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2012年12月12日

霊使い達の黄昏・9

318638-1.output.png


作成絵師 ことかす@Youtuber様(渋 user/2734137 スケブ https://skeb.jp/@NNPS_KM_SONYA)


 はい、皆様こんばんわ。土斑猫です。
 遅れてしまってすいません。
 「霊使い達の黄昏」再開です。
 しかし、遅れた割には久しぶりに短く収まってしまった・・・。
 はて、面妖な・・・(汗)
 


黄昏2.jpg


                      ―9―


 カツカツカツ・・・
 暗い階段に響く足音。
 リチュアの城の地下階に通じる階段を、シャドウとエリアルは連れ立って降りていた。
 「相変わらず陰気臭いところねー。まぁ、“アイツ”にはお似合いだけどー。」
 そう言うエリアルの腕の中には、口輪をはめられたギゴバイトの姿。
 口を塞がれ、苦しげな呻きを上げるギゴバイトを両手で弄びながらエリアルは自分の前を行くシャドウに話しかける。
 「ねーえ。乗っといて言うのもあれだけどさぁー、“アイツ”って、あてになるわけ?実際の所。」
 その問いに、シャドウはいつもの様に薄笑いを浮かべながら答える。
 「クポポ、それを確かめるための今回の座興よ。折角“飼って”おるのじゃ。“家畜”は役に立ってこその“家畜”じゃろう?それに・・・」
 シャドウの四つの目が、妖しく光る。
 「役に立たんと分かったのなら、“資源”として使ってしまえば、それでよい。」
 「はん。あんな雑魚、幾らの足しにもならないわよ。」
 剣呑な会話を何という事はない世間話の様に話しながら、二人のリチュアは深く深く、地の底へと潜っていった。


