2019年04月03日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
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梨花と関係ができてから僕はボーっとする時間が長くなった。ぼんやり梨花の喉元の動きやその時の声を思い出している自分を恥じた。最近は、ぎりぎりまでボーっとして、締め切り間近になってバタバタとやっつけることが増えていた。
あの女はいけない。別れたほうがいい。こんな調子じゃ、いつか仕事をしくじる、そんな気がした。
泣かせてしまった日から二週間、梨花に会うと最初はバカ話に花が咲いてとても楽しかった。梨花は、ときどき「おもろいおばちゃん」になって僕を笑わせてくれた。たぶん僕の口数が少ないので気を使ってくれているのだと思った。大阪の親戚はみんな面白かった。僕はこの雰囲気になじんで家族の一員のような気分を味わっていた。
ただ、梨花と関係を続けるのは苦しくなっていた。この家の娘と結婚するには僕はあまりにも貧しかった。怖気づいていた。
そのくせ梨花が部屋へ来てくれる時間を、今か今かと待っていた。いずれ別れなければいけないことは分かっていた。その覚悟をつけかねた。梨花はきれいだった。性格も好きだった。それに、なんといっても性的に魅力を感じていた。普段はさっぱりした感じなのに、その時には愛情豊かで濃やかだった。それに僕の動作によく反応した。
田原の家に泊まった日は、夜、梨花が僕の部屋に忍んできた。そして翌日は外で待ち合わせることが多かった。
その日も外で待ち合わせた。そして、外で会うと梨花は開放的になって意識がはっきりしないほど夢中になった。が、その日は、早々にシャワーを浴びた。クールダウンしているように見えた。
この前の僕の言葉に傷ついているのがわかった。少し寂しそうにシャワールームから出てくる梨花を見ると自分が情けなくなった。僕は梨花に十分に悦びを堪能する時間も与えてやれない男だった。バスタオル一枚の梨花に「別れようか。」と切り出した。
梨花は一瞬呆気に取られて棒立ちになった。そして、つかつかと窓に向かって歩いた。戸を開けようとして取っ手をガタガタ言わせた。タオルが落ちても気が付かないようだった。「何をやってるんだ!外から見られるぞ。」というと、「そんなこと考えてたのに、昨夜も今日も抱いたの?人のこと馬鹿にせんといて!もう生きてるのが嫌なんよ!あほらしい!私のこと馬鹿にしてる男の人に抱かれていい気分になって、ホントに自分のアホさ加減にうんざりなんよ!」と喚き散らした。
「落ち着け!こんなところで飛び降りたらその格好をやじ馬に見られるぞ。救急隊や警察にも見られるぞ!」というと初めて自分の姿に気が付いたらしかった。「それは、あかん。」と言って慌ててバスタオルのあるところまで戻ろうとした。
そのとき、大きく滑って見事なしりもちをついた。それは、絶対に人には見せられない姿だった。僕は大笑いするしかなかった。
梨花は涙でぐずぐずになりながら「お尻に青あざ出来てるかもしれん。」と泣き喚いた。僕は最初は笑っていたがだんだん心配になった。梨花が立ち上がらなかったからだ。
「大丈夫か?」と言いながら梨花の両脇から手を入れて立たせた。梨花をベッドに寝かせてからもう一度「大丈夫か?」と聞いた。梨花はまた幼児のように「大丈夫なわけないやないの」と泣いた。もう、化粧どころではなかった。動くたびにイタタタと声を出した。
結局、「バッグ取って。ハンカチ洗ってきて。ちょっと肩貸して。」といわれながら梨花が服を着るのを手伝った。その上、「床にお尻の跡が付いてる」といって譲らないのでご丁寧に床拭きまでした。上半身裸のまま床にはいつくばっているうちに、僕は一体なにをやってるんだと笑えてきた。
