2020年01月06日
中東は戦争に向かうのか? 米国によるイラン・スレイマニ司令官殺害が意味するもの
中東は戦争に向かうのか?
米国による イラン・スレイマニ司令官殺害が意味するもの
〜中東ジャーナリスト 川上泰徳 1/6(月) 15:12〜
米軍に殺害されたスレイマニ司令官の肖像を掲げて抗議するテヘランのデモ(写真・ロイター・アフロ)
米国がイラクでイランの革命防衛隊のクドス部隊のスレイマニ司令官を無人攻撃機のミサイルで暗殺した事で中東全域に緊張が高まって居る。
暗殺作戦に付いて、トランプ大統領は声明を出し「我々は戦争を止める為に行動した。戦争を始める為では無い」と述べたが、イランの最高指導者ハメネイ師は「厳しい報復を行う」と表明して居る。中東は新たな戦争に向かい兼ね無い危機に直面して居る。
トランプ大統領は「スレイマニは20年に渉ってテロ活動に関わり、中東の安定を乱して来た。イランの革命防衛とクドス部隊は、彼の下で数百人の米国人の軍人や民間人を標的とし傷付けたり殺害したりして来た。今回の措置はズッと前に行われるべきだった」と述べた。20年と云うのはスレイマニ司令官が1988年にクドス部隊の司令官に就任してからの事である。
スレイマニ司令官を単にイランの軍司令官の一人と捉えると、今回の米軍による暗殺作戦の重大さを見誤る事に為る。更に、クドス部隊はイランの革命防衛隊の精鋭部隊とされるが、スレイマニ司令官が部隊を率いて、各地で戦って居る訳では無い。スレイマニ司令官は。イラク・シリア・レバノン・アフガニスタン・イエメン等、イラン国外で各地のシーア派の民兵組織に資金や武器・訓練を提供すると云うイランの対外工作を担って居た。
スレイマニ司令官は最高指導者のハメネイ師と直接連絡を取る事が出来る唯一の軍人とされて居た。詰まり、ハメネイ師の下で、中東に広がって居るシーア派勢力の統一戦線を作り、それを統括するゼネラル・マネージャーの様な存在と云う事である。
クドス部隊はシーア派だけで無く、スンニ派であるパレスチナのハマスやイスラム聖戦等にも資金や武器を提供して居た。
部隊名「クドス」は「聖地エルサレム」の事であり、異教徒に占領されたイスラムの地を解放すると云う部隊の使命に沿ったもので、レバノン南部のシーア派組織ヒズボラと合わせてイスラエルを挟み撃ちにする構図を取って居る。
トランプ大統領が言う様に「20年間」のスパンで見れば、イランがイラクと共に米国の二重封じ込め政策の基に置かれて居た20年前と比べれば、現在イランが、イラク・シリア・レバノン更にイエメンで政治を左右する決定的な影響力を持ち、更に湾岸へと影響力を強めて居る。それは全て、スレイマニ司令官の功績と言っても過言では無い。
スレイマニ司令官は、イラクやアフガニスタンのシーア派民兵・レバノンのシーア派武装組織「ヒズボラ」・イエメンのシーア派組織「フーシ」を支援し、武器や資金を提供して来た。スレイマニ司令官の手腕と役割が最も影響力を示したのはシリア内戦である。
アサド政権は2012年から2013年春に掛けて、反体制派勢力・・・特に武装イスラム勢力の攻勢を受けて危機に面して居た。それが現在に至る攻勢に転じたのは、2013年4月にレバノンのシーア派のヒズボラがシリア北部の要所クサイルの奪回作戦に参戦し、2カ月間の激戦で奪回してからである。
その後、シリアにはヒズボラだけで無く、イラクやアフガンのシーア派民兵が参戦し、アサド政権軍の攻勢を担った。
イランの国外でスレイマニ司令官の姿がメディアに出る事は特別な機会以外は無いが、2016年12月初め、シリアのアサド政権軍が、シリア北部の反体制勢力の拠点だったアレッポ市東部を制圧して居る最中に、スレイマニ司令官は、制圧された地域の通りを歩いたり、イラクやアフガンのシーア派民兵達に囲まれたりする様子がメディアに公開された。
アレッポ東部の陥落はアサド政権の決定的な優勢と、反体制勢力の劣勢を印象付けた出来事だった。スレイマニ司令官が現地を訪れる映像が流れたのは、掃討作戦の主力を担ったシーア派民兵を統率する同司令官の影響力を誇示する狙いとも見られた。