 しばしののち、シャドウとエリアルは一つの扉の前に立っていた。
 厚い鉄板で作られたらしいその扉の上には、「Laboratory(研究室)」の文字。
 その扉をノックしながら、エリアルが叫ぶ。
 「ちょっとー!!聞こえるー!?入るわよー!!」
 シーン・・・
 返事はない。
 エリアルは舌打ちしながら、今度は強くドンドンと扉を叩く。
 「ねぇ、ちょっとってばー!!聞いてんのー!?」
 シーン・・・
 やっぱり、返事はない。
 「むー!!」
 イラついたエリアルが、扉を蹴ったぐろうと足を上げたその瞬間―
 『はいはい。どなたでございますか?』
 そんな声が響き、扉の表面がグニャリと歪む。
 思わず上げた足を止めるエリアルの前で、その歪みの中から何者かがニュウと顔を出した。
 『あら、エリアルさん。シャドウ様。どうなさいました?』
 閉じきられた扉。そこから、物理法則を無視して上半身だけを突き出したのは、長い銀髪を後ろで束ねた、穏やかな顔の女性。
 「ナ、ナタリア!!ビックリさせないでよ!!心臓止まるかと思ったじゃない!!」
 『あら、すいません。急に呼ばれたものですから、つい横着してしまいまして。』
 バクバク言う心臓を押さえながら抗議するエリアルに、ニッコリと微笑みかけながら銀髪の女性―『リチュア・ナタリア』は言う。
 「ほんとに・・・スピリットこいつらときたら、どいつもこいつも・・・!!」
 「おお、ナタリア。“監視”の役、大儀じゃな。“あやつ”の方、どうしておる?」
 ブツブツ言っているエリアルを無視して、シャドウが問う。
 『あー、あの“方”でございますか?それは、そのー・・・』
 何やら言いよどむナタリア。
 『説明するより見た方が早いでしょうし・・・。お入りになってみます?』
 「・・・?いや、無論そのつもりで来たのじゃが・・・?」
 彼女の様子に、何やら不穏なものを感じながらもそう答えるシャドウ。
 『分かりました。それではただ今開けますので・・・』
 言いながら、引っ込もうとするナタリア。
 と、半分ほど引っ込んだ所で一端止まり、
 『ああ、一応、“壁”か何か用意しておいてくださいませ。』
 そう付け加えて引っ込んだ。
 「「・・・・・・。」」
 無言のまま、顔を見合わせるシャドウとエリアル。
 『じゃあ、開けますよー。』
 扉の向こうから、微かに聞こえる声。
 ギギィ・・・
 重苦しい音を立てて、扉が開く。
 途端―
 ギュウラララララララッ
 開いた扉の向こうから現れたのは、巨大なドリル。
 訳が分からず立ち尽くす二人に、轟音とともに“それ”が迫る。
 そして、今まさにドリルが二人を巻き込まんとしたその瞬間―
 ポゥッ
 展開する朱い魔法陣。
 そして―
 ビンヨヨォ〜ン
 そんな間の抜けた音とともに魔法陣から飛び出したガラクタの塊が、そのドリルを受け止める。
 罠魔法(トラップ・スペル)、『くず鉄のかかし(スクラップ・スケアクロウ)』。
 相手からの攻撃に対して、召喚した案山子を身代わりにして無効化する魔法。
 キュラキュラキュラ・・・
 数多のガラクタを巻き込んだドリルが、二人の顔面スレスレで止まる。
 「「・・・・・・。」」
 唖然としながらドリルの向こうを見てみると、そこに連なるのは空にそびえる鉄くろがねの城・・・ではなく、くず鉄のかかしと大差ないガラクタの寄せ集めの様な巨大な人型らしき代物。
 『エリアルさん、シャドウ様、大丈夫でございましたか?』
 人型の脇から、ヒョッコリと顔を出すナタリア。
 「・・・何よ?これ・・・。」
 目の前のドリルをチョンチョンとつつきながら、エリアルが訊く。
 『えーと、これは・・・』
 「オーゥ、ミィス・エリアルにミィスター・シャドウ!!これはしっつれいしましたー!!」
 ナタリアの言葉をさえぎる様に響く、甲高い声。
 「ちょっとした試運転のつもりだったのでぃすがー、ちょっと興に乗りすぎてしまった様でぃっす!!」
 見れば、人型の頭のてっぺんから何者かが顔を出していた。
 「ちょっと、コザッキー!!何よ!?このガラクタの塊はー!!」
 冷や汗を流しながら喚き散らすエリアルに、『コザッキー』と呼ばれた男も負けず劣らずの勢いで喚き返す。
 「ガラクタとはしっつれいな!!これはワタクシの血と涙の結晶!!優美にして強壮なる究極のスゥーパァー・ロボォット!!その名も『G・コザッキー』なのであっりまぁっす!!」
 「・・・優美・・・?」
 「・・・強壮・・・?」
 返す言葉も見つからず、立ち尽くすシャドウとエリアル。
 それを感嘆と感動による放心と勘違いしたのか、G・コザッキーは二人の前でボディービルダーの如く次々とポーズをとり始める。
 ガチャコン
 ガチャコン
 ガチャコン
 安物の玩具みたいな音を立ててポーズをとるG・コザッキーを前に途方に暮れるシャドウとエリアル。
 『すいません。あまり勝手な事をするなとは申したんですが、聞いていただけなくて・・・』
 申し訳なさそうに頭を下げるナタリア。
 ―と、
 バチッバチバチッ
 そんな音が皆の耳に入る。
 見てみれば、G・コザッキーがガッタンゴットンと揺れながら、体のあちこちから火花と煙を出している。
 「おーぅ!!こっれぃはいっけっまっせーん!!」
 「お約束きたし・・・。」
 『お城、大丈夫でございましょうか?』
 「心配いらん。『限世結界(フィールドバリア)』がかかっておる。」
 皆が一通り、意見を述べたのを見計らった様に・・・
 チュド〜〜〜ン
 爽快な音を響かせて、G・コザッキーが爆発した。
 飛んでくる爆風や破片をくず鉄のかかし(スクラップ・スケアクロウ)で防ぎながら、エリアルが言う。
 「・・・やっぱり、資源にした方がよくない?」
 「・・・ううむ・・・。」
 もうもうと立ち込める白煙の中、頭を捻るシャドウだった。


