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2019年07月30日

ディープインパクトよ永遠に…











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競馬ファンの方はもうご存知であるでしょうが、7/30の正午過ぎに訃報が入りました。

日本競馬会の至宝ディープインパクトが亡くなりました。
享年17歳。

まだ若いのに…

頸椎骨折が原因で安楽死処分となりました。
関係者の方は非常に苦渋の選択でしたでしょう (>_<)

馬は人間と違い、起き上がれなくなると他の部位が悪くなり、より苦しみ結局は死に至ります。

現在の獣医学でもどうにもなりません。

安楽死はその馬をそれ以上苦しませるのは辛いからの方法なのです。

人間は寝たきりになっても生きることができますが、馬にはできないのです。

日本史上最高の馬といえど頸椎の骨折には勝てなかった…

現役時代は全身バネのような跳ぶような走りをし、ケガなく無事引退しましたが、運命はわかりません。

私はディープインパクトの死を聞き、ディープの現役時代を思いだし、そしてネットでレースを見ました。

ディープインパクトは馬体重 約440kgの小がらな馬体でした。

ディープが一躍有名になったのはデビュー2戦目のオープン特別、若駒ステークスで絶望的な位置からの差しきり、そして圧勝でクラシックの有力候補になりました。

私はまだ2戦しかしていないのに周囲は騒ぎすぎだと思っていました。

そして3戦目のG2 弥生賞。
この日も後方からの競馬をしましたが、苦労して最後ようやく届いた感じの勝ちでした。
2戦目程の派手さはありません。
しかし、周囲は無敗でクラシック第一段 G1皐月賞に進める事に、より騒ぎ始めました。
私はあまり気に入りませんでした。
弥生賞でようやく勝った馬が同じ距離、コース、しかも多頭数になる皐月賞はそんなに甘くない。世間は過剰に騒ぎすぎだと思っていたのです。
ディープ以外にもローゼンクロイツなどまだディープと手合わせしていない実力馬がいましたので、私はそちらを応援していました。

そこから私はアンチディープとなりました。

そしてクラシック第一段目の皐月賞、ディープは今までと同じようにレース運びをしました。

これではディープは負けると思っていましたが、結果ディープの圧勝に終わりました。
そして世間は無敗の皐月賞馬誕生にナリタブライアン依頼の三冠馬誕生を口出すようになりました。

皐月賞圧勝でしたが、それでも私はディープインパクトを認めることができなかったのです。

ディープの1つ上の世代には役者が揃っていました。

キングカメハメハ、ハーツクライ、ダイワメジャー、コスモバルク、メイショウボーラー。

特にキングカメハメハはNHKマイルカップを完勝し、中2週で距離800m延長のダービーでも王者のような勝ち方をしました。
そして秋は神戸新聞杯を完勝し、その後ケガして引退。
私はキングカメハメハは世界一になれる器だと思っていました。
そしてコスモバルクは道営出身でJRAに殴り込みし当時はまだG1を勝っていませんでしたが、重賞勝ちはド派手なパフォーマンスを見せ、3歳時に2200mの日本レコードを叩き出したこともありました。

そんな偉大な先輩たちがいたのにディープが三冠なんておこがましい!とさえ思っていました。

その偉大な先輩たちは雄大な馬体をしていたのに対し、ディープが小がらな馬体であったのも1つの理由でした。

そして日本ダービー、ディープは出遅れしいつものように後方からのレース運びとなりました。

そして最終コーナー手前からディープはぐんぐん加速していき最後の直線を迎える頃には先頭集団をのみこみ、さらに加速。
大外を回りながらもナリタブライアンのような勝ち方をし、無敗の二冠達成!
1頭だけ次元の違う競馬をしていました。
さすがに私も心の奥底ではディープの強さを認めざるを得なかったです。

しかし、頑固者の私はそれでも素直になれませんでした (^o^;)

そこで、私はディープが走るレースではディープを外したワイド馬券を買うことになり、神戸新聞杯は見事的中させたのです (^o^)v

人間界で例えるなら、不良の私が優等生で人気者のディープを無視するいじめみたいなものでしょうね (^o^;)
(言っときますが、普段はそんなことはしていませんからね!)

