2022年06月13日
姦姦蛇螺 5
A「は、はい?」
伯父「おめぇら、まさかあれを動かしたんじゃねえだろうな!?」
身を乗り出し、今にも掴み掛かってきそうな勢いで怒鳴られた。すると葵がそれを制止し、蚊の泣くようなか細い声で話しだした。
葵「箱の中央…小さな棒のようなものが、ある形を表すように置かれていたはずです。それに触れましたか?触れた事によって、少しでも形を変えてしまいましたか?」
オレ「はぁあの、動かしてしまいました。形もずれちゃってたと思います」
葵「形を変えてしまったのはどなたか、覚えてらっしゃいますか?さわったかどうかではありません。形を変えたかどうかです」
オレとAは顔を見合わせ、Bだと告げた。
すると、おっさんは身を引いてため息をつき、Bのお母さんに言った。
伯父「お母さん、残念ですがね、息子さんはもうどうにもならんでしょう。わしは詳しくは聞いてなかったが、あの症状なら他の原因も考えられる。まさかあれを動かしてたとは思えなかったんでね」
B母「そんな…」
それ以上の言葉もあったんだろうが、Bのお母さんは言葉を飲み込んだような感じで、しばらく俯いていた。
口には出せなかったが、オレ達も同じ気持ちだった。
Bはもうどうにもならんってどういう意味だ?一体何の話をしてんだ?
そう問いたくても、声に出来なかった。
オレ達三人の様子を見て、おっさんはため息混じりに話しだした。ここでようやく、オレ達が見たものに関する話がされた。
俗称は『生離蛇螺』/『生離唾螺』
古くは『姦姦蛇螺』/『姦姦唾螺』
なりじゃら、なりだら、かんかんじゃら、かんかんだらなど、知ってる人の年代や家柄によって、呼び方はいろいろあるらしい。
もはや神話や伝説に近い話。
人を食らう大蛇に悩まされていたある村の村人達は、神の子として様々な力を代々受け継いでいた、ある巫女の家に退治を依頼した。
依頼を受けたその家は、特に力の強かった一人の巫女を大蛇討伐に向かわせる。
村人達が陰から見守る中、巫女は大蛇を退治すべく懸命に立ち向かった。しかし、わずかな隙をつかれ、大蛇に下半身を食われてしまった。
それでも巫女は村人達を守ろうと様々な術を使い、必死で立ち向かった。
ところが、下半身を失っては勝ち目がないと決め込んだ村人達はあろう事か、巫女を生贄にする代わりに村の安全を保障してほしいと、大蛇に持ちかけた。
強い力を持つ巫女を疎ましく思っていた大蛇はそれを承諾。食べやすいようにと村人達に腕を切り落とされ、達磨状態の巫女を食らった。
そうして村人達は一時の平穏を得た。
後になって、巫女の家の者が思案した計画だった事が明かされる。この時の巫女の家族は六人。
異変はすぐに起きた。
大蛇がある日から姿を見せなくなり、襲うものがいなくなったはずの村で、次々と人が死んでいった。
村の中で、山の中で、森の中で。
死んだ者達はみな、右腕・左腕のどちらかが無くなっていた。
十八人が死亡。(巫女の家族六人を含む)
生き残ったのは四人だけだった。
おっさんと葵が交互に説明した。
伯父「これがいつからどこで伝わったのかはわからんが、あの箱は一定の同期で場所を移されて供養されてきた。その時々によって管理者は違う。箱に家紋みたいなのがあったろ?ありゃ今まで供養の場所を提供してきた家々だ。うちみたいな家柄のもんでもそれを審査する集まりがあってな、そこで決められてる。まれに自ら志願してくるバカもいるがな。管理者以外にゃかんかんだらに関する話は一切知らされていない。付近の住民には、いわくがあるって事と、万が一の時の相談先だけは管理者から伝えられる。伝える際には相談役、つまりわしらみたいな家柄のもんは立ち会うから、それだけでいわくの意味をりかいするわけだ。今の相談役はうちじゃねえが、至急って事で、昨日うちに連絡がまわってきた」
どうやら、一昨日Bのお母さんが電話していたのは別のところらしく、話を聞いた先方は、Bを連れてこの家を尋ね、話し合った結果、こっちに任せたらしい。
Bのお母さんは、オレ達があそこに行っていた間にすでにそこに電話してて、ある程度詳細を聞かされたようだ。
葵「基本的に、山もしくは森に移されます。御覧になられたと思いますが、六本の木と六本の縄は村人達を、六本の棒は巫女の家族を、四隅に置かれた壺は、生き残られた四人を表しています。そして、六本の棒が成している形こそが、巫女を表しているのです。なぜこのような形式がとられるようになったのか。箱自体に関しましても、いつからあのようなものだったのか。私の家を含め、今現在では伝わっている以上の詳細を知る者はいないでしょう」
ただ、最も語られる説としては、生き残った四人が、巫女の家で怨念を鎮めるためのありとあらゆる事柄を調べ、その結果生まれた独自の形式ではないか…という事らしい。
柵に関しては、鈴だけが形式に従ったもので、網とかはこの時の管理者によるものだったらしい。
伯父「うちの者で、かんかんだらを祓ったのは過去に何人かいるがな、その全員が二、三年以内に死んでんだ。ある日突然な。事を起こした当事者も、ほとんど助かっていない。それだけ難しいんだよ」
ここまで話を聞いても、オレ達三人は完全に置いていかれた。きょとんとするしかなかったわ。
だが、事態はまた一変した。
