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2019年07月28日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <23 腑に落ちない話>

腑に落ちない話
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絵梨の妊娠の喜びで家族が湧きたつ日々の中で大阪の祖母が狭心症で倒れた。叔父が電話をかけてきた。そして美奈子叔母さんに、「絵梨ちゃんと真梨さんは来たらだめよ。」ととめられた。

「自分のために絵梨ちゃんが無理するのん、おばあちゃん悲しまはるから。おばあちゃん悲しませんといて。そっちで、ひい孫の顔みれるようにって祈ってあげて。」と念を押された。父と僕が急いで駆けつけたが意識は戻らなかった。そのまま、帰らぬ人となった。

祖母は絵梨の妊娠を知った日には喜んで自分で電話をかけてきた。僕に「軽率なことせんように。パパになるんやから。」といった。ごく普通に「わかってるよ。心配性だなあ。」と言って電話を切った。

祖母の49日を済ませてお手伝いさんの宮本さんは、榊島の有料老人ホームに引っ越していった。そのホームは、東京の祖父が建設したもので、小規模だが設備が行き届いた高級施設だった。祖母はは宮本さんに割と大きな金額の預金を遺していた。

祖母が亡くなってしばらくして、父から長谷川が亡くなった話を聞いた。自死か事故かはわからないが、ひき逃げにあって犯人がまだ見つかっていない。小樽から刑事が来たということだった。もちろん絵梨には内緒の話だ。

絵梨が妊娠してから僕は命というものを大切に思うようになっていた。長谷川を恨んではいたが、以前のように殺してやるというような物騒な発想は無くなっていた。それよりは、長谷川が絵梨に危害を加えないかを心配していた。長谷川の死のニュースを聞いて僕はひそかに胸をなでおろしていた。

父は長谷川が亡くなった話をした時に少し含みのある言い方をした。「いろんな人から恨みを買っていたらしい。誰かが思い詰めたかもしれんな。」といった。そうかも知れない。と思った。

ふっと、宮本さんはこの話を知っているだろうかと思った。施設に電話してみると、宮本さんは少し老けたような気がしたが元気にしていた。長谷川のことは今初めて知ったと言った。

施設長に宮本さんの健康状態を気にかけてくれるように頼んだ。その時、施設長は「あの人は元気なもんですよ。つい1か月前にも九州旅行に行かれましたよ。」といった。九州とはまた意外な場所だと思った。なにか腑に落ちない感じがした。



続く




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2019年07月27日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <22 受胎告知>

受胎告知
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最近、絵梨が少し痩せてきた。父に慎むように叱られた。こんな時、僕の立場はややこしい。普通、義父が婿にそんなこというか? 父親が息子の嫁が少しやせたことに気付くか? 僕の父は、母よりもおせっかいなのかもしれない。過干渉だと思った。ただ、絵梨自身は幸福そうだった。

その、幸福そうな絵梨が、その日は朝起きるのが遅くなった。ふと見ればうたた寝をしている。朝食を作るのもやっとだった。父が言うようにやりすぎてしまったのだろうか?と反省した。「疲れてる?今日はゆっくり休めばいいよ。洗濯、僕が帰ってからやるから。夕飯はなんかとろう。」と言って出勤した。

その日、会社から帰ると絵梨はソファに座ったまま「お帰りなさい。」といった。本当に体調が悪いのだと思って心配になった。が絵梨はにこにこしていた。ソファからおいでおいでをする。僕は腹が減っていた。ちょっとイライラした声で「なんだよ。」と絵梨に近づいた。

絵梨が立ち上がらないので、絵梨の隣にどさっと座った。その時、絵梨がしなだれかかってきて僕の手を自分の胸に抱いた。疲れて帰ってきていきなりは無理だと焦った。絵梨が小さな声で、「受胎告知です。私たち夫婦は天から授かりものをしました。」といった。

ジュタイコクチ?なんだそれ?脳内変換に時間がかかった。やっと漢字変換ができたが、あまり実感がなかった。絵梨が「おめでとう。あなたはパパになりました。」といった。「ほんと?」というと「今日病院に行ったの、3カ月だって。」といった。

