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夜が深くなるにつれて、街の灯りがひとつ、またひとつと消えていった。今日は特に冷え込みが強く、空気は澄みきっていた。家々の窓から漏れる光が、薄く霧がかった街路を照らしている。
ミナはいつも通り、道端の小さなカフェで最後の一杯を飲みながら、窓の外を見つめていた。カフェの奥には、小さなランプがひとつだけ灯っている。長年通い詰めたこの場所も、今ではほとんど誰も訪れなくなっていた。店主は年老いて、手が震えることが多くなっていたが、それでも変わらず一杯のコーヒーを提供してくれる。
「寒いね、ミナ。」
店主が話しかけてきた。彼の声はかすかで、かすれ気味だった。
「うん、でもここの温かさがあるから大丈夫。」
ミナはそう言って笑ったが、その目はどこか遠くを見つめているようだった。コーヒーの湯気が薄い闇に溶けていくのを眺めながら、彼女は何かを思い出しているようだった。
「もうすぐ終わるんだね。」店主がつぶやいた。
ミナは頷いた。街の再開発が進み、このカフェも取り壊されることが決まっていた。彼女にとっては、この場所はただのカフェではなく、過去と今が交差する場所だった。若かった頃、まだ希望に満ちていた頃の自分がよくここで笑っていた。
「でも、過去を抱えたまま進んでいかなきゃいけないのよね。」ミナはぽつりとそう言った。
店主は静かにカップを拭きながら、彼女の言葉に答えなかった。ただ、静かに時が流れていった。外の街灯がひとつ、またひとつと消えていき、最後の一灯が残る。
その灯りが消えたとき、街は完全に闇に包まれた。
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