伯父「お母さん、どれだけやばいものかは何となくわかったでしょう。さっきも言いましたが、棒を動かしてさえいなければ何とかなりました。しかし、今回はだめでしょうな」
Bのお母さんは引かなかった。
一片たりともお母さんのせいだとは思えないのに、自分の責任にしてまで頭を下げ、必死で頼み続けてた。
でも泣きながらとかじゃなくて、何か覚悟したような表情だった。
伯父「何とかしてやりたのはわしらも同じです。しかし、棒を動かしたうえであれを見ちまったんなら……お前らも見たんだろう。お前らが見たのは大蛇に食われたっつう巫女だ。下半身も見たろ?それであの形の意味がわかっただろ?」
「…えっ?」
オレとAは言葉の意味がわからなかった。下半身?オレ達が見たのは上半身だけのはずだ。
A「あの、下半身っていうのは…?上半身なら見ましたけど…」
それを聞いておっさんと葵が驚いた。
伯父「おいおい何言ってんだ?お前らあの棒を動かしたんだろ?だったら下半身を見てるはずだ」
葵「あなた方の前に現れた彼女は、下半身がなかったのですか?では、腕は何本でしたか?」
「腕は六本でした。左右三本ずつです。でも、下半身はありませんでした」
オレとAは、互いに認識しながらそう答えた。
すると急におっさんがまた身を乗り出し、オレ達に詰め寄ってきた。
伯父「間違いねえのか?ほんとに下半身を見てねえんだな?」
オレ「は、はい…」
おっさんは再びBのお母さんに顔を向け、ニコッとして言った。
伯父「お母さん、何とかなるかもしれん」
おっさんの言葉に、Bのお母さんもオレ達も、息を呑んで注目した。
二人は言葉の意味を説明してくれた。
葵「巫女の怨念を浴びてしまう行動は、二つあります。やってはならないのは、巫女を表すあの形を変えてしまう事。見てはならないのは、その形が表している巫女の姿です」
伯父「実際には、棒を動かした時点で終わりだ。必然的に巫女の姿を見ちまう事になるからな。だが、どういうわけかお前らは、それを見ていない。動かした本人以外も同じ姿で見えるはずだがら、お前らが見てないならあの子も見てないだろう」
オレ「見てない、っていうのはどういう意味なんですか?オレ達が見たのは…」
葵「巫女本人である事に変わりありません。ですが、かんかんだらではないのです。あなた方の命を奪う意思がなかったのでしょうね」
巫女とかんかんだらは同一の存在であり、別々の存在でもあり…?という事らしい。
伯父「かんかんだらが出てきていないなら、今あの子を襲ってるのは、葵が言うようにお遊び程度のもんだろうな。わしらに任せてもらえば、長期間になるが何とかしてやれるだろう」
緊迫していた空気が初めて和らいだ気がした。
Bが助かるとわかっただけでも充分だったし、この時のBのお母さんの表情は本当に凄かった。
この何日でどれだけBを心配していたか、その不安とかが一気にほぐれたような、そういう笑顔だった。
それを見ておっさんと葵の雰囲気も和らぎ、急に普通の人みたいになった。
伯父「あの子は正式にわしらで引き受けますわ。お母さんには後で説明してもらいます。お前ら二人は、一応葵に祓ってもらってから帰れ。今度は怖いもの知らずもほとほどにしとけよ」
この後日に関して少し話したのち、お母さんは残り、オレ達はお祓いをしてもらってから帰った。
この家の決まりだそうで、Bには会わせてもらえず、どんな事をしたのかわからなかった。
転校扱いだったのか在籍していたのか知らんが、これ依頼一度も見てない。
まぁ死んだとか言うことはなく、すっかり更生して今はちゃんとどこかで生活しているそうだ。
ちなみにBの親父は、一連の騒動に一度たりとも顔を出してこなかった。どいうつもりか知らんが。
オレもAも、わりとすぐ落ち着いた。
理由はいろいろあったが、一番大きかったのはやっぱりBのお母さんの姿だった。
ちょっとした後日談もあって、たぶん一番大変なはずだ。
母親ってのがどんなもんか、考えさせられた気がした。それにこれ以降うちもAんこも、親の方が少しづつ接してくれるようになった。
そういうのもあって、自然とバカはやらなくなったな。
一応他にわかった事としては、特定の日に集まっていた巫女さんは、相談役の家の人。
かんかんだらは、危険だと重々認識されていながら、ある種の神に似た存在にされてる。大蛇が山だか森だかの神だったらしい。それで年に一回、神楽を舞ったり祝詞を奏上したりするんだと。
あと、オレ達が森に入ってから音が聞こえてたのは、かんかんだらは柵の中で放し飼いみたいになっているかららしい。
でも六角形と箱のあれが封印みたいになってるらしく、棒の形や六角形を崩したりしなければ、姿を見せる事はほとんどないようだ。
供養場所は、何らかの法則によって、山や森の中の限定された一部分が指定されるらしく、入念に細かい数字まで出して範囲を決めるらしい。
基本的にその区域から出られないらしいが、柵などで囲んでる場合は、オレ達が見たみたいに外側に張りついてくる事もある。
わかったのはこれぐらい。オレ達の住んでるところからはもう移されたっぽい。
二度と行きたくないから確かめてないけど、一年近く経ってから柵の撤去が始まったから、たぶん今は別の場所にいるんだろうな。
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