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2024年09月20日

クレジオの“Pawana”(クジラの失楽園)で執筆脳を考える2

2 Lのストーリー

 J.M.G.ル・クレシオ(1940−)の「パワナ」は、語りの効果を大切にしている。(菅野1995)クレシオの文体によるものでもあり、老人の独白に細工が加えられている。19世紀のアメリカの捕鯨産業全盛の時代につながるように、港の騒音について語り(je l’ai appris sur les quais de Nantucket, avec les cris des oiseaux dépeceurs, le bruit sourd de jaches)、捕鯨産業を湧きたたせた人間のエネルギーがイメージされるように、インディアンの船乗りが活躍している(En ce temps-là, tous les marins chasseurs de baleines étaient des Indiens de Nantucket)。個人の物語しか語らぬ語り手のジョン老人がかつて少年であったころ(c’est là que j’ai marché, quand j’avais huit ans)も含めて自分でも気づかぬうちに歴史上価値のある人物になっている。 
 ナンタケットの活況と表裏をなす残虐さが人間にはある。表層に現れない死の影を見ても盛況な時代は懐かしい過去である。現在と過去の対立は、「パワナ」の小説構造で重要である。双方の間を流れる郷愁の情愛は、確かに濃密である。クジラの楽園を破壊した苦渋の出来事もしばしば再生されて現在と交わり続ける(Je marche maintenant sur cette plage déserte, et je me souviens de ce que c’était)。
 回想の語り手はもう一人いる。スカモン船長である。船長の意識は、1856年のクジラの楽園の発見と破壊から物語の現在がある1911年の間をさまよい、歴史の背景と結びついている(approchant de mon terme, je me souviens de ce premier janiver de l’année)。1860年前後でアメリカの捕鯨産業は、石油開発やスチールの製造技術の進歩により衰退した。それまで灯油として使われた鯨油や服飾用だったクジラの髭は、時代遅れになっていく。現在と過去の対立は、歴史の背景と結びついていく。
 菅野(1995)によると、スカモン船長は、クレジオによる再生である。再生とは、精神的に生まれ変わることである。知覚したイメージを記憶して心で再現する人間の精神活動の一つ、表象に似ている。例えば、以前に経験した事象や学習した事柄を思い出すことは、脳が生み出す意識、感情、思考、判断のような精神活動の類である。 
 「パワナ」の購読脳は、「捕鯨と現在過去の対比」、執筆脳は、「語りの効果と再生」であり、シナジーのメタファーは、「クレジオと語りの効果」にする。「パワナ」は、クレジオの世界探索の欲求とのその方向性とが融合した純度の高い結晶である。

花村嘉英(2022)「クレジオの“Pawana”(クジラの失楽園)で執筆脳を考える」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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