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「やほよろ図館」をご利用くださりありがとうございます。 当館のガイドを担当している「さより」です!
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2021年06月09日

「やほよろ図館」☆彡5章4節/読み下し文!です。さよりです。

やほよろございま〜ッす!!

本日は「やほよろ図館」のご利用
ありがとうございます (__)

当館でガイドを担当している
「さより」でーす\(^^)/

本日の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします!

古事記 上巻
〈読み下し文〉


次に

佐度島(サドのシマ)を生みき。

次に

オホヤマトトヨアキヅシマ
大倭 豊秋津島を生みき。

亦の名は

アマノ ミソラ トヨアキヅ ネ ワケ
天御虚空豊秋津根別

と謂(イ)ふ。

〈さより 解説〉です。

☆ 大倭 豊秋津島 ☆

【読み方】

「オオヤマト トヨアキヅ シマ」

※古典のルールで
「オホ」は「おお」って読みます。

【意味】

本州のコト。

本州だけど、関東・東北は含まれて

いないみたいです。

【内容】

本州は、8番目の子です。

なぜ、本州が最初ではないの?

とか、思ったので、
「さよりサーチ」してみました。

●日本に住む人たちは、

交通手段として「船」を

使っていたから、島が重要だった
って説がありました。

【文字】

ダイヤ「大」=偉大な

ダイヤ「倭」=「ヤマト」という言葉は「山門(ヤマト)」で

山の入り口・麓(フモト)って意味。

ダイヤ「豊」=ゆたか。


ちなみに!

「港」の本来の字は「水門」です。

「港」に対する「大和(山門)」と考えると、
地形を表していると考えられますよね。

ダイヤ秋津島=「アキツ・アキヅ」は

「トンボ」の古い言い方です。

これは、日本書紀って本に

説明があります。

「山が連なってる地形が

二匹のトンボが並んで飛んでるように、

見えるから」


だそうです コレ


秋津洲 とんぼ.jpg

あきつ島 見本.jpg

山脈とトンボ・・・・
似てますか?


<画像はお借りしました>

そして、

「あきつ」の「つ」は、

格助詞の「の」ってコトです。

「秋津虫」と言うと、「秋の虫」って

意味になります。

「つ」が「の」になる例で身近なの物は、

「まつげ」!

万葉仮名にすると、「目津毛(マツゲ)」で、

「目の毛」という意味です。

漢字では「睫」って書きます。


睫.jpg

<画像はお借りしました>

って、コトはですよ、

アキツ島を現代訳すると、

「アキの島」では、なくって、

『トンボ島』って訳せます!

ところで、、、
なぜ、秋の虫の代表がトンボなの?

それはですね、

古代、日本人の生活に馴染み深かった赤トンボが、

産卵のために水田などの水辺を

訪れるのが「秋」だからです。


日本で「秋」って言うと、

お米の収穫時期!

そんな時期にトンボが現れて、

稲の害虫を補食しながら

空を飛び回ってるから

トンボは、

豊穣(ホウジョウ)の季節の虫として

象徴的な生き物とされています。


アキツ島 トンボ.jpg

こんなイメージです。

<画像はお借りしました>

※旧暦(陰暦)で秋は、
7月〜9月です。


さらにトンボは、
亡くなった人の魂とか、

その人の生まれ変わり、

神や仏の遣(ツカ)いであるとも
信じられてました。


現代でも

「トンボを捕ると目が潰れる」

「お盆が来ない」など、

大切な生き物として

言い伝えている地域が

数多くあります。

【ここで、トンボの語源をご案内します】


「とんぼ」は日本語の

「飛ぶ棒」「飛ぶ穂(ホ)」etc.から来た

言葉って言われています。


【秋って何?】

秋の語源を見てみましょう。

いろいろな説があります。

●空に雲もなく「清明(あきらか)な時期 」

●食べ物が「飽き満ちる季節 」

●紅葉などに使われる「紅(アカ) 」が転じたモノ。

秋の語源は、
まだ不明なのです。

次回は、「原文!」です!

〈読み下し文!・おわり〉

はい!さよりです!!

「倭」を「ヤマト」って読めますか?