よくテレビドラマでやっている感動的な場面が現実に僕に起こった。こんな時、ドラマのように喜んで飛び上がるのかと思ったが、そんな風にはならなかった。絵梨の前では喜んでみたものの、それほどの感慨は湧かなかった。その日は、近所の蕎麦屋から出前してもらった。僕の子供の門出は地味な食事から始まった。

本当に感動が押し寄せてきたのは絵梨が風呂から出てきた時だった。絵梨の体をバスタオルで拭いてバスローブを着せて髪を乾かした。その間、僕は聖人君子のようにふるまった。しばらくは、きつく抱きしめてはいけない。無茶なことをさせてはいけないと思った。

喜びが込み上げてきた。このお腹の中に子供がいるんだ。子供ができたんだ。子供が生まれるんだよ。と何度も心の中でつぶやいた。いや、声に出していたかもしれない。絵梨が、クスクス笑った。僕は、実家に電話しようとしたが絵梨はしばらく二人だけの秘密にしようといった。僕は、だらしなくにやにやした。

その週の週末には両親を夕飯に招待した。絵梨は食事の支度をしかけたが、僕はイタリア料理屋のテイクアウトを提案した。最近評判になっている店だった。その料理を見て、父は一瞬つまらなそうな顔をした。僕は「絵梨は料理するっていったんだけど、僕が止めたんだ。」と絵梨の代わりに言い訳をした。

父は心配顔になり、母はすぐ具合はどうかと尋ねた。絵梨が、ちょっとむかつく程度だと答えると「いつ分かったの?」と聞いた。母はいかにも物知り顔でわざと父にわかりづらく話した。父もやっと事態を察したようだった。途端に笑顔がこぼれて、「おめでとう。大事にしないとな。」といった。

その日から、僕たちは絵梨のお腹の子供を守るためだけに動いた。母は毎日僕達の家に来て家事一切を引き受けた。絵梨も慎重に生活した。一日に何度か庭周りを散歩したが外出は控えた。少し、神経質かとも思ったが、何としても無事に出産したいという強い決心だった。

僕は相変わらず聖人君子だった。絵梨の検診に付き添って心音を聞かせてもらった。小さな小さな米粒のような影が映っているだけなのに、ドクドクドクっと心音が聞こえた。生きているんだと実感した。

こんなに短期間で人生が一変することがあるのだと思うと感慨深かった。あの時、叔父夫婦がうちへ縁談を持ってこなかったら、僕らは、この幸福をつかむことがなかったのかもしれない。

あんなに悩んだ恋愛も結婚してみれば、ごく平凡な夫婦だ。あの長い10年間は何だったのだろうと不思議になった。


続く




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2019年07月26日

家族の木 THE THIRD STORY純一と絵梨 <21 最後の夜>

最後の夜
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翌日からいろいろな観光地を回った。あの鬱陶しい気分はどこかへ飛んでしまった。両親には三日おきに電話した。僕たちは、修学旅行に来た中学生のようにはしゃいでいた。
絵梨の頬はピンク色に輝いていた。

ハネムーンの最後の夜「純、この二週間は私は本当に幸福な妻だったわ。でも、この後はあなたの好きな道に進んでほしい。私は十分に幸福だから心配いらない。誰からも祝福される恋をしてほしいの。」といった。

最初の夜のことが尾を引いていた。絵梨は嘘が下手だった。もし、今僕が離れたら絵梨は生きてはいられないはずだ。あんなに、親戚中巻き込んで結婚にこぎつけた二人がそんなに簡単に別れられるはずはなかった。少なくても僕は、つまらない友人の言葉に惑わされる絵梨に腹がったった。

「つまらないこと言うな。そりゃ、初めて外国人の女の子とあけっぴろげな恋をしたさ。その子が好きだったよ。だけど、それでも絵梨の不幸を聞いたら放っておけなかったんだ。その子を置いてさっさと日本へ帰っちゃったんだよ。だから、あんな風に嫌味をくらったんだよ。それが今の僕なんだよ。こんなこと説明しなきゃわからない?その子もあの男と幸福になるさ。それとも、青春の思い出も作っちゃいけなかった?」

