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2020年04月13日

アヒルの飼育について コロナに見るウイルス蔓延の側面

 アヒルの飼育とコロナ蔓延という言葉を聞いて、ぴんと来る人は少ないかもしれない。
 
 そもそもWHOが警戒していたのは、コロナではなく新型インフルエンザだった。インフルエンザはすでにいくつかの新型が現れることが予想されており、その中には強毒性のインフルエンザが現れることが危惧されていた。
 2004年にWHOは、アヒルをペット煮することに警鐘を鳴らしている。
 これは同年に、中国でアヒル飼育者が鳥インフルエンザに感染したという事実があったからだ。確かこのときの罹患者は2人。2人は家族だったため、人→人感染ではないかと騒然となったが、実際には2人の患者それぞれがアヒルの飼育に携わっており、2人ともアヒルからの直接感染と結論づけられた。
 
 鳥インフルエンザと言えば鶏からの感染がすぐ頭に浮かぶ。
 鶏の羽や糞などを吸い込んだことによって、人が鳥インフルエンザに感染することは知られている。ただかなりの量を恒常的に吸い込むことが必要なので、多くは養鶏業者などの専門家が対象になっている。日本では鶏は出荷時点でまず加工されるため、一般市民が鳥の羽や糞にさらされることはまずない。生の鳥といってもすでに食べやすく加工された商品だ。鶏肉を打っている小売店の従業員でさえほとんど問題はない。
 現状では日本の養鶏場は、人と鶏が接することが最小限度にされ、外界からは隔離され、人や虫や動物によってインフルエンザウイルスが持ち込まれることを極力制御され、かなり厳密な飼育法をとられている。しかも鶏は卵の時点から管理されているため、日本の鶏が鳥インフルエンザにさらされる可能性は非常に低い。
 しかも、鶏は鳥インフルエンザに罹患すると死ぬ。死んだ鶏が発見されると、その養鶏場のみならず、一定の地域の養鶏場すべてが検査され、鳥インフルエンザが原因なら、鶏はすべて殺処分となる。この方法によって鳥インフルエンザは外に出て行くことを阻まれる。

 この鳥インフルエンザが、アヒルから人間に感染したわけだ。
 2004年には人→人感染ではなかったが、それでもこの問題はとても大きい。

 実は鳥インフルエンザウイルスは、水鳥の体内にある。弱毒性の鳥インフルエンザウイルスを、多くの水鳥が体内に持っている。しかも水鳥は鳥インフルエンザウイルスに感染しても、症状も出ないし、死にもしない。キャリア という状態になって、そのまま天寿を全うする。
 これは水鳥であるアヒルも同じである。
 WHOの調べによれば、鶏は生きているときより死んでしまった直後の方がたくさんのウイルスを放出する。しかしアヒルは、死んだときと生きているときと、まき散らすウイルスの量が変わらない。
 
 水鳥が厄介なのは、ウイルスを持っていても症状に出ないところだ。つまりこの水鳥がウイルス保菌しているかどうか検査しないとわからない。
 水鳥から人間にウイルスが感染するには、その羽や糞を吸い込むことが必要になる。普通は一瞬吸い込んだくらいでは感染しない。そもそも鳥のインフルエンザであって、ほ乳類の人間には移りにくい状態だからだ。
 水鳥のほとんどは野鳥であるから、遠くからバードウオッチングしても感染はしない。さらに水鳥の肉を食べても、卵を食べても、感染はしない。(食べるのはOK)
 野鳥を捕って食べる人は少数派だろうが、そういう人は鳥を殺した後、羽をむしって解体もするだろう。そういうときに排泄物や羽が空気中に待って吸い込む可能性がある。だからコロナ感染と同じく、マスクをして、解体後にはキチンと手洗いをして、解体に用いた道具や場所もきちんと除菌した方がいい。
 だがこういう人はとっても少数派だ。
 鳥からインフルエンザが感染しても、それだけでは人→人感染にはつながらない。多くは本人だかが鳥インフルエンザになる。だがこのインフルエンザはとても危険かもしれないし、人間の体内にウイルスが入るために、ウイルスに変異が起こり、高毒性煮なる可能性もある。だからやっぱり感染するようなことは避けなければならない。

 アヒルも水鳥である。条件は同じだ。しかもアヒルはそもそも食用なので、飼育したアヒルを解体して食べるのが普通。当然業者の人は十分に鳥インフルエンザ対策をとらなければならない。
 日本では、アヒルは日常的に食べるものではない。鶏はインフルエンザに罹患すると死ぬし、死んだ鶏は市場に出ない。鶏で鳥インフルエンザが一般人にもたらされることはまずあり得ない。
 しかしアヒルはどうだろうか。
 業者にもその点は十分に管理してもらいたいのだが、最も問題になるのは、一般人がアヒルと接する場合だ。
 実はアヒルはペットとして人気が上がっている。
 ペットとしてアヒルを飼う場合、それは食用として飼育するよりずっと濃密な接触が予想される。
 濃密な接触をするからこそ、ペットである。
 そのアヒルに鳥インフルエンザが保有されているのか、そんなことを知っている飼い主がどれだけいるのか。
 
 だからこそ、WHOはアヒルをペットとして飼うことをやめてもらいたいと宣言している。
 アヒルを安全に飼うための指針は示されていて、それはアヒルを食用として飼育する際のやり方と同じなのだが、それをペットのアヒルに行えるかというと、正直無理というのが実感だ。
 アヒル1話に対して、畳1畳から2畳分の広さを確保し、外界から完全に遮断できる小屋を作り、他の生き物を無視に至るまで一切中に入れず、また他の動物の排泄物、羽なども一切入れず、風通しはよくし、常に清潔に掃除をし、掃除をする人間は、その際にはマスク、眼鏡、防護服(コロナと同じ)を必要とする。

 この方法は養鶏場の鶏飼育と同じだ。
 しかしこんなことを個人のペットにできるだろうか。
 人によってはマンションのベランダで飼っている人もいるし、簡素な小屋に入れている人も多い。運動させるには外に出して、敷地内を話す人も多い。それが小さいベランダであったとしても、その時点で野鳥(雀とか烏)と接する可能性がある。水鳥でなくても、野鳥は鳥インフルエンザウイルスを持っている可能性がある。水鳥でなければ、全く症状が出ないというわけではなく、死んでしまうこともあるが、生きて移動して、その先でウイルスをまき散らす可能性もある。
 養鶏場の場合は、空を飛んでいる野鳥との接触を断っているが、それと同じだ。
 ベランダに飛んできた、もしくは上空を飛んでいた鳥からの落とし物に、アヒルが接しない保証はない。(私がアヒルを庭で飼っていたのは、2004年より前だが、庭の木の高いところにある実を、烏が落としていくことが多かった。それをアヒルが下で待っていて食べていた。
 時々烏はパンも落としていった。
 そして野鳥は、アヒルの食べ残しのえさをよく食べていた。そのまま放置してしまうと、アヒルはそのえさの残りを食べたりしたこともある。おおむね飼われているアヒルはえさが補給されることを知っているので、食べ残しを食べたり、汚れたえさを食べたりすることは少ないが、アヒルの食べ残しを食べに来る鳥は、そのとき羽毛を落としていったりもするので、それにアヒルが触れることは大いにある。
 当時は、高い木の上の実を食べている烏が、おこぼれをちゃんと落としていって、それを下で待っているアヒルの姿はなかなかほほえましいものがあったが、今考えれば結構恐ろしい話だった。

 鳥インフルエンザウイルスは、多くの場合、水鳥の体内では弱毒性として共存する。その方がウイルスも広い範囲に運んでもらえて、生きながらえ、子孫を増やすことができるからだ。しかし水鳥から水鳥以外の生物に感染してしまった鳥インフルエンザウイルスは、変異を起こし、高毒性煮なる可能性が高いようだ。さらに人間に感染すると、高毒性になる可能性が高いだけでなく(種が違う生物に感染すると、それだけ変異が促進されるという)人間の中で変異することで、人→人感染の性質を持ってしまう。
 これによって高毒性のインフルエンザが生まれてしまう。

 かつてはスペイン風邪と呼ばれたインフルエンザが世界を席巻して、大量の人が死んだが、現代にそれが起こればもっと広い範囲で、たくさんの人が死ぬだろうといわれている。

 その恐怖は、今なら誰にでも身にしみてわかるのではないか。
 コロナは、ここで想定される高毒性のインフルエンザよりも弱い。
 ただ、弱く、致死率が低いウイルスは、それだけ感染力が強くなる。感染した宿主がすぐに死んでしまうと、それ以上感染するチャンスがなくなってしまうが、宿主が死なずに移動してしまうと、より大きい範囲で感染が可能になる。その先々で気まぐれのように人を殺しているのがコロナだ。
 コロナは本当に厄介なウイルスだが、ウイルスの生存戦略としては非常に巧みでもある。

 だから高毒性のインフルエンザはコロナと同じではないかもしれない。
 だがおそらく高毒性のインフルエンザが蔓延したときの恐怖は、すでにコロナで実証済みだろう。
 コロナよりもっと致死率の高いインフルエンザが、コロナように蔓延するのだ。
 感染者の8割は軽傷と言われるコロナですら、社会生活がほとんどストップし、食料品の買い物や通院、一部の仕事など以外は、巣籠もりを強いられる。日本経済が今後どうなるかはとても心配だし、すでに医療崩壊を起こしかけている都心部は、死の恐怖がひしひしと広がっている。
 コロナで死ななくても、医療崩壊を超したことで、他の何でもない病気でも治療が受けられずに死ぬかもしれない。
 高毒性インフルエンザはもっと人が死ぬ。
 
 こういう状況を想定するなら、WHOのアヒル飼育に対する宣言を、もっと真剣に考えてほしい。
 少なくとも管理された食用の飼育以外で、アヒルと密に接することはやめてほしい。それはおおむねペットで飼うということだ。
 もしアヒルから鳥インフルエンザが感染したら、まずそれは飼い主である可能性が高いのだが、その飼い主は結構な確率で死ぬのである。そして死ぬ前に、家族に移し、友人に移し、そして高毒性インフルエンザは、全く間に町に広がり、日本中に広がっていく。
 コロナのように。

 コロナが終わっても、感染症はまた来るだろう。
 コロナで懲りた日本人は、他の感染症に対してももっと敏感になるべきだ。

2020年01月03日

初心者向けHDDをSSDに換装する方法+起動と回復のトラブルを解決

  動きの遅いパソコンのHDDをSSDに換装するだけで、かなり速く動くようになる。
 SSDも安くなっているし、良い方法だと思って実行してみる。
 結果から言うと、CPUがCeleronというのに、下手なCorei7よりよほど速くなった。
(その、下手なCorei7も後にSSDに換装。持ち主に喜ばれる)

 ググってもらえれば、この手順に関しては丁寧なサイトがいくらでもあるので、ここでは注意点のみを重点的に記載しておく。

 <準備>

 まずクローンに際して準備する物
@クローン用のソフト
ASSD(クローン用)
BSSDもしくはHDD(システムイメージ用)
CUSBメモリー(16GB推奨)
DDVD-R 1枚

 <準備の説明>

@クローン用ソフトは購入しても良いし、フリーソフトでも良い。よく言われているのが
EaseUS Todo Backup Free で、私もこれを使った。無料版でも単純なクローンならば問題ない。
Aクローン用のSSDだが、今回はPDDをまるっとクローンする事を前提にする。この場合は、HDDと同じかHDDより大きな容量のSSDが必要になる。 HDDより容量の小さいSSDの場合は、必要なファイルを選択的にコピーすることになるのだが、これはクローンソフトによってできなかったりす るし、ググってみると、クローンに失敗したケースでは、HDDより小さい容量のSSDを使って、選択的にコピーしているケースが多い。
初心者であるなら、HDDと同じか、それ以上の容量で、HDD全体をクローンする方が簡単だと思う。
BCDに関しては、それぞれのPCによって方法が違うので、事前に調べることが必要になる。
HDD内のデータバックアップを取ることはもちろんだが、[回復USB」[システムイメージ」[修復Disc」を必ず作っておく必要がある。これが クローン後に必要になるので。
特に、回復ドライブの作成は忘れずに。
 
 システムイメージ

 容量はパソコンによって違うが、私のパソコンでは、40GB前後だったようで、これ以上のHDDかSSDなどの媒体が必要になる。DVD-Rで分割して記録することもできるが、枚数が10枚を超える。
 
