木曜日。2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意
イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。
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―黄昏―
カチャカチャ・・・
そば粉とダシ汁の香りの満ちた厨房に、食器と食器がダンスを踊る音が緩やかに響く。
手にしたスポンジから生まれたシャボンの玉。
それが、クツクツと歌う鍋から流れる湯気に乗ってフワリフワリと旅に出た。
自分の手から旅立った、可愛いシャボンの旅路を見届けようと、ミドリはその視線を宙に舞わせる。
―と、
「ほらほら、ミドリお姉ちゃん。手がお留守になってますよ?」
すかさず横から飛んできた声が、シャボンと一緒に空中浮遊の旅に出て行きかけてたミドリの意識のシッポをつかまえた。
「あわわ、ゴメンなのれす。タマミさん。」
泡だらけの手で頭をかきながら、ミドリはその顔にバツの悪そうな笑みをフニッと浮かべるとまた洗い作業へと戻った。
また、カチャカチャと食器のダンスの音が響く。
しばしの間。そして、
「はい、終りです。」
最後の一枚の水気をきれいにふき取って食器棚に戻すと、タマミはパンと手を打って、ニッコリと笑った。
「終わったのかい?」
かけられた声に振りかえると、そこには恰幅の良い初老の女性が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「はい、トキさん。」
「みんな、ピッカピカなのれす。」
笑顔で返すタマミとミドリに、トキが何やら包みを差し出す。
「ご苦労さん。ほら、これ持っていきな。」
「?、何れすか?」
中を覗いて見ると、透明なパックに入った蕎麦色のかたまり。フワリと温かい湯気と共に、香ばしい蕎麦の香りが立ち昇った。
「ソバガキだよ。蕎麦に仕立てたものより、滋養があるんだ。アカネちゃん、調子崩してるんだろ?持ってって、食べさせてあげな。」
「わぁ、ありがとうなのれす。」
「すいません。トキさん。」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべるミドリとタマミに、トキは後ろを指差しながら耳打ちする様な声でささやく。
「〜って言ったのは実はうちの人。」
「ほえ?」
「そうなんですか?」
「そうさ。まったく、そんなに心配なら、自分で渡しゃあいいのにねぇ?」
そう言って、トキはクックッと笑う。
「おい!!余計なこと言ってんじゃねぇ!!」
飛んできた声の方を、ミドリとタマミが見やる。
そこには、こちらに背を向けて明日の仕込みをしている千石屋の主の姿。
歳に似合わずしゃんと伸びたその背中は、悟郎とはまた違った頼もしさと優しさを感じさせる。
「ありがとうございます。」
「ありがとうなのれす。」
その背に向かって、タマミとミドリはそろって頭を下げる。
「・・・ふん。最近の若いもんは、やわでいけねぇ。とっとと帰って、それ食わせてしっかり寝かしつけとけ!!」
ぶっきらぼうに答えるその頬が、後ろから見ても赤くなっている。
それを見止めて、ミドリとタマミはそろってクスリと笑う。そしてもう一度声を合わせて、
「「了解(れす)!!」
と、敬礼を返した。
「早く帰って、アカネお姉ちゃんに食べさせてあげましょう。」
「・・・タマミさん。」
ニコニコしながら足早に家路を急ぐタマミの背に、少し遅れて歩いていたミドリがそう声をかけた。
「何ですか?ミドリお姉ちゃん。」
振り返ると、ミドリは彼女らしからぬ神妙な顔をして、タマミを見つめていた。
「あのれすね・・・。アカネさん、大丈夫れしょうか・・・?」
不意にかけられた問いに、タマミはキョトンとする。
「にゃ?・・・大丈夫って、お怪我のことですか?それでしたら、ユキさんの御陰であの日のうちにあらかた治っていましたし、あとは体力が戻れば・・・」
「・・・そうじゃないのれす。」
つぶやく様なミドリの言葉に、タマミは怪訝そうに眉を潜める。
「なんか、変なのれす・・・。今の、アカネさん・・・。」
「変、って?」
タマミの問いに、ミドリも何事か悩む様に眉根を寄せながら一句一句、言葉を紡ぐ。