「ごめん、なんかモヤモヤして笑えないの、腹が立つのよ。」

「知らないの?それをジェラシーっていううんだよ。これから、そのジェラシーを溶かしてあげるよ。」

帰国してから、実家の会社に平社員として入社した。僕がわりと一生懸命働いたので、他の社員とも仲良くなれた。穏やかな日々が続いた。

僕は会社関係や友人に絵梨のことを話すときには、「家内」とよんだ。そういう、ちょっとおじさん臭い言い方が気に入っていた。その言葉を言うときに、自分の口元がちょっとニヤけるのがわかった。

親しい友人は絵梨が姉だということを知っていて一瞬ぎょっとした。僕は、実父が誰だとは言わなかったが、自分が養子だったこと、養子と実子の結婚は法的に問題がないことを丁寧に説明した。友人たちは僕の説明を聞いてほっとした顔をする。めんどうだったが理解して欲しかった。


続く



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2019年07月25日

家族の木 THE THIRD STORY純一と絵梨 <20 いら立ち>

いら立ち
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僕はいらだっていた。一体なにしにわざわざこの街に来たのだろう。何もかもが順調に進んで無事に結婚式をして、こうして新婚旅行に来て有頂天になっているところに、友人からビシャッと冷水を浴びせかけられた。

僕が横になっているベッドはキングサイズだ。シャワー室からは絵梨がシャワーを浴びている音が聞こえる。あんなに僕を悩ませた姉が今では僕の妻だ。

もうすぐバスローブ一枚の姿でこのベッドに横たわるだろう。本当なら情熱的に僕に甘えかかってくるはずだった。僕は今までで一番熱烈な愛撫をするはずだった。絵梨は、幸せよ。幸せよと何度も言うはずだった。純、純と何度も僕の名前を呼ぶはずだった。

でもさっきの絵梨は涙ぐんでいた。「純の大切な恋を壊しちゃったのね。ごめんね。純の大事な人を泣かしちゃったね。ホントに私は厄介な姉ね。何にも知らなくて浮かれて純に嫌な思いをさせて。」と言って僕に何度も謝った。何もかも台無しとはこのことだった。

絵梨がシャワー室から出て、こちらに向けて歩いてきた。少し恥ずかしそうしていた。そういう姿を見るのは初めてだった。いつも自分たちの部屋で世間話をしてからベッドに入るのとは勝手が違う。いかにも新婚初夜という雰囲気が気恥ずかしかった。

ふっと長谷川との初夜もこんな感じだったのかと勘ぐった。少しイラだった。イライラが僕を動かしていた。こちらに向かって歩いてくる絵梨を迎えに行った。そのまま、そばのソファに押し倒してキスをした。

絵梨はびっくりして呼吸が荒くなっていた。そのままずっとキスをした。苦しくなったのだろう。絵梨は背中をトントンとたたいた。口をもごもごさせた。それでもやめなかった。少し、脚をバタバタさせた。それでもやめなかった。絵梨が上目遣いになってもがきはじめたところで僕の息が続かなくなった。

「純にあんな風にされて殺されるんだったら、それでもいいわ。純にキスされてるとき、一瞬気が遠くなったの。あの時とおんなじ感じよ。幸せだった。」「こんな感じで、息が止まるまでキスしてたら幸せなの?」キスをしながら、いつものように手のひらを絵梨の胸に持って行った。絵梨は眼をつぶってその感触を味わっているように見えた。

「どんなにキスで息切れしても鼻呼吸しているから死にません。僕が苦しくなってやめてしまうだけです。残念でした。」と言って笑い話にしようとしたが絵梨は、その不吉な会話をやめなかった。絵梨もさっきのモヤモヤした気分が治っていないのが分かった。

「純を殺したかったら、どうするんだろう。力はかなわないから何か作戦練らなくっちゃね。」といった。僕は「簡単だよ。他の男と愛し合えばいいんだよ。そしたら簡単に殺せる。」と答えた。

「僕、絵梨が他の男に抱かれたらその男を許さないかもしれない。僕どんなことがあっても絵梨には手荒なことはできない。せいぜいキスで痛めつけるぐらいだ。絵梨が他の男と関係したら、多分その男に手を出すと思う。許さない。」とすごんだ。わざわざ話を不吉な方へ持って行ってしまった。