辞書で調べてみると、

訓読み・日本語読みで「やまと」って

読むらしいです。

と言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


やほよろ〜(^.^)/~~~














posted by さより at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年06月07日

「やほよろ図館」☆彡サドの島です。さよりです。

やほよろございます!
 (ヤッホーとヨロシクを
掛け合わせた何時でも使えるアイサツ!)


「やほよろ図館」へ
よ〜こそ!

当館でガイドを担当している
「さより」でーす\(^^)/

本日の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします!

古事記 上巻

【前回のあらすじ】

イザナキ・イザナミ両神は、

九州を生んだ後

壱岐という島を生みました。

壱岐の別名は

アメヒトツバシラ
天比登都柱

〈さより 訳〉

5章4節:
次に佐度島 (サドのシマ) を生みました。


次に大倭豊秋津島 (オオヤマト トヨアキヅ シマ) を生みました。

またの名を

天御虚空豊秋津根別 (アマノ ミソラ トヨアキヅネ ワケ) という。  

〈さより 解説〉です。

☆ 佐度島 ☆

【読み方】

サドのシマ

【意味】

佐渡です。

【住所】

新潟県佐渡市高瀬

【位置】

赤い所が佐渡ね。
佐渡.jpg
<画像はお借りしました>


【内容】

佐渡でアタシが思い浮かぶモノは、、、

やっぱし「弁慶のハサミ岩」でしょ〜。。。。

。。。エッ!?知らないの〜?

これが、はさみ岩 すごくないですか〜?

弁慶のはさみ岩.jpg
<画像はお借りしました>

なぜ「弁慶」か?って言うとですね、

こんな伝説があるからなんです。。。。

ダイヤむか〜し昔、
「佐渡弁慶」と言う、

佐渡で1番力の強い山伏がいました。

ある時、

この「佐渡弁慶」が

今の相川町から金北山へ登る途中の

大平(おおだいら)で、

地獄谷の鬼に出逢ったのです


鬼は、道を塞(フサ)いで弁慶に言いました。

「お前は佐渡弁慶と呼ばれているとか?
石を投げて大力のある証拠を見せえ」

さっそく「佐渡弁慶」は、

そばにあった大きな、

巨大な岩を投げ飛ばしました。

その岩が、

下相川の「吹き上げ浜」に

飛んできて岩の間に

挟まったのでした。

・・・・とか言う伝説があります。

次に、思い出すのは、
「たらい船」
はい、こんなのです。
佐渡たらい船photo1.jpg
<画像はお借りしました>

あと、金山で、

佐渡は金が取れるんですよ〜

佐渡金山.jpg

「道遊の割戸」です。
<画像はお借りしました>

江戸時代には、

金鉱脈を掘りまくった結果、

山がV字に割れたような姿に

なってしまったとか。

あ、今は金を取るのダメです


そして 忘れちゃならないのが、
トキ(朱鷺)ですよ。

トキ知ってますか?朱鷺!

学名はNipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)
まさに!日本の鳥 なんです。

けど、絶滅しました・・・・・

朱鷺_m.jpg
<画像はお借りしました>

でも、中国が協力してくれたおかげで、
現在は、中国産の朱鷺(トキ)が
佐渡の お空を飛んでいます。

「鴇(トキ)色」と呼ばれるカラー名があるくらい、
日本では、キレイな朱鷺がどこにでもいたとか。

朱鷺が群れで飛んだ日には、

大空が鴇色(トキイロ)に染まったなんて、

ステキな光景を昔の人は見てたらしいです。


逆に

朱鷺は蛙が大好物なので、

田んぼに入って、苗を踏んだりと

田を荒らしまくる昔の人は困っていたとか。


たしかに食料確保も大事なんだけど、

一番大事なのは、人間といろんな生物とが

地球で一緒の空間に共存する事なのです。


自然淘汰は仕方ないとしまして、

経済活動原因で生物を無くして行って困るのは、

結局アタシらだよね?って

話なんですよ (>_<)

気を付けましょ〜。

次回は、「読み下し文」です!

〈サドの島!・おわり〉

はい!さよりです!!

前回は、

九州近くの壱岐だったのに、

今回ビヨー〜ンッて飛んで、

佐渡って島が登場しました。

ずっと前、四国が登場した後、

本州を飛び越えて、隠岐が登場した時より、

距離がスッゴク離れていますよね。

んー・・・・なんだろ?ってなりますぅ・・・。

と言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


see ya ♪













posted by さより at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年06月03日

「やほよろ図館」☆彡5章3節/原文!です。さよりです。

やほよろございます!

