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2012年02月13日

輪舞 ―Rondo of Lives―(1)(半分の月がのぼる空・二次創作作品)







月曜日。ライトノベル・半分の月がのぼる空の日です。今日から新しいお話です。
 それではその前にコメント返し。


 いえ、雑談のリクエストですwww

 そっちかい!!その発想はもっとなかった!!
 あ〜でもそれはどうかな〜?
 お題もらって雑談出来るほど、間口広くないんですよね〜。
 浅くて狭い我が世界・・・。



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 桜が咲く。
 可憐に。
 輝き。
 今、自分が在るこの時を、歓びの歌で祝うため。

 桜が舞う。
 優しく。
 軽く。
 今、自分を包むこの世界。
 それを愛しく抱くため。

 桜が散る。
 儚く。
 切なく。
 それでも気高く。
 移り過ぎ行く時の先。続き続く、遠い明日。それを想い、見つむため。

 それを信じ、願うため――


          輪舞 ―Rondo of Lives―

                        ―1― 

 その日は、久しぶりにこれ以上ないってくらいの晴天だった。

 長かった冬があけ、春が来て、さらに数ヶ月がたった今。
 例年通り、律儀にやって来た低気圧の団体が湿った空気とうっとおしい雨を振りまき続ける、梅雨の頃。
 その合間に束の間顔を覗かせた空は、この前見た時とは少しだけ、けれど確かに、その様を変えていた。

 そこに湛えられていた色が、うすぼけた春のそれから、より深い清冽な青へと変わっていた。
 浮かぶ雲が、その白さと密度を増して、空の端から綿菓子の様に膨らむ準備を始めていた。
 それらの中心に座する太陽が、身に纏う熱を幾ばくか強め、穏やかだったその輝きが、今は少しばかり目に眩い。

 ―仰望に広がる、半ば衣替えを終えた空の彩。

 そこにはもう、春の稚さはなくて。
 それでも、夏と言うには、まだまだ厳しさに欠けていて。

 ゆっくりと、いろんなものが剥けかける季節。
 曖昧な、けれどだからこそ、何かの期待を抱かせる季節。

 そんな曖昧な期待でいっぱいに彩られた空の下を、僕は自転車で駆けていた。 

 カラカラッカラカラカラカラッ

 錆だらけの筈のペダルが、妙に軽やかに歌っている。今日の空に合わせたのか、いつもの重い軋みが嘘の様だ。

 カラカラッカラッ

 日の光のせいで穏やかに温んだ空気を、駆ける自転車はサクサクと切り分ける。その度に辺りに満ちる日の匂いが風に変わり、涼やかな感触を残して後ろへと流れて行く。
 その感覚がひどく爽快で、心地いい。

 キョッキョ、キョキョキョキョッ

 回るペダルの音に合わせる様に、何処からともなく軽快な声が響いてきた。
 毎年、今頃になると聞こえてくる声。多分鳥なんだろうけど、その姿を見た事はない。何なんだろうな、あれ。
 ペダルをカラカラ漕ぎながら、ぼんやりそんなことを考えていたら、

 「――ホトトギスが鳴いてる。」

 後ろからそんな声が飛んで来て、いささかギョッとした。まるで、僕の思考を読んだ様なタイミングだ。
 ・・・まさか、気付かないうちに独り言言ってたわけじゃないよな?それじゃ、ちょっと傍目にハズいぞ。
 などという下らない心配をしつつ、そっと後ろを見やる。

 廻った視界に、風になびく綺麗な髪が踊った。

 荷台にちょこんと座った少女―里香は、その長い髪を揺らしながら、視線を遠い空へと泳がせていた。
 こっちを気にしてる様子がない所を見ると、僕のささやかな心配は杞憂だった様だ。いささかほっとしながら、その横顔を改めて見つめる。
 注がれる日差しが眩しいのか、宙を仰ぐ瞳が細められている。その頬は注ぐ日の光に薄朱く染まり、長い髪が風に揺れる度、白いうなじが露になる。
 不意に目に入った艶かしいラインと白さに一瞬見入っていると、視線を察したのか不意に彼女がこちらを向いた。その目が、怪訝そうに細まる。
 「何?」
 「あ、いや。」
 「運転中に、よそ見しない!!コケたりしたら、どうする気?」
 うわ、やばい。声が怒ってる?
 「だ、大丈夫だって。このくらいで・・・。」
 「大丈夫じゃない!!」
 慌てて出した言い訳も、にべもなく一蹴される。
 「コケたら、あたしも巻き込まれるんだから!!」
 「いや・・・」
 心配ないって。お前を乗せてる時は、どんな事があったってコケたり・・・
 「前!!ちゃんと見る!!」
 「う、うす!!」
 ・・・格好もつけさせてもらえません・・・。
 「怪我してから後悔したって、遅いんだからね!?」
 「・・・うぃ。」


 キョキョキョッ、キョキョッ

 「あ、また鳴いてる。」
 軽く、速く、転がる様なテンポで紡がれる、夏告げの歌。
 それは、季節の交代を知らせると言うよりも、次に控える夏を、早く早くと急かしてる様だ。
 その歌に後押しされて、僕はさらにスピードを上げる。


 「ねぇ、裕一。」
 また、後ろから声がかけられた。
 そこに、もう怒りの気配がない事にほっとしながら、僕は声を返す。
 「何だよ?」
 「あの“こ”どうしてるかな?」元気に、してるかな?」
 その声にはほんの少し、不安そうな響きが混じっていた。
 「そうだな・・・。」
 呟く様にそう言うと、僕は視線を前に戻した。
 ――あれは、ちょうど二月ほど前――
                  


