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2013年03月08日

十三月の翼・33(天使のしっぽ・二次創作作品)







 はい。みなさん、こんばんは。
 久方ぶりの「天使のしっぽ」の二次創作掲載です。
 例によってヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意。



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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 闇に堕ちていた公園に、光が満ちる。
 フワリ
 光の中で軽やかに舞う神衣。
 慈愛の風の中で、艶やかに流れる黒髪。
 その様に、その場にいた全員が息を呑む。
 「何とか、間に合った様ですね。」
 その顔に穏やかな微笑みを浮かべ、メガミ―ユキはそう言った。


                          
                      ―神威―


 「「ユキおか〜さ〜ん!!」」
 ナナとルルがそう叫びながら、ユキにしがみつく。
 「お、お母さんはやめなさい・・・。」
 そう苦笑いしながら、ユキは二人の頭を撫でる。
 「遅れてごめんなさい。皆、本当に頑張りましたね。」
 言いながら、トウハの姿をしたアカネを見る。
 「!!」
 金色の瞳に見つめられ、思わず身を固くするアカネ。
 それに気づいたモモが、慌ててアカネの前に立つ。
 「待ってください!!アカネお姉ちゃんは、ご主人様を・・・皆を守るために・・・!!」
 そんなモモの肩に、アカネは手を置きながら微笑む。
 「いいんだよ。モモ。わたしは・・・」
 「でも・・・!!」
 なおも言い募ろうとするモモ。
 しかしー
 「二人とも、何を勘違いしているのですか?」
 「「え・・・?」」
 ユキの言葉に、ポカンとする二人。
 「私は、アカネさんを罰しようなどとは、少しも思っていませんよ?」
 「で・・・でも、わたしは・・・!!」
 アカネの告白を、ユキは首を振って遮る。
 「全てはご主人様をお守りするため・・・。皆を、家族を守るため・・・。ならば、それの何が罪になるのですか?何を、咎めよと言うのですか?アカネさん、貴女は守護天使の道を外してなどいません。」
 「ユキ姉さん・・・。」
 その慈母の如き笑顔が、アカネに久方ぶりの安らぎを与える。
 ―と、安堵の息を漏らしていたモモが、ハッとした様に言う。
 「そうです!!ユキお姉ちゃん、ご主人様と皆が・・・」
 モモの訴えに、ユキは表情を引き締めて言う。
 「ええ、分かっています。だけど、今は・・・」
 ヒュヒュンッ
 瞬間、皆に迫る空気を切り裂く音。
 しかし、それと同時にユキが手にした杖を高くかざす。
 掲げられた杖の宝珠から放たれる、眩い光。
 それに照らされた『黄昏の迷夢(トワイライト・イルネス)』が、尽く無に帰る。
 「彼女を止めるのが先です。」
 そう言うとユキはその神衣を翻し、そこに立つトウハへと向き直った。