そして、シンボリルドルフ以来の無敗の三冠がかかる菊花賞へと駒を進めました。

実はこの菊花賞、私は会社の友人と一緒に車で京都競馬場まで観戦に行きました (^o^)v
ディープが負けるのを見にですけどね!
しかし馬券はディープを外したワイド馬券。
ディープに負けろと思いつつも、多分無敗の三冠馬になるだろうという諦めが9割ぐらいあったので、中途半端な気持ちのチキン馬券になったのです (^o^;)

まぁ結果はディープの完勝で無敗の三冠達成で幕を閉じました (^o^;)
私の馬券はハズレ (^o^;)
ディープを外した馬券を買っていたのですから特に悔いなく仕方ないくらいにしか思っていませんでした。

しかし本当の後悔はこれからだったのです (>_<)
何が後悔だったのかというと、ディープの三冠達成を生で観る為に観客数は12万人を超えていました!
ディープは凱旋門賞を除く13戦の中で最も観客数が多かったのです。
トイレは渋滞、携帯の電波は繋がらないということもありました。帰るのに車に乗るまでは良かったのですが、そこから大渋滞で駐車場から出られません Σ(゜Д゜)
私の車で友人と競馬場まで行ったのですが、その時の私の車はランサーエボリューション。
もちろんマニュアルミッションではありますが、クラッチは強化クラッチ。
渋滞時の強化クラッチはずーっと足の筋トレしているのと同じなのです (>_<)
強化クラッチは物凄く重いですからね。
結局駐車場から出るだけで3時間もかかり、それから高速にのり帰るまでに2時間。
駐車場から出るだけの方が時間かかってるやないかい!
運転に疲れすぎて足も痛く、馬券のハズレなんかどうでもよかったです (^o^;)
しかも次の日は仕事。

その日は友人も私も笑う元気はありませんでしたが、14年経った今でも友人と当時のネタを笑いながら話すことがありますね (^o^)
今となってはいい思い出です (^o^)v

ディープはその年の暮れの有馬記念でハーツクライに敗れ、初敗北となりました。

しかし、ハーツはキンカメ世代でその後、ドバイで圧勝。キングジョージで惜敗。
ハーツもその有馬記念の勝利で世界にはばたき、活躍しました!

年を明け、ディープは阪神大賞典、天皇賞(春)、宝塚記念を他馬を寄せ付けない走りで完勝し、ハーツに遅れはしたものの、日本ナンバー1として、海外挑戦しかも凱旋門賞に出走しました!
ハーツも凱旋門賞を予定していましたが喉鳴りが悪化し、キングジョージ敗北後は日本に帰国して休養に入っていました。

ディープは日本代表として、日本の競馬ファンの期待をのせて凱旋門賞出走しました。

しかし、当時の欧州の競馬はドスローのレースが多く、普段発送では出負け気味のディープでも好スタートとなり、道中は今までにない逃げという形になったのです。

私は国内のレースではディープに負けろ!と思っていましたが、この日だけは違いました。古馬になり、より強くなったディープは日本史上最強の称号をひっさげ、日本の代表として世界一になるために凱旋門賞を出走したのですから、心の底から応援していました。

それが逃げという初めての展開となり、物凄く不安になりながら見てました。

しかし、ディープは阪神大賞典や天皇賞(春)でも4角先頭で2着以下を突き放しての完勝をしていましたから、スタミナに問題はないから逃げでも大丈夫!と思いながらレースを見ていました。

隊列に特別変化なく、最後の直線へ!

ディープは手綱をもったまま直線に入っても先頭でした。

私はこのまま行ける!と思いました。
そして武騎手がステッキを抜き、ラストスパート!
しかし、いつもの跳ぶような全身を使った走りではありません。
いつもは後続を突き放すところが突き放せません。
しかし、最後の200mを切ったところでもまだ先頭!
なんとか押しきれー!と思っていましたが、欧州馬独特の200m切ってからの伸びにより、フランス馬のレイルリンク、プライドに差され3着でゴールしました。
ディープが後ろからの馬に差されたのも初めてでした!

日本最強馬と言われたまでの敗北はショックが大きかったです。
アンチディープでしたが、それは日本だけでの話。
日本最強馬として、まだ底を見せていなく、万を持して、世界一になるべくして挑戦。
当時は日本で海外競馬の馬券は買えませんでしたが、現地オッズでもダントツの1番人気。
脱力感が凄かったです。
悔しすぎて言葉も涙も出ませんでした。

(のちに凱旋門賞に挑戦した三冠馬オルフェーヴルの負け方の方がショックでしたが)

ディープインパクトの最初で最後の凱旋門賞は敗北という結果で終わりました。

その後、日本ではOKでフランスではNGとなる禁止薬物の反応がディープから出て、失格となりました。
池江調教師曰く、ディープはフランスに到着してすぐに風邪を引いたとのこと。風邪の治療として使った薬が抜けきれていなく、反応し失格となったとのこと。
長距離輸送でディープは体調を崩し、本来の力が出せなかったのかもしれません。
それは今となってはわかりませんが。

ディープは帰国後はジャパンカップと有馬記念を走り、引退が決まっていました。

ジャパンカップ、有馬記念は今までと変わらない強さで勝ち、強いまま引退しました。

その後、種牡馬となったディープは現時点でG1 51勝しており、海外でもディープの子が活躍しています。
ディープの血は世界各国で広がりを見せてくれています。
そして今年はディープの相棒武騎手が大スランプに陥ってた際に復活をさせてくれたディープの子、キズナの産駒が初年度で早くも函館2歳ステークスを勝つなど活躍を見せてくれています!