「ミドリさんにも、よく分からないのれす・・・。分からないけど、変なのれす。だって、今のアカネさん・・・」
ミドリの顔が、不安に曇る。
「全然、笑ってくれないのれす・・・。」
「え?そんなことないですよ。今朝だって、タマミ達を見送ってくれた時・・・」
「あれ、違うのれす・・・。アカネさん、無理してただけれす・・・。」
思いがけない、ミドリの言葉。
タマミは当惑したまま、ただ立ち尽くすだけだった。
「・・・ん・・・」
開け放たれた窓から刺し込む茜色の陽光の中で、アカネはその瞳を開けた。
被せられていたタオルケットを剥ぎ、ゆっくりと身を起こす。
自分の名と同じ色に染め上げられた部屋。
他に何者の気配もなく、ひっそりと静まり返っている。
学校に通っているメンバーは、まだ帰ってきてはいない。ミカとアユミは、買い物にでも出ているのだろう。
―悟郎が留守の間、とりあえず皆は普段通りの生活に戻ることにしていた。
こちらの都合はどうあれ、学校の授業は進んでいくし、日々の糧もまた必要であることに変りはないのだから。
だから本当なら、アカネも家(ここ)にはいない筈の時間である。
けれど、いつもと違う様子をランやアユミに見抜かれ、半ば強引に休まされていた。
乱れた髪をかきあげ、溜息をつく。
過剰な睡眠のせいか、頭が重い。喉の乾きを覚えて、布団から立ち上がる。その拍子に、軽い目眩を覚えてふらついた。思わず壁に手をつき、ユラユラと揺らぐ不快感に、目を瞑って耐える。
―確かに、身体の調子は良いとは言い難かった。
皆は、例の悪魔から受けたダメージが抜けていないせいだと言っていた。
けれど、本当はそうではない事を、アカネ自身は理解していた。
―弱っているのは、身体ではなく、心なのだということを。―
あの日。底冷えのする様な闇と静寂の中で、黒い翅を背負った少女に投げかけられた言葉。
『そんなんで、どうやってご主人様御守りする気なの?』
『ざまぁないの。守護天使が守られてちゃ、世話ないねぇ?』
それは、守護天使が守護天使たる意義を、根底から否定する言葉。
そして、その言葉を否定することも適わなかった現実。
目を瞑れば、あまりにも容易に思い描ける、あの時の光景。
静寂に堕ちた街。冷え切った空気。赤錆色の月。
闇を背負い、朱い三日月を浮かべた顔で、冷やかに見下ろす少女。
目の前に、震えながらも毅然と立つ、広い背中。
そして、成す術もなく、ただ地に転がるだけの自分。
幾度忘れようとしたか分からない。けれど、忘れようとする度に彼の光景はより鮮明に甦り、記憶に濃く深く焼き付いていく。
心の中で、エンドレステープの様に幾度となく繰り返される、少女のあの言葉と共に。
流しで、コップに水を注ぐ。コップの中で揺らめく水をしばし眺め、一息に飲み干した。初夏の水道から直接注いだ水は生温く、カルキ臭い。濁っているくせに味気のない、虚ろな味。
―まるで、自分の今の心の様。
また、目眩。こらえ切れず、壁に背を預けてズルズルとへたり込む。
どんなに休んでも、どれだけ傷が癒えても、足に、身体に、心に、力が戻らなかった。
―情けない。
知らず知らずの内に、喉の奥から乾いた笑いが漏れ出してくる。
自分が、こんなにも脆弱だとは思わなかった。
あの一言二言に、ここまで心を打ち砕かれるなんて。
この一大事に。皆が心を一つにして、悟郎を守らなければならないこの時に。
こんな有様では、ますますあの悪魔の言う通りではないか。
まったく、滑稽な事この上ない。
自分で自分を嘲笑しながら、アカネは子供の様に膝に顔を埋め、肩を震わせた。
自分の喉から洩れる声が、笑い声なのか、それとも嗚咽なのか、もう、分からなかった。
カタン
不意に聞こえたその音に、アカネはビクリと顔を上げた。
居間の方で、何かの気配がする。
誰か、帰ってきたのだろうか。
慌てて腰を上げて目尻をぬぐうと、居間へ向き直ろうとする。
けれど身体がそちらを向く前に、その背を声が打った。
「・・・ご主人様・・・。」
「!!」
聞き覚えのあるその声に、アカネの身体は一瞬にして凍りつく。
心臓が早鐘の様に鳴り、身体中の血が一斉に引いていくのが分かった。
何か行動しなければならない。ならない筈なのに、すくみ上がった足が言うことを聞かない。
ただ、立ちすくむ。
しばしの、間。
日が傾き、薄闇の落ちてきたキッチンを静寂が包む。
最初に聞こえたっきり、居間からは声も、物音もしない。
気のせい?
