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2021年03月23日

ベトナム戦争映画から受けた衝撃 古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)  



 ベトナム戦争映画から受けた衝撃


 3-23-1.png 3/22(月) 23:01配信

 古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

         
    3-23-2.jpg 3-23-2

         ベトナム戦争 出典 Bettmann /GettyImages

 【まとめ】

  ベトナム戦争映画「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」が上映された
  米空軍空輸救助隊の兵士ウィリアム・H・ピッツェンバーガーの物語
  映画の主題は、戦場で発揮される人間の強さや弱さ

 久し振りでベトナム戦争を主題とするアメリカ映画を観た。私自身の記者体験では、戦時のベトナムでの報道活動が矢張り最大の重みを持って来たから、この映画にも遂引き込まれてしまった。この2021年3月の現在、コロナ禍の東京でのことである。
 この映画は日本でのタイトルが「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」とされて居た。英語の原題は「The Last Full Measure」直訳すれば「最後の完全な行動」とも為ろうか。


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 米空軍空輸救助隊 ウィリアム・H・ピッツェンバーガー氏 出典 Wright-Patterson Air Force Base Public Affairs / US Air Force Photo

 アメリカ第16代大統領のエイブラハム・リンカンが、1863年に南北戦争で北軍を率いてゲティスバーグの大戦闘で勝利を得た際に、そこでの死者達の霊を「最後の完全な行動による献身」として讃えた言葉に由来すると云う。この映画のストーリーは事実に基づくと云う。
 旧南ベトナムを北ベトナムの軍事侵攻から守る為に、1965年から介入したアメリカ軍の陸軍部隊が翌1966年に、当時の南ベトナムの首都サイゴン(現在のホーチミン市)に近いジャングルで北ベトナム軍の精鋭に攻撃され、展開した激戦が主題である。

 この戦闘で窮地に陥った米軍陸軍中隊の負傷者救出に向かった米空軍空輸救助隊の兵士ウィリアム・H・ピッツェンバーガーの英雄的な行動に対して、何故か当然与えられるべき名誉勲章が授与され無かった事が物語の核心と為る。
 その戦闘で空軍兵士のピッツェンバーガーが、救援のヘリから地上に降りて、陸軍将兵と共に戦って何人をも救い自分は戦死してしまう。この出来事を33年後の1999年に空軍省の気鋭の中堅幹部ハフマンが再調査に掛かる事で物語が前進する。
 その過程では当時のその戦闘が生々しく再現される。ハフマンは当時の戦闘に参加していた退役軍人達やピッツエンバーガーの両親らに会って真実を探る。やがて意外な実態が浮かび上がる。

            3-23-4.jpg 3-23-4

  「ベトナム報道1300日 ある社会の終焉」(著:古森義久) 出典:講談社Book倶楽部
 
 私に取っては例え映画であるにせよ、ベトナム戦争と云う出来事の再現は迫真の衝撃を感じさせられる。何しろその戦争の中で4年近い年月を過ごしたからだ。勿論戦闘に加わった訳では無い。だがその間、米軍や南ベトナム政府軍に同行して戦場の取材に当たったことも数え切れ無い程あった。
 逆にその敵側の北ベトナム政府軍や南ベトナム解放戦線軍に同行した体験もあった。そして何よりもその戦火の下で生きるベトナムの人達と同じ社会で暮らしたのだった。

 こうした経験は全て現地から毎日新聞の記事として報じた他に、単行本でも『ベトナム報道1300日』(筑摩書房1978年刊、後に講談社文庫)や『ベトナムの記憶』(PHP研究所1995年刊)にまとめた。

 私がベトナムに赴任したのは1972年4月だったから、この映画の主舞台の戦闘は既にその6年も前に起きて居た。だが戦争自体は72年には過つて無い規模の地上での大規模衝突と為って居た。
 その頃私自身も映画「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」に登場する様なアメリカ軍の陸軍、空軍の部隊について戦況を報道する事も珍しく無かった。丁度映画に登場する米軍の小さなヘリコプターに同乗して、地上の敵に向かって機上の機関銃を構える兵士達の背後に座って居た事もあった。


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    「ベトナムの記憶-戦争と革命とそして人間」(著:古森義久) 出典:PHP研究所

 私がこの映画にスッカリ引き込まれた理由のひとつはアメリカに取ってのベトナム戦争が1975年4月に終わった後、その翌年からワシントンに赴任して、アメリカでのベトナム後遺症を多様な形で目撃したことでもあった。
 大きな挫折、大きな失敗に終わったベトナムへの軍事介入を、アメリカの国家として社会として、そして人間個人として、どう受け止めるかを巡る苦悩がアメリカ全体を暗い雲の様に覆って居たのだ。

 そして、敗北し国家を失った南ベトナムからの何十万と云うベトナム難民達がアメリカに逃れて、新しい生活を始めて来た。個人的にも交流のあった多数のそのベトナム人達の心情の一端も直接に知る事とも為った。
 アメリカでは、ベトナム戦争を主題とした映画も多数制作された。だがその戦争の終結から既に45年もが過ぎた2021年と云う時点で封切られるベトナム戦争映画は珍しかった。最もこの映画がアメリカで完成したのは2年近く前の2019年だった。 日本での封切りが遅れたのだ。

 私はここ数年、ワシントンでの報道活動を尚続けながらも、東京で仕事をすることもあり、日米両国間を数ヵ月単位で往来する生活だった。だが今回だけはアメリカでの新型コロナウイルスの大感染の為の制約により、日本での滞在が長く為った。その間にこの映画を東京の新宿の映画館で観る事と為ったのだ。
 久し振りのベトナム戦争映画とあって、2度も観賞してしまった。私に取ってのこの映画の魅力のひとつはベトナム戦争自体の政治的な善悪は問わず、もっぱら戦場で発揮される人間の強さや弱さを主題として居る点だった。

 特に主人公の若者の自己を犠牲にして戦友達を救う行為、戦場でのヒューマニズムと云う概念自体が矛盾なのかも知れ無いが、無私や献身と云う精神に魅せられた。この物語の根幹は既に述べた様に、現実に起きた出来事だったのだ。
 ベトナム戦争を実際に体験した数少ない日本人としての最新のベトナム戦争映画の報告である。


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 古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

 毎日新聞社において、南ベトナムサイゴン特派員・サイゴン支局長・ワシントン特派員・東京本社政治部編集委員などを歴任した後、産経新聞においてロンドン支局長・ワシントン支局長・中国総局長・ワシントン駐在編集特別委員・論説委員など、ジャーナリズムの立場で各国を回り、現在も産経新聞ワシントン駐在客員特派員としてご活躍されている本学特別教授の古森義久先生の初回授業が9月24日に開講されました。
 「グローバル化と日本」と題し、主権国家としての国益を守るのか。市場経済制度と民主主義統治の下でのグローバル化に対し民族や宗教、領有権の衝突は何故起きるか。日本はそうした世界で今どの様な機会や危機に直面しているのか。古森先生の30年以上にわたる世界各地での国際報道体験を踏まえ、判り易い実例やエピソードから「世界と日本」の構造分析を講義して頂きます。初回授業では、学生への質問から始まり、近年の国際情勢についての講義が展開されました。 麗澤大学

              以上