2017年12月03日
「東海道五十三次の内 藤枝 源義経」三代目歌川豊国(初代歌川国貞)画 嘉永5年
フォトグラファー H.YOSHINARIの浮世絵美術北枝の浮世絵
写真タイトル
江戸本物浮世絵「東海道五十三次の内 藤枝 源義経」三代目歌川豊国(初代歌川国貞)画 嘉永5年(1852)撮影者所蔵
三代目歌川豊国の[役者見立東海道五十三駅]、通称「役者東海道」の藤枝です。
藤枝は2枚あります。
源義経のこの絵と熊谷直實の絵は背景がつながります。
初代歌川広重の東海道五十三次では全く違う絵柄ですが、狩野秀源貞信の「東海道五十三次」 「卅弐」「藤枝」「岡部へ廿九丁」など2枚の背景をつなぎ合わせた時に現れる小山がえがかれています。
五井野正博士の浮世絵講座では、東海道は初代歌川広重も実際には現地に行って描いてなく、歌川派には大阪から佃島に来た欄間師が書いた下絵があったとされています。
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江戸本物浮世絵「東海道五十三次の内 藤枝 源義経」三代目歌川豊国(初代歌川国貞)画 嘉永5年(1852)撮影者所蔵
三代目歌川豊国の[役者見立東海道五十三駅]、通称「役者東海道」の藤枝です。
藤枝は2枚あります。
源義経のこの絵と熊谷直實の絵は背景がつながります。
初代歌川広重の東海道五十三次では全く違う絵柄ですが、狩野秀源貞信の「東海道五十三次」 「卅弐」「藤枝」「岡部へ廿九丁」など2枚の背景をつなぎ合わせた時に現れる小山がえがかれています。
五井野正博士の浮世絵講座では、東海道は初代歌川広重も実際には現地に行って描いてなく、歌川派には大阪から佃島に来た欄間師が書いた下絵があったとされています。
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