2010年05月21日
入院中の不思議な体験です。
以前に患った間質性膀胱炎〜カリニ肺炎まで1度の入院だったのですが、期間的には1年4ヶ月ありました。この入院中私は何度も死の渕を彷徨ったわけですけど、以前にもお話したように色々な夢(現実?)を見ました。
今日お話しするのは、入院当初は私もまだまだ元気で全然歩ける状態だったので、病室は大部屋で6人部屋でした。(病気で入院しているのに元気は可笑しいですけど・・・)この時、同部屋に私と大体同年代で肺ガンで入院している方がいました。年齢も近かったこともあったので、毎日病室、面会室、屋上にいったりして良く話をしていました。この時、カレは抗がん剤治療を行っていたのですが、治療中はキツそうでしたが、普段は結構元気に見えました。この時点では、2人とも良くなって退院出来るのだろうと思っていました。
先に私の容態が急変(腸穿孔)になり緊急手術となり、死の渕を彷徨うのですが、奇跡的に持ち直し3ヶ月は寝たきりでベットから降りることも許されなかったのですが、リハビリも進み車椅子への移動、部屋から出ることも許されました。そこで肺ガンのカレと再開するのですが、見た感じ以前と変わらず元気そうで、私の方が全然病人でした。私は1日に何度も何時間も部屋から出ることを許されていないので、朝一番に屋上で一緒にコーヒーを飲みながら話すのが日課になっていました。カレは車(走り屋?)が好きで良く車の話をしていました。抗がん剤治療の合間の体調が良い日は、友人と筑波まで走りに行って来たなど話をしていました。
そこでまた私がカリニ肺炎になり人工呼吸器が付き再度、死の渕を彷徨い、勿論面会謝絶でカレとは会うことが出来なかったのですが、もっとも私も意識が無いので・・・。夢なのか不思議な体験なのかハッキリしないのですが、カレが私の面会謝絶の部屋に来たのです。そこでカレが「俺、先に富士に向かって御殿場抜けて走ってるから!、先に行ってるから!」と言うのです。記憶がハッキリしているのはここまでなのですが、この後私は奇跡的に意識が戻って、妻にすぐにカレの事を聞くと、容態が急変して大部屋から個室に移って、先週亡くなったと聞きました。これを聞いて不思議な気持ちだったのですが、やっぱりそうだったのか。あれは挨拶に来てくれたのかな?と感じました。最後は肺炎で苦しんだそうですが、私が見た最後のカレの姿は元気そうで笑顔で話していたので、きっともう病気で苦しむことなく思いっきり好きな車に乗って走っているんだろうと思います。
今日お話しするのは、入院当初は私もまだまだ元気で全然歩ける状態だったので、病室は大部屋で6人部屋でした。(病気で入院しているのに元気は可笑しいですけど・・・)この時、同部屋に私と大体同年代で肺ガンで入院している方がいました。年齢も近かったこともあったので、毎日病室、面会室、屋上にいったりして良く話をしていました。この時、カレは抗がん剤治療を行っていたのですが、治療中はキツそうでしたが、普段は結構元気に見えました。この時点では、2人とも良くなって退院出来るのだろうと思っていました。
先に私の容態が急変(腸穿孔)になり緊急手術となり、死の渕を彷徨うのですが、奇跡的に持ち直し3ヶ月は寝たきりでベットから降りることも許されなかったのですが、リハビリも進み車椅子への移動、部屋から出ることも許されました。そこで肺ガンのカレと再開するのですが、見た感じ以前と変わらず元気そうで、私の方が全然病人でした。私は1日に何度も何時間も部屋から出ることを許されていないので、朝一番に屋上で一緒にコーヒーを飲みながら話すのが日課になっていました。カレは車(走り屋?)が好きで良く車の話をしていました。抗がん剤治療の合間の体調が良い日は、友人と筑波まで走りに行って来たなど話をしていました。
そこでまた私がカリニ肺炎になり人工呼吸器が付き再度、死の渕を彷徨い、勿論面会謝絶でカレとは会うことが出来なかったのですが、もっとも私も意識が無いので・・・。夢なのか不思議な体験なのかハッキリしないのですが、カレが私の面会謝絶の部屋に来たのです。そこでカレが「俺、先に富士に向かって御殿場抜けて走ってるから!、先に行ってるから!」と言うのです。記憶がハッキリしているのはここまでなのですが、この後私は奇跡的に意識が戻って、妻にすぐにカレの事を聞くと、容態が急変して大部屋から個室に移って、先週亡くなったと聞きました。これを聞いて不思議な気持ちだったのですが、やっぱりそうだったのか。あれは挨拶に来てくれたのかな?と感じました。最後は肺炎で苦しんだそうですが、私が見た最後のカレの姿は元気そうで笑顔で話していたので、きっともう病気で苦しむことなく思いっきり好きな車に乗って走っているんだろうと思います。
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