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2024年09月04日

トーマス・マンとファジィ15

 経験や体験に基づいた記憶や学習から得た知識は、推論の土台になる。 ダホスの療養所に着いて間もないHans Castorpは、Joachim Ziemßenから 平地と異なる山の上の慣習について話を聞かされる。そして、ホールから出てくる二人が、主治医のBehrensと危うくぶつかりそうになる。 Behrensは、「おい、気をつけてくれ」と二人に言い、「お互いにとって 事が多少悪く運ぶ場合もあったぞ」と強いNiedersachsen (オランダと接 するドイツ北部)地方の方言で、くどくどした何かを嚙むような口調である。Hans Castorpは、Hamburg (北欧への玄関口)の出身で、発音などに特徴が出る方言による言葉の違いは理解できた。これは、記憶から呼び出す際に似ている音声を誤って取 り違えてしまう一次記憶の特徴であろう。
 また、二次記憶は、似通った単語の意味を取り違えることを問題にする。Hans Castorpは、通常ダボスのメインストリートにある床屋で散発する。突然、好奇心の強い喜びが混ざった一種の驚きを伴う眩暈に襲われる。よろめきと欺瞞からなる言葉の揺れ動く二重の意味を持つ眩暈。「まだ」と「再び」が渦まいてもはや区別できなくなる。これは、眩暈により、時間の概念が識別できなくなるほどHans Castorpの二次記憶が支障をきたしている例である。
 三次記憶は、体にしみこんだ記憶痕跡が問題になる。Hans Castorpは、 3週間の予定で夏季休暇を過ごすため、ダボスに療養中のJoachim Ziemßenを訪問する。ダボス駅における再開の場面で、列車がまもなくダボス駅に到着する際に、「ハンブルクの声」を耳にする。Thomas Mannは、確かにJoachim Ziemßenの声によって方言の色合いを出したかったのであろう。実際に、Hans Castorpは、 Joachim Ziemßenを固有名詞として記憶にとどめており、これは、言葉の問題を越えた一種のエングラムの例と見なすことができる。Hans Castorpは、Joachim Ziemßenを二次記憶という特別な記憶形式の中に蓄えていて、極めて短い時間でそのデータを処理している。

花村嘉英(2005)計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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