本日は、
「やほよろ図館」の
ご来館
ありがとうございます。

当館でガイドを担当している
「さより」でーす\(^^)/

梅雨時期の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします!

古事記 上巻

〈原文〉

次生津島。

亦名

謂天之狹手依比賣。



〈さより 解説〉です。



☆ 天之狭手依比売 ☆

【読み方】
アメノサデヨリヒメ

【意味】

伊耶那岐・伊耶那美両神の

国生みによって誕生した神。

津島(対馬)の別名である女神。

<名前の意味>

「天之」は天上界(高天原)と

関係を持つとされたものに冠する美称(ビショウ)。


「狭手(サデ)」は『和名抄(辞書)』に

魚取具(ウオトリグ)として

 サデ
「纚(左手)」とあります。

また、
万葉集(1・三八、9・一七一七)に

 サ デ
「小網(左提)」とあり、

魚を獲る「網」の意味と思われる。


これを踏まえて
名前を分解してみましょう!

天之=天上界と関係のある立派な(方)

狭手=叉手網(サデアミ)

依=霊が依(ヨ)り憑(ツ)く

比売=高貴な女性

って、なりますね。

叉手網の見本はこちら

叉手網_LI.jpg

<画像はお借りしました>


あと、「サデ」について、別の説では、

対馬の島の形自体が「叉手網」に

似ている所から名付けられたとも。


この「サデ」については、
いろんな説があります。

では、次!行きましょう〜


☆ 謂ふ ☆

【読み方】

いう(言う)

【内容】

<謂ふとは?>

ダイヤ言葉を口に出す。

ダイヤ心に思っていること、考え・判断などを相手に伝達するために、

ダイヤ言葉に出したり、文章に表わしたりする。

(1)口を通して言葉として出す。

(2)言葉にして表す。思うことを言葉で表現する。

(3)名付ける。称する。
   ○○って呼ぶ。

(4)世間の人がそのように称する。
  一般にそのように呼ばれている。

おそらく、古事記の「謂ふ」は(3)の意味では?
って思います。

「またの名を○○って呼ぶ」と訳したらピッタリです。

<イウの発音>


「いう(言う)」は、

[ iu ]と母音が連続しており、

母音融合」によって、

[ ju:(ユー)] と発音されます。

『言う』の活用の語幹を

「いわない、いいます、いう、いうとき、いえば、いえ」

のように揃えるタメです。

<「ふ」と書いて「う」と読みます>


古文では、語頭(単語の先頭)の「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」は、

そのまま「ハ」「ヒ」「フ」「ヘ」「ホ」と発音します。

語頭の次にある「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」は、

「ワ」「イ」「ウ」「エ」「オ」って発音するの!

だから、

「いふ」と書いて「いう」って

読みます。

日本語って難しいですよね。

次回は、「津島<対馬>」です!

〈原文!・おわり〉

はい!さよりです!!

天之狹手依比賣と違う字で

佐手依姫命(サデヨリヒメのミコト)

と言う名前があります。

どこに?かと言うと、

コノジンジャ
籠神社(京都府)の伝承にあります。

もし、狹手依比賣と佐手依姫が

同一の女神だったら、かなり面白いかもしれません。

この続きは、また、いつか・・・・( *´艸`)

と、言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


やほよろでした〜(^.^)/~~~














posted by さより at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年06月01日

「やほよろ図館」☆彡5章3節/読み下し文!です。さよりです。

やほよろございま〜ッす!!

本日は「やほよろ図館」のご利用
ありがとうございます (__)

当館でガイドを担当している
「さより」でーす\(^^)/

本日の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします!