不思議な温かさをを感じた。梨花は腰を曲げたまま老人のような歩き方をしてホテルを出た。
僕はバカな真似をして男を振り回す女が嫌いだった。だが、この時はバカなことを言ったのは僕だった。関係したあと、まだ服を着てもいない女に別れ話を切り出すのは暴力に近い行為だ。梨花がバカな真似をするのは当たり前だった。
梨花は「真ちゃん、今度あんなこと言うたら私死ぬからね。ちゃんと服着て遺書持って。遺書に島本真一に弄ばれましたって書くからね。」といった。「サイテーだ。」というと、梨花が「私サイテーの女よ。でも、真ちゃん何度も私に愛してるっていったやない。」と答えた。
「僕愛してるって言った?」
「そうよ、真ちゃん何度も何度も愛してる、大好きだっていうよ。」
「僕言ってる?」
「凄く何度も言うよ。だからホントに信じてうれしいから夢見てるみたいになるんやない!」といわれて顔
が火照った。
自分が、その最中にドラマのセリフみたいな言葉を何度も言っていることを初めて知った。僕は自分が何を言っているのかわからなくなるほど、梨花との行為に夢中になっていたのだ。無意識に梨花の気を引くような言葉を連発していたのだ。僕は本気で梨花を愛しているのかもしれないと感じていた。
僕はいいオッサンなのにゴネて女の気持ちを試していた。梨花は恥もプライドも忘れて死ぬだ遺書だと脅迫しながら僕を捕まえようとしていた。梨花は真摯でまっすぐだった。僕は卑怯でサイテーだった。
その日、生まれて初めて自分以外の人を大切に感じた。一緒に人生を歩きたいと思い始めていた。結婚できるように頑張ってみようかと心が動いていた。いままでの、会いたい抱きたいとは違う気持ちが湧いていた。
梨花は僕が「東京へ来てほしい」と言ったらすぐにでも来てくれるだろう。それを確信しなければ思いを決めることができない、煮え切らない自分を少しかわいそうに思った。自信がないから、本気で愛された経験も、本気で愛した経験もないから、試さなければ心が決められなかった。
続く
梨花と関係ができてから僕はボーっとする時間が長くなった。ぼんやり梨花の喉元の動きやその時の声を思い出している自分を恥じた。最近は、ぎりぎりまでボーっとして、締め切り間近になってバタバタとやっつけることが増えていた。
あの女はいけない。別れたほうがいい。こんな調子じゃ、いつか仕事をしくじる、そんな気がした。
泣かせてしまった日から二週間、梨花に会うと最初はバカ話に花が咲いてとても楽しかった。梨花は、ときどき「おもろいおばちゃん」になって僕を笑わせてくれた。たぶん僕の口数が少ないので気を使ってくれているのだと思った。大阪の親戚はみんな面白かった。僕はこの雰囲気になじんで家族の一員のような気分を味わっていた。
ただ、梨花と関係を続けるのは苦しくなっていた。この家の娘と結婚するには僕はあまりにも貧しかった。怖気づいていた。
そのくせ梨花が部屋へ来てくれる時間を、今か今かと待っていた。いずれ別れなければいけないことは分かっていた。その覚悟をつけかねた。梨花はきれいだった。性格も好きだった。それに、なんといっても性的に魅力を感じていた。普段はさっぱりした感じなのに、その時には愛情豊かで濃やかだった。それに僕の動作によく反応した。
田原の家に泊まった日は、夜、梨花が僕の部屋に忍んできた。そして翌日は外で待ち合わせることが多かった。
その日も外で待ち合わせた。そして、外で会うと梨花は開放的になって意識がはっきりしないほど夢中になった。が、その日は、早々にシャワーを浴びた。クールダウンしているように見えた。
この前の僕の言葉に傷ついているのがわかった。少し寂しそうにシャワールームから出てくる梨花を見ると自分が情けなくなった。僕は梨花に十分に悦びを堪能する時間も与えてやれない男だった。バスタオル一枚の梨花に「別れようか。」と切り出した。