「純、ちょっと怖い。でも純が怖くても平気よ。純なら怖くても意地悪でも大好きよ。」と絵梨が言った。そのまま、絵梨が僕の顔を胸で抱きしめて、その日は僕たちは床の上で愛し合うことになってしまった。僕たちのハネムーンの初夜は意外と荒れ模様だった。


続く




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2019年07月24日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <19 絡み酒>

絡み酒

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僕と絵梨の結婚セレモニーは入籍と親戚だけの簡単な披露宴で終わりだった。料亭の一室での宴会だった。その席にはタカシの新妻も同席した。賢そうな人だった。

僕たちは、その二日後にアメリカに新婚旅行に出た。2週間かけてウエストサイドを観光する計画だ。絵梨の希望だった。最初の夜は僕が住んでいた街だ。絵梨の希望だった。この街に来るのは抵抗もあったし寄ってみたい気持ちもあった。楽しくて明るくて前向きな恋を結局は苦い形で終わらせてしまった。でも、妻を紹介したい友人もいた。複雑な気持ちだった。

最初に絵梨からこの話が出たときには僕はそれとなく断った。ハワイの方が楽だし観光地も多いとか、ヨーロッパへ行ってみたいなどの提案もしたが絵梨はアメリカが希望だった。それは当然でもあった。

夫が婚前に3年間住んだ町に関心を持つのは当然だったし、絵梨にしてみれば僕に対する優しさでもあった。また行ってみたいだろう。会いたい友人もいるだろうと思うのは何も不思議なことではなかった。むしろ、それを拒否する方が不自然だった。

まさかこの街で僕が人目もはばからずに恋をしていたなんて絵梨は想像もしていなかっただろう。いや、その程度のことは分かっているのかもしれない。青春の思い出だと思っているだろう。半同棲の関係で移住さえも念頭に入れた関係だとは思わないだろう。しかも、別れる寸前に絵梨が原因になって大げんかをしていた。

しかし、その恋人はもうこの街にはいないはずだ。卒業したら故郷に帰って父親の会社に入るといっていた。ホテルは学生の頃の暮らしとはかけ離れた高級ホテルにした。ホテルに出入りするのはよそから来た人間だけだった。地元の人間には用のないホテルだ。友人に会う心配をしなくてよかった。

親しかった友人二人を招待して食事をした。二人とも近隣の都市でビジネスマンとして活躍していた。良識もあるし気配りもできる。ハネムーンの席で前の恋人の話をするような連中ではなかった。

最初は二人がお祝いをしてくれて楽しい会話が弾んだ。しかし、酔いが回ってきた頃話が妙な方へ向いた。その中の一人がシンシアと付き合っているらしかった。迂闊だった。まさかそんなことになっているとは夢にも思っていなかったのだ。

その話を聞いたときには驚いたが、特に嫉妬心などは起きなかった。むしろホッとしたぐらいだ。しかし、その男は酔いが進むにつれて目が座ってきた。

「シンシアはずいぶん苦しんだ。兄弟に恋をする男と恋愛関係にあったということが彼女を苦しめていた。しかも、その姉に負けたんだ。何のケアもせず帰国して、その上、その姉と結婚報告にわざわざこの街に来る神経が分からない。東洋人は不思議だ。」と絡んできた。

絵梨は真っ赤になってうつむいて黙ってしまった。姉が実は従妹だったことを何度も説明したが、要は絡み酒だ。もう一人の友人がとりなしてくれて、喧嘩にはならなかったが、早々にお開きになってしまった。アメリカに着いた最初の夜だった。


続く




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2019年07月23日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <18 仏像>

仏像

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僕は大阪の会社を退職して完全に東京へ戻った。以前祖父夫婦が住んでいた家を改築して僕たちの新居にした。実家から歩いて5分ぐらいの所にあった。

その古い家のリビングの飾り棚には金属製の小さな仏像が置かれていた。一番高いところに置かれていて、祖父は毎日その仏様に手を合わせていたのを覚えている。祖母も絹の布で丁寧に磨いていた。