古事記 上巻
〈読み下し文〉


次に、

津島を生みき。

亦の名は

天之狭手依比売(アメノサデヨリヒメ)

と謂(イ)ふ。

〈さより 解説〉です。

☆ 津島 ☆

【読み方】
「ツシマ」

【意味】

ダイヤ
津という漢字には

「船着き場」や

「港(湊)」、「岸」などの意味があり、

舟に乗ろうとする人々や、

見送りに来る人、舟から降りてくる人など、

たくさんの人が集まる場所が「津」です。


以下は、アタシ的イメージです。

津島(対馬)は、大陸との往来があるから、

船の出入りが多くて、

日本人と外国人が多く集まる場所だったと

想像できます。

【津島から対馬へ】

つしまは、もともと「津(=湊;ミナト)」のある「島」

と言う意味だったハズなのです。

つしまを「対馬」と書かれる理由は不明で、

諸説あります。

1)島の形が、
  2つの島が対(ツイ)になって
  並んでいるように見えるので
  「対になっている島」と言う説。

2)中国などでは、「対島」と
  漢字で書かれていたけれど、
  「島」と「馬」の字が似ていたタメに
  間違えて「対馬」と「馬」の字が
  後世に残ってしまったとか・・・・


3)「馬」の字が付いている所から、
  島の文字は中国三国時代の朝鮮半島にあった地名、
  《馬韓:ばかん》に対面している島となので
  《対馬》になった、と言う説もあります。


<さよリサーチ>したところ、

中国で書かれた三国志の中にある、

ギシワジンデン
魏志倭人伝には、

対馬国(對馬國)って文字が出てきます。

次回は、「原文!」です!

〈読み下し文!・おわり〉

はい!さよりです!!

アタシ的考察なんですが〜…
日本では、「つしま」と呼ばれていた島を
中国から朝鮮半島までは、
対島or対馬って書き表していたと思います。

で、
漢字に合わせて「対馬」を
「つしま」って読むように
なったのではないかな〜?
トカ想像しています。

つまり、「当て字」です。

と言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


やほよろ〜(^.^)/~~~












posted by さより at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年05月30日

「やほよろ図館」☆彡津島<対馬>です。さよりです。

やほよろございます!
 (ヤッホーとヨロシクを
掛け合わせた何時でも使えるアイサツ!)



「やほよろ図館」へ
よ〜こそ!

当館でガイドを担当している
「さより」でーす\(^^)/

本日の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします!

古事記 上巻

【前回のあらすじ】

九州が生まれた後、
伊岐(イキ)の島(壱岐島)が生まれました。

別名は、

アメ ヒトツバシラ
天比登都柱!


〈さより 訳〉

5章3節:
  
次に津島(ツシマ)を生みました。

またの名を、

アメ ノ サ デヨリ ヒ メ
天之狭手依比売と言います。


〈さより 解説〉です。

☆ 津島 ☆

【読み方】
ツシマ

【意味】

長崎県の対馬市

【内容】

対馬は日本の島々の中の
1つの島でーッす。

主島は、対馬島(ツシマジマ、ツシマトウ)です。

このほか属島として

人が住んでいる有人島が6つあります。

海栗島(ウニシマ)

泊島(トマリジマ)

赤島(アカシマ)

沖ノ島(オキノシマ)

島山島(シマヤマジマ)


あと102の無人島がある対馬。

この対馬島と属島をまとめて

「対馬列島」「対馬諸島」と

することがあります。

イザ両神が正式な手順で作った

6番目の島。

【住所】
長崎県対馬市豊玉町仁位55

地理的には朝鮮半島に近いから、

古代より、ユーラシア大陸と

日本列島の文物が行ったり来たりして、

日本にとっては大陸との

文化的・経済的交流の窓口の

役割を果たしてきました。

日本と大陸との

繋がりに重要な

場所が対馬!!なのです!


【位置】

九州の北に玄界灘(ゲンカイナダ)って呼ばれている海があって壱岐と対馬があります。

対馬も長崎県に属する島で、

島全域が対馬市の1島1市体制である。

面積は日本第10位の広い島!

3万人以上が住んでいます。

歌手・MISIAさんの出身地です!!

ココがァ!このピンクっぽい場所が!!
対馬だーーーーーー

対馬_asia.gif

<画像はお借りしました>


次回は、「読み下し文」です!

〈津島<対馬>!・おわり〉

はい!さよりです!!