 昏く沈んだ夜天、そこに浮かぶ朱い月。
 その下で、二つの影が対峙している。
 一つは光。“神”という、絶対たる光。
 一つは闇。“魔”という、虚ろなる闇。
 決して交わる事のない、双極の存在。
 まるでその事を体現するかの様に、その二人は距離を縮める事無く、ただ見つめ合っていた。
 「色々と策を労した様ですが、ここまでです。」
 その声音に怒りの色すら表さず、あくまで涼やかにユキは言う。
 「守護天使(皆さん)は十分に役目を果たしました。後は、メガミ(私)の役目・・・」
 そんな彼女の金色の視線を睨み返しながら、トウハは忌々しげに牙を鳴らす。
 「メガミ・・・、やっぱり邪魔するんだ・・・!?」
 「当然でしょう。私はメガミ・・・。けれどそれと同時に、睦悟郎の守護天使なのですから。」
 「・・・ウザい・・・!!」
 「そう思うなら、疾く自分の場所へとお帰りなさい。今引くのなら、見逃してあげない事もありません。」
 「―っ!!舐めるな!!」
 そう叫ぶと、トウハはダンと地面を踏み鳴らす。
 途端、公園のあちこちに展開する無数の魔法陣。
 その数に、モモ達が思わず息を呑む。
 「甘く見ないでよね!!こちとら仕込みはしっかりしてあるんだ!!地の利はこっちに・・・」
 「そうでしょうか?」
 「え・・・!?」
 パァッ
 言葉とともに、ユキの杖の宝珠が再び眩い光を放つ。
 そして、そこから放たれるのは無数の光の帯。
 それらは文字通り光の速さで進み、次々と魔法陣を直撃していく。
 パキンッ パキンッ パキャァアンッ
 光の帯の直撃を受けた魔法陣は薄いガラスの様に割れ砕け、霧散していく。
 「ユキお姉ちゃん・・・」
 「すごいんらお・・・」
 感嘆の声を洩らす皆の前で、次々と破壊されていく魔法陣。
 「く・・・」
 その様を、息を呑んで見つめるトウハ。
 その目には、明らかな動揺が浮かんでいた。
 「どうしました?想定の内ではありませんでしたか?」
 そんなトウハを見つめながら、ユキは冷ややかに言う。
 「貴女の力では、神位を持つ者には及ばない・・・それは貴女自身が一番良く知っていた筈・・・。」
 淡々と語るユキの背後で、踊り舞う光が、最後の魔法陣に食らいつく。
 魔性の円陣が、悲鳴の様な音を立てて砕け散った。
 「その事を理解していたからこそ、あなたはこれだけの仕掛けをしておいた・・・。」
 サリ・・・
 螢緑の残滓が舞い散る中、白い神衣をはためかせながら、ユキが一歩、トウハに近づく。
 「・・・・・・。」
 それに気圧される様に、思わず後ずさるトウハ。
 「メガミ(私)に対抗するためではない。メガミ(私)が干渉してくる前に、ご主人様を手に入れるため・・・」
 サリ・・・サリ・・・
 追い詰める様に近づくユキに、トウハはただ後ずさっていく。
 「でも、それは叶わなかった・・・。」
 「・・・・・・!!」
 かけられた言葉に、トウハは憎々しげな視線を返す。しかし、ユキの表情は微塵も揺るがない。
 「それは、貴女が思っていた以上に、皆さんが手強かったから・・・」
 その言葉に、アカネやモモ達がハッと目を見開く。
 「・・・手傷を負ったのですね・・・。」
 「!!」
 ユキの視線に、トウハは肌に浮かぶ痣を隠す。
 「・・・甘く見ていたのではありませんか?ご主人様をお護りすると決意した時の、守護天使の力を・・・」
 「・・・・・・。」
 トウハの身体が、ビクリと震える。まるで、その事を肯定するかの様に。
