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2023年01月31日

大相撲「井筒」名跡を巡る回り灯籠に映じる豊ノ島、鶴竜、志摩ノ海、霧島、多賀竜、寺尾そして貴乃花

 大相撲の世界では引退後も「親方」として日本相撲協会の運営に携わるには「年寄名跡」の取得が必要です。1月4日、年寄「井筒」を「一時的襲名」していた元関脇・豊ノ島が協会を去ると発表しました。8日の初場所初日直前の出来事でした。

 「井筒」株は現在、先代(元関脇・逆鉾。19年9月死去)の遺族が所有。この初場所で先代の長女と結婚した十両・志摩ノ海(現在の最高位は前頭3枚目)が「部屋付き親方になれる」条件の1つである「十両以上在位通算30場所」に到達しました。

 このタイミングが豊ノ島が少なくとも「井筒」を名乗り続けられない理由となり得たとの憶測も。さらに先代の愛弟子の元横綱・鶴竜の去就が絡んで複雑化の様相を呈しているのです。

19年先代死去、20年豊ノ島引退と鶴竜日本国籍取得
 時系列で追ってみましょう。

先代「井筒」死去が19年9月。この時点で横綱・鶴竜は健在で7月場所には優勝もしています。ただし過去には現役バリバリでも先代の急逝を受けて急きょ引退し襲名するケースもありました。しかしモンゴル出身の鶴竜にはそうしたくてもできない理由があったのです。親方になる条件である日本国籍が取得できていなかったという。

 結局、先代が構えていた井筒部屋は消滅して一時的に同じ時津風一門の鏡山部屋が預かった後に同門の陸奥部屋が井筒の力士らを引き取りました。

20年4月、豊ノ島が引退。一門総帥の時津風部屋所属でもあって「井筒」を「一時的襲名」します。鶴竜の国籍取得は同年12月。井筒部屋は既になく、一門の先輩たる豊ノ島が一時的とはいえ襲名して間もない時期でもあったため、21年3月の引退後、横綱経験者のみ許されている5年間の「現役名年寄」制度を使って「鶴竜親方」を名乗ります。

 この段階で猶予期間ともいえる5年で豊ノ島の処遇を正式に決めて鶴竜の「井筒」襲名へと道筋が作られると観測されていました。

 ここに21年12月、志摩ノ海と長女の婚約(翌年結婚)の報が飛び込んできます。さらに志摩ノ海が戸籍上の姓を先代つまり妻の側に改めたと協会も発表したのです。おそらく単に夫婦同姓ゆえ妻の姓を選んだというのでなく養子入り。言い換えれば遺族の一員に加わったと。

志摩ノ海は新しく相撲部屋を興せないが裏技も
 豊ノ島の退職で「井筒」は空き株に。大家さんに当たる先代遺族に利点はありません。ここに問題の根深さが垣間見えます。あちらを立てればこちらが立たない状態なのです。

 もし遺族が「井筒部屋再興」を願っているとしたら後継ぎは鶴竜親方のはず。部屋はいったん閉鎖されたため再興には「新しく相撲部屋を興して師匠になれる」資格の親方が必要だから。この要件の1つが「横綱・大関の経験者」ゆえ鶴竜はクリアするも志摩ノ海はあくまで「部屋付き親方になれる」を満たしたに過ぎませんから。

 ここで志摩ノ海が先代の養子となったのをどう考えるのか。「井筒」所有者は先代の遺族だから再興でなく「現存する相撲部屋を師匠として継承できる」に養子の志摩ノ海が該当すると日本相撲協会が判断すれば条件たる「十両以上の在位通算20場所以上」はクリアしているので。

 ただこんな裏技に協会は二の足を踏むでしょう。そもそも公益財団法人の構成員になる条件を故人の遺族が差配できるというのは公益法人改革以前の残滓で、ギリギリそこは認めたにせよ「遺族が名跡を所有し続けていたから再興でなく現存する」までOKしたら私物化のそしりはまぬかれません。

ワンポイント候補による再興の実現性
 では井筒部屋再興を有資格者に担ってもらい、しかる後にその方と「井筒」を襲名した志摩ノ海が名跡交換して「継承」の体裁を取るという方法はどうでしょうか。