祖父母が亡くなってからも、母は毎日お水を備えるためにこの家に来ていた。父も時々手を合わせていた。この家がカビ臭くならなかったのは頻繁に人の出入があったからだ。

母に、なぜ仏様を家に移さないのか聞いてみた。「さあ、よくわかんないんだけど、この仏様があなたをこの家に呼んだのかもしれないわねえ。貴方を養子にする話し合いをしたのがここよ。

この場所で、おじいちゃんが養子をもらう決心をしたって言ったのよ。おじいちゃんはもともと、田原真介さんの愛人の子供だったの。その愛人っていう人がおじいちゃんの中学生の時に亡くなったのよ。

それでおじいちゃんは、あなたの話を聞いてすぐに引き取る決心をしたのよ。でも、不思議なんだけど、その時、ママはあなたが弟になるのが絶対嫌だったの。貴方は絶対私の子供だって思ったのよ。

ちょうど、この仏様と正面を向いていたの。仏様が、その子はお前の子だよっておっしゃったのよ。よくわかんない話でしょ。でも、この仏様は以前にも私を助けてくださったのよ。私はこの仏様とは心が通じ合うのよ。」母の言うことは、母の中では真実なのだろうと思った。

「昔ね、おじいちゃんとおばあちゃんが離婚寸前までいったことがあったのよ。」

「うそ!ものすごく仲良かったじゃない!」

「でもおじいちゃん一遍だけ浮気したのよ。」

「おじいちゃんって、おばあちゃんすごく大事にしてたよね。なんか、いっつもデレ~ンとなってた印象あるよ。」

「そうなの。完全に参ってたのよ。でも、浮気したのよ。浮気。多分酔ったはずみよね。それで、女の人が家に乗り込んできたのよ。子供ができましたって、別れてくださいって。」

「すげえ、ドラマみたいだ。」

「おばあちゃん、まだ若くてきれいだったから堂々としたもんだったのよ。その子引き取ります。って言ったの。私、兄弟ができるってうれしかったぐらいよ。その時のおばあちゃんが結構すごいことを言ったらしいの。そのおばあちゃんのセリフを、その女の人がお店で言っちゃって、しばらく評判だったんだって。パパも三崎専務から聞いて知ってるらしいんだけど教えてくれないの。かなりなセリフを言ったみたいよ。」

「ママ聞いてたんじゃないの?」

「聞いてたんだけど、なんだかよくわからなかったのよ。私が育てますって言ってたのは分かってるんだけど。」

「それでも、夫婦喧嘩は起きたのよ。その夜、おじいちゃん家出しちゃったの。何日も帰ってこなかったのよ。おばあちゃんったら、それでも笑顔でご飯作って元気なの。でもご飯食べられなかったのよ。

死んじゃうと思った。こういうとこ絵梨に似てるでしょ。もうだめだと思って、おじいちゃんを迎えに行こうと思ったの。でも、知ってることは会社の名前と場所が溜池山王ってことだけなのよ。おばあちゃんが買い物に行ってる間に、なんかわからないかって探してたら、この仏さまが倒れたの。ゴンって床に。当たってたら大けがするとこだった。で、仏様を拾い上げて、元に戻そうとしたら、そこにおじいちゃんの名刺がおいてあったの。」

「なんか、昔話みたいだね。」

「それで、会社に電話してみたのよ。そしたら三崎専務が電話に出てくれて、翌日学校まで迎えに来てくれたの。会社の前まで連れてってくれたのよ。まるで自分で会社まで行ったみたいな顔して応接室に通してもらったの。おじいちゃんにママ死んじゃうよって言ったのよ。おじいちゃん慌てて家に帰ってきたの。おばあちゃん、おじいちゃんの顔見たら倒れたのよ。ホっとしたんだと思う。この仏様は、うちを守る仏様なのよ。」といった。

母の話には多少脚色があるかもしれない。だけど、僕の家族も見守ってもらえるだろうとも思った。仏様が落ちたという場所は、少し床板がくぼんでいた。

母には内緒で父におばあちゃんの名セリフを聞いてみた。父が言うには、そのセリフは、店だけじゃなくて会社でも語り草になったようだ。曰く「田原真一の精子は一匹残らず私のものです。心配なさらなくても私がちゃんと育てます。」