 「見誤っていたのではありませんか?一つに束ねられた、この娘達の力を・・・。」
 トウハは言葉を返さない。
 いや、返せない。
 その様に、アカネは思い至る。
 確かに、トウハの仕掛けは万全だった。
 万難を排した戦略だった。
 実際、途中まで事は彼女の思惑通りに進んでいた。
 ご主人様の足を止め、守護結界も、ほぼ滞りなく排された。後はこうるさい天使(自分)達を適当にあしらい、メガミ(ユキ)が来る前に眠るご主人様を手に入れてしまえば、それで終わりだった筈。
 だが、現実はどうだ。
 ラン達の予想外の奮闘に地を這わされ、出すつもりではなかったであろう切り札を切らされ、挙句に自分やナナに心を惑わし、終いには常に保っていた精神的優位さまでも崩してしまった。
 そう。
 違う事なく、ユキの言葉はその通りだった。
 その飄々とした仮面の裏で。
 常に見せ付けていた余裕の裏で。
 トウハも。
 彼女も追い詰められていたのだ。
 思えば、先から彼女は、自ら"切り札"と称した詠唱破棄と「黄昏の迷夢(トワイライト・イルネス)」を乱発している。
 考えてみれば、それこそが彼女が切羽詰まっていた証拠ではないか。
 しかし、それも及ばず、ついにはメガミ(ユキ)の介入を許してしまった。
 それがどういう事か。
 賢しい彼女の事。
 分かっている筈である。
 理解している筈である。
 けれど。
 だけど。
 それを、認める事は出来ないだろう。
 肯定する事は、出来ないだろう。
 それを認める事。
 それはつまり・・・
 「分かりますね・・・?」
 しかし、ユキの薄く朱をさした唇は容赦無く紡ぐ。涼やかに。だけど冷淡に。
 その事実を紡ぐ。
 彼女が認める事の出来ない、その事実を。
 「貴女はもう、“負けて”いるのです。」
 その言葉に、確かにトウハの足が揺らぐ。
 「守護天使に。この娘達に。私の、妹達に。」
 言葉で追い詰めながら、ユキは一歩、また一歩とトウハに近づいてゆく。
 「うるさい・・・」
 かけられる言葉に、憎々しげに答えるトウハ。けれど、その声音は確かに震えている。
 「認めなさい。それが、事実なのですから。」
 「うるさい!!黙れ!!」
 悲鳴の様にすら聞こえる叫びが、トウハの口を割って出る。
 「わたしは負けない!!負けてない!!」
 叫びとともに、その周りに展開する無数の魔法陣。
 切り札。詠唱破棄、「黄昏の迷夢(トワイライト・イルネス)」。
 しかし―
 「何度やっても、同じ事です。」
 三度杖の宝珠が光を放つ。
 その光の中でまた、魔法陣は抗う事も出来ず霧散していく。
 「万全であれば、今少し抗う事も出来たでしょう。けれど、傷つき、疲弊したその身では、それもままならぬ事・・・。」 
 冷淡に、ユキは告げる。
 目に見えて強ばる、トウハの表情。
 「あ・・・う・・・、こ、このぉおおおおっ!!」
 素早く踊る右手。その手の中に納まる黒刃。
 それを構え、トウハはユキに襲い掛かる。
 けれど―
 パシィッ
 「――!!」
 鋭く突き出されたそれを、一瞬早くユキが張った障壁が遮る。
 一拍の間。そして―
 パキィンッ
 トウハの手の中で、黒刃が軽い音を立てて砕け散った。
 小さな欠片となったそれが、パラパラと地に落ちる。
 「あ・・・。」
 手の中に残る破片を見つめながら、呆然と立ち尽くすトウハ。
 神(ユキ)という圧倒的存在の前で、その姿は酷くか細く、そして無力に見えた。