対馬には、
ベンガルヤマネコの亜種、
ツシマヤマネコがいます。

体長は50cm〜80cmという
おっきい猫ちゃん

ツシマヤマネコ.jpg
<画像はお借りしました>
漢字にすると「対馬山猫」 ってなりますよ。

地元、対馬の人々の間では、

山に住むトラ毛に因(チナ)み

「とらやま」「とらげ」と

呼ばれてるみたいですよ。

日本で少なくなってしまった

ヤマネコ!

たくさんの動物たちと一緒に暮らせる
日本になると理想的かも ٩(ˊᗜˋ*)و

と言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


see ya ♪











posted by さより at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年05月28日

「やほよろ図館」☆彡5章2節/原文です。さよりです。

やほよろございます!

「やほよろ図館」の
ガイド担当「さより」です ♪


本日の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします!

古事記 上巻
〈原文〉
次生伊岐島。

亦名謂天比登都柱

【自「比」至「都」以音。

訓「天」如天。】

〈さより 解説〉です。

☆ 自「比」至「都」以音。

訓「天」如天。
 ☆

【読み方】

「比」自(ヨ)り「都」至(マ)では、音(コエ)を以ちゐる。

「天」の訓(ヨ)みは、天の如(ゴト)し。


【意味】

天比登都柱の

★「比」から「都」までは、

音読みを使う。★

と、書いてあるので、

比登都=ひとつ

って、読むコトになります。

次に問題なのが、
「天」の読み方は、天と同じ。

コレ「天と同じ」って言うコトはですよ、

以前に「天」の読み方は説明したって、
意味に取れますよね?

そうなんです
「天」の説明してあります。

それは、
「高天原」の時に。

そう、最初の方に出てきた
「タカマノハラ」です。

その時に「天」の説明が
出てきているの。

その説明では、
「天」はアマ、と読みなさいって
注意書きしてあります。

なので、
説明のまま単純に

天比登都柱を読むと、

アマヒトツハシラってなります。

なんだけど、
前回、さより 解説で
言った通り、
天・比登都柱って
単独の「天」が使われているので、
「アメ」と読む方が
シックリ来るのではと言う説が
ありました。

この説に従って
「スーパー古事記」展では、

アメ・ヒトツ・・・

と、読むようにしてみました。

古事記の本文に

注意書きがあるタメに、

逆にどう読むのか分からなくなって

しまったって言う、1つの例です。


次回は、「津島<対馬>」です!

〈原文!・おわり〉

はい、さよりです。

なんとなーく
ラビリンス(迷宮)に
入ってるような気がするのは
アタシだけ?

古事記が書かれた奈良時代は、
漢字だけしかないので、
漢字を漢字で説明する方法しか
なかったのです。

言い換えると、
漢字を万葉仮名で説明する。

例えば、

安以宇衣於は
あいうえお

です。

ひらがな、カタカナが
無い時代に
日本語で読めるように
文字で説明する大変さが
伝わってきますよね。

そのタメ、古典には
考える余地が
まーだまだアリます。

と言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


またね(^.^)/~~~







2021年05月26日

「やほよろ図館」☆彡5章2節/読み下し文!

やほよろございます!!

本日は「やほよろ図館」のご利用
ありがとうございます (__)

当館でガイドを担当している
「さより」でーす\(^^)/

本日の「スーパー古事記!」展
ご案内いたします!

古事記 上巻
〈読み下し文〉

次に

イキのシマ
伊岐島を生みき。

マタ
亦の名は

アメ ヒトツバシラ ユ
天比登都柱と謂ふ(う)

