水曜日、学校の怪談SSの日です。前回から隔週掲載になっています。
学怪の最終話をしってる前提で書いてますので、知らない方には分かりにくい展開だと思うのでご承知ください。
よく知りたいと思う方は例の如くリンクの方へ。
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その13・別れ
「・・・お姉ちゃん・・・。」
「ほらぁ、泣かないの。ずっとこっちにいる訳じゃないんだから・・・」
涙と鼻水でグチャグチャになった敬一郎の顔をハンカチで拭きながら、わたしはそう言い聞かせる。
「パパの事、お願いね・・・。」
「・・・うん。」
「ちゃんと、歯磨きしなさいよ?」
「・・・うん」
「それから・・・」
―別れを惜しむ人間の姉弟を、異形の樹霊達が見つめていた。
「聞いたかえ?御嬢よ・・・」
「・・・はい。」
「あの娘、天邪鬼(あれ)を家族と言いおった。」
「はい・・・。」
「誠、“あの娘”の子に相応しいと思わぬか?」
「・・・はい。」
「全く、面倒な事じゃ。」
そう言うと、澎侯はクックッと笑う。
そんな澎侯を見た古椿の少女は、何処か寂しげにその顔を伏せた。
「話・・・ついたから。」
そう言うと、わたしは澎侯達に向かった。
「敬一郎は帰して。わたしは残る。」
わたしの手を、敬一郎がギュッと握ってくる。
「どうすればいいの?」
その言葉に、澎侯がトコトコと進み出てくる。
他のお化け達は、何も言わずにわたし達を見つめていた。
椿さんが、何故か酷く寂しそうな顔をしているが少し気になった。
「・・・心は変わらぬか?」
「・・・うん。」
わたしが頷くと、澎侯は顔を伏せクックッと笑った。
「澎侯?」
「全く、“あの娘”と同じよのう・・・。」
「・・・え?」
言葉の意味をとりかねるわたしの前で、澎侯の髪がザワ・・・とざわめいた。
「やはりそなたは、“隠れ里(ここ)”におるべきではないよ・・・。」
次の瞬間―
ザワァアアアアアッ
澎侯の髪が蠢き、巨大な奔流となってわたしに襲いかかってきた。
「きゃあっ!!」
「うわぁっ!!」
視界の端で、弾き飛ばされた敬一郎が椿さんに抱き止められるのが見えた。
けれど、わたしはそうはいかない。
わたしは抱いていた天邪鬼ごと、髪の波に飲み込まれる。
わたし達を飲み込んだ髪の束が、見る見るうちに固まっていく。固まった髪は節くれだった木の枝と変わり、幾重も折り重なった木の籠となってわたし達を閉じ込めた。
「ちょ、何よコレ!?」
『しばし、大人しくしておれ。』
訳が分からず喚くわたしに言い聞かせる様に、籠の中に澎侯の声が木霊の様に響く。
「何なの!!わたしをどうしようっていうのよ!!」
『どうもせぬ・・・。“そなた”はどうもせぬよ・・・。』
そんな言葉とともに、周りから木の枝がわたし達に向かって伸びてくる。
「きゃあ、何、何!?」
伸びてきた枝はわたしをすり抜け、真っ直ぐに天邪鬼に向かう。
ドスッ ドスッ ドスッ
鈍い音を立てて、木の枝が天邪鬼に突き刺さる。
「ああっ!?」
ドスッ ドスッ ドスッ
わたしの悲鳴にも構わず、木の枝は次々と突き刺さる。
「やめてっ!!何するの!?」
わたしは天邪鬼を庇おうと胸の中に抱き込んだ。だけど、クネクネと動く枝は腕の隙間を掻い潜り、容赦なく天邪鬼に突き刺さっていく。
「やめてよ!!やめてってば!!」
わたしは半狂乱になりながら、刺さった枝を引き抜こうと手をかける。
その時―
『落ち着いてください。』
不意に響いた声に、わたしは手を止める。椿さんの声だ。
『どうか落ち着いて、御覧になってください。』
「え・・・?」
言われて見ると、天邪鬼に突き刺さった枝が、淡く光っている。その光は枝を上から下へと移動して、天邪鬼の中へと入っていっている様に見えた。
「何・・・これ・・・?」
ドクン ドクン
光は脈打つ様に、どんどん天邪鬼の中に入っていく。
そしてわたしはある事に気付いた。
それまで紙の様に軽かった天邪鬼の身体。それがどんどん重くなってきていた。
「え・・・これって・・・」
目の前で、どんどん天邪鬼に光を送り込んでいく枝。
それにしたがって、重みを増していく天邪鬼。
それと同時に、不思議な音が辺りに響き始める。
カシャン・・・カシャン・・・
まるで、繊細に作られたガラス細工が砕ける様な音。
見れば、天邪鬼に突き刺さった枝達に変化が現れ始めていた。
それまで規則正しく光っていた枝から、次々とその光が消えていく。そして、光の消えた枝は見る間に萎み、枯れ落ちていく。
音は、落ちた枝が床で砂の様に崩れる音だった。
「な、ちょ、どうしたの!?澎侯!!枯れてきてるよ!?」
『・・・・・・。』
わたしの言葉に、答える声はない。
「ねぇ、ちょっと!!椿さん!?」
『・・・・・・。』
やっぱり、答えはない。
そうしている間にも、天邪鬼の身体は重みを増し、枝達は枯れていく。
その様はまるで、枝達が自分達の命を天邪鬼に注ぎ込んでいる様で・・・。
―自分のその考えに、わたしは息を呑んだ。
「澎侯・・・まさかあんた、自分の妖気を天邪鬼に・・・!?」
『・・・・・・。』
変わらず返される沈黙。
わたしはそれをYESととる。
「ば、馬鹿な事止めてよ!!天邪鬼はわたしが・・・」
だけど、枝達は光を注ぎ込むのを止めない。
「・・・この・・・!!」
目の前で次々に枯れ落ちていく枝達に耐えかねて、わたしはそれを引き抜こうと再び枝に手をかける。
けど―
『やれやれ。やはりそう来るかえ・・・』
「きゃあ!?」
唐突に響く声。それと同時に後から伸びた枝がわたしを羽交い絞めにした。
『言ったであろ?大人しくしておれ。もうじき、終わる。』
死に面しているとは思えないほど、その声は穏やかで、優しかった。
「何が“終わる”よ!!こんな事されたって、わたし、嬉しくない!!天邪鬼(こいつ)だって・・・」
『「余計な真似、すんじゃねぇ。」』
「――!」
自分が言うよりも早く響いた声に、思わず言葉に詰まるわたし。
『言うであろうな。天邪鬼(こやつ)なら。』
クックッと笑う気配。
『先に一度申したはず。天邪鬼(こやつ)は我が孫も同然。よく知っておるのよ。そなた達よりもな・・・。』
「澎侯、あなた・・・一体・・・」
『気に病む必要はない。妖気(これ)は、もう我には必要なきもの。なれば、先ある者へと渡すが、摂理・・・。』
「・・・・・・!!」
『気に病むことはない・・・病むことは・・・』
穏やかな声が、ゆっくりと空気の中に溶けて行く。
そして、呆然とするわたしの前で、最後の一枝が砕けて散った。
続く