あんな天然な顔してそんなすごいことを言ったのかと驚いた。祖父が家で腑抜けになって暮らしていたのが分かるような気がした。会社の皆がそんな話を知っていることは祖父は知らなかったのだろう。家の外に出れば無口で苦み走った男だった。


続く




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2019年07月22日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨  <17 愛憎>>

愛憎

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絵梨が大学に入りたてのころ、初めての男子学生との交流で毎日何かウキウキしていた。僕がふてくされて家族と関係がぎくしゃくし始めたころ、絵梨はますます美しくなっていった。

あの日のままの絵梨がさっきまで、僕の腕の中で、うっすらと汗をにじませて息を弾ませていた。陶器のような真っ白な胸がほんのりとピンク色に染まっていくところを見た。「
純、純、はじめてなの、純、純」と呼んだ。絵梨は結婚生活を経験しているのに慣れていなかった。普通に愛をはぐくむことをしてこなかった証のように思えた。

手に入らないと諦めていたものが急に手に入ったら、なくすのが恐ろしくなる。絵梨の恐れがそのまま伝染して僕の中で大きな波のように押し寄せてきた。今まで感じたことのないような執着心にとらわれた。

絵梨は今、小さないびきをかいて眠っている。少し、疲れさせてしまったようだった。僕は眠れなかった。長谷川のことが頭から離れなかった。絵梨は長谷川が跡取りを作るためのルーチンワークとして絵梨と関係していたといった。

でも僕はわかった。あいつは絵梨に暴力をふるい怯えさせ、嫌がって泣く姿を楽しんでやがったんだ。卑劣で下品で陰湿な趣味だった。そして、大切な子供を亡くした。許せないと思った。肉親を虐げられた怒りと、自分の女を侮辱された復讐心がうずまいた。思わずナイトテーブルをたたいてしまった。

絵梨が驚いて目を覚ました。おびえていた。「ごめん、手がテーブルに当たっちゃった。怖がらなくていいんだよ。僕は絶対に絵梨を手荒に扱ったりしない。僕は、どんなことがあっても絵梨を怖がらせるようなことはしない。大丈夫、大丈夫なんだよ」と頬をなでると幼い子供のように目をつぶった。

そして、「はじめてわかったの。幸せの意味」といった。僕が「この次はもっと幸せにしてあげる。」というとまた眠りにおちていった。

その日から、長谷川に対して恐怖心のようなものを感じるようになった。長谷川は絵梨に強い執着心を持っているのではないか?諦めきれずに、どこかで絵梨に狙いを定めているのではないか? そんな不気味さを感じるようになっていた。

僕は長谷川への恨みと不気味な恐怖心を振り払うことができなかった。普段は忘れているが、ふっとした弾みに嫌な気持ちになる。時には、怒りの気持ちが殺意レベルにまで膨れ上がることもあった。日によって気持ちは揺れ動いた。

こんな気持ちを打ち明けてもいい人は、ただ一人。大阪の祖母だった。気分が荒れたときには大阪の祖母に電話した。祖母は「無理もない、そやけど、あんまり思い詰めることは無いよ。あの男は、どうせろくなことにならへんのやから。」といった。僕は、祖母のこの言葉をあまり深く考えなかった。


続く





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2019年07月21日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <16 逢瀬>

逢瀬

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絵梨との婚約が調って初めての夜、同じ部屋に寝るのは20年ぶりくらいだった。姉が小学校の高学年になって、僕たちは初めて独立した部屋を持ったのだった。その時以来だった。僕たちはおそろしくおくてのカップルだった。婚約してはじめて、僕は絵梨の部屋に泊まった。

その夜の絵梨はただ抱きしめただけで硬直してしまった。あの嫌な記憶がよみがえったのだ。泣きながら「ごめんね。いいオバサンなのに、純の愛情にこたえられなくて、お願い、もうちょっとだけ待ってほしいの。」とあやまった。

僕はただ抱きしめるだけでよかった。「10年以上待ったんだよ。のんびり行こうよ。今は、これで十分幸せだよ。こんな風に恋人同士の会話をすることが夢だったんだよ。僕ってロマンチストなんだよ。知らなかった?」と話すと、僕の腕の中で「ふふっ」と笑った。幸福で穏やかな眠りについた。