 修復Disc

 これはパソコンによってない場合もある。
 普通はシステムイメージを記録すると、その後に修復Discを作るかどうか聞いてくるので、そのときに一緒に作る。しかしそれを求めてこない場合もある。
 忘れてはいけないのは、これは回復ドライブとは別の物である事。
 修復ディスクの目的は、パソコンが不具合を起こしたとき、消えてしまったり欠損したOSなどをしゅうふくすることで、リカバリーではないらしい。このディスクからの起動はできるが、リカバリーに必要なのは回復ドライブの方なので、これでは代用ができない。またディスクにしか記録できないため、DVDもしくはBDドライブがないと作れない。
 
 回復ドライブの作成。

 回復ドライブはクローン後に必要になる場合がある。
 だから必ずクローン前に作っておく。実はクローン後には作れなくなる可能性が高い。必ずHDDをクローンする前に作る。
 回復ディスクを作る途中で、HDD内の回復ディスクのデータを消去する項目にチェックを入れるところがある。これにチェックすると、HDD内の回復データは消えてしまう。その使える容量が増えるわけだが、私はそれを推奨しない。外に出したデータは必ずしも思うようにはたらかない時があるし、USBはHDDより破損しやすい。あくまでもバックアップとして考え、HDD内に回復データを残しておくことを強く推奨する。

<クローン作業>
 データのバックアップと、回復の作成などが終わったところで、いよいよクローン作業に入る。

@-1 SSDのフォーマット。
 新しいSSDを使う場合は、PCの管理でフォーマットを行えば良い。このとき、フォーマット形式は必ずMBRを選択する。

 もう少し詳しく話すと、パソコンのBIOSのブートモードには2種類あり、legacyとUEFIになる。そしてlegacyはMBRに、UEFIはGPTに対応している。この関係がずれるとクローンはできるが、クローンしたSSDでは起動できなくなる。
 この場合、BIOSでブートモードを変更することで対応できるらしいが、実はこれが良くわからない。慣れた人ならできると思うが、挑戦してみたがうまくいかなかった。
 
 またHDDやPCのBIOSを事前に調べ、ブートモードに合わせて、MBRかGPTを選択することを推奨するサイトもあったが、実は自分のPCをクローン後に調べたところUEFIだった。しかしGPTでフォーマットしたときには起動しなかった。

 と言うわけで、初心者なら、間違いなくMBRでフォーマットした方が良い。これならば、クローン後ほぼ間違いなく起動できる。

@-2 SSDのフォーマット コマンドプロンプト

 もし、既にGPTにフォーマットしていたら、フォーマットをし直す方法がある。PCの管理からはできないので、コマンドプロンプトから行う。

 クローン先のSSDをパソコンにつないだら、スタートボタンを右クリックするとコマンドプロンプトの項目が出る。
 Windows10だと、Windows PowerShell (管理者)という項目になる。
 これを選択する。


C:\WINDOWS\system32>diskpart
DISKPART>list disk

ディスク  状態     サイズ 空き ダイナ GTP
###                 ミック
ーーーー
ディスク0 オンライン  465 GB   0B
ディスク1 オンライン  232 GB   0B
ディスク2 オンライン  465 GB


DISKPART>select disk 2 

ディスク2が選択されました

DISKPART>clean  

DiskPartはディスクを正常にクリーンな状態にしました

DISKPART>exit

DiskPart を終了しています

C:\Windows\system32>exit


コマンドプロンプトが元の画面に戻る。

この場合SSDはディスク2である。
くれぐれも、関係ないHDDを初期化しないように。

次にPC管理の画面を開く。
SSDはディスク2として、未割り当てとして表示される。
これを右クリックして初期化を選択
このときフォーマット形式を選ぶウイザードがでるので、MBRを選択する。
後はウイザード通りにフォーマットする。
次に、ディスクの管理の画面に戻ったら、
右クリックで 新しいシンプルボリュームを選択
ウイザード通りに進んで完了
(MBRのフォーマットはコマンドプロンプト上でもできるが、今回はより簡単な方法を紹介した)

Aクローン作業
 フォーマットが終わったら、後は使用するクローンソフトの指示に従ってクローンを行う。
このときもクローン元とクローン先を間違えないように。何も入っていないSSDをHDDにクローンしてしまうと全てのデータが消えて元も子もない。

Bクローン作業終了後
 クローン作業が終了したら、パソコンを分解して、HDDを取り出し、そこにSSDを装着。
 このやり方はPCごとに違っているため、型番でググると、だいたいどこかに情報がある。上手くすれば分解風景を動画で説明する物もあるので、事前によく調べておけば良い。
 重要なことは、作業前に必ず電源とバッテリーを外しておくこと。
 感電の危険もあるし、通電して機器そのものが破損して使えなくなる可能性もある。
 また静電気も予防した方が良い。
 作業前に金属製の棚などを握って、身体に帯電した静電気を逃がしておく(金属製の棚は、家の床に接している。金属から家の床へ静電気が逃げる)
 もしくは静電気防止の手袋を利用することもできる。

 デスクトップパソコンならそれほど心配はいらないが、ノーパソの場合、ねじ止め以外に、裏蓋が爪で固定されている場合がほとんどなので、爪を破損してしまわないように慎重に分解しないといけない。

 慎重に行えば、それほど難しくはない。
 換装を終えたら、元に戻し、起動してみる。
 ほとんどこれで問題なく起動する。HDDを入れていたときと同じ画面が上がってくるはず。

<回復機能が使えない場合の復旧>

 起動できれば換装はほぼ完了。使うだけなら問題ない。
 しかし回復機能が使えない場合が多い。

 スタート→設定→
 更新とセキュリティー→
 回復→
 PCの起動をカスタマイズする→
 今すぐ再起動する

 オプションの選択→
 トラブルシューティング→
 このPCを初期状態に戻す

 このように進めるなら、回復機能は正常と考えられる。(詳細オプションに進めば、さらにいろいろな機能がある。)

 しかし、「このPCを初期状態に戻す」などの項目が出てこない場合は、回復機能が機能していない可能性が高い。

 回復機能が使えないとリカバリーができない。特に市販のメーカー製のパソコンの場合、不具合が起きるとリカバリーは簡単で良い修理法なので、使えないのは心配である。そこで回復機能を修正する。

 この場合、回復オプションのデータが消えてしまったわけではなく、何らかの理由で無効化されているようだ。そこで有効化するためには、コマンドプロンプトからコマンドを入れる方法があるが、何度も試したがどうしてもうまくいかなかった。
 理由はよくわからないが、回復機能が無効化されるのも、BIOSのブートモードとの関係があるようだ。(違うかもしれないが、UEFIモードなのに、MBRフォーマットでクローンを行うと、この症状が出るという事が報告されているようだ。)

 そこで回復機能の回復のために一度OSの再インストールを行う。

@事前に回復ドライブの作成をしたUSBを用意。
 しかしこのままではUSBをPCに差したまま起動しても回復機能は働かない。

ABIOS画面を起動。シャットダウン後、電源をONと同時にF2を連打。しばらく待つとBIOSが立ち上がる。

BChange Boot Order などBoot設定画面に進む
 そこでUSBを選択する。

 BIOSの画面はPCによって違うが、私が行ったのは、Dynabook B25/22BR と言う機種だったので、上記のような項目になっている。

CExitでBIOSから起動画面に戻る。
 一度シャットダウンして、もう一度起動すると、USBからの起動が行われば、回復ドライブが起動して、ブルーバックの オプションの選択 画面になる。
 
 Dynabookの場合、そこからTOSHIBA Maintenance Utilityの画面が選択できるので、ここから再インストールができる。

 再インストール後、所定の設定を行った後、もう一度  設定→
 更新とセキュリティー→
 回復→
PCの起動をカスタマイズする→
 今すぐ再起動

 を行い、オプションの選択 画面に進む。
 トラブルシューティングを選択肢、このPCを初期状態に戻す などの項目が出てきたら、回復機能が元通りになっている。

<まとめ>
 クローンによってHDDをSSDに換装する場合
 @事前に必ず、回復ドライブの作成をする
 ASSDのフォーマットをMBR
 B換装後に、BIOSからUSBよりのBOOTを選択肢、USBハブの回復ドライブを使ってWindowsの再インストールを行う。

 この段取りで、うまくいくはずだ。

<おまけ>
 今回換装を調べていたら、USBに回復ドライブを作成した後、クローンをせずに、先にHDDとSSDを交換し、まっさらのSSDを回復ドライブでWindowsをインストールすると言う行程を紹介していたサイトがあった。
 このときSSDのフォーマットはMBRだった。
 この方法だと、SSDの容量は自由に決められる。換装後に、取り外したHDDを外付けにして、戻したいデータだけをリストアすれば良い。
 クローンより時間もかからないし、良い方法だと思う。
 特にクローンによって回復機能が損なわれてしまう事になるなら、クローンではなく、USBからのWindowsインストールの方が良いかもしれない。
 特に、元のHDDにそれなりの不具合があったとすると、それをそのままクローンすれば、不具合もクローンされてしまう。OSだけを再インストールして、データだけを後からリストアする方が、問題が少ない。

 クローンの良いところは、リストアの手間がないところだ。いくらクローンと言っても、もしもの場合を考えて、データのバックアップは行う方が良い。しかしうまくいけば面倒なリストはない。慣れが環境ですぐに使える。
 ところが、回復機能が損なわれることによって、結局はWindowsの再インストールが必要になる。データを保持したままの再インストール方法もあるので、そちらを試してみる価値はあるが、(私の換装を行った2つのパソコンは、1つは元もデータがなく、もう一つのデータがある方は、リストアが面倒なので、回復機能が使えなくてもいいと言うことだった。)

 確かに、回復機能がないまま使い続け、いずれ必要になったら、USBから回復すれば良いという考えもあるが、そのためにも、クローン前にUSBの回復ドライブの作成は必須。それから回復ドライブ(USB)はなくさないように。

 元のHDDも取って置いた方が良いだろう。
 もし回復ドライブが復旧しなかったとき、元のHDDからもう一度クローンするしか、復旧の方法がないかもしれない。

追伸
 
 クローンによって回復機能が失われるという不具合があったが、後に、アップデートができなくなるという不具合まで発見された。そこで、換装した2つのパソコンの両方を、回復ディスクからのインストールにやり直した。
 SSDはすでに両方ともMBRにフォーマットされているので、中のデータを初期化(必要ならバックアップをとっておく)ことをする。
 やり方は前述のように、SSDのデータをすべて消して初期化するようにする方法と、データはそのままに、アプリケーションとOSを初期化する方法がある。実際には後者のデータそのままにアプリケーションとOSを初期化する方法で、回復機能とアップデートは回復したようである。
 問題は、前者であろうと後者であろうと、いくつかのアプリケーションを再インストールすることが難しくなるときがあることだ。
 マイクロソフト社のソフトで、Officeが最たるものだろう。これはメーカー製のパソコンであれ、自作であれ、購入時にアプリケーションのディスク(現在はディスクはないかもしれない)があり、そこにプロダクトキーが書いてある。このプロダクトキーが重要になる。これがないと新たにインストールし直せても、ライセンスの認証ができないので、一定期間が過ぎると使えなくなってしまう。
 ところが、このことをあまり意識していない人が多く、今回換装したパソコンの持ち主が二人ともプロダクトキーをなくしていた。さあ困った。。。って訳で。
 Office2010までとそれ以降では扱いが違うらしい。
 2010までは、購入時にディスクとプロダクトキーが必ず手元に来ている。それをなくさないことだ。しかしそれ以降に関しては、パソコンを立ち上げるときにWindowsのライセンスを求められたとき、マイクロソフトのIDを作ることになるのだが、これを作っておくことで、次にOfficeのライセンスを行うとき、このマイクロソフトIDに紐付けておけば、マイクロソフトIDの個人情報を見ることで、そこにOfficeのプロダクトキーも記載されている。
 リカバリーなどしてOfficeが消えてしまったときには、このマイクロソフトIDのページからOfficeをダウンロードするようになっている。逆に言うと、この方法でダウンロードされるようになっているために、パソコンの中にあるOfficeのデータは引き出せず、ディスクもない。
 またマイクロソフトIDのページからダウンロードすれば、Officeはそのままライセンス認証もされるから問題なく使える。

 換装したパソコンのうち1台は、ちゃんとマイクロソフトIDにOffice2016が紐付けされていたので、なんとか復旧できた。ところがもう1台はマイクロソフトIDがなんだかわからなくなっていて、従って紐付けが見つからない。
 本来これだと新しくOfficeをダウンロードすることも無理なのだが、USBを使っての回復を行うとき、データをすべて初期化してしまう形で行うと、Officeも復活する(パソコンのどこかにアプリケーションはあるんだなと思う)でもライセンス認証のためのプロダクトキーがわからないので、結局使えない。

