消費ブーム、華やぎの裏で 元OL、再びマハラジャへ!
まばゆいカクテルライトを浴びて踊る女性を、国分典子(50)=京都市下京区=は楽しそうに見つめていた。30年前の自分を重ね合わせるように。9月8日、東山区のディスコ「マハラジャ祇園」。かつて足しげく通った思い出の店が21年ぶりに復活した昨秋以降、2、3カ月に1度訪れている。「気分転換にぴったり。踊ると運動不足が解消される」と笑う。
「東洋一のディスコ」と称されたマハラジャが開店したのは、バブル景気が始まったとされる1986年。平安女学院短期大2年生だった国分も真っ白なボディコンスーツに身を包み、店に繰り出した。
当時は消費ブーム。賃金や地価、株価の上昇を追い風に、高級車が飛ぶように売れ、海外旅行が流行した。国分も短大を出て損保会社に就職すると、ブランド物で着飾る同僚の女性たちに合わせ、ボーナスが出るたび15万円を下ろし、お気に入りの洋服を買った。マハラジャや合コンの飲食代は男性がおごってくれた。「今では考えられない。お姫さまのようだった」
そんな華やかな生活の裏で、国分は誰にもいえない悩みを抱えていた。19歳で発症したパニック障害だ。動悸(どうき)と不安感が唐突に襲ってくる。「発作が起きたらどうしよう」と、電車に乗るのも慎重になった。夢見ていた海外留学は断念した。両親にすら相談できず、一人で苦しんだ。「本来の自分が時代の熱気についていけなかった。本当にやりたいことと、やっていたことにギャップがあった」。国分はそう振り返る。
93年に同僚の男性と結婚し、「寿退社」した。その3カ月後に発作が起き、初めて夫に病気のことを打ち明けた。30歳からカウンセリングに通い始め、投薬治療を受けながら、子どもを育てた。「あの時期は必死で、買い物をした記憶があまりない」。世間でも、バブル崩壊による不況が色濃くなり、消費低迷でデフレが進んだ。
35歳の時、ママ友たちに病気のことを思い切って相談すると、親身になって支えてくれた。肩の力が抜け、病気を認められるようになり、徐々に自分を取り戻していった。
子どもから手が離れると、何か好きなことをしようと思い始めた。自分が得意なことを考えるうち、「私、片付けが好きだな」と気づいた。40歳から整理整頓や片付けの技術を学ぶ講座に通い、資格を取得。2010年からはプロとして個人宅の片付けをサポートしている。見かけの美しさや効率性を追求するのではなく、顧客が心地よく暮らせる提案を心がけてきた。
今年2月にはパニック障害の女性の集まり「パニー女の会」を立ち上げた。インターネット上で全国の十数人がつながり、励まし合う。発作とも、うまく付き合えるようになった。10月には友人と台湾旅行に出掛ける。飛行機が怖かったから、27年ぶりの海外旅行。挑戦を楽しんでいる。
マハラジャに行く時の服装も、今や動きやすいジーンズだ。「本当に自分が大切なことは何か。無駄なプライドを手放したら、生きやすくなった」。晴れやかな表情を見せた。=敬称略
引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180916-00000002-kyt-bus_all
「東洋一のディスコ」と称されたマハラジャが開店したのは、バブル景気が始まったとされる1986年。平安女学院短期大2年生だった国分も真っ白なボディコンスーツに身を包み、店に繰り出した。
当時は消費ブーム。賃金や地価、株価の上昇を追い風に、高級車が飛ぶように売れ、海外旅行が流行した。国分も短大を出て損保会社に就職すると、ブランド物で着飾る同僚の女性たちに合わせ、ボーナスが出るたび15万円を下ろし、お気に入りの洋服を買った。マハラジャや合コンの飲食代は男性がおごってくれた。「今では考えられない。お姫さまのようだった」
そんな華やかな生活の裏で、国分は誰にもいえない悩みを抱えていた。19歳で発症したパニック障害だ。動悸(どうき)と不安感が唐突に襲ってくる。「発作が起きたらどうしよう」と、電車に乗るのも慎重になった。夢見ていた海外留学は断念した。両親にすら相談できず、一人で苦しんだ。「本来の自分が時代の熱気についていけなかった。本当にやりたいことと、やっていたことにギャップがあった」。国分はそう振り返る。
93年に同僚の男性と結婚し、「寿退社」した。その3カ月後に発作が起き、初めて夫に病気のことを打ち明けた。30歳からカウンセリングに通い始め、投薬治療を受けながら、子どもを育てた。「あの時期は必死で、買い物をした記憶があまりない」。世間でも、バブル崩壊による不況が色濃くなり、消費低迷でデフレが進んだ。
35歳の時、ママ友たちに病気のことを思い切って相談すると、親身になって支えてくれた。肩の力が抜け、病気を認められるようになり、徐々に自分を取り戻していった。
子どもから手が離れると、何か好きなことをしようと思い始めた。自分が得意なことを考えるうち、「私、片付けが好きだな」と気づいた。40歳から整理整頓や片付けの技術を学ぶ講座に通い、資格を取得。2010年からはプロとして個人宅の片付けをサポートしている。見かけの美しさや効率性を追求するのではなく、顧客が心地よく暮らせる提案を心がけてきた。
今年2月にはパニック障害の女性の集まり「パニー女の会」を立ち上げた。インターネット上で全国の十数人がつながり、励まし合う。発作とも、うまく付き合えるようになった。10月には友人と台湾旅行に出掛ける。飛行機が怖かったから、27年ぶりの海外旅行。挑戦を楽しんでいる。
マハラジャに行く時の服装も、今や動きやすいジーンズだ。「本当に自分が大切なことは何か。無駄なプライドを手放したら、生きやすくなった」。晴れやかな表情を見せた。=敬称略
引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180916-00000002-kyt-bus_all
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