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2017年08月06日

厩火事

どうしたお先さん?

どうもこうもないです兄さん
今日はしみじみ愛想も小曾も尽き果てました
あんな馬鹿みたいな亭主もう嫌だ

また始まったのか?
何かと言っては亭主のことを悪く言うけど
今度の喧嘩の元は何だ?

本当に向かっ腹が立ったって
今日はね仕事を早く行かないといけないって言うのはね。
伊勢谷のお嬢様が明日お芝居見物に行くからお先さん早く来て髪を結って頂戴って言われていたの。
だから早く行かないといけないと思っているときに限って寝過ごしてしまうの。
いけないと思って飛び出そうとするとうちの人が「俺は飯を食いたいご飯ごしらいをしろ」って、
私はご飯の支度している時間がないから、鮭でお茶漬けをかっ込んでくださいって言ったのよ。
そうしたら「俺は鮭は食いたくない、芋が食いたいんだ」って。
兄さんの前ですけどうちの亭主ったら男のくせに芋、芋、芋、芋って!

芋っていうのは皮向いて煮たりして味を付けないといけないから、
そんなことしている間がないからすみませんけど鮭で勘弁してくださいって言ったの。
無理のない話でしょ。そうしたら「俺は鮭は食いたくないだ!芋が喰いたいんだ!お前みたいに鮭、鮭って生臭いものが好きな女はいねぇ!魚河岸海女め!」ってこういう事を言うの!

私だって癪に障ったからお前さんだって芋、芋って大根かし野郎って言ったら
「てめぇみたいに口応えする女は出て行け!」って
うちの人なんかにね出て行けって言われる筋合いはないのよ
私が働いて、うちの人がぶらぶらしているのよ
なのに出て行けって兄さん何さ!

俺に怒ってもしょうがないだろ
それでお前は腹が立ったのか
夫婦喧嘩に口を突っ込むのは嫌だけどな
しかしな、俺は本当のことを言うよ
お前のところの亭主の半公はよくないぞ
良いかい?大体な半公と一緒になりたい兄さん仲人をお願いしますって言ったとき
俺は一緒になれって言ったかい?止せって言ったよな。
あいつは悪いことをしないだけが取り柄だけのぐうたら野郎だ。
女によっかかって、なんとなく世の中を生きようとしている奴だ

そんな奴と夫婦になったらいつかは嫌になるから止めとけって百回も言った
その時お前は何て言った?
お兄さんお願い半さんみたいな日本一良い男と一緒にならなかったら私は隅田川に身を投げて死にますって
人を一人殺しちゃいけないと思ったから、人助けの為に俺は仲人をしたんだよ

してみたものの気に入らないってものじゃない
こないだな、お前は知らないかもしれないが仕事に行っている間にお前に家に通ったんだ
そうすると格子がちょっと開いていたから、不用心だと思って中を見たら
半公の奴が長火鉢を前にあぐらをかいて牛肉を突っつきながら酒を飲んでいる

このありさまを見た時に情けねぇ奴だと思ったよ
世間は稼ぎ男に繰り女、男が稼いで女がやり繰り算段をするのが当たり前
しかしお前の家は、女が稼いでいるのに男がその間に牛肉を食べて酒を食らう
その腐った了見が気に入らない
今のうちだから別れろ

兄さん、牛肉を食べていたって言うけど何も牛一頭食べたわけじゃないでしょ?
酒を飲んでいたって言うけど一斗も飲んでいたわけじゃないでしょ?
第一に私はうちの人がお酒を飲んでいたからって兄さんに一文だって借りたことがありました?
そんな事でぐずぐず言ったらあの人が可哀想じゃない。

な、、なんだよ?!
じゃどうしろって言うんだ?

ですから、私はじれったいのよ!
二言目には私に出て行けっていうから・・・
私の歳が若ければいいのよ
でも私の方が十も上で、女の方が歳を取るのが早いっていうし
私がおばあちゃんになってしまって、
半さんは良い男だから若い女を連れ込んでイチャイチャされたら悔しいでしょ。

だから、どうしろってんだ

ですからこん畜生と思う時もありますし、その逆に世の中にこんないい亭主がいるのかって時もあるの。
それは悪い所だけだったら一緒にいませんよ。優しい時もあるのよ
えっ?どこがって?
そんなこと言えるはずないじゃない
馬鹿な兄さんねぇえ、、人の顔をじっと見て。。。

私の所に何しに来たんだ?
どうしろっていうだよ?

ですから、うちの人が本当に私のことが好きなのか嫌いのか、惚れているのかそうじゃないのか、情があるのか不実なのか、何が何だかさっぱり分からない
私はうちの人の本心を知りたい

分かったよお先さん
誰でもそうなんだよ
本当の心の奥底なんて知れるものじゃない
でもな、人と言うのはちょっとしたことで本心が出るものなんだ
唐土(もろこし)って知っているか?

知っているわよ
モロコシって蒸かして食べるのが大好きなんです

お前ね、トウモロコシの話をしているわけじゃないよ
昔唐土という国が在って、孔子と言う方が居たんだ
この方が大変白馬をかわいがっていた。この白馬は予の命よりも大切なものだ
御家来に言い聞かせてあったある日のこと、孔子様がお出かけしている時に厩から火事があった。
御家来は馬を殺してなるものか、手綱を引っ張ったが火の手が早く、また馬も火を怖がりとうとう焼け死んでしまった。そこに孔子様のお帰りだ。
「留守に火事があったそうだな」
「大事な馬を焼き殺してしまいました・・・」
「お前たちに怪我はなかったか、えっ火傷一つしない。良かったそれは何よりだ!」
これだけだ。お先さん分かるかい
御家来はどう思う?日ごろは馬、馬、馬と言っていながら、いざって時は馬のことなんか心配しないで、自分たちの体だけを心配する。こんないい御主人なら命もいらない。
尽くす気になるだろう

そうですかねぇ
そのあと馬は蹴とばしにして食べたんですか?
あれはさくらって言っておいしいのよね

お前ねぇ、食べることしか考えないのか?
分かってないんだなぁ
じゃ分かりやすく逆の話をしよう
日本の麹町にさる旦那が居てね

猿なのに旦那になったんですか?

