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2012年03月12日

輪舞 ―Rondo of Lives―(5)(半分の月がのぼる空・二次創作作品)








 月曜日。ライトノベル・半分の月がのぼる空の日です。詳しく知りたい方は例の如くリンクのWikiへ


「半分の月がのぼる空」オリジナルサウンドトラック

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                           ―8―

 それから少し後、僕らはまた自転車に乗ってある場所を目指していた。
 
 ギコ・・・ギコ・・・ギコ・・・

 一漕ぎする度に、自転車のペダルが軋んだ音を立てる。
 車輪が石を咬む度、ぼろい車体がバラバラになりそうなくらい跳ね上がった。
 「裕一、大丈夫?」
 里香が後ろから、心配そうな声をかけてくる。
 「な・・・なんの・・・コレくらい、どうって事・・・ないぞ・・・。」
 そう言いながら、僕は息も絶え絶えでペダルを漕ぐ足に力を込める。
 「そうじゃなくて、転ばないでよ。いつかみたいに。あたしも怪我するんだから。」
 ・・・あぁ、そうですか。
 僕は汗で霞む目で、道の先を見据えた。
 道程は、まだまだ長い。

 僕達は、砲台山の登山道を上がっていた。
 いつかの夜、原付バイクで登ったあの道だ。
 あの時は原付だったけど、今は自転車。正直少し・・・いやかなりキツイ。
 とはいえ、こんな上り坂を里香に登らせる訳にはいかない。
 僕は転ばないように細心の注意をはらいながら、慎重にペダルを漕いでいた。
 ・・・しかし、キツイ。里香は最初、自分が乗っかった自転車を、僕が手押ししながら登る事を提案したのだが、それじゃ時間がかかるといって、僕が漕いで登る事を主張したのだ。・・・したのだが、余計な格好つけをしなければ良かったかもしれない。
 「ねぇ、裕一。」
 自転車の頭がグラグラし出すにいたって、ついに里香が声を上げた。
 「降りて押した方が良いんじゃない?」
 「・・・はい。」
 もはや僕に選択の余地は無かった。
 格好悪い事、この上もない・・・。

 それからしばらく後、僕らはようやく頂上である駐車場に着いた。
 「はぁ、はぁ・・・」
 「ほら、裕一。早く行こう。」
 汗だくで息を切らす僕を労わるでもなく、里香はしゃあしゃあとそんな事を言う。
 「う・・・うぃ・・・。」
 僕はそこに向かうため、鉛の様に重い足に鞭打って立ち上がる。
 僕達が目指す場所。そこはこの山の本当のてっぺん。大砲の台座が座する広場だった。

 しばらくぶりに訪れたその場所は、以前来た時とはまるで違っていた。
 あの時は春の始めで、山の木々や草は芽吹いたばかりだったけど、今は初夏だ。木々はすっかり緑の衣に覆われ、鬱蒼と茂った下草は、一度足を踏み入れれば膝下までを覆ってしまう程に伸びている。
 当然、登り難さも倍増。
 僕は里香の手をしっかりと握って、山道を登っていた。
 「里香、足元、気をつけろよ。」
 「う・・・うん。」
 いつも強気な里香も、今回に限っては不安げに足元を気にしている。何か潜んでいそうで、怖いらしい。こういう所は、やっぱり女の子だ。
 僕はそんな里香の不安を少しでも払拭しようと、行く手の草をなぎ倒しながら進んでいた。
 ―と、
 「キャアッ!!」
 里香が突然悲鳴を上げて、抱きついてきた。
 「ど、どうしたんだよ?」
 突然の事態にドギマギしながら訊くと、里香は右手の茂みを指差しながら喚きたてる。
 「何かいた!!あっち、ガサガサって!!」
 見てみると、なるほど。向こうの茂みが揺れている。
 「んー。何だほら、ヘビでもいたんじゃないか?」
 何気なく口にした言葉に、里香が「えっ!?」と声を上げた。
 「ヘビがいるの!?」
 「そりゃあ、こんな山の中だし。いるだろ、ヘビくらい。」
 ところが、それが里香にとっては最大の脅威だったらしい。里香はますます僕にしがみついてきた。華奢で柔らかい身体が、ピッタリと密着してくる。
 「お、おい!!そんなにくっついたら歩きにくいだろ!?」
 「いいから!!早く行こう!!」
 結局、僕達はくっ付いたまま、その後の道程を行く事になった。
 ヘビ、グッジョブ!!
 僕は心の中でヘビに賛辞を送った。 