それとも、誰もいないと思って、立ち去ったのかもしれない。
そんな、希望的観測が浮かんでくる。
自分をごまかす程度の、頼りのない可能性。
けれど、それでも全身の弛緩は緩んだ。
様子を見ようと、音を立てない様にゆっくりと向き直る。
―向き直った瞬間、二つの琥珀色の瞳と目が合った。
「ひっ!?」
思わず小さな悲鳴を上げ、後ずさる。壁に背が当たり、トンッと音が響いた。
「失礼だね?化け物でも見たみたいに・・・。あ、でも似たようなもんか・・・。」
夕日を受けて、朱色に染まった白髪がシャラリと揺れる。窓を背に負い、逆光の中で影に落ちた顔はよく見えない。その中で、琥珀色に輝くその双眸だけがやけにはっきりと目に映えた。
「なぁんだ。誰かと思ったら、狐さんじゃない?お元気ぃ?」
滑る様な足取りで近づくと、少女はアカネの顔を覗き込みながらそう言った。
自分の瞳を琥珀の視線で間近から射貫かれ、アカネは身動きも出来ない。少女から漂う妖気が、冬の空気の様な冷感となって肌を刺す。鼻先で、少女の髪が甘く香った。
「・・・あれぇ?ひょっとして、怖がってる?」
アカネの様子に気づいた少女が、一瞬キョトンとし、そして破顔する。
「きゃはは。やーだ。怖がんなくてもいいよぉ。今日はその気ないから、イジメないって・・・。」
さも可笑しそうに、キャラキャラと笑う。そこにあるのは、友達と遊ぶ子供の様な屈託のない無邪気さだけ。
前にしているのが、ほんの数日前に確かな意思をもって害した相手だというのに。
ニコニコと微笑みながら、少女はアカネに語りかける。
「丁度良かった。聞きたいことあったんだ。教えてよ。あのさ・・・」
不意に、その声の調子が変る。
少女の顔がズイッとアカネの顔に寄せられ、アカネは思わず仰け反った。
「・・・ご主人様、何処にいるの?」
その言葉がスイッチになった様に、少女の表情から稚気が消えていた。
代わりに、触れるもの全てを傷つける様な鋭さがそこに張りつく。
「ご主人様の気配が、追えなくなったの。昨日から。つながってるのに。何処にいても、分かる筈なのに・・・。何で?ご主人様、一体何処に行ったの?」
部屋に流れる冷気が、その密度を増す。
少女の髪が、風もないのにザワリとざわめいた。
「教えてよ。知ってるんでしょ・・・?」
互いの息遣いを肌で感じる程の距離で、少女の瞳がアカネを凝視する。深く、冷たい、琥珀の輝き。
クラリ
一瞬、引き込まれそうになる意識を寸での所で引きとめると、アカネはカラカラになった喉から、声を絞り出す。
「・・・知らない・・・!!」
「嘘。」
即答。
くっと、言葉につまる。
少女の瞳が、キュウと細まった。
「・・・知ってるんでしょう?わたしが、なにか。どうせ、あの夜にメガミから聞いてる筈。」
ザワリザワリと、髪がざわめく。
「・・・駄目駄目、『悪魔』に嘘つこうなんて、十年早いよ?ねぇ、『天使』様・・・。」
嘲る様に、クックッと笑う。薄い唇が三日月に歪む度、鋭い牙がのぞく。
「ねぇ、無駄なことしないでさぁ、教えてよ。ご主人様、どこに行ったの?どこにいるの?」
薄笑いを浮かべた少女が、改めてアカネの顔をのぞき込む。
アカネは硬く口をつぐみ、それから目を反らした。
「・・・存外強情なんだねぇ・・・?」
反らした視線の端で、ボソリとそんな声が聞こえた次の瞬間、
ダンッ
「!?」
不意に伸びてきた白い手が、アカネの頬をかすめて後ろの壁に突き刺さる。
猛禽の様に開いた指が壁を掴み、鋭い爪がギリギリと白い壁肌に食い込んでいた。
アカネが思わず戻した視線が、自分を見据える双眸とかち合う。
琥珀の瞳が、鮮やかな朱へと染まっていた。
「!!」
その意味を知るアカネの背筋に、悪寒が走る。
耳のすぐ横で、爪が壁を噛む音がギギッと響いた。
「教えてくれないなら、また、イジメちゃうよ・・・?」
暗く沈んだ声で呟きながら、少女はもう一方の手の指を、ゆっくりとアカネの顎に添える。
クンッと軽く持ち上げられる感覚。冷たい爪の触感が悪寒となって背を走る。
「・・・!!」
息を呑むアカネを見て、少女はその朱眼をニィッと細める。
「ね、お・し・え・て。」
「・・・・・・。」
しばしの間。
そして、アカネは再び口をつぐんだ。
「・・・あ、そう。」
そんな呟きとともに、少女の瞳の朱がその鮮やかさを増す。爪の切っ先がゆっくりと滑るのを感じて、アカネはギュッと目をつぶった。爪が、頬に触れる。そして―
