カン - サウンドトラックス (Liberty, 1970)カン Can - サウンドトラックス Soundtracks (Liberty, 1970) :
Recorded at Inner Space Studio, Schloss Norvenich, Germany, Genre, November 1969 to August 1970
Released bv Liberty Records LBS 834371
All Spontaneous Compositions by Can.
(Side 1)
A1. Deadlock - 3:27
A2. Tango Whiskeyman - 4:01
A3. Deadlock (Instrumental) - 1:40
A4. Don't Turn The Light On, Leave Me Alone - 3:42
A5. Soul Desert - 3:48
(Side 2)
B1. Mother Sky - 14:31
B2. She Brings The Rain - 4:04
[ Can ]
Holger Czukay - bass, double bass
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizers
Jaki Liebezeit - drums, percussion, flute
Michael Karoli - guitar, violin
Malcolm Mooney - vocals on A5 and B2
Damo Suzuki - vocals on A1, A2, A4 and B1
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(Original Liberty "Soundtracks" LP Liner Cover & Side 1 Label)
今ではこのアルバムは名実ともに『モンスター・ムーヴィー』に続くカンの第2作とされていますが、アナログ盤LP時代には裏ジャケットに以下のように印刷されていました。
"Can Soundtracks" is the second album of The Can but not album no. two.
"Can Soundtracks" means a selection of title songs and soundtracks from the last five movies for which The Can wrote the music.
つまりこれは5本の映画に提供した文字通りのサウンドトラック集なので、セカンド・アルバムではあるけれど正式な通算2作目は次回作になる、と念を押しています。実際、カンには収録曲が録音された1969年11月〜1970年8月の間にリード・ヴォーカルの交替があり、ホームシックで帰国してしまったアメリカ人黒人留学生画家のマルコム・ムーニー(A5, B2)から当時20歳の日本人ヒッピー・ダモ鈴木(A1, A2, A4, B1)の参加曲が混在しています。このアルバム自体は完成度の高い前作と2枚組大作の次作より評価が低くなりますが、それはあくまで比較の上での話で、初めてカンを聴く人にはメンバー監修で選曲・編集ともに良くできているベスト盤『Cannibalism』2LP, 1978もお薦めできますが、オリジナル・アルバムなら1枚でムーニーとダモが聴ける本作がいいのではないかとも思えます。映画主題歌集という性格からまとまりの良い、キャッチーな曲ばかりがそろっています。曲の良さでは他のカンの傑作アルバムに十分拮抗するばかりか、ヴォーカル入りの名曲ぞろいで実験的なインストルメンタルの即興曲は外してある(A3のみインストルメンタルですが、A1のヴォーカル抜きの短縮ヴァージョンです)のがなおさらカンの他の大作アルバムとは違って聴きやすい、コンパクトな仕上がりです。村上春樹原作『ノルウェーの森』の映画サウンドトラックはレディオヘッドのギタリストが手がけましたが、1970年の日本というイメージからこのアルバムのダモ鈴木ヴォーカル曲をリミックスして映画全編(サントラ盤にも)に使っています。全盛期カンのアルバムはパンク〜'80年代、'90年代にもまったく古びませんでしたが、本作はまさに絶頂期のカンだけに今聴いても斬新で新しい音楽です。本作『Soundtracks』が1970年のアルバムということ自体信じがたい気がするほどです。西ドイツのロックは伊仏より確実に早く、しかも英米ロックとは異なる方向性で成果を上げていましたが、『Soundtracks』の次作『Tago Mago』2LP, 1971で英米仏でも認知されたカンは活動中はもちろん、現在では'60年代末〜'70年代最大のドイツのロック・バンドとされており、傾向別に見るならばタンジェリン・ドリーム、クラフトワーク、スコーピオンズら国際的な大物バンドもいますが、広範で本質的な革新性と根源性では今なおヴェルヴェット・アンダーグラウンドのように、ザ・ドアーズのように影響力を持ち続けていると認知されています。
カンのアルバム・リストは次の通りになります。英語版ウィキペディアの引用しているメディア評価も加えた。
1. Monster Movie (United Artists/Sound Factory, 1969) - Allmusic★★★★1/2, Pitchfork Media 8.7/10, Stylus Magazine (A)
2. Soundtracks (Liberty/United Artists, 1970) - Allmusic★★★, Pitchfork Media 7.6/10, Stylus Magazine (B)
3. Tago Mago (United Artists, 1971) - Metacritic 99/100, Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 10/10(40th Anniversary Edition), Stylus Magazine (B), Uncut (favorable)