 ちなみに、マイクロソフトIDからOfficeの紐付けがわかった方のパソコンも、最初マイクロソフトIDがわからなくなっていて焦った。でもマイクロソフトIDは普通メールアドレスなので(どのアドレスかわからなくなっているともうお手上げだが、普通使っているアドレスはそれほど多くないので、ともかく試してみる)該当するアドレスを使ってマイクロソフトにログインする。当然パスワードを聞かれるので、パスワードを忘れたという項目を選ぶと、メールアドレスにパスワードを変更するためのコードが送られてくる。このコードを使ってパスワードを作り直し、マイクロソフトにログインできれば、後は自分のIDに紐付けられたOfficeを探すだけである。
 
 マイクロソフトIDに関してはいくつも作れてしまうということから、このパソコンのIDがどれだったかわからなくなるという弊害がある。だからパソコンごとのIDをきちんと覚えておく必要がある。

追伸2

 ここで書いたのはWindows10のHDD換装だったが、これをWindows7で行おうとするとまた勝手が違うようだ。Windows7には、10のような回復ディスクをUSBに作ることができない。そこでWindows7の「システムイメージ」と「システム修復ディスク」を作る。このふたつがないと、SSDにWindows7をインストールできないようだ。
 

2019年11月19日

PCファンが寒い。

 NUCコンピューターを使っている。
 小さいし、性能はノーパソか、それ以上で満足している。
 元々縦書き文書を書くために、23インチのモニターを使おうとして、ノーパソにつないだら、いまいち動きが悪いので、デスクトップに移行したのが始まりだった。当初はレノボだったが、余り良い動きではなかったので早々に売却。アフターケアも含めて、インテルのNUCに落ち着いた。
 最初は、Windows8.1用に購入したが、良かったので、次のWindows10でも新しくNUCを購入した。ただ、第7世代だったようで、既にネットでも書かれているが、熱対策が不十分で、CPUの温度が、80度90度に上がってしまう。第8世代への買い換えも考えたのだが、買ったばかりでまだ1年もたっていなかったので少し考えてしまった。パフォーマンスは満足がいくところだったので、試しに12pのファンを2つ買ってみた。
 ファンとファンの間に暑くなったNUCを置いてみたら、温度が下がる下がる。数分ですっかり45度。その後ファンを使う限り、CPUは45度から50度近辺で推移するようになり、全く問題がなくなった。
 ファンレスのパソコンで、ファンをつけるのだから、静音しようではなくなるが、余り気にしていないのでいい。

 と思ったのは夏でした。
 その後8.1のパソコンの方のために、もう一つファンを買って、3台で回すようになった。
 ファンPCファンPCファン で運用して、パフォーマンスは問題なく発揮されていたのだが、結構風量が多かった。夏は良かったのだが、秋になり、冬が近づくと、
 寒い。

 結構寒い。
 単に風よけに段ボールの板を置いても、なんか足下が寒い。要するにファンが空気を吸い上げるために空気の流れができるらしい。机の下の足下が寒い。(PCは、机の上にある)
 いっそPCケースにパソコン2台とファン3台を入れ込んでしまおうかと思ったが、なかなかそれがうまくいくケースがない。そもそもマザーボードとかストレージとか入れるためのケースだ。パソコンを2台入れるようにはできていない。
 小さいNUCを巨大化させることにもなるので、置く場所がない。

 結局悩みに悩んだところで、ファンPCファンPCファン を段ボールで覆ってみた。1枚の段ボールを90度に折り曲げて、自分に向いている側をすっぽり覆ってみた。(USBのところは穴開けて)
 Windows10の方は、USBの横にスイッチがあるのだが、Windows8.1の方はスイッチが上部にあるので、井父おおいを取らないとスイッチが入れられないが、取りあえず風はだいぶ軽減された。
 だがファンが吸い込む空気の動きは部屋の中にあるので、止めようもない。
 これでPCは冷たく、私は暖かくなるのかな。
 今のところこれで風はだいぶ軽減されている。

2019年10月02日

専業主婦が土地を売ると

 友人の専業主婦の人が,親の土地を相続して売却した。
 翌年確定申告をすることになる。
 彼女は,夫の扶養になっている。夫は会社員なので、彼女は3号年金者でもある。

 さて、一時的に収入の増えた彼女は,来年の確定申告で何を宣告されるのか。

<夫の扶養から追い出されるのか>
 一つには,夫の扶養を出なければいけないのか。
 彼女の土地の譲渡より得た収入が38万円を超えると、夫の配偶者控除がなくなる。と言うような税法がある。
 ただこの38万円というのは、単純な譲渡金額ではなく、土地を譲渡した時の金額から、その土地を得た金額、土地を売るのに必要だった経費を引いて、その残りである。最近多いことに,土地を取得したときはバブル期で、売ったのが最近だと,土地が値下がりしているところも多い。となると、譲渡益はマイナスになったりするわけで、となれば、彼女お夫は配偶者控除を得られる。

<年金と保険はどうなるのか>
 実は専業主婦で,夫が会社員の場合、年金(3号)及び、健康保険がただになっている。夫の扶養を外れると,国民年金1号になり、健康保険料も市町村に支払うため、これはかなりの支出となる。
 これを決定するのは夫の会社の健康保険組合である。多くの組合は,一時所得では扶養から外さない。それまでどれだけ収入のあった人でも,退職後0円だったとすれば、将来も0円と予測されるわけで、つまり収入は0円となる。つまり,将来の収入を予測して、それに対して扶養にするかどうかを考えるわけだ。土地の譲渡収入は一度きりなので、その後0円の収入に戻れば,やはりその先も0円と見なされ、扶養の用件を果たすわけである。
 
<所得税と住民税>
 問題は、土地の譲渡収入があったとして、その翌年の確定申告で,1年間の住民税を求められるかどうかである。そして当然,土地の譲渡収入が入ったのだから所得税も発生する可能性がある。

 個人が居住用財産を売却した場合は3,000万円の特別控除がある。現在では,土地が購入時より売却時に3000万円以上値上がりしている例がほとんどないので、普通は住民税を考える必要はない。
 所得税も同じで、自分の家を売る場合には,所得税はほとんどただになるケースが多い。だが,親の土地を相続して、売却した場合、そこに自分が住んでいないとこの控除が受けられない。

 ざっくり計算の仕方を言うと
 古い土地だったりすると,土地を購入したとき(親が購入した時)の価格がわからないときがある。もしくは親も相続していると,購入金額は0円になる。だがこのときは,自分が売却した金額の5%を購入金額と考えていい。また、土地の購入価格がわかっても、それが売却価格の5%を下回っていたら、5%の方を使っていい。
 さらに経費として,土地を売るときに必要だった経費を算出する。例えば、
 家の解体費、(家を壊して土地を売った場合)
 測量費用、土地の仲介費用などなど、土地を売るために必要だった費用をかき集めてみる。

 土地の売却金額−土地の購入金額−土地売買経費=土地の売却益

 簡単にいえば、この土地の売却益に税金が掛かる。
 もし持ち家なら、ここに3000万円の控除があり、売却益が3000万円以下なら無税。
 自分が住んでいない土地だったとしても、(例えば親の土地を相続した)2019年末までなら、いろいろな条件があるのだが、それをクリアすると,この3000万円の控除が受けられる。これがあるとたいていの住宅なら所得税は無税になる。

 彼女は,2019年に土地を売却したので、以上の様々な控除を使い、夫の扶養から外れることなく、全ての税金が無税になる可能性がある。
 ただ、夫の配偶者控除は,1年間受けられないかもしれないが。

 しかしこのことを電話で市役所に尋ねたら,年金かも,健康保険課も、課税課も,すべて「1年間は扶養を外れ、国民年金、国民健康保険、住民税、所得税、を支払わないといけない」と答えたらしい。
 細かい資料を示して、事細かに主張すれば良いんだろうが、電話で尋ねてこれを答えられたら、なんかそんなものかと思って,勝手に支払ってしまいそうだ。
 一応,扶養から外れるかどうかを決定するのは、夫の会社の健康保険組合なので,夫がそのように申請すると、ちゃんと教えてくれるだろうが、それでも住民税と所得税は残る。正直に所得を申請しただけでは、平然と住民税と所得税を払わされそうだ。
 
 市役所の発言は,良く資料がわからないことに対する,「払わなくて言い」と言って責任を追い被された区ないと言う現れだろう。しかし善良な市民はその辺がよくわからないで,だまされてしまう。
 実際には,彼女の場合、税金は全て無是になる可能性があるから,是非調べるべきで、税金とは自分で調べて払わないで済むところはちゃんと節税しないといけない。ともかく安くないのだから。

 もしわからないなら、ネットをググっても良いのだが、税務署に相談に行くことお勧めする。
 実は彼女は,税務署の相談しようとして、確定申告の時期で込んでいたので、指定の税理士に無料相談を受けたことがあるそうだ。(それは相続税を払うときだった)その税理士は色々資料を示して尋ねたところ,単純に計算して数百万ほどの金額をはじき出した。
 最初はそれを信じたそうだが、いかにも高いので,色々調べてみると,なんとなくなんとかなりそうな気がした。そこで時期を置いて,管轄の税務署で税務相談受けたそうだ。そしたら係官が非常によく調べてくれて,節税方法を教えてくれた。彼女が相続した土地は,いびつな形で、売りにくい土地だった。その辺を税金は控除する方法があるらしい。
 そのほかにも色々方法があり、合わせ技で彼女は相続税を無税にした。税務署に3回くらい通ったそうだが、きわめて親切だったそうだ。

 という事で,今回も確定申告に間を開けて、税務署に聞きに行くそうだ。税金が安くなることを願う。

 今は訳署が結構親切になっている。利用しない手はない。半端な値段ではないのだから。

2019年10月01日

れいわ新撰組 山本氏の発言は信頼できるか。

 別に、端から山本氏を否定する気はない。
 消費税をなくすことが景気対策になるという意見は、別に山本氏が発明した意見ではなく、日本に消費税的な税金ができた頃からずっと言われてきたことだ。その是非には,それなりに根拠もある。ただ財務省としては永続的に確実に集められる税として,消費税は都合が良いのでやめたくないという本音がある。
 一方消費者にとっては,税はない方がいい。と言うのが本音だが、実際にはどうであるかと言うことが問題だ。

 山本氏の主張の一つは,マレーシアにある。マハティール首相が返り咲いてから,マレーシアは色々と新しい手を打っている。中国との借款問題(中国にインフラ開発を発注する問題)に待ったを掛けたりしたのは話題になったが、山本氏によると、マレーシアは消費税をやめたそうだ。そのために税収がまず半分程度減ったようだ。それに伴い旧税を復活させた。
 これも山本氏がある番組で説明した内容をそのまま書くが、マレーシアが消費税をやめた代わりに復活させた旧税の一つは売上税。消費税はものを購入した人が支払う税金だが、売上税はものを作って売った人が支払う税なのだそうだ。マレーシアのことなので,これが日本で言う法人税と同じなのかどうかはよくわからないが,税率には5%から10%の幅がある。

 もう一つ、マレーシアが復活させた旧税は、サービス税。ざっくりいえば、高級レストランやホテルなど、指定業者において,サービスに対する税として6%が課税される。

 しかしそれでも税収は半分くらいになったという。
 後は消費税をなくしたことによって、景気が良くなり,結果として税収が上がることを狙っていると言う。

 山本氏は,この政策を示し,日本での消費税廃止論の指針としている。
 確かにマレーシアの対策は一つの案としてはあると思うが,これもまた,別に目新しいものではない。昔からこういう話は良くあった。実は消費税導入前の日本は,だいたいこんな感じだった。高級品には税金が掛かるが,一般的な生活用品には、食品も含めて無税。後は所得の累進課税が柱だった。

 だがこれが消費税に舵を切ったのには理由がある。
 要するに累進課税では税収が安定して入らなくなったからだ。

 累進課税には穴がある。これは金持ちからはより高い税収を取るという,一見非常に公平な税だ。
 民主党時代の野田首相が何度も言っていた「分厚い中間層」が存在感が強かった時代の日本では、この税率は実は薄利多売税率でもあった。つまりそこそこの税金をちゃんと納めてくれる庶民が(中間層が)たくさんいたからだ。彼らは規範意識も強く脱税しない。そこそこ税金支払っても,みんな横並びにそこそこ幸せに暮らせるなら,日本に貢献してくれる。薄利多売という意味でも,当時の累進課税は消費税に似ていた。
 一方、高額所得者の税率は高く、収入の半分くらいは税金で持って行かれる。これには不満が多かったのだが、高額所得者は一部しかいないので、声が小さかった。

