2011年06月03日
バビロン(A)
「神さまはね、私たちがかわいくて仕方がないのよ」
これは彼女がよく口にした言葉だ。
飛ばされて十日が経過したある夜、僕はどうしても寝付けなくてみんなを起こさないように外に出た。なんだか星を見れば眠れるような気がしたからだ。
当てもなく、しばらく空を見上げつつ、ふらふらと海辺を歩いていると視界の右端に人影を感じた。
視線を人影に向けるとそこには見覚えがある女の人が足を海に向けてまっすぐに伸ばして座っていた。その人は、僕たちのグループの最年長の人物で、みんなからはお姉さん、姉貴、お姉ちゃんといった風にとにかく姉のつく言葉で呼ばれていた。僕はグループで真ん中くらいの年齢だったので一番彼女とは話したことがなかった。なぜなら、小さい子はみんな彼女に甘えるし、大きい人は彼女と話し合ったりはするけれど、半端にしか体力のない僕は、大きい人の仕事の手伝いをすることが多かったので話す機会がなかったからだ。
このまま気付かない振りをして通り過ぎようかそれとも話しかけてみようか、と迷っていると気配でも感じたのか、向こうが僕に気付いたらしく上半身だけ右へひねって話しかけてきた。
「ねえ、こっちに来て座ったら」
ぱんぱんと右手で地面を叩き彼女は言った。
「どうも」
僕はそう言って彼女の隣に座った。なんだかそうすることが正しいように思えたからだ。
「こんな夜更けに散歩なんてどうしたの。明日がつらくなるよ」
「明日が大変になっちゃうのは分かっているんですけどなんだかぜんぜん眠れなくて。星を見たら眠れるような気がして出てきちゃいました」
お姉さんはどうしたんですか、と僕は聞くと、彼女は照れたようにあはは、と笑い、
「私も眠れなくて、なんだか外に出たくなっちゃったんだ。まあ、星が見たかったんじゃないけどね」
お姉ちゃん失格だね、と彼女は言った。僕はなんて答えればいいのかわからなくてうつむいたが、彼女は僕を見て、どうやら返事を待っているようだったので、仕方なく適当に答えた。
「別にいつもお姉さんをやっていなきゃいけないということではないでしょうし失格ではないと思いますよ。元々他人同士だし、明確に役割を決めたわけでもありませんし」
そう彼女に向って話しながら、僕は何か自分がとてつもなくひどいこと彼女に言っているのではないんじゃないかと思ってしまった。彼女は間違いなくこのグループのリーダーだったし、それを明確に決めたわけではないなどと否定するのは彼女に対する重大な裏切りではないのかとすら思った。
しかし、彼女はそれに怒るのでもなく、むしろ嬉しそうにほほ笑んだ。
「そうだね。誰かが決めたわけじゃないし、別にお姉さんぶらなくてもいいんだよね」
うん、うん。と彼女は何度もうなずいた。
それを見て、僕は大いに焦った。彼女がお姉さん役をやめてしまったら次の風が吹くまでの約四カ月間、到底みんながまとまるとは思えなかったからだ。
僕がどうしようかと内心、頭を抱えていると、くすくすと彼女は僕を見て笑っていた。
「嘘だよ。お姉さん役を止める気はないし、嫌な訳でもないよ。ただちょっと、君がどう思ってるのか知りたかっただけ」
彼女がそういうことをするとは思っていなかったので、僕は本当に驚いた。だけどそれ以上に、
「ちょっと、悪趣味です」
「だって、もう十日も経ってるのに君とはあんまり話せなかったから嫌われてるのかなあって思ってたのよ」
僕はまた驚いて言った。
「ええと、別に嫌っていたとかそういうのじゃなくて、ただ話す機会がなかっただけです」
「そう? でも、話さなすぎじゃない? 今日まで挨拶と自己紹介しかしてないよ」
「だから本当に機会がなかったっていうか……」
彼女はそこで笑い、
「じゃあ、これから毎晩ここで話をしよう」
と言った。
一瞬、僕の時間が止まった。あまりにも唐突すぎて、何を言われたのか良く理解できなかったからだ。聞き間違えか、とも思ったけどさっきまで笑っていた彼女は真剣にこちらの答えを待っていた。
「えっと、どうして……ですか」
こんな言葉しか返せない自分に舌打ちをしつつ、僕は聞いた。どうして彼女がそんなことを言ったのかが本当に理解できなかったのだ。
「女の子一人での夜の散歩は危ないけど、こんなに海が近いのに星を見るような機会がないって寂しいじゃない」
まあ、ありていに言っちゃったらボディーガードがほしいのよ、と彼女は言い、
「それに、話し相手も欲しいしね」
と締めくくった。
それきり、彼女は黙りこみ、ただただ鈍色に輝くいくつもの星を見上げていた。
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はい。投稿今日二つ目です。
あっ、いろいろ考えてブログのタイトルを変えました。ご迷惑をおかけします。すいません。゜(p´ロ`q)゜。