 「これまで、ですね。」
 全ての終わりを宣言をするかの様に言いながら、ユキは立ち尽くすトウハに杖を突きつける。
 「もう一度言います。もう諦めて、自分の世界に帰りなさい。そうすれば、今回ばかりは見逃します。」
 「諦める・・・?」
 その言葉に、茫然としていたトウハはその表情を崩す。
 それは、笑う様な、それでいて今にも泣き出しそうな、奇妙な表情。
 「何、馬鹿な事言ってんの・・・?そんな選択肢、わたしにはない!!ある訳ない!!」
 血を吐く様な叫びが、夜空に響く。
 「ご主人様を諦める!?笑わせないで!!そんな事をするくらいなら、いっそ消された方がまし!!」
 その叫びに込められた想い。もはや怨嗟や呪いの様にすら聞こえるその響きが、モモ達を総毛立たせる。
 しかし、ユキはそれにも動じない。
 「そうですか・・・。ならば、仕方ありません。」
 突きつけられた宝珠が淡く輝きながら、トウハの姿を映す。
 「終わってない!!わたしはまだ、終わってない!!」
 その輝きを振り払う様に、叫び続けるトウハ。
 それと同時にその指先に光が灯り、手が何かを描くかの様に踊り始める。
 だけど―
 「いいえ!!終わりです!!」
 シャアッ
 ユキのその声と共に、輝く宝珠から光の蛇が飛び出す。
 その数、二匹。
 「!!」
 二匹の蛇は宙を飛び、一瞬でトウハの両手、両足に巻きつく。
 そして―
 ガシャァアアアアンッ
 蛇は光の枷と変わり、その四肢を拘束する。
 「あぅっ!?」
 薄い唇から漏れる、短い悲鳴。
 同時に襲う、強烈な脱力感。
 手足にはめられた枷が、その身から力を吸い取っていた。
 見る見る太く、重くなっていく枷。
 「こ・・・このぉ・・・!!」
 残された力で輝く枷に爪を立てるが、神鉄と化したそれはそんな事ではビクともしない。
 そしてそうする間にも、力は容赦なく吸い取られていく。
 「ちく・・・しょう・・・」
 呟きにすらならない、微かな声。
 そして―
 トサンッ
 酷く軽い音が響き、小さな身体が糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。