4. Ege Bamyasi (United Artists, 1972) - Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 9.8/10, Stylus Magazine (A)
5. Future Days (United Artists, 1973) - Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 8.8/10
6. Soon Over Babaluma (United Artists, 1974) - Allmusic★★★★, Pitchfork Media 8.9/10, Robert Christgau (B-)
7. Limited Edition (United Artists, 1974) Collection of 1968-1974 rarities that was expanded to become Unlimited Edition
8. Landed (Horzu/Virgin, 1975) - Allmusic★★, Pitchfork Media 6.1/10
9. Unlimited Edition (Virgin, UK/Harvest, Ger., 1976) 2LP collection of 1968-1975 rarities - Allmusic★★★, Pitchfork Media 7.9/10
10. Flow Motion (Harvest/Virgin, 1976) - Allmusic★★★
11. Saw Delight (Harvest/Virgin, 1977) - Allmusic★★1/2
12. Cannibalism (United Artists, 1978) Compilation from 1969-1974 album material - Allmusic★★★★1/2
13. Out of Reach (Harvest, 1978) - Allmusic★★, Pitchfork Media 3.7/10
14. Can (Harvest, 1979) - Allmusic★★1/2
15. Delay 1968 (Spoon, 1981) Unreleased material from 1968-1969 - Allmusic★★★
16. Rite Time (Mute, 1989) - Allmusic★★★
17. The Peel Sessions (Strange Fruit, 1995) Collection of 1973-1975 recordings from BBC Radio's John Peel Show - Allmusic★★★★1/2
18. Can Live (Spoon, 1999) Collection of live recordings 1972-1977 - Allmusic★★★★1/2
19. The Lost Tapes (Mute, 2012) 3CD box set compilation of unreleased studio and live recordings from 1968-1977 (No.77 in UK, June 2012) - Metacritic 85/100, Allmusic★★★★, Pitchfork Media 7.1/10
簡単に解説すると、カンは6『Soon Over Babaluma』までのアルバムはバンド専用のスタジオでマスターテープまで自主制作して大手ユナイテッド・アーティスツ(リバティ)からの発売をリースするという、完全にバンド自身が制作を管理していたバンドでした。創立メンバーのホルガー・シューカイ(ベース)は実験音楽、ヤキ・リーベツァイト(ドラムス)はフリー・ジャズ、イルミン・シュミット(キーボード)は現代音楽出身で、バンド結成の1968年には3人とも30歳でした。ギタリストにホルガーの音楽教室の生徒だった20歳のギター青年ミヒャエル・カローリが抜擢され、さらに西ドイツ留学中のアメリカ黒人青年画家マルコム・ムーニーをヴォーカルに迎えてデビュー作にして大傑作『Monster Movie』を制作します。ムーニーはまったく音楽経験のないノン・ミュージシャンでした。このデビュー作のアウトテイクの一部が9『Unlimited Edition』や19『Lost Tapes』で聴け、15『Delay 1968』はまるごとムーニー在籍時のアウトテイク集になっています。ですがムーニーはアルバム完成時にはホームシックに陥って帰国を決めており、バンドは路上でパフォーマンスをしていた20歳の日本人ヒッピー、鈴木健二ことダモ鈴木(ダモは「蛇毛」の当て字から本人自身が芸名にしました)をヴォーカリストに勧誘します。ダモ鈴木も音楽経験などまったくなく、ロック・バンドだというのでグランド・ファンク・レイルロードみたいなハード・ロック・バンドかと思って加入したといいます。
ダモ鈴木在籍時のカンは傑作を連発し、『Unlimited Edition』や『Lost Tapes』『Peel Sessions』『Can Live』『Tago Mago 40th Anniversary Edition』にもアウトテイクやライヴが収められています。イギリスやフランスへのツアーも成功させ、特にイギリスのポスト・パンク第一世代のミュージシャンにこの時期のカンは大きな影響力をおよぼしました。ですが『Future Days』を最後にダモがエホバの証人の布教活動と結婚・移住の都合で脱退し、次作『Soon Over Babaluma』は残った4人で制作しましたが、これがドイツ時代、そして全盛期の最後のアルバムになりました。バンドは拠点をイギリスに移し、ムーニー、ダモ在籍時のアウトテイク集『Unlimited Edition』を除き、ヴァージンからの『Landed』『Flow Motion』『Saw Delight』、ハーヴェストからの『Out to Reach』『Can』を発表して解散しました。