 だが世の中が変わった。
 欧米では消費税が一般的だったこと。高額所得者の税率はもっと低くて、稼ぐ能力のある人間は金持ちになって良いのだという意識が日本でも強くなってきた。この考えはあんまり日本的でなかった。でも日本も変わったのである。ある意味公平性ではあるんだが。
 高額所得者の税率が低くなっていくのと同時に、日本の中間層がだんだん崩れていく。低額所得者が増え、中間層自体の収入が減り、税収が減る。低額所得者は税金が求められないし、働き方が変わって,一つの会社に一生勤める人間が減り、収入の把握が難しくなり,自動的に税が上がらなくなっていくる。法人税は諸外国との競争のためだんだん減っていき,実際大企業は赤字だという理由で納めてくれない。
 一方社会の高齢化で,福祉はどんどんお金を必要としている。とかとかとか。
 まあ税金はともかくどんどん集めなければならなくなる。しかし集める経費は掛けたくない。
 財務省にしてみれば,薄利多売の典型、消費税は取ってもおいしい税である。消費は誰でも行うしそのたびに細かく稼いでいくと、多額の税が手に入るからだ。
 
 ここからわかることは、日本では従来の累進課税では税収が足りなくなり、より効率よく多額の税金を集められる消費税に舵を切ったのだ。
 という事は,消費税である事の理由は、「多額の税を確実に集められるシステム」である事が重要だ。

 さて,では消費税はなくして、この多額に税を確実に集められるシステムは可能なのかと言うことだ。

 マレーシアはできると思って舵を切った。
 それにはいくつかわかり安い理由がある。
 マレーシアは発展途上国だ。少子高齢化社会ではない。日本と違い外国人の流入も多い。つまり労働人口が多い社会だ。
 貧富の差も激しい(日本の非ではない)
 
 これらが示すところは,ともかく伸びしろの多い社会だと言うことだ。
 消費を喚起し、経済を大きくして税収を増やすという考えは,こうした途上の国にこそ正しい。
 日本がかつて累進課税でうまくいっていた時代と同じだ。あの頃日本は少子化でもなく,高齢化でもなく、そこそこ稼げる庶民が多く、低所得者でも頑張れば,中間層に上がれる余地が十分にあり、人口もどんどん増え、産業も増えていた。世界も景気が良かったので,どんどん海外にものを売って稼げた。

 かつてに日本、現在のマレーシアのような国家には、庶民の税金をさげ、その分消費してもらい、気持ちの上でも上向いてもらえば、国そのものが発展する。
 世界の情勢が厳しいのは大変だと思うが、今のマレーシアなら,ともかく前に進むことを考える方が良いと思う。

 だがこれが今の少子高齢化、労働力不足、そもそも人口も経済も縮小傾向にある日本に適用できるのか。

 山本氏の言う経済拡大が,アベノミクスとどう違うのか,よくわからない。本人は全然違うというのだが、よくわからないのだ。
 アベノミクスは,法人税を下げ、消費税も据え置きしていた。稼げるところが稼げば,トリクルダウンで,富は分配されると言っていた。がそうはならず、大企業は内部留保して、お金を貯め込んだ。従業員の給料が上がらなければ,消費税が低く抑えても,消費は冷え込む。
 数値的には日本の経済は上向いたのだが、それは高額所得、大企業の一部のみの話で、数字のマジックだった。庶民的に生活はだんだん苦しくなった。物価が上がれば上がるだけ,生活は苦しくなった。

 山本氏は、消費税をなくすというのだから,その点では,今苦しい人たちに余裕を与える事になる。この人達に消費をしてもらうと言う点では、景気浮揚という意味で、薄利多売方式だ。本当は給料が上がった方が良いのだが,なかなかそうならないので,せめて消費税分実質的給料を上げようと言うことか。
 
 だが,これで税収が下がってしまったとき、現在の日本で兆単位税収がなくなるわけだが、では福祉事業はどうなるのか。現状でも福祉は足りていない。さらにこれから老人が増えれば福祉は増えていく。例えば老人福祉は、お金が多少豊かになったからと言って、福祉が減るわけではない。老人に必要な福祉は,身体の衰えを補う事だから、税金に関係なく必ず必要になる。家計が良くなれば、その分福祉を頼むことになる。介護保険は現在でもかなり税金がつぎ込まれている。その分を誰が,どうやって負担するのか。
 子供に対する福祉も、ようやくできはじめたが,財源がどこから持ってくるのか。消費税によってまかなわれているのではないのか。

 実は山本氏の主張では,足りない分は国債の発行による借金だそうだ。
 日本人なら,これ以上の借金が危険だと考える人は多いだろう。だが山本氏は、日本はハイパーインフレやデフォルトが起こるような状況にはないという。本当は借金はたいしたことがない。だから借金で福祉をまかない、消費税を減らすという。確かに庶民の側からは支出が減るだけだから歓迎だが、日本がデフォルトすると,全ての福祉が滞るから,本当に借金は大丈夫なのかとやっぱり思う。

 その番組で、山本氏が借金がたいしたことがないという証拠としてあげたのが,財務省のHPだった。
 かつて、日本の国債の格付けが下がったことがあり、(だいぶ前だよね)そのとき日本は抗議した。その内容が載っているそうだ。そこには,日本がデフォルトにならない、日本の借金はたいしたことないと言う話が1行ぐらい載っている。

 山本氏の証拠はそれだけだった。
 確かに財務省の発言ではあるが、その1行で納得しろと言われても無理だ。同じ財務省がデフォルトを心配して税収を上げている。そこにはそれなりの理由が挙げられている。せめて,かつての1行と現在の財務省の主張の齟齬を,財務省に問いただした答えとか、それに対する具体的な検証、経済学的な証明などぐらいはつけてほしかった。HP1行見せられても全然響かない。

 山本氏の発言にはそういう側面が多い。
 人を巻き込む話術はあるのだが,具体的で,客観的な証明がない。そういう小難しいことは票集めに良くないのか,そういう検証は全部すっ飛ばしている。
 昔仕事で詐欺事件を扱ったことがあって、詐欺師が客に見せた勧誘ビデオのコピーをしたことがある。コピーするから見たんだが、まあ内容が薄かった。示されるベン図もすかすかで、塗り絵みたいだった。良くこれで騙されたなと思う内容だったが、実は優れたプレゼンができると言う評判のコンサルとか発言は,全部この詐欺ビデオと同じ形式、同じ臭いがする。つまり人の心を引くプレゼンとは、詐欺師の語り技術だったというわけだ。
 この辺全く同じなので,どっちが正しくて,どっちが詐欺か見極めるのが困るところだが、共通されるのは,中身が薄いことだ。それは成功したら良い演説だ、失敗したら糞だ。そう思わせる内容だった。
 
 山本氏の演説はまだその域にしかない。きわめて政治家的ともいえる。ただ最近の,特に自民党の議員はすごく怠けていて、人を引き込む演説すらできない。首相すらあの演説の下手さにがっかりする。詐欺師ぐらいの演説ができなくて何が政治家だと思うが、その点山本氏は努力しているとはいえる。
 ただ、そこまでの話で、そこから先をどうするのか。

 日本の借金がたいしたことがないというのは、別に山本氏でなくてもいろんな意見がある。海外における不動産や金融資産などを集めると,日本の借金は,収入、資産より少ないという説は多い。つまり日本には借金はないという主張だ。
 だが,これには裏がある。
 日本の中に現金として(普通預金とか定期預金とか,そういう確実な金融資産)として借金と同じ額の現金があれば、確かにたいした借金ではないという話にはなる。これはよく言われる「国債を買っているのはほとんどが日本人」という主張に重なる。日本人の資産は,庶民の金融資産(銀行の普通預金、定期預金とか)を集めると,ちゃんと国債の発行額とバランスが取れているというのだ。まあ、なんとなくこの話を聞くと,みんな日本人だから返さなくても良いよね。と言ってるように聞こえるのは私だけだろうか。

 外国人投資家に売られる国債は,そうはいかない。返せないと本当にデフォルトする。
 これに対しては、日本の資産はたくさんあるから大丈夫なんだろうが、実は,この資産がどこにあるかは重要だ。もし国債の償還、現金化が集中した場合、取り付けが起こった場合、その原因がどこにあるかが問題である。例えば単に日本国内の経済状態だけが問題なら、海外にある資産価値は必ずしも下がっていない。金融資産であれ、不動産であれ同じだ。
 しかしその原因が海外にあったとき、その状況によっては海外資産が使えなくなる可能性もある。一番わかり安いのが戦争だ。戦争が起こったら、海外資産を預けてある海外の銀行が出金と停止したり,つぶれたりするかもしれない。資産がなくなったり,回収できなくなったりするかもしれない。不動産に至っては価値の下落があるかもしれない。
 つまり手元にある現金以外は常に流動的だ。

 それに日本はグローバル社会だ。海外とつながらずに生きられない。海外の景気が日本の景気に関連する。そう考えると、海外資産は決して鉄板の資産とはいえないのではないかと思う。もしもの時に現金化するのでは、間に合わないと言うことだ。
 だからこそ,借金は減らしておいた方が良い。全ての資産がダメになるわけではないのだろうし,突然大きな戦争が起こるわけでもないだろうから、ある程度の時間的余裕はあるだろう。だが、急場をしのぐためには、それに耐える程度の借金でとどめておいた方が良い。ぎりぎりまで借りてはいけないのだ。

 政治家は言いたこと言って失敗したらやめれば良い。
 だが振り回される国民はそうはいかない。日本人をやめるわけにも行かない。
 そう考えるとやはり慎重になる。アベノミクスで痛い目を見た日本人は、山本氏の甘言に易々と乗るだろうか。

 福祉を充実させたいという主張は大きな政府につながる。大きな政府はたくさんの税金を必要とする。一方安倍政権のように、小さい政府を求め、経済成長で経済回復を狙うには、税収は少なくて言い。

 これがおおむねのセオリーなのだが、自民党は従来から、小さい政府を標榜する経済重視、自由経済を標榜しながら,大きい政府を求めた。と言う変わった方向性だった。そして福祉を充実しようとしてきた。それは矛盾なのだが、(ご都合主義なのだが)山本氏も不思議な主張をしている。
 れいわは、2人の参議院議員を出した。ご存じのように重度の障害を抱えた議員を送り出し,これによって国会も社会の目も買えようとしている。つまり福祉重視を考えていると思われる。(単に福祉を与えるだけでなく,障害者の権利を守り,社会参加の道を開くというのも含まれる)そのために税制がいる。大きな政府がいる。でも,税収は下げようとする。経済浮揚をはかろうとする。しかしその隙間は借金で埋めようとする。借金はマイナスだ。景気浮揚はプラスだ。つまりいくら景気が良くなってプラスになっても,同じだけ借金したら経済成長は形だけだ。数字のマジックだ。
 
 まあ社会は微妙なバランスの上に、まるで海の上を漂う木の葉のように浮遊するのが本来の姿なのかもしれないが,日本人的感覚では、余りに心許ない。

 それに、国が借金すると言われたら、消費税なくなったところで、その分貯金しそうだ。

  

 

2018年05月04日

いい加減な弁護士回答の話。

 最近、親戚の相続手続きを手伝うことになり、色々やっていた。興味があったので、相続について、弁護士が無料相談してくれるサイトに登録して、そこにある相続に関する相談などを見ていて、ちょっと驚かされた。

 被相続人(父)の死後、残された比較的小さな土地と家の相続についての質問があった。
 娘(姉)息子(弟)の2人が相続人で、弟は家族がいるが、姉は独身。
 既に兄弟間では話がついており、家は2人の共同所有。土地は姉のみで相続する事になっているらしい。
 その登記をいつするかという質問。
 当然だが登記するには登録免許税もかかる。相続税がかからないほどの土地でも、おそらく免許税はそれなりの額になる。それは相続する土地と建物の固定資産税のための固定資産評価額の総額の1000分の4であると決まっているから。
 さてこの登記に対して、質問者は相続登記が義務ではないと言う事から、登記は後でもいい。ほったらかしておいてもいいと思っていたようだ。
 相談を受けた数人の弁護士は、登記の義務がない事を答え、急ぐ必要はないという人の方が多かった。中には「急いては事をし損じる」とまで書いた人がいた。既に相続人である弟とは話がついていると書いてあるし、相談者(姉)が登記することだけが残っている状態だと思うが、相続税が発生しないことで、相続に関する届けも必要ないし、登記も放っておいてもいいという流れになっていた。

