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2016年07月11日

青州の思い出

青州市は山東省にある中規模の都市で、宋の時代の古い町並みが残る「古街」など歴史的な遺跡が多く残る田舎町である。三国志に出てくる曹操がここで兵を集め黄巾の乱の鎮圧に青州の兵が活躍したため、「青州兵」と言えば強兵として古代より名が高い。下は川沿いに広がる宋の街並みを再現した場所で、観光客向けのホテルや売店が並ぶ。また川沿いが公園として整備されており散歩しながら美しい風景を楽しめる。
青州3
青州

青州博物館には青州市の歴史を物語る多くの出土品や歴史文物が展示されている。パスポートを見せれば無料で中に入れ、夏は空調も効いてさわやかだし、そばには美しい公園もあるので青州ではおすすめのスポットだ。博物館は2階建てで古代から現代までの青州市の歴史がわかるように展示されている。
博物館

博物館の展示の中でひときわ目を引く美人を見つけた。宋代の女流詩人として有名な李清照の肖像画である。古代の中国美人画を見て初めてその美しさにドキッとさせられたくらいに色っぽい。
李清照

李清照は宋詞と呼ばれる自由な形式の詩の女流作家として有名で、夫を若くして戦乱で亡くしたものの亡夫の意思を継いで「金石録」を完成させた。近くの公園には李清照を記念する碑文や記念館がある。下は彼女の「声声慢」という詞で未亡人として過ごす不安な夜を描写している。

「声声慢」

尋尋覓覓       恋ふれども したへども
冷冷清清       つれなし すげなし
悽悽惨惨戚戚    やるせなし さぶし せつなし
乍暖還寒時候    暖しとおもへば 寒き 季節なれば
最難将息       しぬぎがたくて
三杯両盞淡酒    薄酒の 三杯(みつき) ふたつき
怎敵他         さはされど
晩来風急       夕ざれの風をふせがず
雁過也         雁がねに
正傷心         こころはいたし
却是旧時相識    ふるとしも聞きけむものを

満地黄花堆積    地に満ちてさきし 黄菊も
憔悴損         おとろふる
如今誰忺摘      いま たれありて 摘みなむや
守著窓児       窓辺に ながめ
独自怎生得黒    ひとりみの 夜の闇 まつに
梧桐更兼細雨    あをぎりに 小雨かかりて
至黄昏         たそがれを
点点滴滴       ほとほとと しとしとと
這次第         このこころ
怎一個         愁いたし
愁字了得       といひてやむべき

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タグ:青州

2016年06月20日

青島の思い出

青島(チンタオ)といえば青島ビールが有名だが、これはドイツ人の植民地だったころの名残りである。第一次世界大戦で日本がドイツ人を追い出して統治したが、1922年には中国からの抗議で返還せざるを得なくなった。日中戦争がはじまると再び占領して統治しているから、日本人にとってもなじみの深い土地である。海岸沿いの街で日本の風景や天候に似ていることも日本人の好みそうな街だ。下の写真はドイツ風の別荘が残っている地域で、おしゃれなカフェもある。

青島ドイツ街
青島ドイツ

青島のドイツ風の街並みが残っている地域の隅のほうに小さな要塞風の異様な屋敷がある。ここは蒋介石が別荘に使っていた屋敷と屋敷前の看板で紹介されているが、実際にはロシア人が建てた洋館で蒋介石が住んだことはない。ただ映画のロケでたびたび蒋介石の屋敷として使用されたため、蒋介石の別荘ということになってしまったらしい。本当の名前は「花石楼」と呼ばれ、中も見学できるようになっている。

蒋介石別荘
蒋介石別荘2

海の近くなので夏は海水浴客やヨットなどのマリンスポーツが盛んだ。青島に近接して紅島や黄島という地名もあり、赤・青・黄となんだか信号のような名前の付け方だなと思った。海が好きな人や海鮮料理が好きな人にとっては中国の中でも有数の保養地だろう。