    ヨ     マ 
【「比」自り「都」至で

コエ   
音(こゑ)を以(モ)ちゐ(イ)る。

    ヨ        ゴト
「天」を訓むは、「天」の如 し。】

〈さより 解説〉です。

☆ 天比登都柱 ☆

【読み方】

・「アメヒトツバシラ」

・「アメヒトツハシラ」

・「アマヒトツバシラ」

・「アマヒトツハシラ」


《「天」をどう読むの?》

天比登都柱の読み方は、訓注に「訓天、如天」とあり、

これをどのように理解するかが問題となる。

『古事記』で

アメ・アマ・アメノ・アマノという

読み方が取られる場合、

「注」が付けられていないのが普通です。

わざわざ訓注が付いているのは、

神名の構成が「天・比登都柱」であって

「天比登都・柱」でないことを示していると

考えられることなどから、

下の語と複合するアマという語形ではなく、

単独の語形であるアメという、

「天」の字の一般的な読み方を指しているとする説がある。

この説を採用して「さより解説」では、
「アメ」と訳しました。


一方、別に、前に出てきた「高天原」の「天」を

アマと読む訓注にならって、

アマと読むべきことを示しているとする説もあります。

★名義(名前の意味)は、「天一つ柱」と解される。

「天」の読みを単独の形のアメと取るか、

複合する形のアマと取るかで、

語構成の理解も「天・比登都柱」

「天比登都・柱」と異なってきます。

どちらが正解かは、まだ研究中ですね。


・・・・で、この名前は、

壱岐島が九州から離れた孤島であることに

基づいた命名とされている。

次に、「はしら」です。

「柱」という表現は、

天に向ってそそりたつ様が

表わされていると

見立てている説があります。


ほかに、

「天」を美称(ビショウ)と考え、

「一つ柱」を唯一の人物という意味として、

島の人体化の表現とみる説や、

「天」を天空とし、

「柱」を神の依代(ヨリシロ)となる木とする

説などがあるんです。
※依代(ヨリシロ)=神霊が依り憑く(よりつく)対象物で、

神域・巨木・巨石・幣串(へいぐし)・人など。


依代となる種類は多い。

《「柱」の読み方》
「ハシラ」?「バシラ」?

どちらなのか、分かれていて
アタシには分かりませ〜ん。

アタシは「ヒトツバシラ」が
読みやすいので、

濁音(濁音)の「バ」を選んで、

『バシラ』とフリガナをつけました。

次回は、「原文!」です!

〈読み下し文!・おわり〉

はい!さよりです!!

古事記って。
基本、漢字だけで
文章を書いています。

もしも、
固有名詞とか、忘れられてしまうと
もう、二度と正確な読み方が
分からないって事もあります。。。

今ならフリガナを使えるんですが、

奈良時代の男性は

漢字だけで
漢文や万葉仮名を書く事が

ステータスでした。


平安時代には、

ひらがな・カタカナが

流行したんですけど、

ひらがなを使うのは

女性のやる事だと

一段低く見られていたので、

男性たちは公文書を書く時、

絶対使いませんでした。


と言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


またね(^.^)/~~~












posted by さより at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年05月24日

「やほよろ図館」☆彡イキです!さよりです。

やほよろございま〜ッす!
(ヤッホーとヨロシクをかけ合わせた、
昼でも夜でも使えるアイサツ)

本日は、「やほよろ図館」のご利用
ありがとうございます!!

アタシ、当館でガイドを担当している
「さより」でーす\(^^)/
本日の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします!


【前回のあらすじ】
イザナキとイザナミは
筑紫(ツクシ)の島(九州)を
生みました。

筑紫の島には顔が4つあって
それぞれ名前がありました。

その名は、次の通り。

白日別(シラヒワケ)=福岡県

豊日別(トヨヒワケ)=大分県

建日向日豊久士比泥別=長崎県と熊本県
(タケ ヒムカヒ トヨクジ ヒネ ワケ)