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これは彼女がよく口にした言葉だ。
飛ばされて十日が経過したある夜、僕はどうしても寝付けなくてみんなを起こさないように外に出た。なんだか星を見れば眠れるような気がしたからだ。
当てもなく、しばらく空を見上げつつ、ふらふらと海辺を歩いていると視界の右端に人影を感じた。
視線を人影に向けるとそこには見覚えがある女の人が足を海に向けてまっすぐに伸ばして座っていた。その人は、僕たちのグループの最年長の人物で、みんなからはお姉さん、姉貴、お姉ちゃんといった風にとにかく姉のつく言葉で呼ばれていた。僕はグループで真ん中くらいの年齢だったので一番彼女とは話したことがなかった。なぜなら、小さい子はみんな彼女に甘えるし、大きい人は彼女と話し合ったりはするけれど、半端にしか体力のない僕は、大きい人の仕事の手伝いをすることが多かったので話す機会がなかったからだ。
このまま気付かない振りをして通り過ぎようかそれとも話しかけてみようか、と迷っていると気配でも感じたのか、向こうが僕に気付いたらしく上半身だけ右へひねって話しかけてきた。
「ねえ、こっちに来て座ったら」
ぱんぱんと右手で地面を叩き彼女は言った。
「どうも」
僕はそう言って彼女の隣に座った。なんだかそうすることが正しいように思えたからだ。
「こんな夜更けに散歩なんてどうしたの。明日がつらくなるよ」
「明日が大変になっちゃうのは分かっているんですけどなんだかぜんぜん眠れなくて。星を見たら眠れるような気がして出てきちゃいました」
お姉さんはどうしたんですか、と僕は聞くと、彼女は照れたようにあはは、と笑い、
「私も眠れなくて、なんだか外に出たくなっちゃったんだ。まあ、星が見たかったんじゃないけどね」
お姉ちゃん失格だね、と彼女は言った。僕はなんて答えればいいのかわからなくてうつむいたが、彼女は僕を見て、どうやら返事を待っているようだったので、仕方なく適当に答えた。
「別にいつもお姉さんをやっていなきゃいけないということではないでしょうし失格ではないと思いますよ。元々他人同士だし、明確に役割を決めたわけでもありませんし」
そう彼女に向って話しながら、僕は何か自分がとてつもなくひどいこと彼女に言っているのではないんじゃないかと思ってしまった。彼女は間違いなくこのグループのリーダーだったし、それを明確に決めたわけではないなどと否定するのは彼女に対する重大な裏切りではないのかとすら思った。
しかし、彼女はそれに怒るのでもなく、むしろ嬉しそうにほほ笑んだ。
「そうだね。誰かが決めたわけじゃないし、別にお姉さんぶらなくてもいいんだよね」
うん、うん。と彼女は何度もうなずいた。
それを見て、僕は大いに焦った。彼女がお姉さん役をやめてしまったら次の風が吹くまでの約四カ月間、到底みんながまとまるとは思えなかったからだ。
僕がどうしようかと内心、頭を抱えていると、くすくすと彼女は僕を見て笑っていた。
「嘘だよ。お姉さん役を止める気はないし、嫌な訳でもないよ。ただちょっと、君がどう思ってるのか知りたかっただけ」
彼女がそういうことをするとは思っていなかったので、僕は本当に驚いた。だけどそれ以上に、
「ちょっと、悪趣味です」
「だって、もう十日も経ってるのに君とはあんまり話せなかったから嫌われてるのかなあって思ってたのよ」
僕はまた驚いて言った。
「ええと、別に嫌っていたとかそういうのじゃなくて、ただ話す機会がなかっただけです」
「そう? でも、話さなすぎじゃない? 今日まで挨拶と自己紹介しかしてないよ」
「だから本当に機会がなかったっていうか……」
彼女はそこで笑い、
「じゃあ、これから毎晩ここで話をしよう」
と言った。
一瞬、僕の時間が止まった。あまりにも唐突すぎて、何を言われたのか良く理解できなかったからだ。聞き間違えか、とも思ったけどさっきまで笑っていた彼女は真剣にこちらの答えを待っていた。
「えっと、どうして……ですか」
こんな言葉しか返せない自分に舌打ちをしつつ、僕は聞いた。どうして彼女がそんなことを言ったのかが本当に理解できなかったのだ。
「女の子一人での夜の散歩は危ないけど、こんなに海が近いのに星を見るような機会がないって寂しいじゃない」
まあ、ありていに言っちゃったらボディーガードがほしいのよ、と彼女は言い、
「それに、話し相手も欲しいしね」
と締めくくった。
それきり、彼女は黙りこみ、ただただ鈍色に輝くいくつもの星を見上げていた。
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投稿者:クダン|19:14
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