ヨットはーばー
船

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タグ:青島

2016年06月15日

長春の友誼公園

長春市の友誼公園は5年ほど前に長春市の南に移転した長春市の市役所や吉林省図書館の後ろに広大な敷地を使って新しく造成された公園だ。以前はこのあたりは長春市の南の郊外で広い畑が広がっていたのだが、再開発によりこの周辺が新たな長春市の政府機関の移転地区となったため巨大な建物や公園や団地が整備中である。
友誼公園
 この近くには世界各地の彫刻家が作った彫刻やモニュメントが置かれた彫刻公園もある。ただ彫刻公園のほうは有料なのに対し、友誼公園のほうは市民の憩いの場として無料で開放されているので多くの市民でにぎわっている。真ん中には大きな人工池があり、そこを取り囲むように歩道が整備されている。歩道は犬の散歩をしている人やジョギングをしている人が行きかっている。人工池の真ん中には橋が架かっていて、東屋があり休憩できるようになっている。
友誼公園4
公園にはスピーカーが設置されており、ムードミュージックがうっすらと流れているのでデートコースにも最適だ。公園内の設備や草木もよく手入れされていて散歩してもすがすがしい。長春市内の公園の中では満州国時代に作られた南湖公園などもあるが、友誼公園のほうがほどよい広さで手入れが行き届いているためより美しいのではないかと感じた。
長春友誼公園
公園の後ろにはオーストラリアのシドニーにあるオペラハウスのデザインを彷彿とさせる貝のようなデザインの建設中の巨大な金色の建物があるが、これは博物館と劇場を兼ねた建物であるらしい。
博物館

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タグ:長春 公園

2015年10月29日

遼寧省興城の思い出

遼寧省興城に行ったのはかれこれ8年前になる。10月初めのゴールデンウィークに何も予定がなく、たまたま通りかかった旅行会社で安い二泊三日のツアーに申し込んだのだった。妻が海岸沿いに行きたいということで選んだ場所だった。

興城という場所は遼寧省葫蘆島市の郊外にある小さな海岸沿いの町だが、明朝時代に建設された万里の長城の一部が遺跡となっている。ここよりも南にある秦皇島の山海関の遺跡のほうは有名で観光地としても大規模に開発されているのだが、興城のほうはそれよりも規模が小さくさほどに有名ではない。ただ秦皇島のほうは観光用に最近になって復元された建物が多いが、興城のほうは明朝時代に建設された建物が壊されずにそのまま残っているという点で珍しい遺跡となっている。

衛城2衛城

ことに明朝時代に建設された街並みが残されている古城は映画のロケ現場にでも入ったかのような錯覚に陥る。道の両側に土産物屋や骨董屋が数百年前に建てられた家屋で営まれている。街を囲む四角い城壁も日本では目にしない中国ならではの城郭の作り方だ。

海岸には筆架島という島がありそこまでフェリーに乗って行くのだが、島と陸との間には海中に万里の長城の壁の一部が沈んでおり、それが干潮になると海から浮き上がってくる。島にはいたるところに道教の祠があり、島全体が道教の修行者の施設となっている。

筆架島海岸

海岸にはラクダや馬に乗せてくれる業者がいたり、海産品を売る売店などでにぎわっていた。売店で発泡スチロールの箱いっぱいの生きたカニを買って帰り、料理のために家の台所で箱を開けるとカニがわらわらと出てきて数匹かは台所の流し台の裏に逃げてしまい取れなくなってしまった。残りのカニはその夜においしくいただいたのだけれども。

この興城のある葫蘆島市は戦後に日本人が引き揚げのために集められた場所で、満州から逃げてきた人々の収容所があったところでもある。

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2015年10月22日

西安の思い出(2)鼓楼・鐘楼

西安の街の中心部には鼓楼と鐘楼という二つの古い建築がある。どちらも明の時代に建設されたものだ。
周囲は高いビルが立ち並ぶ市の繁華街だが、このような古い建築が自然に溶け込んでいるのが西安という街の面白さだ。