建日別(タケヒワケ)=熊本県南部と鹿児島県

以上、名前と場所をご案内してみました。

それでは!
つづきをご覧ください。
古事記 上巻
〈さより 訳〉

5章2節:
次に
伊岐島(イキのシマ)を生みました。

またの名を

アメヒトツ バシラ
天比登都柱と言います。

【「比」から「都」までは、
音読みを使います。
「天」の読み方は、「天」と同じです。】


〈さより 解説〉です。

☆ 伊岐島 ☆

【読み方】
イキのシマ

【内容】
伊耶那岐命と伊耶那美命が結婚して、

5番目に生まれた子です。

【住所】
長崎県壱岐市

アシベチョウ フカエツルキフレ
芦辺町深江鶴亀触1092-1

長崎県にある離島の壱岐市。

壱岐島には縄文時代から人が生活していた形跡が見られ、

古墳なども現存しています。

壱岐島は対馬(ツシマ)と同じく、

九州と朝鮮半島との間に存在する島です。
<お借りした画像です>
壱岐1.jpg

この地理条件のため、

古代は文明の先進地域であった朝鮮半島と、

後進地域である九州とを結ぶ航路の

中継地の1つとして利用されてきた。

ただし、船舶の進歩に伴い、

九州の博多港と朝鮮半島の

釜山港(プサンコウ)とを直接結ぶ航路なども開設された。

壱岐 韓国 1.jpg

<画像はお借りしました>

玄界灘に位置する壱岐島の周囲には、

23の属島(有人島4・無人島19)が存在し、

まとめて壱岐諸島と呼びます。

ただし俗に、

この属島たちを含めて壱岐島と呼びます。

島が集まっているので、
壱岐島を壱岐本島と呼ぶ場合もあります。

なお、官公庁の定義で「壱岐島」と呼ぶ場合、
周囲の属島は含めません。

現在は長崎県、壱岐市の1市体制で、

長崎県は島内に

壱岐振興局(旧・壱岐支庁、壱岐地方局)を

置いてます。

【お仕事】
島内では漁業や農業が行われている。

また、

島内全域が『 壱岐対馬国定公園 』に指定されており、

観光業もやっています。

イルカパーク.jpg

イルカパーク1.jpg

 壱岐イルカパーク&リゾート
<画像はお借りしました>

この関係で、

九州などから旅客船や空港なども

運行されている。


【歴史】

★縄文時代★

たとえば、

縄文時代の遺跡としては、

縄文時代後期の遺跡と推定される

『 郷ノ浦町 片原触吉ヶ崎 遺跡 』が

残っています。

★弥生時代★

弥生時代には、

ほぼ全島に人々が住んだと考えられており、

河川流域に遺跡が濃密に分布している。

下流域の原の辻やミヤクリ、

上流域の柳田田原地域の物部、

戸田遺跡などは、比較的規模が大きく、

遺物も豊富に出ています。

原の辻.jpg
 弥生時代の遺跡
<画像はお借りしました>

また、

中国の史書に、

壱岐島に関する記述が残されている。

例えば『三国志』魏書の魏書東夷伝倭人条、

一般的に言う『魏志倭人伝』にでは、

邪馬台国の支配下の「一大國(=一支國)」が存在したと

記されている。

『魏略』の逸文、

『梁書』、『隋書』では

一支國が存在したと記されている。

1993年12月に長崎県教育委員会が島内の原の辻遺跡を、

一支国(イキコク)の中心集落と発表した。


魏書の魏書東夷伝倭人条では

「有三千許家(三千ばかりの家有り)」と、

まとまった居住者がいたと

判(ワカ)る記述も残っている。

魏志倭人伝.jpg
 魏志倭人伝[ 一大国 ]
<画像はお借りしました>

★古墳時代★

双六古墳(ソウロクコフン)
↑スゴロクではないのです

壱岐島分寺跡

河川の流域や島の中部などに、

横穴式石室墳群が分布している。

郷ノ浦町鬼屋久保古墳の横穴式石室の奥壁には、

線刻で帆船とクジラと認められる画が描かれており、

これは回遊するクジラを集落で浦に追い込んだ様子を描いたと考えられる。

前方後円墳は、

長崎県内最大の

イキシ カツモトチョウ ユリハタ フレ
壱岐市勝本町百合畑触の

双六古墳を始めとして、

数基が残存する。

古墳時代後期(6世紀)には、

島の中央部に鬼の窟古墳・笹塚古墳などの

巨石石室墳が築造された。

双六古墳.jpg
 双六古墳(ソウロクコフン)

★江戸時代★

「奥の細道」で有名な、
松尾芭蕉と旅をした、

カワイ ソラ
河合曽良の墓があります。

★令和時代★

そして、今の

壱岐島は、

温泉、海水浴場、ゴルフ場、

キャンプ場を備えた観光地として

宣伝されている。

島の北海岸には

イルカ水族館が有りますよ〜。
イルカパーク.jpg
 壱岐イルカパーク&リゾート

<画像はお借りしました>


壱岐って島は、
こんな感じの所です。

画像を見ていると

壱岐島に興味湧いて来た事

ないですか?

画像を貸してくださる皆さま
ありがとうございます (_ _)

環境が落ち着いたら
観光してみるのも
良いかもですね。

旅行解禁になるまでは、
「さより ブログ」で、
歴史や他県を
お楽しみくださいませ。ませ〜。

次回は、「読み下し文」です!