 何かしら家族と相談する必要があるなら別だし、今登録免許税が払えない事情があるなら別だが、どれでもないなら、さっさと登記すべきである。

 実は相続登記をしない人は多い。義務ではないからだ。
 困るのは登記をしない状況が何年も続き、それこそ10年も20年もたってから慌てて登記するケースが多い事だ。こうなってくると、相続した子供が死んで、さらにその後の世代になって、遡って登記しなければならないような状況がある。
 こうした時に困るのは、果たしてその土地が本当に自分の土地であるとどうやって証明するか、わからなくなるときがあると言う事だ。
 親が死んで直後であれば、(その親がちゃんと所有者として登記されているなら)まず親が死んだ時点で、親の土地に対する権利はなくなる。だが、相続人は決まっているので、粛々と手続きすれば、無事に相続人の名義に変更できる(相続登記できる)このとき、法務局にはまだ死んだ父親の登記の記録が残っているから、相続人(子供)は被相続人(父)と自分の関係を証明する戸籍をそろえてあれば難なく相続登記できる。
 ところが、これが時間がたってしまうと厄介になる。
 親が死んで長時間がたつと、法務局に資料がなくなってしまうときがある。
 親がその土地の持ち主であったと言う記録がなくなっているのである。
 親が土地を所有していた証拠として、権利書を上げる人がいるかもしれないが、実は親が死んだ時点で、親の名義の権利書は無効になる。法的には効力を失う。
 法務局側に資料がきちんと残っていればいいのだが、時間がたちすぎて資料がなくなっていた場合、無効になった権利書が意味を成すかどうかは微妙だ。それでも効力を失った権利書を持ってきて「確かに父はここを所有していた」と主張する人が時々いるそうだ。
 まあ、相続人であることの証明(戸籍等)するために、効力を失った権利書など持って行って訴えれば、どうにかなるかもしれないが、面倒なことは確かだ。
 また人によってはその権利書さえ紛失してしまっているときもある。こうした時どうやって証明するのか。
 謄本上に載っている記録だけで片がつけば良いのだが、私が法務局で聞いた限りでは、時間がたつと資料がなくなってしまうので、難しくなるときもあると言う話だった。
 例えば、謄本上土地に何らかの問題が生じている場合もある。譲渡担保によって仮登記などがかかっていると、所有権の移転(相続登記)はできるが、人に売ることは難しくなる。もし仮登記を持っている人が一言申請すれば、その後に起こった全ての所有権移転(相続も売買も全て)無効になってしまうからだ。そんな土地を買う人はまずいない
 仮登記は仮登記をかけた本人が死んだら、その相続人に権利が受け継がれる。仮登記にも権利書がある。権利書は権利を持っている人が死ねば無効になるが、それは相続の話と同じで、その権利書を持ってきて主張して、求められれば、本登記にする事もできる。
 仮登記は、それがかかった経緯があり、その経緯がちゃんと解消されていないと外せない。しかしもしその経緯が解消されていたとしても(借金が原因だとして、借金を返していたとしても)実際に仮登記を外す抹消登記が行われていないと仮登記は生き続ける。
 既にお金は返したし、実際にお金を借りた(仮登記をかけた)人がもう死んでいるのに、抹消していなかったために、仮登記をかけた人の子供が、本登記を求めてきたら、負けるのである。

 こうしたトラブルを避けるためには、どうしたらいいかと言えば、ともかく登記を変更するような事態が起こったら、それが相続で荒れ何であれ、わかったらすぐに手続きすることだ。
 物事が動いたそのときには様々な資料が法務局に残っているし、それを実際に動かした人物が生きているし、その人が権利書などを持っているときもある。またもし権利書がなくても、当人が生きていれば承諾書という形で、登記を外してもらう承諾を得ることもできる。
 ともかくすぐに行えばトラブルは避けられる場合が多い。
 これが何年も何十年もたってしまうと、取り返すがつかなくなるときもある。

 相続登記は確かに慌てなくてもいい。義務ではない。しかし待てるのはせいぜい数ヶ月。
 1年も延ばすのは良くない。
 相続税関係で調査や検討が必要だとしても、相続税を支払う期限は10ヶ月である。それを過ぎてまで、相続登記を待つ必要はない。待ってはいけない。

 弁護士は司法書士ではないから、相続登記も専門ではない。法的に正しくても、実務上不都合なことは多い。やはり事由が生じたら速やかに手続きするのが良い。

 なお相続登記は難しくないから、自分でやった方が安上がりだ。
 ネットで調べても出てくるし、申請書の雛形もでている。だが、法務局で法律相談の予約を取れば、結構親切に教えてくれて、雛形も作ってくれる。後はそれに従って書類を書いて、再度提出する。このときももう一度相談を行えば、最後の仕上げまでやってくれる。
 相続登記は司法書士に頼むと何十万円もかかる。自分でやれば登録免許税+αぐらいだ。仕事休んでまで行くなら、司法書士を頼んでもいいが、時間があるなら自分でやった方がいいと思う。

2018年03月23日

生命保健は不要である。

 ライフプランナーによっては、生命保健は不要であると言う説を唱える人が出てきている。
 車両保険や火災保険と言った、必須の保険は存在するが、いわゆる老後の備えや、病気の備えとしての生命保健は入る必要がないという説だ。
 かつて30代の頃は、将来の不安として、生命保健に加入していた。当時は独り者だったし、将来自分が死んだときに始末する人間(子供かもしれないし、親戚の若い者かもしれないし、赤の他人かもしれないが)が困らないように、死亡補償金もつけた(当時は親が受取人)あと、入院時に毎日1万円ほどの給付金が出るとか、所定の手術などをするとまとまった給付金が出る、と言った内容のものだ。
 
 そこから時間がたって、当時元気だった親も歳を取り、病院通いだの、介護だのと一通りあって、順番に見送っていった中でわかったことは、日本の福祉機構が、意外に充実していたと言う事だった。まずは簡易保険制度だから、若かろうが歳取っていようが病気の治療は健康保険が使える。さらに高額医療なら申請すればそこそこのお金が返ってくる。多くの人が老後の医療の心配をして、そのための備えに生命保健を考えるが、70代に入ると、後期高齢者医療保険制度が適用されるようになり、これがまた実に手厚い。ざっくり言えば、通院であれば、1ヶ月で18000円ほど、入院であっても1ヶ月で44000円ほど負担すれば、医療費としてはそれ以上の負担がかからない。(実際にはこれは治療費で、その他の雑費が生じた場合はそこは支払う。でもそれはそれほど大きな金額ではない)親が在宅の医療を受けていたが、毎月6000円から8000円ほど払い続ける訪問医療は高いように思えたが、末期に様々な治療やら往診やらを繰り返しても、上記の金額(訪問医療の場合は通院扱い)を超えてしまうと、いったんは支払うが、後からオーバー分が戻ってくる。
 入院などすれば、やはり44000円以上の治療費は戻ってくるから(雑費は払うけど)もし個室などに入って差額ベット代を支払わなければ、(大部屋にすれば)入院費はかなり安い。それに最近の病院は大部屋と言っても3人とか4人が多く、2人というところもある。カーテンで仕切られ、プライバシーは守られるし、結構きれいで、コンパクトだが設備も整っていて、個人の私物を置いておく棚やクローゼット、テレビなどもそろっているところが多い。個室は看護婦の巡回が時間通りしかないので、結構少ない。老人は1人で放っておくと、転倒や病状の急変を見逃すなどの危険があるし、2週間くらいでも、痴呆症の引き金を引いてしまうことがある。その点大部屋だと、看護婦は、1人の患者の巡回のたびに、全員の顔を見ていくから、巡回の回数が増える。周りの人の気配があることも、刺激になるから意識レベルを保つ手助けになる。周りの患者や、見舞いに来た家族が、隣のスペースの患者の急変に気づいたりすることもある。と言う事で、意外と大部屋の方が良かったりする。
 ただ、現状では病院は長期入院をさせない傾向にあり、特に老人は怪我などの急性期の病気以外では、なるべく退院させるか、病院以外の施設に送られるようになる。入院期間が短くなれば、入院給付金の恩恵は減っていくし、手術代といっても、そもそも後期高齢者医療保険ならば前述のように上限がある。
 それに高齢になればなるほど医療の世話になるが、その一方で、高齢者は若年層のように治療の効果が上がらなくなる。すると治療よりも緩和ケアの方が現実的になる。緩和ケアは概ね高額医療にならないので、医療にかかるお金事態はそれほど高くなくなる。
 一方こうした医療に伴い、例えば病院までの交通費や雑費などが必要になる事が多い。また、緩和ケアの主体は、医療と言うより、看護や介護の分野に入ってくるので、特に介護になると、こちらは生命保険ではカバーされない。こうした時現金があると便利である。
 つまり、保険に払い込むお金を貯金して、ある程度まとまったお金をキープしておく方が使い勝手が良いのである。お金であれば、どんな用途でも使える。
 老後にお金が必要なのは確かだが、医療関係には国からの福祉があるのだから、お金はそれ以外の場所に柔軟に使えるようにとっておいた方が現実的なのだと言う事がわかった。

 一方保険は手術と言っても支払いに基準がある。
 どこからどこまでが該当するのか、非常の数が多いために、契約時に全部押さえている人はほとんどいないだろう。保険の外交員など、契約を行う担当者に聞いても、正確に答えられる人はまずいない。だが、実際に病気になると、この条件からこぼれてしまって、実際に手術してみたら、給付金がなかったというケースはままある。
 典型的なのが癌保険で、特約とかでよく薦められているが、現在でも癌の手術の際、早期発見などによって、癌が発症した臓器の内部に留まっていた場合、(そしてその臓器を一部、もしくは全部切除したことで、癌が取り切れてしまった場合)癌保険は給付されない。
 癌保険は、ほとんどのものが、「浸潤」の有無が条件に入る。例えば膵臓癌であった場合、早期発見で、癌がまだ膵臓内に留まっていて、外側に出ていなかったとして、膵臓を全摘出によって癌が取り去れたとする。この場合ほとんどの癌保険は支払われない。唯一この条件に該当すると豪語している日●生命保健でも、支払われるのは、規定の額の10%らしい。
 皆、早期発見に努め、手術代を保険でまかなって、安心して治療したいと思っているだろうが、早期だと癌保険は支払われない場合が結構ある。(但しその後転移、再発などあれば、そのときは支払われる)
 保険会社の方には言い分もあるが、かけた方としてはきっと騙された気分になる。
 
 身内でまさにこの癌保険の問題にぶち当たった者がいて、そこで私は癌保険の特約をやめていた。単純に入院給付金だけをもらうタイプの掛け捨て保険に入った。
 しかし若いうちはこの保険を使う事は無く、ひたすら払い続け5年ほどたった時、(30万円くらい払い込んだろうか)親の介護などして、日本の福祉制度をうまく活用した方が良いことの気づき、保険をかけるくらいなら貯金した方がましなのだと気づいたので、この保険を解約しようと思った。

 保険は日●生命である。
 解約のために都内の大きな支店を訪れると、まあ予期はしていたが、担当者の年配の女性から、あれやこれや引き留めを食らった。数ヶ月前に行った大腸ポリープの切除が手術扱いになると言って、給付金を申請しろと言われた。
「解約してしまうともらえなくなりますから」というので、まずは給付金の手続きが先と言う事になった。
「必ず1週間で支払わないといけない規則になってしますから、そう長くかかりません」と言うから、給付金の振り込みを確認してから解約することにした。そのために、ネットから解約できるように、仮のパスワードを送ってもらうことにした。「このパスワードでネットから解約できますから」と言われた。
 くどくどと長々しく色々言われるのを苦笑いで聞いた。「後10年は続けてください、そうすればわかりますから」という。保険のありがたみがわかると言う事かなあと思ったが、「何がわかるのですか?」と尋ねると「この先の世の中の流れがわかります」と言った。この先どうなっていくかわからない、政府の福祉など当てにならない。だから保険が必要だ。その世の中の流れが、10年たてばわかる。と言う事らしい。
 そこで、もうこの人の話を聞く必要はないとわかった。
 この担当者はファイナンシャルプランナーでもあり、色々保険の情報を持っているから、何かしらそうした情報があるのかと思って聞いていたのだが、その結論が「10年たてば、世の中のこれからの流れがわかる」というのであれば、聞く必要はない。
 ここ10年の間にわかったことは、10年前に、10年後の予測などつかないと言う事だ。
 少なくとも10年前に、保険は必要だと皆が思っていた。しかし10年たって、保険は必要ないとわかった。それは保険会社が、ここ10年で、ろくなものじゃない事を露呈したからだ。そのひとつは金融危機と災害の多発で、甘い経営をしていた保険会社は脆弱性を露呈した。
 それに、もし本当に国の福祉が信用できないくらい、国が信用できないなら、保険会社などもっと信用できない。日本はそれでも、企業よりは国の方が基盤が強固である。もし国がひっくり返る(デフォルトとか)事があったとして、その時点できっちり経営できている企業はほとんどない。と言うか、金融ではまずない。日本の大手の金融業社は皆時勢の趨勢を読み切れず、経営が傾いたとき、国に頼って生き延びている。そんな金融企業が、国が傾いてるようなときに頼れる存在であるはずがない。
 日本のような国の場合、国だって頼りないかもしれないが、企業よりは(金融業者よりは)国の方がましなのだ。
 もう一つ、金融商品の中で、もっとも守られている、リスクが少ないのは、一定額以下の貯金である。1000万円までの預貯金は、例え預けている銀行が倒産しても守られる。しかしそれ以外の金融商品は、扱っている業者の倒産や経緯不信による譲渡によって条件が変わる可能性がある。
 保険の場合、保険会社が倒産したり合併したりすると、保険そのものは守られたとしても、給付金などの商品条件は変更になる場合がある。貯蓄型ならば、払い込んだ元本は保証されたとしても、最終的に手元に入ると思っていた給付金(運用によって利息が付いて払われるはずだったもの)の金額条件は変更される可能性がある。
 