 睦悟郎は、眠りの中にいた。
 それは、深い。
 とても深い眠り。
 まるで、深海の底に横たわる様な感覚。
 その中で、悟郎は眠っていた。
 昏々と。
 ただ昏々と眠り続けていた。
 ―と、
 チリィン
 小さな音色が、不意にその耳に響いた。
 チリン・・・
 チリン・・・
 チリィン・・・
 その音色は、静かに。
 そして涼やかに。
 悟郎の脳裏へと響いていく。
 聞き覚えはない。
 だけど、とても優しくて、懐かしい。
 無意識の中、いつしか悟郎はその音色に耳を傾け始める。
 チリン・・・
 チリン・・・
 チリィン・・・
 安らぎに包まれて聞き入る中、やがてそれはゆっくりと形を変え始める。
 チリ・・・くん・・・
 チリィン・・・ろう、くん・・・
 形作る音は、確かな言葉に。
 流れる音色は、静かな声音に。
 そして―
 ―悟郎、君―
 その音が、はっきりとした言葉を形作った。


 ―ハッ―
 開いた視界にまず入ったのは、夜風に流れる黄金(こがね)色の髪と、自分を見下ろす緑色の瞳。
 そして―
 「トウハ!?」
 悟郎は、驚きの声とともに飛び起きた。
 途端―
 「あ、つぅ―!?」
 頭を、強烈な鈍痛が襲い身体が傾ぐ。
 「ああ、ご主人様、急に動かないで!!」
 悟郎に膝を貸していた、トウハの姿をした少女が慌てた様にその身を支えた。
 「そうです。御主人様。今少し、楽になさっていてください。術は解きましたが、長い事その影響下にあったのです。お身体に、相当な負担がかかっている筈です。」
 その声に顔を向ければ、そこには穏やかな笑みを浮かべてこちらを見下ろす顔。
 「ユキさん・・・?それに、トウハ・・・どうして・・・」
 訳が分からないと言った態の悟郎に、トウハの姿をした少女が苦笑いしながら答える。
 「ご主人様、“わたし”だよ。わ・た・し。」
 「・・・!!その声、アカネかい!?―っ、つぅー!!」
 思わず飛び起きて、再び頭痛に張り倒される。
 「ああ、ご主人様!!だから急に起きないでってば!!」
 「だ〜か〜ら〜、いい加減その格好止めろって言ったのよ。ご主人様、驚くに決まってるじゃない!!」
 トウハ―アカネの後ろから飛んできた声に目を向ければ、目の下に隈を作ったミカが恨めし気にこちらを覗き込んでいた。
 「全く、こっちも心臓止まるかと思ったわよ。ただでさえ酷い目に合わせられて寝覚め最悪だったってのに。」
 「ご、ごめん。ミカ姉さん。あんまり念密に変化したもんだから、解術するのに手間がかかちゃって・・・」
 申し訳なさそうに畏まるアカネ。と、別の方向からもう一つの声が飛んでくる。
 「ミカちゃん、そんな事言うものじゃありませんわ。アカネちゃんはわたくし達が伏せっている間、ご主人様をお守りしてくださったのですから・・・。」
 見れば、ミカと同じ様に隈を作ったアユミがフラフラしながら立っていた。
 「分かってるわよ。だからこうして、ご主人様の膝枕権を譲ってあげてるんじゃない。」
 そう言うミカも、何処かフラフラしている。
 どうやら、相当なダメージを負っているらしい。
 「ごしゅじんたま、おはよーらぉー!!」
 「大丈夫ですか?ご主人様・・・。」
 悟郎がアユミ達に声をかけようとした時、モモとルルが、そう言いながら近寄ってきた。
 「モモ、ルル、ごめん。心配かけて・・・」
 「モモ達も、頑張ったんだよ。ご主人様を、お守りするために・・・」
 アカネの言葉に、悟郎はハッと二人を見る。
 二人とも、土埃に塗れ、あちこち傷だらけだった。
 その様が幼い二人が、その身を盾にして自分を守ってくれた事を如実に伝えていた。
 例え様もない愛おしさが込み上げ、悟郎は二人に向かって手を伸ばす。
 「二人とも、ありがとう・・・。」
 優しい手に頭を撫でられると、二人は身震いし、感極まった様に悟郎に抱きついた。
 「ごしゅじんたま〜!!」
 「うっ・・・うぅ・・・」
 よほど怖かったのだろう。自分の胸の中でしゃくり上げる二人の頭を、悟郎はいつまでも優しく撫で続けた。
 「〜うらやましいわねぇ・・・」
 この上なく物欲しそうな顔で、その様を見つめるミカ。
 「ミカちゃん。よだれよだれ。それよりもほら、皆さんのお世話をしないと・・・」
 アユミの言葉に、悟郎はハッとする。
 「そうだ!!他の皆は!?」
 「大丈夫だよ。ご主人様。ほら。」
 アカネの指し示す方向を見ると、枕を並べて横たわる皆の姿。
 「皆・・・!?」
 「お慌てにならないでください。御主人様。」
 慌てて起き上がろうとする悟郎を、ユキが穏やかに押し留める。
 「かけられた術は解き、傷は癒してあります。後は個人差・・・。皆、程なく目覚めるでしょう。ミカさんや、アユミさんの様に。」
 ―と、その言葉の終わらない内に、
 「う、うぅ〜ん・・・」
 「う〜、頭、痛いですぅ〜。」
 そんな声を上げながら、ツバサとタマミが起き上がる。
 「ああ、タマミちゃん。そんなに急に起き上がってはいけませんわ!!」
 「もうちょっとゆっくり起きなさい!!もうちょっと!!」
 慌てて走り寄るアユミとミカ。
 そうやって、皆が目を覚ましたのは、それから10分ほど後の事であった。