〈イキの島!・おわり〉

はい!さよりです!!

歴史いっぱいの壱岐

イキたいですぅ〜

と言うワケで!
以上!
「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


See ya ♪






posted by さより at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年05月22日

「やほよろ図館」☆彡5章1節/建日別!です。

やほよろございま〜ッす!!
  (何時でも使える便利な挨拶)

本日は「やほよろ図館」を
ご利用くださり
ありがとうございます (__)

本日の「スーパー古事記!」展を
ご案内いたします。

古事記 上巻

〈原文〉

故筑紫国謂白日別


豊国謂豊日別


肥国謂建日向日豊久士比泥別
【自久至泥以音】

熊曾国謂建日別
【曾字以音】



〈さより 解説〉です。

熊曾国

【読み方】
「クマソのクニ」


【マップ】  赤い場所が熊曾。

くまそ2.jpg

<画像はお借りしました>

【内容】

「熊曽国(クマソのクニ)は、建日別(タケヒワケ)と謂う」

この熊曽の国は、旧国名に無いので不明な国なのです。

『日本書紀』などで熊襲(クマソ)というと、

九州南部(熊本県、鹿児島県、宮崎県南部)を指している場合がある。


★熊本県は肥後(ヒゴ=肥の国)と言う名前で

既に記述されているので、

熊曽の国は、鹿児島県から宮崎県南部ではないか?

と推定する説もある。


★九州(筑紫島)は4つの国(面四つ)であり、

筑紫国・豊国・肥国3国が既に記述されているので、

記述されていない残りの

「日向(ヒュウガ)・大隈(オオスミ)・薩摩(サツマ)」

=宮崎県・鹿児島県」が熊曽国(クマソのクニ)と考えられる。




・・・・要するに、熊曽国はナゾの国って事です。

もし、日向(ヒムカ)が宮崎県だとすると、

熊曽国は天皇家の先祖が住んでいた聖なる地域なのに

『古事記』では、詳しく語らないワケです。


天皇の先祖でニニギと言う方がいます。

ニニギを埋葬した墓は、鹿児島県薩摩川内市宮内町の

神亀山(シンキザン)とされている。


・・・・と、言うコトはですよ、

日向(ヒムカ)は、宮城県から鹿児島県のあたりに

あったのでは?って推測できますよね。

でも、古事記では、日向国を記述せずに、

熊曾の国だけを表記しているのです。

ナゾです。。。。

次、行きま〜す (o´艸`)

建日別

【読み方】
「タケヒワケ」

【意味】
タケヒは勇猛(ユウモウ)な太陽って意味とか。。。

次回は、「イキの島」です!

〈原文・おわり〉

はい!さよりです。

九州地方、終了しました。

ナゾ終わりってなんだかモヤモヤしちゃいます。

このナゾを解くのは
「さより ブログ」を読んで下さる
アナタかも!しれません

と言うワケで!

「やほよろ図館」ガイド担当の
「さより」でした!!


またね ♪ (´∀`●)ノバイバーイ












posted by さより at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古事記

2021年05月18日

「やほよろ図館」☆彡瀬戸内の海です。さよりです。

やほよろございます!

「やほよろ図館」へようこそ〜!♪

当館ガイド担当の「さより」です。

前回の『古事記』が
あまりにも長かったので、

今回は、頭休めに、

自然の風景を展示いたしま〜す (*´艸`)

ジャン!
DSC_3378.JPG

この画像デカッ


さて、
これは瀬戸内海の風景です。

瀬戸内海は、本西部、四国、九州に囲まれた

日本最大の内海(面積は2万3,203平方キロメートル)です

比較的おだやかな海です。

島の数は、700以上ある多島海で

山のように見える所が、
実は
島だったり、

島のように見える所が、
実は、本州だったりします。

中国地方を訪れると、
東西南北、山しか見えない場所も
たくさんあります。

瀬戸内海では、
フェリーや、連絡船、海に架かる橋などが
見られます。

機会がありましたら、ご利用くださいませ。


宮島はフェリー必須だから
島民と観光客のアシとなってます。

と言うワケで!
本日は、「やほよろ図館」を
ご利用くださりありがとうございました!
ガイド担当の「さより」が
ご案内いたしました(__)



よい1日を〜















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