「御主人様は、今この町にはいません。」
「?」
不意に割り込んできた声に、少女は手を止め、その視線を件の声の主に向ける。向けたその先に、端整な顔を緑のベレー帽と丸ぶちの眼鏡で飾った少女が立っていた。
かけた眼鏡の奥から、凛とした眼差しが真っ直ぐに少女を見据えている。
「アカネちゃんから離れなさい。」
言いながら、ためらう事なくツカツカと少女に歩み寄る。
「アカネちゃんは、誰かさんからうけた傷が、まだ治りきっていません。ご質問なら、わたくしがお受けしますわ。」
そう言って、アユミは持っていた買物かごを、ポスンと床に置いた。
「ちょっと、アユミィ〜〜、そんなさっさと、行かないでさぁ、半分持ってくれたってい〜〜じゃん?そりゃ、ファッション誌とか新発売の化粧品とか、ちょ〜〜っと買い過ぎちゃったかな〜〜とは思うけどぉ・・・って、ありゃ?」
やたらと膨らんだ買物袋を両手に下げて、ブツブツと恨み言を言いながら居間に入ってきたミカ。
その顔が、訝しげな表情を浮かべる。
先に部屋に入ったアユミと、留守番をしていたアカネ。その二人の他にもう一つ、見なれない顔がある。
黒一色のゴスロリ調の服に身を包んだ、白髪の少女。
見た目、自分より五,六歳程年下に思える。
少女は妙に朱い瞳でミカを一瞥すると、興味無さ気に視線を逸らした。
「あんた、誰?アカネの友達?ってことは、中学生?その割には、随分と小洒落た恰好してるわね。あ、ひょっとして、これからどっかで誕生日パーティーでもあるとか?」
そんなミカのお喋りを、アユミがそっと片手を上げて止める。
「?、何よ?」
「ミカちゃん、この方、多分そんな平和的な方じゃありませんわ・・・。」
「へ?」
一瞬ポカンとしたミカだが、改めて皆の様子を見回し、その少々異常な雰囲気に気がつく。
青ざめた顔をし、怯えた様子のアカネ。
滅多にない、緊迫した表情のアユミ。
そして、件の少女が発する、妙に冷たい気配。
―そういえば。
やっと、思い当たる。
目の前の、この少女の姿恰好は・・・。
「え!?何!!?ひょっとして!??」
ミカの驚声に応じる様に、アユミが改めて少女に問いかける。
「あなたが、御主人様に付き纏っているという、「悪魔」ですね?」
「付き纏うなんて、心外だなぁ・・・。他に言い様ないの?」
問いに対する直接の答えではないけれど、それでも十分肯定の意を持つ言葉を少女はサラリと口にした。
「何ィ〜〜!!?」
少女の言葉を聞いた途端、ミカがそう叫んで仰け反る。次の瞬間、その身を隠す様にドロンと煙が上がった。
「「「?」」」
他の三人が何事かと見守る中、モウモウとたち込める煙の中から、〇撰組コスチュームに身を包んだミカが現れる。
その背には、朱に刻まれた「ご主人様・LOVE!!」の旗印。天井につっかえない程度に高く掲げられたそれは、誇らしげにはためいて〜否。室内なので風がなく、申しわけなさそうに、力なくぺタリと垂れ下がっている。
「こら!!そこのがきんちょ!!」
当のミカ本人は、そんな旗のやるせなさなど気にもせず、胸を張って威風堂々と見栄を切る。
「コスプレ小悪魔の分際で、ご主人様に手を出すだけで極刑モンなのに、あまつさえミカとご主人様の愛の巣(マイホーム)にまで土足で乗り込んで来るなんて!!」
その途端、(コスプレはどっちだ!!)と言う視線が三方から飛んできたが、そんな事を意に介するミカではない。
「そんな狼藉、お天道様とユキが許しても、このミカ様が許さないわ!!そこになおれ!!我が虎徹の錆にしてくれる〜っ!!」
そう言って、手にした得物(―百金で買った、ソフビ製の刀。とりあえず柄の所にマジックで「虎徹」と書いてあるが、多分、切れない。)を上段に構える。そして―
パシンッ
「きゃんっ!!」
顔面を「天誅」と書かれたハリセンで強打され、ミカはあえなく崩れ落ちた。
「・・・何?それ?」
「お気になさらないでください。ただの通りすがりのお笑いウサギですわ。」
床に伸びたミカを見下ろしながら問う少女に、手にしたハリセンをしまいながら、アユミは淡々とそう答えた。
「・・・アユミィ、酷いぃ〜〜〜!!!」
夕暮れの居間に、そんな悲しげな声が細く響き渡る。
―当然、同情する者はいなかった。
続く
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