2022年12月07日
アケミちゃん 3
5月の事件から1ヶ月以上過ぎた6月末、その頃になると警察も「何かあったら電話してね」と言って巡回しなくなってこなくなっていた。
俺自身、もう流石に無いだろうと勝手に思い込みかなり油断していた。
それがいけなかったのかもしれない。
その日の俺は夜中に小腹が空いたので、ちょっと何か買って来ようと駅前のコンビニまで行く事にした。時間は確か夜の10時半か11時頃だったと記憶している。
コンビニで買い物をして外に出ると、まだ終電の時間すら過ぎていないのに駅前にやけに人が少ない。
前回と同じ状況なのに、その時の俺はこんな事もあるんだなと特に気にせず歩き始めた。
暫く暗い夜道を歩いていると、いつも通る公園に差し掛かった。
すると、街灯の明かりに僅かに照らされてベンチに誰か座っているのが見えた。ただ距離が少し離れていたのと、街灯があるとはいえそんなに明るくないので誰が座っているのかまでは解らなかったが。
「こんな時間になにやってんだろ?」と思いながら公園を通り過ぎようとすると、その人影がこちらに気付いて駆け寄ってきた。
シルエットからどうやら女のようだと気付いた瞬間、俺は自分がいかにうかつな人間であるのか後悔した。予想通り駆け寄ってきたのはアケミちゃんだった…。
アケミちゃんはニコニコしながら「やっと会えたね」と嬉しそうだ。
手元には例の少し大きめのバッグも持っている、どう見てもその中には例の中華包丁が入っているだろうことは容易に想像が付く。
俺は何故かその時、かなりこんらんしていたようでこんな状況にも関わらず「相手はアケミちゃんじゃなければ、こんな最高なシチュエーションはないのに」と、この期に及んでわけの解らない事を考えていたのを覚えている。
そんな事を考えながらも、なんとかして逃げないといけないと考えをめぐらした。
アケミちゃんとの距離はまだ4〜5m離れている。彼女はなんと呼べば良いのか知らないが、掃いているのはヒールのついたサンダルみたいな靴のようで、明らかに走り難そうに見える。
ちなみに俺はスニーカー、そのうえ高校時代はバスケ部だったのでそこそこ体力にも自身がある。このまま走って逃げれば振り切れそうだ。
自宅の方向へ逃げるのは不味いと感じた俺は、タイミングを見計らに道を90度曲がり自宅とは別方向へ全力疾走した。
走りながら俺は警察に言われた事を思い出した。「携帯の番号登録しておくから、話ができなくてもかけてさえくれればアパートにパトカーを向かわせるよ」と。
慌てていつも携帯を入れているほうのポケットに手を突っ込んだのだが、携帯がない。反対側のケツのポケットにも手を当てて確認したのだが無い。
そういえば、どうせ直ぐ戻ってくるしと思ったので、携帯は充電器に差しっ放しで出て来たんだった…。
俺は自分の迂闊さを心底後悔した。
たぶん1q近くは走ったとおもう。
今考えるとかなり不自然なのだが、その間車は何台かすれ違ったが、歩いている人には一切出会わなかった。夜中の11時頃とはいえなんかおかしい、偶然か?