                      ―2―


 キィ・・キィ・・

 薄暗い空気の中に、錆びたペダルの軋む音が響く。
 その音を聞きながら、僕と里香は夜闇の落ち始めた家路を“ゆっくり”と急いでいた。

 その日は里香の定期検診の日で、僕も彼女に付き添って病院に行っていた。
行ったはいいが、検査が長引いた。やたらと長引いた。
どうやら、検査の途中で担当医が里香の機嫌を損ねてしまったらしい。
 すぐに分かった。
 何しろ、検査室の扉越しに医師を罵倒する物凄い声が聞こえたから。
 はは。あの調子では、検査が順調に進む道理なんてありゃしない。そもそも、里香は夏目の後に担当になった医師とは折り合いが悪いのだ。いつぞやみたいに、血の滴るチューブをぶら下げたまま、帰るとわめき出さないだけマシというものだ。
 「もう!!こんなに遅くなっちゃった。あのバカ医者、ホントにグズなんだから!!」
 後ろでは、今だ憤激収まらずといった調子で里香が毒づいている。かなり、怖い。全く、この里香に敵視されるとは件の医師も酷い災難だ。
 亜希子さんに聞いたところによると、里香の検査の後、時折件の医者の姿が見えなくなる事があるらしい。そんな時は決まって、薄暗い職員用トイレの奥からブツブツとうわ言の様に呟く声が聞こえてくるとか。
 ・・・気の毒だ。本当に、気の毒だ。
彼の精神が、担当が替わるその日まで、健常であり続けられる事を切に願わずにはいられない。(・・・すでに駄目そうだけど。)
 治まる気配のない罵詈雑言を聞きながら、そんな事を思って僕は苦笑した。

 キィ・・キィ・・

 錆びた声が、里香の声と一緒に耳に響く。
 夜はだんだんと濃くなってきていたけれど、進む事に不便はなかった。
 川沿いの土手道。所々に古びた外灯がまばらに立っているだけの、寂れた道。それが、今は空から落ちてくる淡い煌に満たされて、ホンノリと明るい。
 落ちてくる煌を追って、空を見る。
 見上げた先には、夜の色に満たされた空。そしてその真ん中で、何時の間にか浮かんだ大きな半月が、煌々と輝いていた。

 本当は、こんな道は普段の通院では使わない。
 けど、僕は今日あえてこの道を選んだ。
 実は、ちょっとした“目当て”があったのだ。

 「へぇ、いいね。ここ。」
 里香が周りを見回しながら、そう言った。
 僕らが進む道には、それに沿う様にして桜が何本も植えられていて、それらが周囲を可憐な春の色に染め上げていた。
 「だろ?」
 少し得意になって、僕は言った。
 「うん、すごいね。」
 里香にしては、素直に感心した様な声。
 うはは、ちょっと、いやかなり気分がいい。
 ここは、以前里香に話した河原沿いの桜並木。
 去年はああ言いながら、結局花見に行ったのは五十鈴川の方だった。だから、こっちは今年改めて、と言うわけだ。

 「きれいだね。」
 改めて、里香が言う。
 「盛りはちょっと、過ぎてるけどな。」
 「でも、きれいだよ。」
 微笑みを、そのまま音にした様な声。それが、耳に心地良い。
 僕が言った様に、盛りは少々過ぎていた。それらの姿は幾分痩せ、中にはもう次の季節を飾るための新芽を膨らませている枝もある。けれど、残った花々はまだまだ密に茂り、その身を可憐に飾り立てていた。
 自転車の車輪が回る度、積もった花弁が舞い上がり、枝から舞い散る花と共に周囲を踊る。それらが降り注ぐ月明かりを受けて輝く様は、なかなかに幻想的で、素敵だった。
 「昼間の桜もいいけど、夜桜もいいね。」
 「そうだな。」
 「これ見ながら赤福食べたら、美味しいだろうな。」
 「何だ?結局、花より団子かよ?」
 「桜も見るってば。」
 「ホントかぁ?」
 「何よ、裕一のバカ!!」
 「うわ、痛っ!こら、叩くなって!!危ないだろ!!」
 里香が、僕の頭を後ろからペシペシと叩いてくる。痛い痛いと痛がる僕を見て、里香はあはは、と笑った。
 その声を聞いてると何だか嬉しくなってきて、僕も痛い痛いと言いながら、うはは、と笑った。
 裕一変なの。叩かれてるのに笑ってる。そう言って里香がまた、あはは、と笑う。
 そうだな、変だな。と僕もまた、うははと笑う。
 あはは、うはは、と僕達は笑いあった。

 錆びたペダルも、カラカラ笑う。

 ――と、
 「――?」
 それまでほんのりと明るかった道が、急に暗くなった。
 上を見ると、何時の間にか流れて来た厚い雲が、そこに浮かんでいた筈の月を覆い隠していた。
 世界が、夜の色に満たされる。
 まぁ、外灯の光や自転車のライトの光があるので、進むこと自体にはさして支障はないのだけれど。 それでも念のため、僕は自転車のスピードを少し落とした。

 「裕一、止めて。」
 里香がそう声を上げたのは、その時だった。
 「何だよ?急に。」
 「いいから、止めて。」
 わけが分からないまま、それでも僕は彼女に従って路肩に自転車を止めた。里香が荷台から降り、そのまま土手を降り始める。
 「おい、暗いぞ!!足元、危ないって!!」
 「わかってるから。大丈夫。」
 慌てて声をかける僕を振り返りもせず、そう言って里香は暗い河原へ降りて行く。
 ああ、もう。ほんとにわかってんのかよ。
 溜息を一つついて、僕は里香の後を追った。


                                         続く
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