 国が信用できない、世の中の動きがわからない、それが生命保健に入る理由なら、生命保健は必要ない。

 そして保険にはもう一つリスクがある。
 前述の癌保険の問題にも通じるが、保険が支払われる規約について、誰も正確なことを教えてくれないのだ。
 担当の外交員は、正確な情報を知らないことと、契約の成績を上げたいという理由から、客に正確な情報を知らせていない。これは保険会社のオペレーションに直接電話をかけて、給付金の条件などを詳しく尋ねてみると結構わかる。だから保険の契約をする前には、少なくとも1度は、担当者ではなく、会社のオペレーションに電話で質問してみると言い。そこで何かしら不安材料が見つかるかもしれない。
 私の場合は、契約時はこうした事を繰り返して、ともかく契約した。そのときの担当者は、その後偉くなってFBリーダーとかになって、おかげで毎年1度、顧客に「今年は給付申請など忘れていませんか?」と尋ねて廻り、ついでに保険の契約状況の確認を行うと言う訪問を私に対しては怠っていたらしい。ようやく私に新人の担当者がついたのが去年のことで、去年の暮れに若い担当者が尋ねてきたことがあった。
 私はその若い外交員に解約したいと伝え、直接支店に出向いて手続きしようとしたところ、件のFBリーダーが同席して、あれこれと話が長くなった。
 とりあえず、給付金の請求を行い、それが終わり次第(お金の振り込みを確認したら)ネットでの解約をするつもりで、パスワードを郵送してもらう約束をしてその日は帰ることにした。

 後日、1週間で結果が出るはずの給付金の確認をしたところ、口座に入金がない。
 オペレーションに尋ねると、私が郵送で書類を送ってから、5日もたって、本部が受理していることがわかった。よく聞いてみると、会社に書類が郵送されてから、担当部署に届くまでに数日を要するらしく、その後週末に入ったので、翌週月曜まで持ち越されたらしい。
 今月の支払いは月の最後の火曜日で、それより前に解約するというには、少々難しくなっている。
 送って1週間だと言うから手続きしたのに、間に合わないのではないかと、若い担当者に電話で詰問すると、あれこれとまくし立て、聞きたくないオーラ全開だったが、翌日午前中に電話すると言った。この子1人では対処できないクレームになったらしい。
 そもそも給付金の申請の時は、この子に数回電話をかけ、言われるとおりに書類を仕上げた。
 ところがこの書類が本部に届いた(そこまでにずいぶん日にちがかかっているが)あとで、書類に不備があり、1度担当者に戻ったらしい。再度送ったのが私が電話した日だった。書き損じの箇所を聞いても、そこにはちゃんと書いた記憶があるが、控えを取っておかなかったので、文句の言いようがない。ともかく終わったことなので、そこはよしとするしかないと内心思った。
 だが釈然とせず、翌日電話が来る前に本社に問い合わせして少々驚いた。
 
 まず、給付金請求は、契約の解約後でも可能だという。手術が保険契約中の事であれば、住所氏名で契約があった事を確認したら、書類を送ってくれるらしい。その後審査にとおれば、(その手術が給付に該当するかどうかの審査)給付金は振り込まれる。
 しかも月末最後の火曜日に支払う保険料は、締め日が毎月14日なので、その日までに解約しないと支払わなければならないらしい。手続きの時間も含めて、前月の月末までに解約してもらった方が確実だという。
 だが私が支店を訪れたのは月初めの9日だったので、そのときにその場で解約手続きを取り、そして給付金をもらうための書類を貰い、そのご郵送で申請すれば、解約と給付金のどちらも予定通り手に入れることができて、且つ今月の支払いは止められたのである。
 全て、FBリーダーの口車に乗せられたために解約が遅れ、今月の保険料を支払う羽目になった。
 しかし、このFBリーダーはさらに腹立たしいことをしてくれていた。
 私は確かに解約の意思表示をしたのに、自分が解約の再検討を求めたからという理由だけで、そのFBリーダーは、本部に私の事を「現在保険の見直し中」に報告していた。見直すなど一言も言っていないのに。
 おかげで、解約ができなかった。というのは、この会社の規則では、まず担当者に解約の意思表示をして、その上で、担当者から解約用のパスワードをもらわないと、ネットでの解約はできない事になっているらしい。私は確かにパスワードを送ってもらったが、それは単にサイトに入るための仮パスワードで、そこから本パスワードを作り、さらに解約用のパスワードが必要になるらしい。
 FBリーダーは、解約の意志を聞かなかったことにして、解約用のパスワードもあることを私に教えず、渡そうとしなかった。
 私はFBリーダーを電話で詰問し、はっきり言って怒鳴りつけた。
 そこでもまで解約を思いとどまるように説得しようとするので、そんな事は聞く耳も持たず、「私が解約したいのは、保険が自分の条件に合わないこともあるけど、保険会社は、こうやって、契約時に色々聞いて確認しても、その情報が間違っているから、給付金をもらうときにもらえなかったりするリスクがあるんで、それで続けたくないんですよ。」
 さすがにFBリーダーは、もう口答えしなかった。
「先日そちらに行ったときに解約手続きを取って、その後に給付金請求すれば、給付金ももらえたし、今月の保険料も払う必要がなかったのに、あなたが違うことを言って、今月も無駄な保険料を払うことになったんですよ」と言うと、
「いえ、今月の保険料はいったん払ってもらいますが、その後に返ってきます」と言った。
「締め日はもう過ぎているから、それでも返ってくるんですか?」
「返ってきます。」
「でも、支払日より前には解約する必要があるでしょう」
「それは、そうですけど」
この電話の日の翌週の火曜日が支払日である。そしてこの日は金曜日。どーすんだよ。と思う。
「来週の月曜までに解約すればできます」
「じゃあ、書類を速達で送ってください。土日でネットからやります。でもそれでうまくいかないとダメですよね」
「では、今日担当者(若い女の子)をお宅に行かせます」
と言う事で、夕方来ることになったのだが、こうやって話が決まったてから、30分もたたないうちにまた電話が来た。
「すみません。調べましたが、やはりご返金はできないです。」
 当たり前だろう。締め日過ぎてるのに、今月の保険料をいったん払ってから後で戻すとか、あり得ないだろう。またこのFBリーダーは嘘をついたわけだ。クレームを避けるために。
 結果は、書類を速達で送らせ、週末にネットで解約手続きを取る。それが完了しなければ、今月の最終週のどこかで対面で解約することにした。

 このFBリーダーは客に解約させないために、口から出任せを言い続けたのだろうか。もしかしたら、単に知識がなく、調べようともしないから、次々と間違った情報を流していたのかもしれない(自分に都合のいい情報を)
 まあ、リーダーとか言う立場の人間が全く知識がないとは言えないから、この言い分の大半は意図的なミスだろうと思うが、だとしたらますます腹立たしく、保険屋は本当に信じられない。

 と言う事で、生命保健は不要である。
 保険料分貯金する方がずっと良い。

追加

 解約用のパスワードは、確かに速達で送られてきた。土曜の午前中。そして土曜の夜、要約時間ができて解約しようとしたら、なんと保険会社のサイトが土日メンテナンスでお休みだった。
 喧嘩売っとんのか、われ! と怒鳴りたかった。
 
 それでまあ、解約できたのは月曜日。オペレーションに電話して確認して、解約されていることがわかって、1週間ほどするとまず給付金が出たお知らせ、次に解約のお知らせ、さらにその後になって、最期に支払ったその月の保険料が戻ってきた。
 戻らないはずだったのだが、戻ってきたようだ。どう言うからくりか知らないが、まあ、調べる気はない。

 これからは毎月の保険料を貯金するつもり。

2017年10月22日

排除されたのはどっちだろう

 希望の党の迷走で、色々入り乱れた今回の衆議院選挙。
 個人的には自民、公明で過半数になるより、これで安倍政権が続くのかと思うとうんざりする。

 それはともかく、希望の党と言えば、小池氏の「排除」発言で風を失ったと言われるが、こうしてみると、排除されたのはどっちなんだろうかと言う気がしてきた。

 ちなみに、小池氏の排除の論理は、(言葉の問題はともかく)ある意味当然のことではないかと思う。そもそも民進党と希望の党は、党として合流したわけではない。党として合流しつつ、民進党の特定の議員を排除したわけではない。
 民進党は、まず衆議院議員の全員を離党させ、その上で希望の党に入党を勧めただけだ。
 その際には、既に無所属の1議員となった議員達が、希望の党の門をたたいた。希望の党側は、入党希望者に対して、自党の主張を支持してくれるかどうかを尋ね、あった人だけを入党させたに過ぎない。
 「合流する約束だったのに、排除された」と言ってるのは民進党側だけだ。
 それも、完全に排除された枝野氏は、マスコミの取材に対し、小池氏への恨み言は一言も言わず、抗議すら言わなかった。あくまでも民進党内部の問題としたようだ。

 さて、民進党から希望の党へ行かなかった議員の中には、立憲民主党にも行かず、無所属で選挙に臨んだ議員もいる。報道を見ると20人近くいるようだ。無所属出馬の中には、岡田氏、野田氏、安住氏と名前も顔もマスコミに売れていて、且つかつての民主党政権で首相を始めとした重職を担った人もいる。実際選挙でも早々に当確が出ている人達だ。
 もし20人前後の無所属議員(元民進党)が当選すると、その後の流れには興味が湧く。既に岡田氏や、野田氏は、元民進党の無所属候補者とは連絡を取り合い、選挙後も連携していくことを発言している。さらに、選挙後は立憲民主党と統一会派を取ることを希望しているという。こうなると、無所属と、立憲民主党で、議員数は50議席は超えてくるだろう。結構な数だ。立憲民主党は既に野党第一党になりそうだし、それに無所属が加わり、結果として共産、社民とも連携を取るだろうから、これからは自公との真っ向対立の構図が見えてくる。
 この結果は、最近、方向性がよくわからなくなっていた民進党から、リベラル色の強い議員だけが集まった立憲民主党が出来たことで起こっているといっていいい。枝野氏以下、立憲民主党の面々は、当初は民進党を割るつもりはなかったはずだ。むしろ、前原氏が党首にならなければ、仲間を連れて党を割ってしまうだろうと言われていた。
 希望の党との連携話がなければ、立憲民主党は出来なかっただろう。そして選挙が終わってみれば、勝ったのは自公、そして躍進したのは立憲民主党。
 
 立憲民主党が支持を集めたのは、民進党のわかりにくさを脱却し、わかりやすくなったからだ。そもそも枝野氏も長妻氏も発進力はあった。しかし彼らの発進力と、民進党の動きがちぐはぐなので、党の人気にはつながらなかった。それが、立憲民主党では、枝野氏、長妻氏が中心なのだから、実にわかりやすい。
 
 結果から見れば、わかりやすくリベラル系の人が集まって、右寄り保守の人と縁を切ったのが立憲民主党。そして結党を成功裏に導いたのも立憲民主党。そして、右より保守とも言いがたく、立憲民主でもないとした無所属派は、大半が立憲民主党都会派を組む。だったら、排除されたのは前原以下、希望の党に言った側ではないだろうか。
 
 希望の党は、小池氏のお膝元の東京で苦戦を強いられている。
 希望の党のほとんどは元民進党という事になるが、結果から見ても、排除されたのは結局希望の党に行った元民進党だったという事にならないだろうか。

 一連の動きで、一番印象に残ったのは、民進党が希望の党に合流すると前原氏が言い出したとき。その流れのわかりにくさと、不細工さが本当に目立った。前原氏の説明はぐだぐだで何を言ってるかわからない。もちろん道理も通っていない。その後もいいわけがましい発言が続いた。
 希望の党の失速は、前原氏の見苦しさを披露してしまったせいであったような気がする。こんな党首とまじめに向き合って、その党員を抱えこむようなまねをしたから、追い風を失ったのではないだろうか。希望の党は小池氏と同義語だったが、彼女の良さは、絶対的な勢いの良さとわかりやすさだった。それで都知事選と都議会選挙を勝ち抜いた。とすれば、前原氏のようなぐずぐずした人間を絡めるべきではなかった。
 もし、当初から集めていた新人候補だけを、東京に集中させて出していれば、少なくとも東京では追い風があっただろう。東京の選挙区は25区あり、それをすべて押さえれば、小選挙区で25人、さらに比例も稼げるだろうから、実際には現実よりもっと稼げたかもしれない。
 少なくとも悪い評判はないのだから、現在の立憲民主党程度の高感度を持って今後に期待をつなぐことが出来たはずだ。
 小池氏の都知事の任期後を本戦と割り切り、その足場を築くための選挙として、手堅く行けば、もっとうまくいったのではないかと、今は思う。