鐘楼鼓楼


また鼓楼のすぐそばには回民一条街と呼ばれる古いイスラム教徒が住む一角があり、明らかに周囲とは違う雰囲気を出している。中国ではイスラム教を回教と呼びイスラム教徒は回民とか回族と呼ばれる。この回民一条街という市の中心部に住むイスラム教徒は、唐の時代に皇帝が反乱を鎮圧するためアラビアから兵を借りた時の兵士たちの子孫たちだ。彼らイスラム教徒の軍は安史の乱鎮圧に活躍し、皇帝から戦功を称えられてこのあたりにモスクを建てて住むことを許された。安史の乱が起こった755〜763年というと玄宗皇帝や楊貴妃や阿倍仲麻呂が西安に住んでいたころの話だから、ずいぶんと長い伝統がある。この時代を背景にした中華ドラマが下の范冰冰(ファン・ビンビン)主演の楊貴妃。

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現在はシリアを巡る中東情勢に中国がどうかかわるかが話題となっているが、唐の時代には中東からイスラム兵を輸入していたとは驚きだ。唐の時代の西安はシルクロードの出発地として、今以上に様々な外国人が行き交う国際都市だったのだ。

2015年10月21日

西安の思い出(1)大雁塔

西安には三年前にやはり仕事で二回ほど訪れたが、これまで訪れた中国の都市の中では一番魅力的な都市だった。というのも日本の京都と同じく各地に唐代の遺跡などがあり、歴史ロマンを感じさせるからだ。日本人にとっても遣唐使の阿倍仲麻呂や真言宗の空海などが留学した都市として馴染みの深い場所である。残念ながら仕事の日程上ゆっくり観光する時間はなく、幾つかの観光スポットをたまたま通りかかった程度だったがそれでも十分に古都の魅力を味わえた。

泊まったホテルのすぐ近くにあったのが玄奘三蔵法師のために建てられたという大雁塔である。三蔵法師といえば西遊記で有名だが、西遊記は日本でも中国でも何度もテレビドラマ化された今も人気のある冒険物語だ。マンガのドラゴンボールも主人公が孫悟空という名前であることからわかるように、初期のころは西遊記から取られたネタが多かった。

大雁塔

大雁塔の周囲は広い公園となっており、夏場の夜には噴水のショーや夜店が出てたくさんの観光客が訪れる。

西遊記のテレビドラマといえば日本なら日本テレビで1978年に放映され、夏目雅子が三蔵法師で堺正章が孫悟空を演じたものが名作だ。中国なら中央テレビで1986年に放映され、汪粤が三蔵法師を六小齢童が孫悟空を演じたものが評判が高い。ことに中国版の孫悟空を演じた六小齢童という人は伝統芸能の一族出身で、曽祖父の代から代々舞台で孫悟空を演じてきたという人物だ。日中の西遊記のドラマを比べてみるのも面白いだろう。

こちらは日本版西遊記。

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大雁塔のすぐそばに大唐芙蓉園という大きな池を中心とした公園があるが、こちらは入場料がいるためかさほど観光客は多くはない。この公園の建物は全て最近になって建築されたもので、唐代の遺跡の上にあるとはいえ景色が映画のセットのような人工的な不自然さを感じさせるのがいまいち人気のない原因だろう。その南にある曲江池遺跡のほうは無料で入れるので市民の散歩コースとなっている。

芙蓉園曲江池
タグ:西安

2015年10月18日

旅順の思い出(3)白玉山塔

203高地を後にした私はタクシーの運転手に半分無理やりに白玉山塔に連れていかれた。そもそも私はこの建物の存在を知らなかった。再三断ったにもかかわらず、タクシーの運転手がどうしても見て行けというので仕方なく来たのだが、確かに来て十分見ごたえのある建築物だ。タクシーの運転手に感謝しなければなるまい。
写真は白玉塔の入口と全景。

白玉塔白玉山塔

この建物は元の名前を表忠塔と呼び、乃木希典が旅順攻略の際に犠牲となった日本兵の部下たちのために建立した塔だ。現在は白玉塔と呼ばれており、名前の通り白い大理石でできた大変に豪華で立派なものだ。

旅順港白玉塔

この塔からは旅順港が一望でき大変眺めがよいこともあり、中国人観光客も多く訪れる観光スポットとなっている。この白玉塔で追悼されているのは日露戦争で旅順攻略の際に命を落とした兵なのだが、壊すのも大変なためか中国政府も名前だけ変更して壊さずに保存している。