ディープは競走馬として、父親として、日本の至宝となってくれました!

ディープの死を聞いて、ディープの現役時代のレースを見直しました。
当時はアンチディープでしたので、見えてても頭に入らなかったところが多々あったのが改めてわかりました。

ディープは小がらな体でありながら、全身バネのような柔らかい体で目一杯体を使い、跳ぶような走り、ホントに素晴らしい走りをした馬だなあと思いました。
そして何より、ディープは走ることが大好きで楽しそうに走っているように感じました (^o^)

ディープは17歳という若さでこの世を去りましたが、現役時代も父親としても、精一杯頑張って人生を駆け抜けました。

今はお疲れ様という言葉をディープインパクトに贈ります。

そして安らかに休養してください。

でも、ディープインパクトは天国でも走るのが好きで、過去の名馬たちと一緒に走り回っているかもしれませんね (^o^)

現役時代は言えませんでしたが、今なら素直に言えます (^o^)
ディープインパクト、自分達に夢を見させてくれたり、思い出を作ってくれてありがとう!
天から子供や孫たちの活躍を見ていてくださいね!
そしてディープがかなわなかった凱旋門賞制覇をディープの血から出てくることを応援してくださいね (^o^)v
私も一緒に応援するから (^o^)


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大船渡高校 佐々木朗希投手について









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日本の高校野球史上最速投手は現MLBエンゼルスの大谷投手が岩手の花巻東高校時代160kが最速でしたが、今年同じ岩手の大船渡高校の佐々木朗希投手が163kを出しました!

大船渡高校は岩手県大会の決勝まで残り、甲子園出場まであと一歩。
対する相手は、雄星、大谷の左右の超レベルの投手を輩出した花巻東高校でした。
岩手の名門高です。

大船渡の佐々木投手は準決勝で球数を投げすぎた為、監督の采配により佐々木投手を温存という形をとりました。

花巻東は甲子園常連高になりつつあるため、佐々木投手抜きでは大船渡は勝てないだろうと思いましたが、案の定、大敗し、甲子園の夢は佐々木投手が投げないまま散りました。

そして世で起こったのは監督の采配は正しかったのか、間違っていたのかです。

これには監督さんは非常に辛いでしょうね (>_<)

もう佐々木投手は日本だけでなく、メジャーからも視察が来ています。

佐々木投手は日本だけで収まらない器なのです (>_<)

監督さんは個人の今の夢を諦めさせ、今後の夢舞台に問題なく行かせることを選び、決勝戦は1球も投げさせませんでした。

佐々木投手は監督さんの采配なのでとしか言葉は残しませんでしたが、本音は本人にしかわかりません。

佐々木投手みたいな器をもし私が預かったら…
多分、私も投げさせなかったでしょう。
私は監督さん擁護派です。

しかし、今のプロ野球選手やメジャーの日本人は高校生の夢は甲子園なのだから、負けても投げさせるべきだったと言うかたも多数です。

私はその話を聞き、自分が好きな競馬に置き換えてみました。
1生に1度しか走れない日本ダービーの大本命の1番人気馬を熱発あけの週に走らせるか となった場合どうするか?

私は…

悔しくても回避し、凱旋門賞に向けたローテーションを組むでしょう…

ということは、私が大船渡の監督であった場合、佐々木投手は回避させます!

佐々木投手は日本だけでなく海外からも目をつけられている素晴らしい素材なのです。
もう監督さんには手に終えない器になってしまったのでしょう。

もし投げさせて勝ったら日本人は喜びますが海外メディアからは叩かれる。
投げさせて負けたら日本人からも海外メディアから両方からも叩かれる。
今回投げない選択をとりましたが、日本人もそれが正解と言ってるかたも多数いますので、監督さんは辛かったでしょうがそれが正解なのでしょう。

まだまだいろいろ意見が飛び交うと思いますが監督さんは周りの意見はシャットアウトして、自分の考えは正しかったと思うのを佐々木投手が今後証明してくれるはずです!

本当に難しい判断だと思いましたが、私は監督さんには今後も佐々木投手のような投手を輩出していただきたいと思います。

今の高校生はパワーも昔と違います!
投げる方も打つ方も!
くそ暑い中1枚投手だけでは今の時代持ちません。
試合間隔のことも世間にはいろいろバッシング受けていますが、2番手、3番手投手の成長が課題だと私は思います。
それか、先発、リリーフ、抑えと分けるか。

試合間隔を空けるのは甲子園球場である以上、雨天中止もありえますので、なかなか間隔の問題は難しいでしょう!

昨年の大阪桐蔭のように何枚も好投手がいるチームが勝ち上がって行く時代であると思います。

それでは以上で今回のブログは終わります。
ありがとうございました (^o^)v