 「いやぁー、まぁいりましたぁ。どうやらエンジン系統に不備があったよぅですねぃ。やっぱり三徹のやっつけ仕事はいっけませぇ〜ん。HAHAHA!!」
 身体のあちこちに包帯を巻いたコザッキーはそう言って笑いながら、ナタリアの煎れたお茶をチュヒ〜と啜る。
 「血と涙の結晶じゃなかったのかよ・・・。」
 「おおっとぅ!!キツイ突っこみ、さっすがはミィス・エェリアル!!」
 エリアルの呟きに、自分の頭をぺチッと叩くコザッキー。
 しかし―
 「しぃかっしぃ、そぉれは違いまぁす!!失敗は成功の母といぃまぁす!!すぅなわち今日の失敗もぉ、明日の成功のぉ糧となるのでぃす!!HAHAHA!!」
 「話通じねぇ〜・・・。」
 どこまでもめげないその姿勢に、頭を抱えるエリアル。
 「・・・シャドウ、あたしやっぱコイツ苦手だわ。話、あんたがして・・・。」
 「・・・うむ。コザッキー。」
 口にしていたお茶を置くと、シャドウはコザッキーに話しかける。
 「なぁんでぃすかぁ?ミィスター・シャドウ。」
 「リチュア(我ら)がお主を拾ってから、どれくらいになるかのぉ・・・?」
 お茶を啜りながら、少し考える素振りをみせるコザッキー。
 「そぅでぃすねぃ。ざっと二年三ヶ月と二十日という所でぃすかねぃ?」
 「ほぉ・・・?もうそんなになるか。で、どうじゃ?目的の“研究”とやらは進んだかの?」
 その言葉に、コザッキーの顔からオチャラケの色が消える。
 「もちのろんでぃす・・・。ミーに精神崩壊などとイチャモンをつけて追放したDM言語学会・・・。彼奴らに思い知らせるための研究・・・。一日とて休めるものではありませぇん!!」
 その身体が、怒りに震える。手にしたカップに、ピシリとひびが入った。
 「リチュア(あなた達)には感謝しているのでぃす・・・。あのままでは野垂れ死ぬだけだったミーを拾い、こうして復讐の研究を行う術まで与えてくれたのでぃすから・・・。」
 「ほう?それは良かった。それでは、そろそろこちらも見返りを貰ってもいい頃かのう?」
 その言葉に、コザッキーの眼鏡が怪しい光を放つ。
 「・・・と言いますとぉ・・・?」
 「試して貰いたい事がある。エリアル。」
 「はいはいっと・・・。」
 シャドウの声に応じて、エリアルがギゴバイトをテーブルの上に横たえる。
 「ほう?これは・・・?」
 「こやつ、“力”が欲しいそうじゃ・・・。」
 シャドウが四つの目を細める。
 「哀れな木っ端のささやかな願いじゃ・・・。叶えてやってくれんかのぉ?」
 興味深げにギゴバイトを観察するコザッキーを眺めながら、そう言ってシャドウはクポポ、と笑った。


 辺りに立ち込める朝靄をさらう様に、一陣の冷たい風が吹く。
 その中で、ハタハタと翼の様にはためくのは自分と同じ、カーキ色のローブ。
 サヤサヤと揺れる朱色の髪と同じ色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
 鋭い目。だけど、とても優しい目。 
 肺の腑の底までを満たす様な朝の冷気の中、凛と立った彼女は懐かしい声でもう一度言った。
 「エリアがどうしたって?ウィン。」
 「・・・ヒー・・・ちゃん・・・?」
 その言葉の主−ヒータを、ウィンは何かの奇跡でも見たかの様に見つめていた。
 「何だよ?オレの顔、何かついてっか?」
 そう言いながら、ヒータは自分の顔を撫でる。
 途端―
 ドッカン
 「ゲフゥッ!!」
 胸にウィンの突撃を受けて、もんどりうって倒れる。
 「な・・・何すんだよ!!ウィ・・・」
 抗議の声を上げようとするが、胸の中のウィンの様子に息を呑む。
 「ヒーちゃん・・・ヒーちゃん・・・!!」
 「お・・・おい、どうしたんだよ?」
 肩を震わせ、そう繰り返しながら抱きついて離れない。
 そんなウィンに、当惑するヒータ。
 「ヒーちゃん!!エーちゃんが・・・エーちゃんが・・・!!」
 「エリアちゃんがどーかしたですか?」
 突然上から響いた声に頭を上げると、そこにはフワンフワンと浮かぶ巨大な球体。
 「モイ君・・・?って事は・・・!!」
 「トゥッ!!」
 そんな声とともに、その球体から声の主が飛び降りる。
 彼女は空中でクルクルと回ると、見事にスターンと着地してビシッとポーズを決める。
 「100てんです!!」
 「・・・普通に降りれないのかよ。お前は・・・。」
 フヨフヨと降りてきた『モイスチャー星人』から降りながら、ダルクはまだポーズを決めているライナに向かって米神を押さえながらそう言う。
 「ライちゃん・・・ダル君・・・。皆、どうして・・・?」
 「どーもこーもないです!!」
 言いながら、ズンズンと近づいて来るライナ。
 「みずくさいですよ。ウィンちゃん。」
 ヒョイと屈みこみ、ウィンの鼻っ面をツンツンとつつく。
 「じぶんのごかぞくがたいへんなら、なんでそれをいわないですか?まったくもって、みずくさい。」
 そう言って膨れるライナの後ろから、ダルクが顔を出す。
 「・・・馬鹿に高飛車に猪突猛進。僕の周りときたら、何でこんな奴らばっかかな・・・?全く、ついてないったらありゃしない・・・。」
 いつも通りブツブツ言いながら、懐から一枚の紙を取り出す。
 「・・・ほら、長期休暇願許可証。これで問題なく事に当たれるだろ・・・。」
 「ダル君・・・。」
 「・・・悪かったな。もっと早くに来るべきだったんだけど、流石に6人分となると手続きが面倒で、丸一日潰してしまった・・・。何かまずい事は、なかったか・・・?」
 「そーいえば、エリアちゃんがどーとかいってましたね?なにか、ありましたか?」
 口々に言うダルクとライナ。
 友の言葉が、ウィンのヒビけた心に染みていく。
 「ったく、情けない顔しやがって。」
 ヒータが身を起こしながらそう言って、取り出したハンカチでウィンの顔を拭いた。