猿の話をしてるんじゃない
名前が言えないからさる旦那としたんだ
この方が青磁の皿を大事にしていた
一枚何百両とする大変高価なものだ

あら!兄さんすごい大きいお皿なの?

どうも話が合わないな
焼き芋買うんじゃないんだから大きければ高いわけじゃないんだよ
小さくたって高価な物が在る
これは家宝であるから女中には手に付けることを許さず奥様が管理をしていた
ある時に珍客到来だ

猿が旦那でそこに犬の朕が来たの?

珍しい客だから珍客だ
さぁ自慢のお皿をお客様に見せて奥様がしまおうとして梯子段を降りようとしたら、檜造りで足袋も新しい。つるっと滑った!いけないと思い体をひねったがもう遅い
だだだだだん、ドッシン!と物音が聞こえたら旦那が真っ青になって駆け寄ってきた
「おい!皿を割りはしないか?!皿はどうした?!皿!!!!」
「いいえ差し上げていましたらヒビも入っておりません。」
それを聞くと「そうか気を付けろ」

これだけだ
奥様の姿が見えなくなって、仲人が来てご離縁を願いますと申し出た
旦那はなぜだと聞くと先ほど梯子段から落ちた時に皿のことばかり気にされており奥様の体のことはこれっぱかりも心配されませんでした。してみると御当家では奥様の体より皿の方が大事なんだと思います。そんな家には大事な娘はお嫁にやっておく訳にはいきません。と里方よりお託でございます。
嫌いでもないのに別れることになってしまった。
悪い噂はすぐに広がってあそこの旦那は薄情者だ、不実だ
誰も嫁の世話もせず生涯膝を抱えて暮らしたと言われている

分かるわ、嫌なやつね!
奥様が梯子から落ちたらさ、お皿なんてどんなに高価でもお金を出せば買えるでしょ
奥様の体はお金で買えないのよ!普通は怪我はしないか?大丈夫かって聞くでしょ?
心配するのが当たり前じゃない!それが情じゃない?


兄さんうちの人が麹町のさるに似ているの。
どこがってこの間変な夜店で汚いどんぶりを買ってきたの
これは大切なんだ日本でどこを探しても手に入らない
薄情な人って皿やどんぶりを大切にするのね

ちょうど良いよ
お前はうちに帰って、上げ蓋をずらしておいて足を放り込みながら
その半公が大事にしているどんぶりをあいつの目の前でたたき壊してしまえ

兄さんそんなことしたら本当に離縁されます

だからそれで出て行けって言う亭主だったらお前は別れろ
いいかい?お前な人が思っているほど器量は悪くないよ

思ってないですよ!
嫌なこと言うのね、自分でも思っていないのに・・・。

怒っちゃいけない
俺はつい思っていることを言ってしまうんだ
だけどどんぶりを割って、どんぶりばかり気にしていたら別れろ
けども奴が真っ青になってかけてきて怪我はしないかって一言でも言ったら
男って奴は口でけなして心で褒める
だから怪我はしないかって言ったらお前の亭主は脈はあるぞ
本心はお前が好きなんだ、死に水を取ってくれる男だ
日ごろは出て行けって言っても辛抱しろよ

そうですねぇうちに人がモロコシだったらいいんですね
でも麹町の猿だったら別れるんですね。
兄さんうちの人は変なところがあって、咄嗟の時に調子が狂ってしまって
怪我は?って聞く所をどんぶりは?って言うかもしれない
ですから先に行って半さんにどんぶりを壊すから怪我の心配をしろって伝えてください

それじゃ何にもならないよ
お前は未練があっていけない
男でも女でも生涯に一回は勝負をしてみろ

やってみますよ・・・
有難う御座いました



ただいま

おい、また兄さんの所に行ってきたのか?
ろくなことを言わなかっただろ?
夫婦の話を世間に行って話すんじゃないよ、みっともない
俺が悪かった、生涯俺は芋は食べない
機嫌を直してくれ
お茶漬けを食べよう支度して待ってたんだ

食べずに待っていたの?

お前はすぐに仕事に行ってしまうから一人で食べる味気無さを分からないだ
一緒に食べようよ

嬉しい
やっぱりこの人はモロコシなのね。
でもやることやってしまわないと

おい、やることなんかないよ
何をしているんだ?
おいおいおい!そのどんぶりに手を付けちゃいけない
日本に一つしかない金で買えない品物なんだ!
やめろ!馬鹿!!

だから嫌なんだ
もう麹町の猿になっちゃった
なにさ!こんな汚いもの!

上げ蓋がずれてるんだ
割ったら二度と買えないんだからやめろ!
あぁ!!!


割ってしまった・・・。
何をしてんだ、しょうがないな
おい怪我はしてないか?
指に怪我はしてないか?
大丈夫か?

嬉しい
そんなに私の体が心配なのね

当たり前じゃないか
お前に煩われたら遊んでて酒が飲めねぇ





タグ:夫婦 喧嘩
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posted by 落語の世界 at 11:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 落語
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