翌日の夜、今度は絵梨が僕の部屋に来た。12時を過ぎて父も母も寝静まっていた。僕たちはベランダ越しに出入りした。まるで、不良の高校生のようだった。心が弾んだ。
絵梨が僕の布団にもぐりこんだ。

この日も抱きしめて眠った。パジャマの裾から手をいれて素肌に触れてみた。僕は、初めて絵梨の素肌に触れて動揺した。あまりにも滑らかでしっとりしていた。吸い付くような感触というものをはじめて経験した。絵梨は硬く身を縮めていたが嫌だとは言わなかった。

翌週は出張で東京へは帰れなかった。その次に東京へ帰ったのは2週間ぶりだった。その夜、絵梨がベランダ伝いに僕の部屋に来た。驚くほど必死の形相だった。いきなり胸にしがみついてきた。「また、遠くへ行ったらどうしようと思って、怖くて怖くて。」といった。「行くわけないじゃないか。どうしたの?」と聞きながら、なにか不安定になっていると感じた。

「ねえ、ないと思ってあきらめていたものが急に手に入ったの。ところが、ちょっと、どこかへいってしまったの。そしたら、またなくすんじゃないか、またなくしたらどうしようって、怖くて怖くて。」といった。

「なんで、そう思うの?ちゃんと婚約したじゃないか。」「だって、私は純に十分なことをして上げられない。役にたたない女だから。よそへ行けば若くて魅力的な人がいっぱいいるわ。もう怖くて怖くて。」絵梨がそう言っている間に僕は絵梨のパジャマの裾から絵梨の素肌を抱きしめていた。絵梨が望んでいるのが分かった。

僕の手が胸に触れたとき、絵梨は少しビクッとした。ゆっくり撫でているうちに体の力が緩んできた。もう、大丈夫だと思った。僕は絵梨が少し衰えていると思っていた。流産という体験が身体を老いさせると思っていた。そんな絵梨が可愛そうで僕がいたわってやりたいと思っていた。

だが絵梨は驚くほどみずみずしかった。高校生の時の浴衣姿の絵梨を思い出した。妙に太ももの部分が気になって正視できなかった。夜、パジャマのままテレビを見ている姿を思い出した。パジャマの胸元が眩しくて慌てて自分の部屋に戻った。初めてのデートに上気しながら帰ってきた絵梨を見たとき嫉妬で思い切り悪態をついた。

あのころから絵梨とも家族ともぎくしゃくしだした。今まで抑えていた感情が、歪んだ形で小爆発を起こしていた。毎日毎日そこここで破裂を繰り返した。それなのに、絵梨はどんどん美しくなった。



続く



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2019年07月20日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <15 男女交際>

男女交際
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その日以来、僕は毎日深夜に姉に電話を掛けた。姉がベッドに入る頃を見計らって電話するのだ。今日は何をした。誰にあったなどと他愛もない話をしてうれしかった。「男女交際」という言葉を思い出した。

中学生や高校生の時に一度くらいは体験していそうなことを僕たちは経験していなかった。
僕も姉も自分が不純だと思って自分の恋心と戦っていた。今、青少年期からやり直しているような不思議な感じがした。

翌週には両親に結婚したいと報告した。絵梨は始終うつむいて恥ずかしそうだった。初々しいと思った。その日は家族でレストランに行ってささやかなお祝いをした。その席で用意していた指輪を贈った。その指輪は、夜中の電話で絵梨の好みを聞いて選んだものだった。絵梨は僕の懐事情に気を使って小さな石をリクエストした。

絵梨と母は少し涙ぐんだ。高校生の時から悩みに悩みぬいた初恋だった。やっと、手に入れたと思うと、僕は思わず安どのため息というものをついてしまった。「ああ、長かった。
もう無理かと思ってた。」と口をついて出てしまった。

父は心なしか不満そうだった。もし僕たちがもっと早く相談していれば、姉の不幸な流産はなかったかもしれなかった。僕は父の思いが痛いほどわかっていた。心の中でなんでもっと早く出生の話をしてくれなかったんだと反論していた。