 「・・・で、何があった?」
 ウィンが落ち着くのを見計らい、ヒータが改めて訊く。
 「あの・・・あのね・・・」
 「・・・アタイが話すよ・・・。」
 言葉に詰まるウィンに代わり、それまで少し離れた場所で事態を見ていたリーズがそう言って進み出た。
 もう、神霊化(シンクロ)は解いている。
 「あんたは?」
 「アタイはリーズ。ガスタの村で、疾風先駆けを勤めてる・・・。」
 ヒータの問いにそう答えると、今度は彼女達に向かって問い返す。
 「その格好・・・。あんた達、ウィンこの娘の友達・・・だね?」
 ヒータ達が頷くのを見とめると、リーズは事の次第を話し始めた。
 村を襲った毒の風の事。
 それを打ち破った、ウィンとエリアの活躍の事。
 そのエリアに、ガスタの民が行った仕打ちの事。
 村を出て行ったエリアを、ウィンと一緒に追った事。
 自分の弟が犯した、愚行の事。
 そして、行方の知れなくなったエリアの事。
 今までに起きた一切合切の事を、隠す事無く、漏らす事無く、語り伝えた。
 話を聞く内に、ヒータ達の表情が険しさを増していく。
 「・・・いけすかねぇな・・・。」
 険のこもった声で、ヒータが言う。
 「自分達を助けた奴に対して、それがガスタとやらの流儀かい!?」
 リーズに向かってダンッと片足を踏み出し、怒鳴る様に啖呵をきる。 
 そんな主人の怒りに同調する様に、傍らのきつね火も唸りながら牙を剥く。尻尾の炎が猛々しく燃え上がり、朱い燐光を散らした。
 その怒りに答える術も持たず、ただ俯くだけのリーズ。
 ―と、
 「ク・・・ククク・・・」
 パチパチと爆ぜる炎の音に混じって響いてきたのは、低く抑えた様な笑い声。
 見れば、俯いたダルクがその肩を震わせて笑っている。
 「クク・・・クククク・・・顔が、ただ顔が似てたって・・・それだけかよ・・・。それで女一人私刑リンチにしようとしたってか・・・?クク・・・それで“誇り高き”風の民・・・!?・・・笑わせんな・・・!!」
 腹の中の何かを堪える様に、溢れ出る笑いを噛み殺すダルク。
 その横で、今度は酷く冷ややかな声が上がる。
 「・・・ダルクが笑ってるです。この子、本気で怒ると笑っちゃうんですよねー。」
 ライナが、ライトグレーの瞳でリーズを睨みつけていた。
 「大したものですね。ダルクは滅多な事じゃ怒らないのに。それをこんなに怒らせるなんて、ホント、大したもんです。」
 そう言うライナの瞳は、いつもの彼女からは考えられない程に冷たかった。
 彼らの使い魔であるD・ナポレオンとハッピー・ラヴァーもその目を細め、爛々と怒りの色に輝かせている。
 そんな様子の皆を前に、リーズはただ俯くだけ。
 「返す言葉もないよ・・・。そして、その挙句がこの様だ・・・。あんた達に、形見分けすらしてやる事が出来ない・・・。本当に、すまない・・・。」
 「すまないで済むかよ!!」
 ヒータが、リーズの胸倉を掴みながら怒鳴る。
 「もし本当にそんな事になっていて見やがれ!!ガスタテメェらの村、柱一本残さず黒炭にしてやるからな!!」
 「ククク、なら僕達にもやらせろよ・・・。・・・デミスに一人残らず、消し飛ばさせてやる・・・」
 「・・・明日のお日様、無事に拝めると思うなです・・・。」
 「皆、待って!!リーズさんは・・・」
 憤る皆とリーズの間に、ウィンが割って入ろうとしたその時―
 『あのぉ〜、お取り込み中すいまへんが・・・』
 「!?」
 急に頭上から聞こえた声に、皆は思わず宙を見上げた。


