アフィリエイト広告を利用しています
ファン
検索
<< 2021年10月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
FIRST LOVE TWICE by トバ (04/14)
FIRST LOVE TWICE by せぼね (04/13)
△(三角)の月 by トバ (03/29)
△(三角)の月 by よし (03/29)
夢のつづき by トバ (03/28)
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
toba2016さんの画像
toba2016
安全地帯・玉置浩二の音楽を語るブログ、管理人のトバです。安全地帯・玉置浩二の音楽こそが至高!と信じ続けて四十年くらい経ちました。よくそんなに信じられるものだと、自分でも驚きです。
プロフィール

2021年10月23日

花咲く土手に


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』一曲目、「花咲く土手に」です。

歌詞カードにまず圧倒されます。「たまきこうじ」のクレジットがありますが、ほんとに玉置さん描いたんですかってくらいキレイに保存されていたようで、美しいクレヨン&水彩絵の具の、教室の絵です。わたくし、これ大人が子どものフリして描いたんじゃないかと思いました。何年生で描いたのかわかりませんが、ちょっとビックリです。そして、歌詞に使われることばの素朴さといったら!麦わら、赤とんぼ、土手、じいちゃん……これまでに安全地帯や玉置さんに抱いていたイメージが完全に吹っ飛び、一体何が始まったんだと驚いてしまいました。その一方で、わたくしこういう世界が結構好きですので、歓喜に踊る気持ちもうっすらないではなかったのです。思えばライブアルバム『ENDLESS』で歌われた「小さい秋みつけた」のときから、こういう時代のいずれ来ることを!わたくしひそかに!予見したいた!のです!もちろんウソです!

さて曲は、ガットギターのスライドから始まるソロ、普段びきのアルペジオ、大きめのベース、手で叩いたんじゃないかっていうドラム、そしてなにやらドラムにない打楽器……なんでしょうね、コツコツとギターを指先で叩いた音に似てます。たぶんボンゴですが、いい音がリズムに入っています。ドラムのほうはやけに控えめなバスドラ、スネア、そしてかなり直径の小さいであろうシンバルだけで、シンプルに徹しています。

クレジットをみても他の人が演奏したという記載は何もありませんので、おそらくは玉置さんがすべて演奏なさったのでしょう。そして『幸せになるために生まれてきたんだから』にあったように、あちこちリズムがあやしいです。自分だから合わせられるってだけで、これは複数人のミュージシャンではかなり合わせづらい曲です。その意味で、ザ・玉置一番搾りって感じの、マジで玉置さんの魂がそのまま音になったんじゃないのという凄みあるサウンドになっています。

歌はもう、寂し気で牧歌的な歌詞を、鬼気迫る声で歌い上げています。最初に歌とギターを録って、あとからベースもドラムも重ねていったそうですけど、この歌がないと逆に重ねられないでしょうね。自分がどういうノリで歌ったかを聴きながら脳内で再現しつつそれに合わせて演奏しないととても合わせられたものではありません。たぶんですが、ベース先でドラムが後でしょう。通常のやり方とまるで逆ですが、わたしだったらベースのほうが歌に合わせやすいですし、ベースがないとドラム入れられないように思います。

歌が始まりまして、ボンゴ(らしき音)とベース、ガットギターのアルペジオを伴奏に、玉置さんのしみじみとしたABメロが流れます。「麦わら」「赤とんぼ」「土手」と、かなり慣れ親しんだ場所であることが示唆されます。こういうワードでは誰もが心の中のふるさとを思い出すのでしょう。そして「野辺送りの長い列」と、今日はふるさとの葬式であるという強烈な寂しさをいやがうえにも私たちに引き起こさせます。力技ですが、うっかり正面からくらうと涙モノです。最初はまさか葬式の歌だなんて思ってませんから、わたくし直撃を食ってしまいました(笑)。「長い列」の「つうー」が寂しすぎて卑怯です。

ここでいつもの北海道人話なんですが、北海道では野辺送りなんて見たことがありません。子どものころですでにバスで火葬場でした。霊柩車すらほとんど見たことがありません。霊柩車あったのかな?なんか、スキーバスみたいなでかいバスで、スキーバスならスキー入れるところに棺を入れて、みんなそのバスに乗って行ってたような気がしますが……。わたしより玉置さんのほうが上の世代ですから、もうちょっと前はやってたのかな?それとも須藤さんが入れた言葉なんじゃないのかな?なんて思います。でも、この歌で「黒い服着た人たちのスキーバスがゆく」なんて歌ったら、とくに他地方の人にはなんだかわからない歌になりますから、その様子を「野辺送り」と言い換えたほうがよろしいかとは思います。

歌はサビに入ります。バシッとシンバルが入ってドラムが加わりますが、基本的にはアレンジの調子は変わりません。というか、これでフル構成です。とことん、シンプルです。

「花咲くふるさと」ですから、春なのでしょう。「春風の中を歩く」ですし。「星が落ち」たのは、「じいちゃん」が亡くなったということで、「真白き百合を抱いて」というのは……文字通りだと思うんですが、イメージなんでしょうね、百合は抱かないと思います。百合の花粉が喪服に付いたら大惨事ですんで(笑)。慌てず騒がずガムテープ、それでだめならもうクリーニングですね。位牌とか遺影とかをもって、棺を担いだ数人を中心に行列でウロウロしながら火葬場に行くのです。悲しき行列ですが、大切な儀式なのです。ウロウロするのは、魂が舞い戻ってこないようにするためにわざと道を複雑にするという意味があるそうです。もっと昔は土葬でしたから、いわゆる「魂魄」の「魄」が作動して(つまりゾンビ状態になって)戻ってこないようにする、という意味もあったことでしょう。ですから、親族にとってはゆっくりと名残を惜しみつつ、これから完全にお別れなんだという事実を噛みしめるために、その道のりを踏みしめるという意味があるのです。ここでのベース、効いてますね……みんなでゆっくりゆっくり、しかし着実にお別れに向かって進んでいるという情景をいやがうえにもわからせてくれます。ズーン、ズ・ズーン、ズーン、ズ・ズーンと進むのです。