旅順港はロシア艦隊が太平洋や日本海側に出るために何度となく日本と争奪を繰り返した良港だった。そういえば旅順に来る前に大連の百貨店で刺青をして凶悪そうなロシア人の水兵を見かけたが、今でもウラジオストックやサハリンあたりのロシア艦隊がここらへんまで南下することがあるのだろう。司馬遼太郎に日露戦争を描いた『坂の上の雲』で無能な将軍として描かれた乃木希典だが、下の本では乃木希典の指導力や作戦が再評価されている。

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旅順の思い出(2)203高地

タクシーで向かったのは203高地。運転手はすぐに私が日本人だと気づいたようだ。運転手になぜわかったのか聞いてみると、「203高地に来るのは日本人だけだから」という答え。言われてみれば確かにそうだ。中国人もロシア人もこの山に来ることはほとんどあるまい。

自動車で上がれる山の中腹からしばらく歩くと、旅順港を見渡せる展望台がある。

203高地

さらに上に上がると当時の大砲を利用して作った「爾霊山」と彫られた碑石がある。この「爾霊山」は(にれいさん)と読み「203」と同音になっている。

碑文

日清戦争ではわずか1日で旅順を陥落させた乃木希典であったが、日露戦争でロシア相手にはかなりてこずった。ことに旅順港を一望できロシア艦隊を爆撃できる位置にある203高地はロシア兵により難攻不落の要塞となっていた。ここを落とすのに乃木希典は歩兵の突撃を繰り返し無駄に犠牲を増やした。203高地の戦闘についてはさだまさしの名曲がしみる下の映画を見てください。

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乃木希典が手こずって膠着状態にあることを聞いた児玉源太郎はわざわざ参謀として赴き、ここに大砲による爆撃を徹底的に行い203高地の占領を成し遂げた。司馬遼太郎は『坂の上の雲」で頭の切れる天才参謀の児玉源太郎と比較して、乃木希典を凡庸な将軍であるかのように描いている。しかしすでに旅順港のロシア艦隊は戦力を失っており203高地の攻撃は不要であると唱えた乃木希典に対し、執拗に攻撃を主張したのは内地の大本営であった。映画の203高地が古く感じる世代の方にはNHKのドラマで放映されたこちらの方をどうぞ。

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旅順の思い出(1)旅順大虐殺

旅順は三年前に一度行っただけだが印象は深いものがあった。
たまたま仕事で行く用事があり、そのついでにいくつかの観光スポットを回ったのである。
その時の写真がいくつか出てきたので、旅順の思い出として3回にわけて語っておきたい。

旅順には大連からバスで3時間ほどかかり、交通はあまり便利とは言えない。
ただ市内は中規模の街並みとなっており、それほど田舎という感じではない。
海と山が見えるどこか日本の海岸沿いの地形に似た風景があるのが旅順だ。
下の写真は「虎の尾」と呼ばれる旅順港の一部。

旅順港

市内でタクシーに乗り移動したが、タクシーの運転手から旅順大虐殺を知っているかと尋ねられた。
虐殺の舞台の一つとなった旧病院の建物の近くを通りかかったときのことである。

南京大虐殺はよく聞くが旅順大虐殺があったとはこのときに初めて聞いた。
後に気になって調べてみると、1894年の日清戦争の際に日本軍が市内の民間人を数千人規模で虐殺した事件だ。虐殺を命じたのは第一師団長山地元治であったようだが、南京大虐殺と同じく民間人に変装した便衣兵を掃討するためだった。

この事件が発生した時の旅順攻略には第二軍司令官大山巌大将や第一旅団長乃木希典少将が軍を率いており、この際には旅順の要塞を1日ほどで陥落させている。海外の新聞などで虐殺が報道され問題とされたものの、当時の日本政府は事件のもみ消しを図り結局は軍関係者へのおとがめもなかったようだ。

日本人は加害者であることもあり歴史をすぐに忘れるが、被害者の側の地元の人は100年たっても忘れていないのだから恐ろしいものだ。

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