 後は、首班指名で誰が選ばれるか。
 野党が自民の一部と手を組んで、安倍総裁を打破してくれたら、面白いんだけど。

 
 

2017年10月16日

介護の経験の浅い人が、勝手に思い込む良識について

 友人に自閉症の子供を持つ人がいる。
 生まれてから10才までは、夫婦で必死に育ててきた。その心労で奥さんは鬱病になった。しかしどんなに努力しても、子供の病状に回復の兆しはなかった。
 現在は地方にある施設に子供を預け、年に数回面会に行くようになっている。

 こうした現状を傍目に見て、色々言う人がいる。
 自閉症児を育てる事が大変だと言うことを認めながら、「でも接し方で病状は良くも悪くもなるのだ」と言い張るのだ。「親が健常児に近づけようとして無理な教育をすることで、自閉症児はより悪い状況になり、病状が進み、結局は手に負えなくなる。でも親が子供の状況に合わせ、腹をくくって接すれば、相当な病状の子でも、ちゃんと親と一緒に家庭で育つことが出来る。」と主張するのだ。
 
 理屈ではそうだろう。
 そういう研究をしている学者もいるし、実際成功している親御さんもいるだろう。
 けれど誰にでも同じ事が出来るわけではない。
 それに施設に入れることが悪くて、家庭で育つことが良いとは必ずしも言えない。

 親は子供の一生を面倒みることはできないのが普通だ。
 親が死んだ後、子供は1人で生きていかなければならない。その場合、1人で暮らせないなら、施設に入るしかない。
 施設は集団生活で、家族ではない人たちと接し、生活しなければならない。家族とともに育った普通の人が、施設で集団生活するようになっても、慣れるまでには時間がかかる。一生慣れなくて、うまくいかないことも稀ではない。
 自閉症の障害があるなら、対人関係を円滑に進めるためには時間がかかるだろう。健常者でもなかなか難しい集団生活に慣れるためには、十分な時間が必要だろう。
 こうした生活に慣れるために、幼い頃から集団生活を経験させることは重要ではないだろうか。

 目に障害のある友人が、小学生の頃から盲学校(寄宿舎)に入ったという経験を話してくれたことがある。盲学校の生活は、健常者の寄宿舎生活とは少し異なる。それは障害故の様々な配慮に加えて、盲学校が置かれている状況も関係しているようだが、外部の人間から見ると、窮屈だったり、理不尽に感じたりすることがあるらしい。しかし幼い頃からその寄宿舎で育った私の友人達にとっては、それは、特段の違和感を感じないそうだ。いわゆる「当たり前なこと」なんだそうだ。

 おそらく、彼らは、自分達の障害と、盲学校で学ぶ事の意味(メリットとデメリット。そしてどうして自分がこの学校に入ったかという背景)をきちんと理解した上で、与えられた環境を如何に役立てるかと言うことを身につけているようにみえる。
 彼らから見て、中途失明によって、大人になってから寄宿舎生活を始める大人達は、無駄な不満が多いらしい。あるとき、中途失明の大人達が学校側に、「門限を無くして欲しい」と言ったことがあるそうだ。学校の門限は早く、確かに大人から見て、非常に窮屈に見えたのだろう。しかし子供の頃からいる学生達からすれば、そんな要求が通らないことは明らかだったし(実際学校側は、門限を変更しなかった)門限が早い事は、それなりの意味があるのだから、どうして無駄な要求をするのかと思ったそうだ。

 自閉症児を持った私の友人の行動は、傍目には、「子供の障害に対応出来なくなった親が、障害児を施設に預けた」という事になるだろう。そして、「子供は親と暮らすべき」と主張する多くの健常者達には、眉をひそめるような事と映るのかもしれない。
 しかし、見方を変えれば、「親が、自分の世間体や、子供を手元に置きたいという親自身の欲を封印して、子供の将来のために、自分達では与えきれない環境を与えた」とも言えるのではないか。
 施設の環境に慣れることで、障害児はそこを自分の家として、安定して生活できるようになるだろう。多くの専門家に接する機会があり、親では与えられなかった教育も与えられるかもしれない。
 それでも、施設に預けることは悪い事と言い切れるだろうか。
 逆に、親元でずっと育つ障害児は、自ずと外界との接触が限られる。ずっと親とその周辺の狭い世間しか知らずに過ごすことになる。そのことが、障害の治療に対して良いこととは言い切れない。親の子供に対する愛情が、常に100%子供にとって正しい答えを出すとは限らない。それは健常者でも同じ事だが、健常者なら、年齢と共に他人と接し、親離れするチャンスが巡ってくるが、障害児にはそのチャンスが乏しく、うっかりすると、初めての親離れが、親の死亡時という事になりかねない。
 しかしそうなってしまったとき、既に年齢も高くなっている障害者が、突然施設に入って生活するのは、とてもハードルが高いのではないか。それは本人にとっても、とてもつらいことなのではないか。

 結果として、施設に預けることを、悪く言う理由など、どこにもない。

 私も以前なら、障害児を施設に預ける親を、ちょっと色眼鏡で見ていた。
 しかし介護するべき家族(老人)を持つようになって、だいぶ考えが変わった。
 老人は最後まで自宅で暮らしたいと言う人が多い。しかし実際には、「自分の事が自分で出来る」状況でなければ、自宅での介護は難しい。
 掃除、洗濯、食事を作るなどの生活支援は、独居老人なら、介護保険でヘルパーに頼むことも出来る。
 しかし、食事、排便に介助が必要になってくると、途端に介護保険でのサポートでは生活が難しくなってくる。おむつを使うなどの我慢を強いられる可能性も出てくる。これは介護を受ける老人事態にとっても、色々つらい状況になる。
 それでもある程度までなら、本人希望とやる気があるなら、自宅介護を続ける人もいる。実際施設に入っても、おむつを使用するところは多いし、だったら自宅でと言う選択肢もあるだろう。
 しかし全身が衰えてきて、意識レベルが下がってくるようになると、なかなか1人で生活することが難しくなる。

 日本の介護保険制度の限界なのだが、介護保険制度で(介護度が高くても)24時間の人をつけておくことは出来ない。一部には、数時間おきにヘルパーや看護婦が様子を見に来てくれるサービスが出来る地域もあるが、すべての地域で出来るわけではない。そういうサービスをしている事業所のない地域では、一日に2回か3回のぞきに来てくれる可能性はあるが、大半の時間は老人1人で過ごす事になる。
 では、家族が同居すればいいのかというと、これもなかなか難しい。
 家族が同居すると、このヘルパーの生活支援が受けられなくなる可能性が高い。
 毎日、2回様子を見に来てくれるヘルパーがいるとすると、延べ人数では14人となる。つまり14人の人が1人の老人の1週間を支えている。この14人分の仕事を、家族だけが担うのである。
 多くは主婦1人が大半を担うことになる。一つ一つの仕事が30分程度の労作だとしても、ヘルパーなら人員をとっかえひっかえ出来るわけだが、家族だと1人で(もしくは2人とか3人で)同じ事をするのだから、負担は格段に大きくなる。
 しかも夜となく昼となく、老人の状況に備えることになる。(ヘルパーなら、交代制で出来るのに)
 ちょっと考えれば、負担が重すぎることがわかる。
 さらに、介護する家族が仕事を持って入れば、さらに疲弊が早まる。夜眠らずに日中の仕事に行くのである。
 家族が仕事をしているなら、日中はヘルパーが来る可能性もある。しかし夜の時間帯はそもそもヘルパーを雇うことが難しい時間帯なので、やはり同居の家族の負担は重くなる。
 介護離職したくなる理由はここにある。

 こうなってくると、やはり施設の存在が頭に浮かんで当然だ。
 プロに24時間任せて、週末や仕事帰りに顔を見に行くというのは、適正な介護のあり方ではないかと私も思う。

 そこでいわゆる世間の良識人からの風当たりを受けることになるだろうが、そういう人間のほとんどがまともに介護の経験が無い。頭だけで聞きかじりの知識で物を言っている人が本当に多い。

 介護はやってみないとわからないことが多い。
 それもちょこっと経験では駄目で、看取りまでの介護を経験したことがないような人でないと、まともな意見は言えないような気がしている。むしろちょこっとやった人は、まるで自分が全部経験したかのような意見を言い始めて、始末に負えなくなる。
 先にも言ったが、掃除、洗濯、食事を作る、買い物をする、金銭管理をする、程度までなら、同居していなくてもやれるし、この程度までだと、介護保険は絶大なる力を発揮するので、やろうと思えば出来るケースが多い。しかしこの段階を過ぎたところにボーダーラインがあって、この先は途端に難しくなってくる。
 さらに看取りまで考えると、ここで上げた介護以上の問題が出てくるの、さらにハードルが上がる。

 私が介護した老人の中に末期癌の人がいたが、これについて「癌という病気は死期が前もってわかるから、一番良い死に方だ」などと、まことしやかに言い立てる人間が割と多いので驚かされたことがある。
 こういう人たちは、老人は死期を悟り、それまでに身辺整理をして、自らの最後に備えるものだという、根拠のない幻想がまかり通っているようだ。
 だがそれは大いに間違っている。

 まず、現代では、癌患者に余命を言う医者は少なくなっている。なぜなら、余命が正確に当てられることがほとんどないからだ。また、老人介護の現場にいる医師ならば、老人が予想通りに行かないことを知っている。予想に反して長生きしたり、逆に予想よりずっと早く死んだりすることがよくあるのだ。
 現場の医師や看護婦はそういうことを知っているから、余命も言わないし、常にどうなるかわからないと言う姿勢で、注意深く接してくれる。
 私自身、既に複数人の老人を送っているが、それぞれに死因も違うし、生活の環境も、病歴も、性格も違うので、そのたびに驚かされること、予想通りに行かなかったこと、後悔すること、様々にある。1人として「似たような死」は存在しない。毎回が驚きの連続だ。
 そのせいか、聞きかじりの知識で、経験も無く、利いた風なことを言ってくる相手には、正直むらっとする。

 だが、千差万別の老人の死期について、なんとなく共通項を感じることもある。
 それは、老人の死に瀕してみせる、驚くほどの生への執着心だ。
 老人が死に瀕すると、周りにそうは見せないが、皆覚悟を決めて、生きている間にやっておきたいことをするような、きれいな死に様を信じている人が以外と多いが、それは違うと思う。
 例えば若い人間が「癌になった、半年後に死ぬ」と言われて、焦らない人はいないだろう。心は千々に乱れ、焦りと後悔と恐怖におののき、人知れず泣き崩れる日々を送るだろう。でもそれは、老人でも同じなのだ。人前でするか、人のいないところでするかの違いだけで、老人だって、死を経験した人はいないのだから、驚くし、迷うし、心は乱れるし、焦るし、泣き崩れたりもするのだ。

 私自身経験したのは、本人に、病状について告知する必要があって、医師に頼み、きちんとわかりやすく伝えてもらったのだが、次の瞬間には、その老人はすべてを聞かなかったことにしてしまった。その後も、全く何事もなかったように、余命宣告よりずっと先の予定を立てるのだ。
 死にたくないし、死ぬなんて思いたくない。
 どうしてもまだ生きたい、まだ生きていけると信じたい。病状も直ると信じている。ということらしい。

 以前、看取りについて担当の看護婦と話したとき、「そのときが来たら、「もうがんばらなくていいのだよ」と言ってあげて欲しい」といわれたことがある。だが、私が知る限り、どの老人も、死の瞬間まで自分は生きると信じ、死んでいいなんて言われたくないと思っている。老人が頑張っているのは、何も世間体でも、家族のためでもない。自分のために頑張っているのだ。

 老人が死期を悟り、人知れず覚悟しているなどという話は、きっと介護する側の方便だと思う。そう考えた方が介護する側が精神的に楽だからだ。死に怯え、七転八倒している老人を目の当たりにするのは、介護する人間としてはやりきれないほどつらい。だから、たまたま感情を表さない老人に対して、「覚悟を決めているんだ」と持ち上げて、介護する側の精神的な重さを忘れているに過ぎない。