スレイマニ司令官
スレイマニ司令官は2016年12月、シリア北部のアレッポで内戦に参戦して居るシーア派民兵を激励して居る。イエメン内戦ではフーシは、首都サヌアを制圧しサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)が支援する暫定政権を圧倒して居る。
昨年9月には、フーシによるサウジ国内の石油施設のドローン攻撃によって、サウジの石油生産の一日生産量の半分に当たる日量570万バレルが減少したとサウジ政府が発表した。世界の石油供給の5%に相当する。
ドローン技術はイランの革命防衛隊から提供されたとの見方が強く、レバノンのヒズボラがドローンやミサイル発射でフーシを支援して居ると云う見方もある。事実かどうかは分から無いが、各地のシーア派民兵組織を束ねるスレイマニ司令官が居る事で、シーア派組織間の連携は可能に為る。
スレイマニ司令官は一人の司令官と云うだけで無く、米国に対抗する手段と戦略を持った人物だったのである。
トランプ大統領は声明の中で、スレイマニ司令官指揮下のクドス部隊が「20年に渉ってテロ活動に関わった」と述べたが、この20年間に中東で起こった事を見れば、米国は中東に軍事的に関与した幾つかの重大な軍事的局面でイランの協力を得て居る。
先ず2001年の9・11米同時多発テロの後に、米軍主導の北大西洋条約機構 (NATO)軍がアフガニスタンの北部同盟と協力して、過激派組織アルカイダを庇護して居たタリバン政権を排除し、アルカイダの拠点を掃討したアフガニスタン戦争にイランは協力した。北部同盟には、アフガンのシーア派勢力も含まれ、イランは戦争前から北部同盟を支援して居た。
次は、2003年のイラク戦争後に、米軍占領下で創設された統治評議会に参加したイスラム革命最高評議会やダワ党等シーア派組織は、旧フセイン体制時代にイランに拠点を置いて居た。シーア派政治組織が米占領体制と戦後復興に参画したのは、イランの意図があったと考えるしか無い。
更に2014年にイラクの第2の都市モスルが「IS・イスラム国」に支配された後、シーア派民兵各組織はスレイマニ司令官の基でIS掃討作戦を行う民衆動員部隊を作り、米国が勧めたIS掃討作戦に協力した。
2017年7月にイラク軍が米軍主導の有志連合による空爆の支援を受けて、ISが支配したモスルを制圧した時、シーア派民兵組織の民衆動員部隊も参加して居た。
当時、イラクの治安関係に近い人物と連絡を執った処「バグダッドに在る民兵組織が集まる作戦本部は、イラク軍や内務省から独立して居て、イラク政府の指令は受け無い。その作戦会議を仕切って居るのはスレイマニ司令官だ」と云う話を聞いた。
今回、米軍による暗殺作戦でスレイマニ司令官と共に殺害されたイラク人の一人ムハンディス司令官は、民兵組織イラク・ヒズボラを率い、民衆動員部隊の副司令官で、スレイマニ司令官の右腕だった人物である。
イラク・ヒズボラは2016年12月にスレイマニ司令官がアレッポの前線を訪れた時のビデオや写真にも登場する。ムハンディス司令官とイラク・ヒズボラは、イラクだけで無く、シリアでもスレイマニ司令官の手足と為って居た事が分かる。
アフガン戦争もイラクの戦後復興もISとの戦いも、何れもイランに取っての利益でもあるが、夫々の局面でイランの協力が無ければ、米軍はその都度より重大な困難に直面して居た事は間違い無い。イランの協力と云うのは、スレイマニ司令官の協力と言い換えても好いだろう。
イランで、反米一辺倒の強硬派の宗教者達が影響力を持つ中で、中東での対外政策ではハメネイ師直下のスレイマニ司令官が強い主導権を持って居たことが、局面に応じて米軍との協力が可能に為った理由とも言え様。
トランプ大統領が「(クドス部隊が)20年に渉ってテロ活動に関わった」と云うのは、その様な20年の経緯を無視したものである。オバマ大統領が、イランの核開発問題で合意に進む事を決断したのも、中東で急激に影響力を増したイランと正常な外交関係を持た無いママでは、イラクやシリアは勿論、イスラエルやペルシャ湾岸を含む中東の安全保障を維持出来無いと云う情勢の変化があったと観るべきである。