 ・・・彼女は、真っ暗闇の中にいた。
 何も見えず、何も聞こえない。
 ただ、一面の闇。
 その中で彼女はただ一人、ポツンと佇んでいた。
 ・・・“彼”は?
 ふと気付く。
 “彼”は何処に行ったのだろう。
 ずっと一緒にいると、誓ったのに。
 ずっと側にいると、言ってくれたのに。
 “彼”は、何処にいるの。
 闇を彷徨う視線。
 ただ、“彼”を。
 “彼”だけを求めて。
 と、その視界に一つの影が入る。
 小さい、緑色の背中。
 “彼”だ!!
 呼びかける。
 だけど、“彼”は振り向かない。
 聞こえない筈はない。
 “彼”が、“あたし”の声を聞き逃す筈はない。
 もう一度、呼びかける。
 でも、結果は同じ。
 “彼”は振り向かない。
 堪らず、走り出す。
 “彼”に向かって。
 “彼”の元へ。
 “彼”の側へ。
 だけど。
 けれど。
 “彼”との距離は、縮まらない。
 すぐそこなのに。
 ほんの、数歩の場所なのに。
 やがて、“彼”の姿が遠ざかり始める。
 待って!!
 何処へ行くの!?
 必死に、呼びかける。
 必死に、追いかける。
 だけど、“彼”は振り向かない。
 だけど、“彼”は止まらない。
 見る見る小さくなっていく、その姿。
 待って!!
 待って!!
 そして、その姿が闇の向こうに消えて―

 「―ギゴ!!」
 叫び声とともに、彼女は飛び起きた。
 はぁはぁと、荒い息をつく。
 冷たい汗が一筋、頬を滑ってかけてあった毛布に落ちた。
 「あ・・・れ・・・?」
 訳が分からず、目をシパシパさせる。
 真っ先に目に入ったのは、眼前に広がる雲海。そして、その中から頭を突き出している切り立った台地。
 辺りには白い霞が漂い、その中に背の低い潅木がそこここに生えている。
 身体の下に敷かれたシーツの下に広がるのは、ゴツゴツとした大小の石が転がる礫地。
 どう見ても、高地の風景。
 全く、見覚えのない風景。
 自分は、なぜこんな所にいるのだろう。
 「あたしは・・・村を出て、高い丘に登って、そしてそれから・・・」
 思い出そうとした瞬間、右側頭部に鋭い痛みが走る。
 「い、痛・・・!?」
 思わず頭に手をやると、そこには包帯が巻いてあった。
 手に薄っすらと、赤い痕がつく。
 「・・・そうか・・・。あたし、あの鳥に・・・」
 気を失う瞬間に目にした光景が甦り、背筋が震えた。
 「でも・・・どうして・・・」
 何故、あんな崖から落ちて無事だったのだろう?
 誰が、傷の手当をしてくれたのだろう?
 ここは、一体何処なのだろう。
 幾つもの疑問が次々と浮かび、彼女を混乱させる。
 ―と、
 「ようやく目が覚めたようだね?エリア女史。」
 横から響いてきた声に、エリアはハッと我に帰った。
 反射的に振り向く。
 そこにあったのは、パチパチと燃える焚き火。
 そして、その傍らに座る一つ目の獣と一人の少女の姿。
 その姿を、エリアは茫然と見つめる。
 「どうしたんだい?まるで化け物でも見た様な顔をして。ボクの顔を見忘れるほど、時は経っていないと思うけど。」
 彼女は言いながら立ち上がると、エリアに向かって近づいて来る。
 「それとも、打ち所でも悪かったかな?頭の傷だから出血は酷かったけど、一応重篤なものにはならないと見立てたんだけどね?」
 言葉とともに、少女はエリアの頭をクシャリと撫でた。
 眼鏡のガラスに映った自分の姿が、ユラリと揺れる。
 「アウス・・・。あんた、どうして・・・?」
 「ほら、やっぱり覚えてるじゃないか。」
 そう言って、眼鏡の少女―アウスはニコリと笑った。