もう流石に追ってきてないだろうと考えた俺は、一端立ち止まりこれからどうすべきか考えた。
そこである事に気づき、今来た道とは別ルートでさっきの公園まで戻る事にした。
気づいた事とは、その公園には今時珍しく電話ボックスがあったのを思い出したからだ。
途中でアケミちゃんに出会うリスクはあるが、今時「確実に電話ボックスがある場所」というのはかなり貴重だ。とにかく警察に連絡を取らないといけない。
俺は神経質なくらい慎重に、曲がり角では特に細心の注意を払いながら、かなり時間をかけて公園まで戻った。
公園にちき周囲をうかがい更に公園の周りを一周して確認したが人影は一切無く安全そうだ。
安全を確認できた俺は電話ボックスへ向かうと扉を開けた。
その時、俺の肩を誰かが叩いた。
「マジですか…」
このとき俺は一生のうち最大の絶望感を感じていた。そして「きっと彼女とは別の人だ」という僅かな期待をもって振り返った。
そこには、当然のようににっこりと可愛らしい笑顔で俺を見つめるアケミちゃんがいた。
「うへぇああああああああああああああああ!」
俺はかなり情けない叫び声を上げて地面にしりもちをついた。
アケミちゃんはそれがおかしかったのか、俺を見下ろしながらクスクスと笑っている。その笑顔がやっぱりかなり可愛くて、可愛いからこそよけいに不気味だった。
こんな情けない状況でも、それでも俺は虚勢を張って「この前と言い今回と言い、なんで場所がわかるんだよ!」とかなり強気に質問を投げつけた。するとアケミちゃんは、またクスクスと笑いながら「だって、〇〇君のジーンズのポケットの中に“私”がいるから、どこにいてもわかるよー」と言い出した。
訳が解らない。こいつはやっぱりおかしい。いわゆる「本物」ってやつに出会ったことは無いが、これが本物というやつなんだろう。俺があっけに取られていると、アケミちゃんは「お尻のほうの右のポケットだよー」と言い出した。
どうたらポケットの中を確認しろということらしい。
逆らったら何をされるか解らない。おれは地面に座ったまま腰を少し浮かせポケットの中を確認してみた。すると中に何か細長い物がある。乾電池?と思いながらそれを取り出すと、街灯の薄明りに照らされたそれは人の指のようなものだった。
「ううぇ!」
俺はまた情けない叫び声を上げてそれを地面に投げ捨てた。
が、投げ捨てて気付いたのだが、触った感触といい触感と言いどう見ても本物の指ではな無さそうだ。どうやらマネキンか何かの指らしい。
するとアケミちゃんがにっこりと微笑みながら「捨てちゃダメだよー」と言いながら、指を拾い上げ目の前に屈みこむと、俺のポケットに指を戻し、そして耳元でこんな事を囁いた。
「次“私”を捨てたら殺すから」
俺は何か言い返したかったが、あまりの事に頭が真っ白になってしまい、ただ顔を引きつらさせることしかできなかった。
「ヤバイ、ヤバ過ぎる。こいつもんでもない。早くしないと殺される…」
しかし頭の中は完全にパニック状態。
とてもじゃないがこの状況で冷静な思考などできない。
するとアケミちゃんは「こんなところで話しているのもなんだし、〇〇君のおうちにいこ」というと、俺の腕を掴み片手で引っ張り起こした。
一応書いておくと、俺は身長175p、体重は72s。説明するまでも無いが、女の子が片腕で引っ張り起こせるような体格ではない。
とても10代の女の子とは思えない物凄い力だ。
あまりの事に唖然としている俺の腕を引っ張り、アケミちゃんはどんどん俺のアパートの方向へと進んで行く。どうやら俺の住んでいる場所も既に突き止めているようだ。
その時気付いたのだが、また電車の時のようにカチ、カチ…カチ、カチ…とプラスチックのような硬い軽い物がぶつかり合うような変な音がしている。アケミちゃんはニコニコと嬉しそうだ。そしてようやく気付いたのだが、どうやらこのカチ、カチという音はアケミちゃんが歩くたびに鳴っているらしい。
その時はどこから鳴っているのかさっぱり解らなかったが。
歩きながらアケミちゃんはかなり嬉しそうだ。そして俺の腕をしっかりと掴んでいて話祖にはない。俺は自宅につくまでになんとかこの場を切り抜ける方法を考えなければあれこれ思考をめぐらせた。が、そうそうそんな良い方法が思いつけるわけも無く、かと言って文字通りありえないレベルの「怪力女」であるアケミちゃんを力ずくで振り切るなど不可能だ。そしてなんら解決策が出てこないままとうとう自宅アパートに到着してしまった。
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