 そもそも論として新たな部屋を興せる資格者の多くは既に興しています。中堅若手であれば苦労して作った部屋を早々に手放す気もないでしょう。となると定年が近い有資格者に頼み込んでワンポイントで部屋を興し、定年後は交換した名跡で5年間の再雇用を保証するという方法が考えられます。

 定年が近い有資格者兼部屋の師匠でない方といえば以前に預かってくれた鏡山(元関脇・多賀竜。部屋は既に閉鎖)が最適ですが定年が今年2月14日。時間的にほぼ不可能といえます。

 花籠親方(元関脇・太寿山)の定年は24年4月。ただし一門が二所ノ関と異なっているのが難。定年時に名跡を交換するだけでプラスマイナスゼロとはいえ疎遠な関係なのに何でそうした奇策に協力する必然があるのか動機が見当たりません。「ワンポイントであろうがなかろうが二所ノ関一門から動かさない」と判断されたら後述の「井筒流出」問題が勃発しますし。

陸奥部屋師匠の定年が近いとはいえ
 同門でゆかりがあるとしたら陸奥部屋(師匠は元大関・霧島)。定年は24年4月です。でも元大関が師匠で他ならぬ元横綱・鶴竜が部屋付き親方を務めている部屋を志摩ノ海が師匠として継承するというのは極めて不自然です。部屋にはモンゴル国籍ながら大関も狙える霧馬山関も所属。継ぐならば鶴竜の方が明らかに適任といえます。

豪栄道や稀勢の里からみる格式の大切さ
「一門の壁」も井筒襲名に大きく関わる要素です。出羽海・二所ノ関・時津風・高砂・伊勢ヶ濱の5系統。うち時津風一門は時津風・伊勢ノ海・井筒の3系によって構成されています。

 105を数える年寄名跡の重みは同等ではなく5門と同名の名跡の格式が最も高く、次いで各一門の主要系統が重んじられているのです。ゆえに井筒が時津風一門外に流出するなど以ての外。ところが志摩ノ海が属する木瀬部屋は出羽海一門。

 似た例として出羽海一門の元大関・豪栄道が20年引退時に時津風一門の武隈を襲名して流出した出来事が挙げられます。もっとも同門でも武隈と井筒では格が違う。また豪栄道は元大関だから許されたという面も。最高位平幕の力士が継いで流出していい名跡ではありません。

 先代遺族の家系に縁したのをもって志摩ノ海が井筒を名乗っても時津風一門のままで認められるという見方もできますが、今度は「何で他の一門の平幕が時津風の名門を後継するのか」という筋論も台頭しそうです。

 こうした格式を重んじる風潮はいまだ根強い。元横綱・稀勢の里は19年の引退時に年寄「荒磯」を襲名して21年には荒磯部屋を開くも同年、師匠(元大関・若嶋津)の定年にともなって一門総帥名跡の二所ノ関へと変更され、部屋名も「二所ノ関部屋となりました。「若嶋津の二所ノ関部屋」を継いだのではなく荒磯部屋が二所ノ関部屋と変わって「若嶋津の二所ノ関部屋」は放駒部屋として存続。「総帥はぜひ元横綱で」との思いが働いたとしか思えません。

 だとしたら井筒に最もふさわしいのは部屋に属していた鶴竜以外ないはず。豊ノ島とて総帥部屋出身。でも所有者一族となったのは志摩ノ海。古くさい話ですが古くささを大切にして「伝統と秩序を維持し継承発展させる」(定款)のが日本相撲協会「目的」だから疎かにできません。

先代実弟の錣山も無理筋
 本来ならば先代の実弟で井筒部屋出身でもある元関脇・寺尾が率いる錣山部屋が井筒の名跡を継ぐというのがベスト。弟子で今は部屋付き親方の立田川(元小結・豊真将)をしたがえ、現役にも22年11月に幕内最高優勝も果たした阿炎関も育てています。でもそれは無理。影を落としているのが「貴乃花問題」です。

 元横綱で一代年寄の貴乃花親方は一時期第6派閥の「貴乃花一門」を率いていました。錣山親方は彼を支持して時津風一門から脱退(無所属)。ところが貴乃花親方自身が自身の一門から離脱してしまったためグループは消滅し、錣山は二所ノ関一門に転籍して今に至るのです。今さら時津風の名門・井筒は継げないし、錣山も信念を持って行動した自負もあるでしょうから継ぎもしません。





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