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2017年03月22日

最近のお葬式では「お清めの塩」は使わないらしい

お葬式の帰りにお清めの塩を貰い振り掛けることが普通だと思っていましたが最近は違うみたいです。

お葬式の後にはお清めの塩

通夜や葬儀の時に、会葬御礼の挨拶状とともに小さな袋に詰められた お清め塩が配られることが多いと思います。
これは、死を「不浄のもの」と考え、体に塩をふりかけることでけがれを払い、身を清めるために使うものです。


清めの塩の意味

塩
(c)minowa studio/a.collectionRF
清めの塩とは、もともとは神道の考え方からきたもので、死を穢れたものとして清めるという考え方からきたものです。


昔は医学の知識も乏しかったので、今まで元気だった人が突然倒れたときは「なにかのたたり」のような非科学的な現象として捉えられていました。
衛生面においても現代のように上下水道も無かった時代です。そうした背景もあって人々の中に「お清め」という行為が信じられたと言われています。

葬式や火葬に行くと死穢に染まるから穢れを自宅に持ち込まないという考えから清めの塩をするものです。

現在では賛否両論ある

ある程度葬儀の参列経験があれば会葬に出かけていって、清めの塩がついていなかったことはないでしょうか?

仏教では「清め塩」は排除の方向へ進んでいます。仏教では生と死をひとつの世界として捉えているため死は

ケガレたものではないとしています。
近年は「お清め」を行わない方も増えてきました。仏教宗派の一部では、「本来の宗旨」を考え、「お清めの塩」を使わないお葬式に変わってきています。

「死」は「穢れ」ではない

仏教では「死」は「穢れ」としては受け止めていません。生と死は切り離されたものではなく一体と考えられています。

神道では、死を穢れと考える一方で、仏教では死は成仏、つまり「仏に成る」ため、不浄ではないと考えています。

浄土真宗が最初に反対
浄土真宗が最初に清め塩に反対して、その後他の宗派も賛同するようになったのがきっかけです

とくに、『浄土真宗』『真宗』では「誰でも浄土に行くことができる」という教えですから、清めるという行為は正しくないとされ、塩を用いたりしません。

「清め塩」は仏教の教義に由来するものではない!廃止するべき!と最初に声をあげたのは浄土真宗の寺院ですが、その意見に賛同している他の仏教系各宗派も増えている

最近では葬儀屋さんも配ってはいない


葬儀社のサービスとして会葬礼状に塩の小袋が添えられているケースがありますが、これを排除しようという動きもあります。
どうしても必要な場合は葬儀社に言えば出してもらえることが多いと思いますのでご心配なく。

お清めをするかどうかは、自分自身の気持ちや信条によるものですので、近年の主張に関わらず、自分自身で決めてかまいません。



<小さなお葬式>は火葬料金込み





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