 「・・・え!?」
 「・・・へ!?」
 『・・・は!?』
 思いもしない言葉に、キョトンとする皆。
 「あ・・・あんた、何言って・・・?」
 『何もかにも、今言ったとおりでんがな。』
 戸惑うリーズに、空から降りてきたモンスター―デーモン・ビーバーが言う。
 『どんだけ無事かはまた別の話ですがな、少なくともエリアはん、まだ死んだりなんかしてまへんで。』
 「え・・・?え・・・?何?何言ってるの・・・?」
 訳が分からないと言った態のウィンに、デーモン・ビーバーが近づく。
 「なぁ、ウィンはん。何でワイら、この場所が分かったと思います?」
 「え・・・?」
 ポカンとする彼女の襟を、デーモン・ビーバーの手が返す。
 そこには、ちょっと見には分からないほどに小さな小さな点がくっ付いていた。
 よく見ると、それがモゾモゾと動いている。
 『『ダニポン』です。』
 デーモン・ビーバーが言う。
 『うちのマスターの、“しもべ”でんがな。』
 「デヴィ君のマスターって・・・“アーちゃん”の・・・?」
 『はいな。』
 そう言って、ウィンの襟に付いているダニポンを指差す。
 『ダニポン(こいつ)なぁ、あんさんが寮飛び出してく時に、うちのマスターがくっ付けとったんや。』
 「・・・アーちゃんが・・・?」
 その言葉に、コクリと頷くデーモン・ビーバー。
 『せや。先にも言いましたけんど、こいつはマスターのしもべや。こいつの念波は、何処にいてもワイやマスターがキャッチ出来る。そないして、マスターはあんさん“達”の動きをずっと感知しとったんやで。』
 「あんさん・・・“達”・・・?」
 突然与えられた情報の山に、処理落ちでも起こしたかの様に固まるウィン。
 「分かりまへんか。あんさんにそんな事してたんでっせ。マスターが、“もう一人”の方だけそれをしないなんてヘマ、すると思いまっか?」
 そこまで聞いて、やっと気付く。
 そう。ここには、“彼女”がいない。
 何だかんだと言いながら、こんな時には必ずそばにいてくれる彼女が。
 「それじゃ・・・それじゃあ、アーちゃんは・・・!?」
 「えと・・・なんかきゅうようができたとかいって、めーくんにのってどっかいったです・・・。」
 ライナの言葉に、やっと事態を把握し始めたウィン。
 「・・・皆も・・・知ってたの・・・?」
 そう言って見れば、他の面子も目を丸くしている。
 どうやら、そういう訳でもないらしい。
 「・・・いや、ただ単にデヴィの言うとおりについて行く様に言われただけで・・・」
 「まさか、そんなタネがあるとはー・・・」
 「・・・あの野郎、また肝心な所の説明省略しやがったな・・・。」
 皆の言葉に、唖然とするウィンとリーズ。
 その時―
 「あーっ!!」
 ライナが叫んだ。
 飛び上がる皆。
 「何だ!!何だ!!」
 「ど、どうした!?ライナ!!」
 「はい!!アウスちゃんをのせてっためーくんからつうしんです!!『ぶじにエリアちゃんをほご。ふしょうはしているが、とくにじゅうしょうではないもよう』だそうです!!」
 「・・・マジか!?」
 『ヤリマシタ!!』
 『おし!!』
 「よっしゃーっ!!」
 思わず歓声を上げるヒータ達。
 茫然としているウィンの肩を、リーズが叩く。
 見れば、彼女の目にも涙が浮いていた。
 「・・・よかったな・・・。」
 その言葉に、ウィンは涙でグチャグチャになった顔で頷いた。