 「あ〜、酷い目にあった・・・」
 「ハンバーガーに、逆に食べられそうになったの・・・」
 口々にそんな事を言いながら、皆はフラフラと頭などさすっている。
 「アカネさん。変化、まだ解けないれすか?」
 「ああ、もう少しで、解術出来そうなんだけど・・・。」
 心配そうなミドリの問いに、苦笑しながら答えるアカネ。
 「それはそれで面白いですけどね。何か、格ゲーの2Pキャラみたいで。」
 タマミがそんな事を言いながら、けれど顔はおどけずにあるものを見つめる。
 否、タマミだけではない。その場の皆の視線がその一点へと集中していた。
 そこにあるのは、両手両足を束縛されて座り込む、トウハの姿。
 力を奪われ、ボロボロになったその姿からは、先ほどまでの狡猾で傍若無人な悪魔の気配はもう、うかがい知れない。
 「トウハ姉ちゃん、どこか、痛くない?大丈夫?」
 その前にはナナが屈み込み、しきりに声をかけている。
 しかし、トウハは俯き、押し黙ったまま答えない。
 「ナナちゃん、あまり近寄らないで。今はそんなでも、何か企んでいないとも限りませんわ。」
 「でも・・・」
 今にも泣き出しそうなナナ。
 そんな彼女の肩を掴み、アユミが皆の中へ引き戻す。
 「でもさ・・・、こうしてると、ホント、普通の女の子だよね・・・。」
 「・・・なの・・・。」
 ツバサの言葉に、何処か悲しげに頷くクルミ。
 「・・・それで、ユキさん。この娘は、これからどうなるんですか・・・。」
 ランの問いに、少し顔を伏せるユキ。
 しかし、すぐにキッと顔を上げると、きっぱりとこう言った。
 「封印します。」
 「――!!」 
 その言葉に、皆の間にざわめきが走る。
 「封印って・・・、あの封印ですか?」
 誰ともなしに紡がれた言葉に、ユキは頷く。
 封印。
 それは神が悪しき存在と認めた者に下す、最高位の罰の一つ。
 其を課せられた者は、この世の何処からも隔離された牢獄にその身を縛られ、永劫ともいえる時を孤独の苦しみと共に生きる事になるという。
 「ユキさん・・・本気なの・・・!?」
 戦慄く様な声で問いかけるツバサに、ユキは厳しい表情で頷く。
 「この娘の危険さは、皆さんも見た筈です。あれはもう、単に御主人様の御身だけに関わるものではありません。」
 その言葉に、皆の脳裏に蘇るかの光景。
 この少女の身から流れる冷気。
 それに侵され、枯れゆく木々。
 黒く、凍てついていく大地。
 誰もが、次に紡ぐ言葉を持たない。
 分かっているのだ。
 ユキの判断は正しい。
 この娘は、危険な存在なのだ。
 そこに在るだけで、世界を蝕む存在。
 それはもはや、悟郎と自分達だけに関わる問題ではない。
 悟郎のために。そしてこの世界のために。
 この娘は。悪魔は。排除されなければならないのだ。
 ―止むを得ない―
 誰もが沈黙を持って、賛同の意を示そうとしたその時―
 「駄目だよ!!」
 幼い叫びが、その沈黙を破った。
 皆が、その声の出所に目を向ける。
 ナナが、その瞳に涙を溜めてユキにしがみ付いていた。
 「駄目!!そんなの駄目だよ!!やめて!!ユキ姉ちゃん!!」
 必死に訴える声。
 「トウハ姉ちゃん、悪い人じゃないんだよ!!本当だよ!!だからやめて!!そんな事、やめて!!」
 その反応を予期していたのか、ユキは悲しげにその視線をナナに落とす。
 「ナナちゃん、そうユキさんを困らせては・・・」
 アユミがそう言って、ユキからナナを引き離そうとしたその時―
 「・・・僕からも、頼めないかな・・・?」
 不意に響いたその声に、皆の視線が集中する。
 その先にいたのは、他の誰でもない。睦悟郎。その人。
 「その娘の・・・トウハの事・・・もう少し、待ってあげてくれないか・・・?」
 トウハの妖気が害になるとして、皆に隔てられる様にして立っていた悟郎は、これ以上ないほど真剣な顔で、そう言った。
 「御主人様・・・。」
 ユキが、当惑した様に呟く。
 「ご主人様、何言ってるのよ!?」
 「そうです!!この娘は・・・」
 「僕が殺した娘だよ・・・。」
 「――!!」
 その言葉に、皆が息を呑む。
 「僕が、殺したんだ・・・。」
 もう一度、絞り出す様に呟く。
 それは、自分で自分の喉を締め付ける様な、苦痛を込めた声。
 「トウハが・・・トウハがそんな風になってしまったのは、僕のせいなんだ・・・。僕の、愚かさのせいなんだ・・・!!」
 「ご主人様、それは―」
 否定しようとしたランの言葉を、悟郎が遮る。
 「だから・・・。だから、もう繰り返さない。もう二度と、その手を・・・トウハの手を振り払うなんて事、僕はしない!!」
 「・・・御主人様・・・!!」
 「ユキさん!!やめてくれ!!トウハは決して悪いだけの娘じゃない!!どこかに・・・ナナが言うみたいに、きっとどこかに、光を持ってる筈なんだ!!それを、それを見つけるチャンスが、僕は欲しい!!」
 しかし、ユキは顔を伏せて横に振る。 
 「・・・それは、出来ません。この娘の存在は、もはやそんな次元の話では・・・」
 「もし、駄目だというのなら・・・」
 「・・・御主人様・・・?」
 不意に変わった悟郎の声音に、ユキは思わず顔を上げる。
 「僕は、この身に代えても、トウハ(その娘)を守る・・・!!」
 「―――!!」
 瞬間、沈黙が辺りを支配した。
 誰もが・・・ユキさえもが、二の句を継げずにいた。
 「ご主人様・・・」
 「何を言って・・・」
 しばしの間の後、ラン達が何とか声を絞り出したその時―
 「・・・ふ・・・ふふ・・・ふふふふふふふ・・・」
 冷たい熱を孕んだ笑い声が、皆の背中を打った。


                                                         
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