母はきっと心の中でまさかあなたたちが恋に落ちるなんて夢にも思ってなかったんだからしょうがないじゃない。と反論し多に違いない。

絵梨はきっと亡くした子供を思いやったに違いなかった。誰にも言わず人知れず小さな命を哀れんだことだろう。僕は、亡くした命が僕たちの子供としてよみがえる日があると信じた。



続く




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2019年07月19日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <14 褒美>

褒美
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「養子と実子は結婚してもいいって法律で決まってるんだよ。僕は聡一叔父さんの子供だ。姉ちゃんとは従妹だ。僕は姉ちゃんと結婚したい。もし姉ちゃんが嫌だったら、もう結婚はしない。この家もパパもママも姉ちゃんのものだ。僕は、もう一度渡米して日本には戻らない。」と一気に言ってしまった。

姉は、まだきょとんとしていた。「純、疲れてるの?今の冗談、笑えないよ。」と立ち上がろうとしたので、もう一度、肩を押さえてソファに座らせた。「姉ちゃんこそ、落ち着いて僕の言うことをよく聞いてくれ。僕は、もうずっとずっと前から姉ちゃんが好きだったんだ。知ってるだろ?だから、あんな結婚しちゃったんだろ?僕は今でも姉ちゃんが大好きなんだよ。姉ちゃんとしか結婚したくないんだよ。パパから聞いたんだ。姉ちゃんも僕のことを好きでいてくれたって。だから結婚しよう。」と言った。

姉は「兄弟でそんなこと無理でしょ!わざわざ、苦しめようとしてるの?一体何なのよ!」と、大きな声を出した。「だから、よく聞けよ。僕は聡一叔父さんの子供なんだよ。隆の兄なんだよ!」と喚いた。

姉は、今度はまるでクイズを考えているような顔になった。「純、ちょっと考えてもいい?私、純、結局誰なの?」と聞くので「考えない方がいいんだよ。考えるとややこしくなるから。何にも考えずに僕のこと好きかどうかだけ答えてほしいんだよ。」というと、姉は「好きなの。とっても愛してるのよ。だからあなたに幸福になってほしいのよ。」と答えた。

「じゃあ、結婚してほしい。それ以外の答えは僕には要らないんだよ。」と答えながら、姉の手を握っていた。

もう説明は面倒だった。言うことは言った。「姉ちゃん、僕たちが愛し合って何が問題?非難の的になると思うの?親が悲しむと思うの?なあ、何か怖い?僕はもうめんどくさい。あれこれ考えるのも言うのもめんどくさい。僕は、姉ちゃんと一緒に生きていきたいんだよ。僕の幸せは、姉ちゃんだよ。」といって、姉を抱きしめた。姉のきょとん顔は、ゆっくりと本気の顔に代わった。

結局、理屈も何もない。抱きしめるのが一番わかりやすい方法だった。姉が僕のことを好いていてくれているとわかったその日に、ただ抱きしめるだけでよかったんだ。

それでも姉は躊躇した。「姉ちゃん、子供産めないかもしれないよ。純、パパになれないかもしれないんだよ。そんな結婚して純は幸せになれる?」と聞いてきた。「姉ちゃん、幼稚な質問するなよ。そんなこと百も承知でいってるよ。僕、そんなに軽率じゃないんだよ。」と上から偉そうに答えた。

姉が静かに泣き出した。僕は姉が落ち着くまで、ずっと隣にすわって待っていた。姉がひとしきり泣いた後、「ねえ、僕、大人になっただろ?ここらあたりで、ご褒美がほしいんだよ。たくさん説明して口がおかしくなっちゃったよ。」というと、姉が軽く口づけをしてきた。「ちょっと楽になった?」と聞かれたので、「まだ、楽にならない。一瞬じゃだめだ。もっと長時間の治療が必要だ。」と答えた。しばらく唇を合わせるだけの少年少女のようなキスをしていた。

両親が返ってきた。なんとなく照れくさくて姉と二人でテレビを見ているふりをした。その日は大阪に帰らなければならなかった。姉と母が玄関まで送って出てくれた。

普段は母が持ってくれるカバンを姉が持ってくれた。母がおやっという顔をした。父が後ろから「気をつけてな」と声をかけてくれたので振り向きざまにピースサインをした。父の顔が緩んだ。


続く




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