2022年04月15日
職歴が長いからこそ再確認したいこと
どんな仕事であっても職歴が長くなるにつれて作業や組織内政治など目先のあれやこれに忙殺されて、なんのために働いているのかがわからなくなりませんか? かくいう私も「お金のため」とか「生活のため」を最終的な帰着点として呑み込むことで自分を納得させていた時期が長かったのですが、その手前にある「自分の仕事の成果を享受する人」だったり「自分が報酬を貰う前にその仕事で幸せになる誰か」をしっかりと自覚しておかないと精神的にキツいなと強く思うようになりました。平たく言えば「やりがい」というものに含まれる要素なんだと思いますが、そのワードを使うことで目的が曖昧になるので私は使いません。
その「誰か」は、狭い範囲に限定すれば割とすぐに見つけられるんですよね。例えば、プロダクトそのものは及第点を求められるだけのものなのに無理のあるスケジューリングによって過剰に心身がすり減る状態であっても、自分のタスクを滞りなく消化することで大切なチームメンバーの手柄になるからそれでいいんだ、とか。直近で終了した私の仕事がまさにそれだったわけですが、長い年月をかけて培われた私の目はそんな狭い視野で自分を落とし込むことを拒否しました。やっぱり業界全体のことや、社会的な役割について考えてしまうんですよね。自分のそういう働き方や働く姿勢が年の離れた後輩たちにどう影響するのか、現場全体の未来がどうなるのか。それを考えると納得できませんでした。
気づかない方が幸せだったかも?とも思わなくもないですが気づいてしまったものは仕方がありません。そもそも自分の考え方はもう古くて現在の潮流についていけなくなっている可能性もあり、抵抗するにせよ受け入れるにせよ相当なパワーが必要になるのですがそこまでの気力も見つけられないので、潔く業界を離れるということも選択肢に入れて模索中です。守るものがあればきっと頑張れるんでしょうね。私には今それが何もないので、見つけることが先決かもしれません。
その「誰か」は、狭い範囲に限定すれば割とすぐに見つけられるんですよね。例えば、プロダクトそのものは及第点を求められるだけのものなのに無理のあるスケジューリングによって過剰に心身がすり減る状態であっても、自分のタスクを滞りなく消化することで大切なチームメンバーの手柄になるからそれでいいんだ、とか。直近で終了した私の仕事がまさにそれだったわけですが、長い年月をかけて培われた私の目はそんな狭い視野で自分を落とし込むことを拒否しました。やっぱり業界全体のことや、社会的な役割について考えてしまうんですよね。自分のそういう働き方や働く姿勢が年の離れた後輩たちにどう影響するのか、現場全体の未来がどうなるのか。それを考えると納得できませんでした。
気づかない方が幸せだったかも?とも思わなくもないですが気づいてしまったものは仕方がありません。そもそも自分の考え方はもう古くて現在の潮流についていけなくなっている可能性もあり、抵抗するにせよ受け入れるにせよ相当なパワーが必要になるのですがそこまでの気力も見つけられないので、潔く業界を離れるということも選択肢に入れて模索中です。守るものがあればきっと頑張れるんでしょうね。私には今それが何もないので、見つけることが先決かもしれません。
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