イラク・シリア・レバノン・イエメンと云う紛争地域で各地のシーア派勢力に対して圧倒的な影響力を持つスレイマニ司令官は、米国に取っては、中東での決定的な軍事的な危機回避の為の最終的な交渉相手でもあった。その意味でトランプ大統領は、彼が何時も強調する「ディール(取引)」の相手を失った事に為る。
スレイマ二司令官亡き今後の最大の不安定要因は、もし、イランで宗教的強硬派が主導して米国に対する報復が始まったら歯止めが効か無く為る事であろう。
イランが直ぐに直接的な報復に動か無いとしても、米国の中東政策でイランの協力を得られず、逆に妨害を受けるとすれば、只でさえ影響力を低下させて居る米国の中東政策は機能不全に陥る事に為り兼ね無い。
スレイマニ司令殺害の後、駐イラク米国大使館は、イラク国内の米国人に即時出国を勧告した。イランの政治的・軍事的政影響下にあるイラクで、米国や米国系企業・組織が安全に活動出来るのかどうかは大きな懸念材料と為ろう。
最大の謎は、トランプ大統領は何故、大きなリスクを冒して迄スレイマニ司令官を殺害したのかと云う事である。暗殺の直接の理由に付いて、大統領は声明の中で「最近、一人の米国人が殺害され4人の米軍人が負傷した、ロケット攻撃やバグダッドの米大使館への暴力的な攻撃は、スレイマニの指揮下で実行された」と書いて居る。それは昨年末から年始に掛けて起こった事である。この経過は次の様なものである。
▽12月27日 米軍関係者が拠点として居るイラク北部のキルクーク州の軍基地に対してロケット攻撃があり、米国人の請負業者一人が死亡し米軍人4人が負傷した。
▽12月29日 米軍は報復としてイラク・ヒズボラの本部を含む3つの拠点を空爆し、25人の民兵を殺害した。空爆に付いて、イラクのアブドルマハディ暫定首相は「イラクの主権を侵害するもの」と非難した。
▽1月2日 シーア派民兵組織への空爆に抗議して、デモ隊がバグダッドの米国大使館に押し掛けて、投石し、入口に火を点ける等した。イラク・ヒズボラの支持者と見られて居る。
▽1月3日 米軍は無人攻撃機を使ってバグダッド国際空港近くで車両を空爆し、スレイマニ司令官とムハンディス司令官らを殺害した。
以上の経過を見れば、米軍の報復は如何にも性急で過剰である。事態を収拾しようとする意思は全く感じられ無い。それもイラク・ヒズボラに照準を合わせた様な報復である。この流れを見る限り、トランプ大統領と米軍にはスレイマ二司令官の暗殺計画が先にあったのではないかと勘繰りたく為る様な展開である。
トランプ大統領の意図や計算は分から無いが、モノの弾みでこう為ったと云うには、余りにも重大な出来事であろう。
中東ジャーナリスト 川上泰徳 元新聞記者 カイロ、エルサレム、バグダッド等に駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争「アラブの春」など取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランスとして夏・秋は中東、冬・春は日本と半々の生活。
現地から見た中東情勢を執筆 著書に新刊「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)「中東の現場を歩く」(合同出版)「イスラムを生きる人びと」(岩波書店)「現地発エジプト革命」(岩波ブックレット)「イラク零年」(朝日新聞)
◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com kawakami_yasu ibnkwk official site中東ウオッチ by 川上泰徳
以上
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