 「それじゃあ・・・アンタ、ずっとアタシ達の事見てた訳?」
 「見てたって言うのは、正確じゃないね。聞いてたというべきだろ?この場合。」
 シーツの上に、上半身を起こしたエリアの横で、焚き火に薪を放りながらアウスが言う。
 「・・・プライバシーもへったくれも、あったもんじゃないわね・・・。この出歯亀小悪魔・・・。」
 「フフ、それも窃視趣味の代名詞だよ。言ったろ?“見てた”んじゃなくて“聞いてた”んだって。それに、君達の動向全てを認知してたわけじゃないよ。あくまでダニポンその子が認識出来る範囲での話さ。」
 「・・・うっさい。人の揚げ足ばっかり取ってんじゃないわよ・・・。」
 そう言って顔を背けるエリアを見て、アウスはまたフフ、と笑う。
 「随分と御機嫌斜めの様だね。“死に損ねた”のが、そんなに気に食わないかい?」
 「――!!」
 「そう自分を無下にするもんじゃないよ。君が助かったのは、それこそ天の采配と言うものだ。あそこから落ちる途中で、“あんなモノ”にさらわれるあたり、全く持ってそうだと思わないかい?」
 そう言って、アウスは自分の後方を示す。
 そこには、光る網の様なものに雁字搦めになって地面に縫い付けられている、巨大な怪鳥の姿。
 時折ピクピクと動いている所を見ると、とりあえず生きてはいるらしい。
 「『霞の谷の大怪鳥』。いやあ、君を放させるのに苦労したよ。結局、『超重力の網(グラヴィティ・バインド)』なんてものまで使う事になってしまった。」
 苦笑するアウスに、エリアは苦々しげに唇を噛む。
 「余計な事を・・・!!」
 「・・・・・・。」
 そんな言葉に、アウスは黙って立ち上がると、つかつかと彼女に近づいていく。
 エリアの横に屈みこむとその顔を覗き込む。
 その眼鏡に、エリアの顔が映り込んでキラリと光った。
 「・・・何よ・・・!?」
 「何を、そんなに自暴自棄になってるんだい?」
 「・・・・・・。」
 その言葉に、アウスを睨むエリア。
 「そんなに、ショックだったかな?一族の負の遺産が、“あんな”事に使われた事が。」
 「・・・あんたに、何がわかるのよ・・・!?」
 「分からないさ。だから訊いてるんだよ。」
 「・・・正直だこと。」
 「それがとりえだからね。」
 「・・・どの口が・・・!!」
 皮肉をしゃあしゃあと返され、苛立ちのままに喚こうと口を開いたその瞬間―
 ムギュウッ
 その顔が、温かくて柔らかいものに覆われた。
 アウスが、エリアの顔を自分の胸に抱き込んでいた。
 「さ、これで君の顔はボクには見えない。」
 「・・・・・・!!」
 「言ってごらん。友人一人の想いを受け止めるくらいの度量、ボクは持っているつもりだよ。」
 いつもの彼女とは違う、優しい声音。
 豊かなふくらみに押し込まれ、何やら喚きながらもがいていたエリア。
 しかしアウスの言葉に、やがてそのもがきは収まっていく。
 そして―
 「・・・てたのよ・・・」
 呟く様な声がもれる。
 「うん?」
 「・・・子供が、乗ってたのよ・・・。アタシを突き落とした鳥に・・・」
 「・・・・・・。」
 「・・・アタシに石を投げた人達に、女の子が混じってた・・・」
 「・・・・・・。」
 「あの場所で・・・。療養所の安置所にいた子だったわ・・・」
 「・・・・・・。」
 「・・・泣いてたわ。あの子達・・・泣いてたのよ・・・」
 「・・・・・・。」
 「・・・苦しんでた・・・ぶつけ場所が・・・心のぶつけ場所が見つからなくて・・・」
 「・・・・・・。」
 アウスは何も言わず、エリアの身体を抱き締め、その言葉に耳を傾ける。
 そっと近づいてきた『エンゼル・イヤーズ』が、二人を護るようにその身を横たえる。
 「・・・どうするの・・・どうすれば、あの子達の傷を癒せるの・・・」
 「・・・・・・。」
 「あの子達だけじゃない・・・あの村の人達・・・皆・・・皆・・・」
 「・・・・・・。」
 「どうすれば、いいの・・・?あたしは・・・あたしは・・・!!」
 エリアの声が、震えだす。
 声を殺し、それでも洩れ出る嗚咽を抑えきれず、エリアは身体を震わせる。
 そんな彼女を、アウスは黙って抱き締めていた。
 いつまでも、いつまでも抱き締めていた。



                                     続く
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