食に招待してくれるのだ。僕はそれを有り難く受ける。そんな時はそれこそ「このまま死ぬんじゃないか」と言うほど夕飯を食べさせられ、白酒を飲まされることになる。ばあちゃんは顔を赤くし、実に美味しそうに白酒を飲むのだ。今の彼女と付き合うようになり、ばあちゃんと一緒に酒を呑む機会が少しずつ減っていくと、「お前の女房は悪い人じゃないか?」「騙されてるんじゃないか?」「お金をよこせって言わないか?」と、思わず吹き出してしまいそうになるぐらい僕のことを心配してくれるのだ。78才になるばあちゃんは、僕のことを実の子供のように大切に気遣ってくれる。

 11月も中旬にさしかかり、寒気がじわじわと足元をさすり出した。今週か来週にでも白酒をぶら下げて、久しぶりにばあちゃんのところへ行ってみようと思う。「お前の女房は悪い人じゃないか?」「騙されてるんじゃないか?」「お金をよこせって言わないか?」と、僕の事をまた大げさに心配し、暖かく迎えてくれるかもしれない。

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