『Flow Motion』から元(後期)トラフィックの黒人メンバー、ロスコー・ジー(ベース)とリーバップ(パーカッション)を迎えてホルガーはサウンド・エフェクトに専念し、レゲエを交えたテクノ・エスノ路線に進みましたが、強烈な個性のヴォーカルと呪術的でフリーキーなサウンドが持ち味だったムーニー〜ダモ期のカンと較べると普通のフュージョン系ロック化してしまい、バンド存続時こそ商業的には健闘しましたが、現在ではこれら後期のアルバムはリストに記載したメディア評価の通りバンドの凋落期と見なされています。ラスト・アルバム『Can』はバンドの解散記念に作られた最後の力作でした。1989年の『Rite Time』はソロで活動していたメンバーが一度限りの再結成で制作したエレクトリック・ポップ作ですが、なんとヴォーカルはムーニーが復帰し、カンの作ったエレクトリック・ポップ・アルバムとして納得のいく出来になりました。
バンド側は映画主題曲の寄せ集めと謙遜し、評価も平均点より上程度の『Soundtracks』ですが、言われなければばらばらのセッションから集めてきたとは思えないくらいアルバムの流れも良く、めりはりがついています。何より曲が良く粒ぞろいです。A1「Deadlock」〜A2「Tango Whiskyman」〜A3「Deadlock (Titelmusik)」は映画『Deadlock』(1970, Roland Klick監督作品)からですが、A1はダモ鈴木のこぶしの効いた歌唱力と哀愁のメロディーが際立つ強烈な演歌ロックです。ちなみにカンでは、歌詞と歌メロはヴォーカリストに任されています。多重録音のギターもこれでもかと泣きまくります。A2のタンゴ・ロックなど前衛とポップスの奇跡的融合でしょう。ヤキのドラムスはA1も冴えていますが、普通の8ビート・ドラマーにはまず叩けないこの手の曲を軽々とこなしています。A3はA1のインストですが、終結部でA2のテーマが出てきてA1〜A3までで小組曲をなしています。LP(CDもですが)はA3から曲間なしにA4「Don't Turn the Light on, Leave Me Alone」(映画『Cream』主題歌)が始まります。A4はA3の4度下の関係調なので、曲間を詰めた効果が出ています。ダモ鈴木加入初録音がこの曲だそうで、歌詞といいヴォーカルといいばっちりサウンドにはまっています。よく聴けばこの曲のリズムはサンバで、ギターがオクターヴ奏法でリズム・リフを刻んでいるジャズ・サンバでもあるのですが(ヤキがフルートをダビングしています)、こんなサンバは他に三上寛の怪曲「最後の最後の最後のサンバ」しかないでしょう。ドラムスが明らかに異常なので友人知人のドラマー数人に聴いてもらったら、普通のドラムセットのドラムスだけでなく、皮を限界までに緩めて張ったバスドラムを水平に置いて、2人くらいでマレットを両手に持って叩いているんじゃないか、という意見でした。ダモ鈴木の脱力サンバに続くA5「Soul Desert」は映画『Madchen mit Gewalt』(1970, Roger Fritz監督作品)はマルコム・ムーニー在籍時のヘヴィなワン・コードのファンク・ナンバーで、ダモとの持ち味の違いがよくわかります。A1〜4までをダモで進めて、A面ラストは黒い喉で迫るマルコムで締める構成が決まっています。
B1「Mother Sky」は本作最大の聴きもので、カンのアルバムでは恒例のB面(ほとんど)全部を占める大作です。このアルバムの映画で唯一の日本公開作品、イェルジー・スコリモフスキ監督作品『早春(Deep End)』1971のディスコ・シーンで使われているのがDVDで確認できます。映画より先にアルバムが出たことになります。曲はローリング・ストーンズ「黒くぬれ!(Paint It, Black !)」タイプですがオクターヴを上下するベース、ドラムスはハンマービート、キーボードの一本指奏法などカンの得意技満載で、鋭いギターと陰鬱なダモのヴォーカル、巧みに楽器の位相を変化させたミキシングと構成で、単純な曲を14分スリリングに聴かせます。カンは同時代のいわゆるプログレッシヴ・ロックのように組曲形式やアドリブ・ソロなど、クラシックやジャズを下地にロックを発展させようという発想ではなく、ロックをより粗削りに、プリミティヴな単位に解体・再構築していました。パンク以降むしろ評価が上昇したのはそうしたガレージ・ロック的側面からであり、音楽要素を楽理的な複雑化ではなくサウンドそのものの組み替えから刷新しようとした姿勢にありました。そのアプローチがポスト・パンク以降に絶大な影響を与えたゆえんになっています。B2「She Brings the Rain」はB面、そしてアルバムの最終曲で、再びマルコムが日本未公開映画の主題歌を歌います。オクターヴ奏法のギター・リックが入り、ミヒャエルがヴァイオリンをダビングしています。短調のシャッフル系のフェイク・ジャズ・ナンバーで、燃え上がるようなB1の後のチルアウト曲に見事に収まっています。重い、または疾走する8ビートからタンゴ、サンバ、ファンク、シャッフルまで多彩なリズム・アレンジを消化した個々の曲の出来といい全体の巧妙な構成といい、もし無名バンドの作品だったら幻の名盤としてカルト・アイテム必至のアルバムになったでしょう。カンの全盛期作品でも本作は映画音楽集の域を超えた傑作となっています。初期6作と『Unlimited Edition』『Delay 1968』の8作はすべて本作の水準をクリアしているアルバムです。運悪く『Landed』以降のアルバムから聴いてしまった方も遅くはありません。カローリは2001年の「カン・プロジェクト」での来日公演を体調不良でキャンセル直後に亡くなり、ホルガーもヤキも2017年に相ついで亡くなったので現存の創設メンバーはイルミン一人、マルコムもダモも健在ですがカンの再結成は今後あり得ないと思われますが、全盛期カンの諸作への評価は上がりこそすれ下がることはないでしょう。