 介護する側が、ストレスを回避したいと思うことは当然で、それは許されると思う。方便でもいいし、目をつぶるでもいいし、自分の心の平安を保つために、少々ずるい事をしてもいいと思う。そのくらい介護は大変だ。
 だけど、そういうことを心の片隅に起きながら介護することと、「老人は覚悟を決めている」事が事実だと信じて、まるで自分はそういう真実を知っていて、それに合わせて正しい介護をしているなんて言う人間との間には、天と地ほどの違いがある。
 ろくな経験もなくご託を並べる人間を見ると、そういう話は他所でしてくれと思う。

 世間の経験も無く知ったかぶりをまき散らす人は、まずは経験してほしいものだと思う。
 現実の経験を嫌と言うほどすれば、自分が聞いた風なことを言っていた過去が恥ずかしくなるはずだ。
 

2017年10月02日

小池百合子の本心

 選挙が大変なことになっている。
 
 安倍首相が、姑息なやり方で(森、加計隠し)解散を打って出れば、その話題を一掃するような小池劇場が始まる。傍目には面白いが、これが我がこくの国政選挙かと思うと、ちょっと哀しい気もする。

 いずれにしても、自分が直感的に感じていた政治家の気質が、こうも当たってくると、気持ち悪い。

 そもそも安倍しは首相になるべきではなかった。この人が2度も首相になってしまったことがそもそもの誤りだ。
 安部氏が気に入らないのは、右寄りの主張もそうだが、それよりも、基本的にこの人は、自分以外の国民に平等な福祉を考えるなどと言う意識がない。安倍氏の本質は、自己満足的な名声と、自分の政治家生活の快適さだけである。第1次安倍政権で、神経症で腹を壊したということで辞任した安倍氏。潰瘍性大腸炎という難病だと、後に言及されたが、それは嘘だと思う。身近にこの病気の人間が何人かおり、病気については色々調べたが、安部氏の症状はこれに合わない。そもそも投薬のみならず、食事制限が不可欠のこの病気に、政治家の生活は不向き。それをこんなに長く続けることはあり得ない。第1次の時のように、短命で健康を害してやめるというのがリアルな結果だ。一方神経性の大腸炎は、最近いい薬も出来て、投薬でコントロール出来るようになっているので、安倍氏の症状はこれに合っている。ちなみに、潰瘍性大腸炎は、原因不明の難病で、この病気を認定するには、大腸の内壁に炎症があること、その他の同様の症状の病気、例えば大腸癌などの可能性がないことを確認していって、最後にどれにも該当しないとなると、初めて潰瘍性大腸炎の診断が下る。つまり特定が非常に難しい病気である。おそらく素人目には、神経性の大腸炎の区別がつきにくい。
 あのときの針のむしろの国政運営に安部氏はうんざりしたのだろう。だから体調を崩した。しかし名誉欲というか、代々の政治家家系内のプレッシャーか、どうしてももう一回総理になりたかった。そして今回は諸般の事情もあり、第2次安倍政権が発足してしまった。
 これには、第1次より慎重な政権運営が不可欠だったが、それが当初うまくいった。しかし、このことに気をよくした安倍政権のたがは外れ、暴走したのが現在の姿。
 国民の多くはもうやめて欲しいと思っているに違いない。

 実際、世論調査をすると、自民党の支持率はそれほど落ちていないのに、安倍首相に信頼が寄せられないという意見が多い。
 
 つまり、自民党が解散前に前倒しで総裁選挙をして、安部氏以外の人物を総裁にして、選挙に臨めば、きっと楽に勝てたと言う事だ。現在公認候補として有力なのは、岸田氏と石破氏だが、現在の世界の情勢を考えれば、どちらでも可能(新鮮みを出すなら石破氏)だろう。どちらも謙虚で、自制の効いた政治家だから、新しい首相としては期待できるだろう。少なくとも安倍続投よりはずっといい。

 この辺りを鑑みて、小池氏の考えを思考してみる。

 小池氏は端から政権交代は考えていない。実際、民進党の候補を抱き込んでも、過半数以上を獲得する可能性は薄い。例え300人近い公認候補を立てたとしても、全部が当選するわけではない。小選挙区制では、自民党が強ければ勝てない。そもそも共産党とは組めないことはわかっているのだから、必ず共産党が対立候補を出してくる。野党は一つにはまとまらない。となれば、やはり過半数は厳しい。
 こうなると、小池氏が望んだのは、政権交代ではなく、国会でキャスティングボードを狙う議員数ではないかと思う。
 かつて民主党がそうだったように、右から左まで幅広い意見を持つ党は、やがて統制が効かなくなる。民進党がそれで空中分解状態だったことを考えれば、それを丸ごと希望の党で抱き込むなどあり得ない。そんなことをしたら、希望の党の評判も落ち、統制も効かなくなる。
 最初から小池氏が民進党の一部しか入党させないつもりだったのなら、やはり過半数の候補者を作るのは難しいだろう。
 ちなみに、世論調査を見ても、小池氏が行っている希望の党入党希望の民進党議員への精査には、共感する意見が多い。小池氏の行動には有権者からの理解があるわけだ。

 小池氏の考えは、今回の選挙だけを見ているのではなく、もっと息の長い話だろう。
 だから今回の選挙後の国会で、首班指名に小池氏の名前を書く必要は無い。
 では、希望の党は誰の名前を書くのか。
 それはおそらく自民党の議員。石破氏の名前だろう。
 小池氏と石破氏の関係は悪くない。石破氏なら、国政と都政の連携はスムーズだろう。小池氏は、少なくともこの先3年は都知事を行い、実績を重ねる。その間に、希望の党の基盤も固める。国政と連携が取れれば、オリンピックも、東京をアジアの金融都市にするための特区作りもスムーズだろう。豊洲問題も、国の援助や連携があれば、方策の幅は広がる。
 当然石破氏の後の総理は小池氏が狙う。石破氏から継承することになるために、もしかしたら、希望の党は、自民党に合流しているかもしれないが、いずれにしてもこのときには小池氏は国会議員に戻って首相を狙う。もしこのときその目がなければ、都知事をもう1期すればいい。
 
 国民の多くは、安定した政権、そして国民の意見を謙虚に聞く内閣が希望だ。
 となると、政権を取るのは自民党で良く、しかし首相は謙虚でまじめな人がいい。
 現在の社会情勢を考えれば、石破氏は適当な候補だろう。しかし党内の安倍支持派(安部について行けばいい目が見れると思う自民党議員)を打破しないと石破氏は自民党総裁になれない。安部氏は国民には見限られているが、安倍支持の自民党議員はまだ残っている。残念ながら、安部氏には、自分より優秀な議員を扱う手腕が無い。従って、安部氏の周りには、彼の友達と、彼について行くしか能の無い議員しか存在しない。このような面子で政権を動かそうとするからうまくいくはずもなく、安部氏は裸の王様になってしまう。
 
 こうした硬直した自民党内の状況を打破するためには、自民党と共通の政策を持ちながら、安部支持ではない勢力が必要で、希望の党はちょうど良い存在だった。
 
 こうなると、安部政権の交代は出来るだろう。
 だがこうなると、自民党の補完勢力が、維新と希望になって、また増えてしまう。
 一つ困るのは、政策としての多様性が、また無くなってしまうことだ。

 しかしそれは今でも似たような状態だ。現状でも政策の多様性は薄い。
 第一野党だった民進党は、幹部のほとんどは保守派だった。
 もっと悪い事に、論客として活動が盛んで、自民党の政策に否を唱えている民進党議員の主立った人たちがリベラル派で、しかしその人達が惹きつけた人気を、彼らとは違う意見の保守派の幹部が利用していた。その方向性が、どんどん強くなっていた。
 この形のわかりにくさが、民進党の問題でもあった。
 安保法制反対の旗を揚げていながら、民進党の保守派は、意見としては安保法制を支持していた。ただ、立憲制度を無視した安倍政府に反対するために、リベラル派と一緒に戦っていただけだ。(と言う党利党略)
 民主党時代も、活躍する若手議員の人気を、政権を取った途端に、全然働いていない古株がかっさらい、首相になり、失敗した。そろそろ、政党が、言ってることとやってることが一致しない時代は終わりにならないと困る。

 民進党のリベラル派は、新党を作るらしい。当初は人数も少なく苦労するだろうが、リベラル派の議員はこういう立場に立つことは、本来当然と考えているだろう。政治家でリベラルな人間は、野に下って苦労するのが普通だ。保守派でなければ、中央にはなかなか近づけない。しかしだからこそ、リベラル派は社会に必ず必要である。
 日本において、一般の国民は、総じて穏健な保守派が多い。
 しかし何らかのアクシデントによって、社会的弱者になった時、穏健な保守派はあまり手をさしのべてくれない。こうした時に頼るのはリベラル派だ。そもそもリベラルとは、こうした社会的弱者を守ろうとする運動が多い。国民から見れば、普段は意識しないが、社会問題に関心を持ったときに、その価値を知るのがリベラルという事になる。
 実際、安保法制反対運動も、反原発も、リベラルが主体となる。
 まあ、政治が絡んでくると、段々運動の方向性が変わったりはするが、国会を見ても、巨悪の追求というのはたいてい共産とかリベラルの議員がやっている。
 と言う事で、社会の中にはリベラルの存在は絶対必要である。政治の中枢に入る事は無くても、確かな存在として社会に必要なのがリベラルだ。今回民進党の解体によって、リベラルの議員がまとまり、きちんと顔が見える存在になることは悪くはない。最初は大変でも、いずれ一定の支持が集まるだろう。

 これで希望の党が、国会の過半数を取ることはない。
 小池氏も、おそらく知事を辞めないだろう。これで知事を辞めても、目立たない野党第一党の当主にしかならない。前原氏の立場だ。そんな箸にも棒にもかからない立場を、知事をなげうって欲しいと思うだろうか。

 小池氏は誠実な政治家ではないかもしれない。
 だが風を読む力はある。それは有権者の希望を読む力だ。有権者がしっかりとした意見を持てば、彼女はそれから大きく外れた事はできない。「仕事しろ!」とみんなが思えば、彼女は仕事をする。
 もう一つ言えることは、彼女は孤高の存在で、友達がいない。小泉前首相と同じだ。従って、しがらみが出来にくい。安部氏のようなお友達政権は作らない。菅氏や鳩山氏のような、誰にも理解不能の事もしない(選挙ではびっくりすることはやるが)小池氏の政策は奇策もあるが、必ず有権者の一定数の気持ちを掴む。
 豊洲の移転では反対意見も多いが、それは当事者である魚河岸の人たちの意見だ。彼らにはかなり頭にくることもあるだろう。だが、小池氏の有権者は都民全体で有り、魚河岸の魚を食べている多くの都民は、実は魚河岸で働く人たちとは意見が食い違っている。
 豊洲に汚染があることをちゃんと見つけて、とりあえずちゃんと検査して、新しく措置を執ってくれると決めた小池氏の政策は一定の理解をする。魚河岸の人たちが抱える不満は理解できるが、一般の都民からすると、業者の意見と消費者の意見は違うのである。

 小池氏が、先3代の都知事より、もう少しましであってくれればと思う。
 ここで都知事を投げ出し、国政に戻って、野党第1党の党首でくすぶるのは、誰の利益にもならないだろう。今回はとりあえず、安部内閣が倒れて、新しい首相が出来てくれればいいと思う。
 石破氏がいいかなと思う。


 最後に、前原氏だが、彼は過去には、民主党首になったとたん、メール問題を起こし、短命で辞任した。(このとき問題の中核にいた民主党議員は後に自殺している。)国土交通大臣では、八ッ場ダム工事中止を唱えた。それ自体はまだいいのだが、前原氏は、その主張を結局貫けなかった。八ッ場ダム周辺の人たちにしてみれば、さんざん反対したダム建設ではあったが、結局反対運動は撤退し、苦渋の選択の中でようやく先行きについて考え、再生を図った矢先に前原氏が起こした騒動。そして前原氏はそれを途中で放り出す。
 本人に放り出す意志がなかったとしても、政治家自身に力が無ければ、振り回された当事者(国民)が被害を被るのは同じ事だ。
 前原氏は「言うだけ番長」と言われて怒っていたが、結局今回も言うだけ番長で、民進党を空中分解した。
 地方と参院だけ残った民進党が、彼を党首として復活することはあり得ないだろう。もしそうなっても、何の意味もない。
 前原氏は地に落ち、もしかしたら、選挙で負けるかも。
 民進党の党首は、まあこのままなら蓮舫氏の戻るか、党がなくなるか。
 残ったリベラル派は枝野氏のもとへ、保守派はまとまって新党を作るだろうか。今は無所属で出ると言っている岡田氏と野田氏は、たぶん当選するだろうが、いずれこの人達も含めて穏健な保守派の党が出来るだろう。野党再編はまだ続く。
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