 山頂の砲台は、あの時と同じままでそこに座していた。
 当たり前と言えば当たり前だけど、そんな言葉では片付けられないくらい、ここは僕達にとって大事な場所だ。
 あの夜、僕はここで里香に想いを告げ(無意識だけど)、あの日、ここで僕達はお互いの隙間を埋めた。
 誰にも、たとえ神様にだって奪えない、僕と里香だけの時と場所。
 感慨に浸りながら下に広がる伊勢の風景を見下ろしていると、横で同じ様に町を眺めていた里香がおもむろにポケットからハンカチを取り出した。
 里香の指が、丁寧に畳まれたハンカチを開いていく。
 その中には、肌色をした小さな粒が二つ。さっき、二人で食べた桜の実の種だ。
 「裕一。」
 そう言って里香が差し出したそれを、僕はそっと指で摘んだ。

 ―それは昔、里香が父親から聞いたという話。
 曰く、木が実をつけるのは、それを鳥に食べてもらうためらしい。
 実と一緒に食べられた種は鳥といっしょに長い距離を渡り、遠く離れた場所で地に落とされてそこで芽吹く。
 もしこの仕組みがなければ、種はただ親木の根元へと落ちて、生えた苗は日光も養分も十分に得られず枯れてしまう。
 だから、木は実をつける。自分の命を、果実へと変えて鳥に与える。日々の糧を与え、その代価として自分の子供達を生きるべき場所へと連れて行ってもらうために。 
 言わば、これは木々と鳥達の契約。
 自分の証を後の世に残すため、木々が鳥に仕掛けた命の約定だ。

 里香と僕は、その契約にのった。
 あの桜の、強く燃える命の力を分けて貰う代わりに、その子供達を新天地へと連れて行く。
 そして、桜はもう自分の役を果たしている。だから今度は、僕達の番。
 僕と里香は手に桜の種を持つと、それぞれ砲台の両脇に分かれた。
 今だ口の中に残る、渋い味。苦いけれど力強い、命の味。
 僕はそれを確かめながら、指で地面に穴を開けると、その中に桜の種を入れた。その上に土を被せ、ポンポンと軽く叩く。
 これで、約定は完了だ。
 ホッと息をついて立ち上がると、砲台の反対側から里香が歩いてきた。
 「済んだのか?」と僕が尋ねると、「うん」と笑顔で頷いた。


                          ―9―

 里香が、砲台の上に上がりたいと言ってきた。
 望む所だ。
 以前誓った通り、日々の筋トレは欠かさず行ってきたのだ。
 今度こそ、僕の力だけでお前を台座の上に上げてやる・・・筈だったのだが。
 「相変わらず、力がないなぁ。裕一は。」
 ・・・はい。出来ませんでした。結局途中で力尽き、里香を自分で這い上がらせる羽目になった。
 あの汗にまみれた日々は何だったんだ・・・。
 一人凹んでいる僕に、台座の上から里香が「何してるの?早く上がってきたら。」と声をかけてくる。
 しばしほっといてくれ、などと言う事も出来ず、僕は黙って台座へと上がった。