梨花は一瞬呆気に取られて棒立ちになった。そして、つかつかと窓に向かって歩いた。戸を開けようとして取っ手をガタガタ言わせた。タオルが落ちても気が付かないようだった。「何をやってるんだ!外から見られるぞ。」というと、「そんなこと考えてたのに、昨夜も今日も抱いたの?人のこと馬鹿にせんといて!もう生きてるのが嫌なんよ!あほらしい!私のこと馬鹿にしてる男の人に抱かれていい気分になって、ホントに自分のアホさ加減にうんざりなんよ!」と喚き散らした。
「落ち着け!こんなところで飛び降りたらその格好をやじ馬に見られるぞ。救急隊や警察にも見られるぞ!」というと初めて自分の姿に気が付いたらしかった。「それは、あかん。」と言って慌ててバスタオルのあるところまで戻ろうとした。
そのとき、大きく滑って見事なしりもちをついた。それは、絶対に人には見せられない姿だった。僕は大笑いするしかなかった。
梨花は涙でぐずぐずになりながら「お尻に青あざ出来てるかもしれん。」と泣き喚いた。僕は最初は笑っていたがだんだん心配になった。梨花が立ち上がらなかったからだ。
「大丈夫か?」と言いながら梨花の両脇から手を入れて立たせた。梨花をベッドに寝かせてからもう一度「大丈夫か?」と聞いた。梨花はまた幼児のように「大丈夫なわけないやないの」と泣いた。もう、化粧どころではなかった。動くたびにイタタタと声を出した。
結局、「バッグ取って。ハンカチ洗ってきて。ちょっと肩貸して。」といわれながら梨花が服を着るのを手伝った。その上、「床にお尻の跡が付いてる」といって譲らないのでご丁寧に床拭きまでした。上半身裸のまま床にはいつくばっているうちに、僕は一体なにをやってるんだと笑えてきた。
不思議な温かさをを感じた。梨花は腰を曲げたまま老人のような歩き方をしてホテルを出た。
僕はバカな真似をして男を振り回す女が嫌いだった。だが、この時はバカなことを言ったのは僕だった。関係したあと、まだ服を着てもいない女に別れ話を切り出すのは暴力に近い行為だ。梨花がバカな真似をするのは当たり前だった。
梨花は「真ちゃん、今度あんなこと言うたら私死ぬからね。ちゃんと服着て遺書持って。遺書に島本真一に弄ばれましたって書くからね。」といった。「サイテーだ。」というと、梨花が「私サイテーの女よ。でも、真ちゃん何度も私に愛してるっていったやない。」と答えた。
「僕愛してるって言った?」
「そうよ、真ちゃん何度も何度も愛してる、大好きだっていうよ。」
「僕言ってる?」
「凄く何度も言うよ。だからホントに信じてうれしいから夢見てるみたいになるんやない!」といわれて顔
が火照った。
自分が、その最中にドラマのセリフみたいな言葉を何度も言っていることを初めて知った。僕は自分が何を言っているのかわからなくなるほど、梨花との行為に夢中になっていたのだ。無意識に梨花の気を引くような言葉を連発していたのだ。僕は本気で梨花を愛しているのかもしれないと感じていた。
僕はいいオッサンなのにゴネて女の気持ちを試していた。梨花は恥もプライドも忘れて死ぬだ遺書だと脅迫しながら僕を捕まえようとしていた。梨花は真摯でまっすぐだった。僕は卑怯でサイテーだった。
その日、生まれて初めて自分以外の人を大切に感じた。一緒に人生を歩きたいと思い始めていた。結婚できるように頑張ってみようかと心が動いていた。いままでの、会いたい抱きたいとは違う気持ちが湧いていた。
梨花は僕が「東京へ来てほしい」と言ったらすぐにでも来てくれるだろう。それを確信しなければ思いを決めることができない、煮え切らない自分を少しかわいそうに思った。自信がないから、本気で愛された経験も、本気で愛した経験もないから、試さなければ心が決められなかった。
続く
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