 草いきれでムッとしていた下と違い、台座の上は涼しい風が通っていた。
 座っていると、掻いていた汗もスーッと引いていく。
 「涼しいね。」と里香が言った。僕はそれに「おぅ。」と返す。
 しばしの間。そしてまた、里香が口を開く。
 「・・・芽、出るかな?」
 それは少し、心配そうな声だった。
 「何でだよ?」
 「だって、こんな山の中だよ。他の草や木に、負けちゃわないかな?」
 そんな里香の言葉に、だけど僕は妙な確信を持って即答した。
 「出るさ。」
 「どうして、分かるの?」
 聡明な里香にしては、珍しい愚問だ。
 だって、あの桜の子供だぞ。その身を死に食われても、なお平然と牙を立て返す様な親の子供だぞ。そこらの雑草や雑木になんか、負ける筈ないだろ。
 僕がそう言うと、里香は少しキョトンとしてから、「そうだね。」と言って微笑んだ。
 「珍しいね。裕一がそんな気の利いた答え方するなんて。雪でも降ったりして。」
 「何だよそれ、ひでぇな。」
 「だって、そうだもん。」
 そう言って里香はアハハ、と笑った。
 つられて僕も、ウハハと笑った。
 アハハ、ウハハ、と僕達は笑い合う。
 そう。負ける筈がないんだ。あの桜の、燃える様な命を受け継いだ種達が。
 そして、それはその命の炎を分けてもらった僕達も同じ筈で。
 そう。僕達は負けない。これから先、どんな事が待ち受けていたって、牙をむいて立ち向かってみせる。あの桜が、そうした様に。
 あ、と里香が言った。
 今度はなんだよ、と僕が言うと、
 「裕一の舌、紫色になってる。」
 だと。
 指で舌を拭ってみると、なるほど、濃い紫の跡がつく。
 さっき食べた、桜の実の色が写ったのだろう。
 里香は「かっこ悪い」とか「変なの」とか言いながらケラケラと笑っている。
 でも、それなら。
 「お前もそうだぞ。」
 僕がそう言うと、里香はえ、と言って自分の舌を拭う。
 そして「ホントだ」、と言ってまたケタケタと笑い出す。
 僕も負けずに、笑ってみせる。

 アハハ。
 ウハハ。

僕達の笑い声は初夏の空に流れ、遠くへと消えていった。



 ・・・その夜、僕は夢を見た。

 それは、今からずっと未来の夢。
 里香も、僕もいなくなった、それくらい先の頃の夢。
 場所は砲台山。
 そこには今と変わらずに、草木に囲まれてコンクリートの台座が鎮座していた。
 でもただ一つ、変わっていた事があって。
 ・・・砲台を挟む様にして、大きな二本の桜が生えていた。
 二本は寄り添う様に枝を交わし、その枝にいっぱいの華をつけていた。
 そこに咲く華はとても色濃くて、日の光の中で一際強い輝きを放っている。
 ちょうど、あの桜の様に。
 そして、その桜の根元には、一人の女性が立っていた。
 黒く艶やかな、僕の良く知る色の髪を腰まで伸ばした女性。桜を見て微笑むその顔は、良く知っている様で、知らない顔。
 と、後ろの方から小さな女の子が一人、その女性に向かって駆けてくる。女性と同じ、長い黒髪をなびかせながら。自分の足に纏わりつくその子を、女性が笑いながら抱き上げる。そろって桜を見上げる二人の顔は、やっぱり僕の知る面影を残していて。
 風が吹き、桜の花弁がふわっと散る。散った花弁がクルクルと舞い、自分達を見つめる二人を包む。女性から降りた女の子が舞う花弁を追いかけて、これまたクルクル走り回る。それはまるで、桜といっしょに輪舞(ロンド)を踊っているようで・・・

 ・・・そんな、幸せな夢だった。


 ― 廻る 廻る
   命が廻る。

   踊る 踊る
   輪舞(ロンド)を踊る

   絶える事なく、止まる事なく
   廻る命が
   輪舞(ロンド)を踊る ―


                                                        終わり
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