曲は二番に入りまして、ひきつづき野辺送りの様子です。「むずかる幼子の手」を「姉さん」が引いている……これはまた徹底的なわびしさを感じさせます。たぶん末の孫というレベル、じいちゃん死んじゃったの?と訊く前の発達段階、つまり、わけがわからず参列し歩いているんです。親は棺担いだり遺影もったりと役割がありますから、上のほうの孫娘、つまり従姉なんだと思いますが、そうした「姉さん」が子どもをあやしながら連れてゆくという役目をおいます。そんな「姉さん」が弔意を示す「真珠」の胸飾り、それに映るロウソクと夕焼け、それがなんと悲しいことか。当時は余裕で明治生まれのじいちゃんばあちゃんがいましたから、親族が集まるとたいてい大人数になります。ですからこんな役割分担をしたうえでの儀式も行うことができたのでしょうけどもが、現代ではおおよそ難しいでしょう。だんだん、忘れられてゆく、失われてゆく光景がこの歌には描かれています。

曲はまたサビに入りまして、ここから野辺送りをちょっと離れ、東京から帰ってきた「ぼく」がこのふるさとのことを懐かしんでいたことが歌われます。「澄んだ空を」「思いだした」と叫び気味に歌う玉置さんの声がなんと切実に聴こえることか。トシをとると葬式しか集まりませんし、帰らないんですよ。コロナ騒ぎのせいでもありますけど、ほかにもいろいろありまして、わたくしもう何年も故郷に帰っていません。「ビルのすき間から見上げて」ふるさとを思いだすという気持ちはよくわかります。わたくしの場合ふるさともビルのすき間だらけですが(笑)。親族からはすこし薄情気味に思われていても、それでもふるさとに寄せる思いはあるのです。まして玉置さんはそりゃもう忙しい身でしょうから、ツアーの初期に旭川に寄るくらいしか帰省のチャンスはなかったものと思われます。そして、昭和末期・平成初期の安全地帯に不満を抱き、音楽的にも「ふるさと」である旭川を思う気持ちはとてつもなく大きく膨らんでいたものと思われるのです。

二回目のサビを終え曲は唐突に調子を変え、いわゆる「大サビ」に入ります。「冬の寒さ」を「みんな隠している」とはまたなんと意味深な……北海道ですからもちろん冬は寒いんですが(笑)、それでは「それぞれの」にはなりません。これは、各家庭や、個人の抱えた苦境のことを指すのでしょう。そりゃ葬式の時にというか、親族が集まったときにわざわざ「じつは生活が苦しくて……」と話すようになったらかなりヤバい段階に至っているということを意味しますから、そこまで寒くなってないとは思います。毎年冬は来るのですから、いつもの寒さ、誰もが抱える苦境のことなのでしょう。

曲は間奏、ガットギターでのソロに入ります。ごく短い間奏です。柔らかいガットギターの音なんですが、悲鳴のように聴こえます。葬式の時にやっと戻ったふるさと、じいちゃんとの別れがなければ戻らなかったふるさと、それでも忘れていない、ここがぼくの原点なんだ、愛しいふるさとなんだという、しみじみとしてるのに叫びたい気持ちの表現であるかのごとく、悲しい音色です。

曲はサビを二回繰り返して、正確には最後のサビは頭の二小節ばかり短縮して途中から、……正確には前のサビに二小節食い込んだというべきですかね、になっていますが、これも「覚えてるよ」というメッセージを前に出す効果抜群ですね。覚えてるんだ!と前のめりに言いたいとよくわかる、どうしてこんなこと思いつくんだろうと思わせる技法です。

このラスト二回のサビで、じいちゃんへの思い、ふるさとへの思いが、両方かけがえのないものであって、混ざり合い、ほとんど同一のものとして意識の奥にあったのだということに気づいたということが、聴き手にもよくよく伝わってきます。

「青い空」は日本全国どこでも青い空です。東京でさえ空は青いです。ですが、「ぼく」が覚えているのはふるさとの青い空で、ほかの空はちょっと違う青空なんでしょう。そりゃ気温とか湿度とか光化学スモッグとかで空の色合いは微妙に違うわけなんですが、決定的に違うのは見た回数とか年数なんだと思います。「つかの間の」といえるほど北海道の夏といえる期間は短いわけなんですが、それにしても見た回数年数はまだふるさとのほうが多いでしょう。それもいつか東京の空のほうが回数年数ともに上回り、ふるさとの青を上書きしてゆくのだと思われますが、それでもきっと覚えているんです。どんな青?と訊かれても答えられないけど、「こんな青」と指はさせるくらいに覚えているんです。葬式などで訪れたときに、そう、この青だよと思いだしたことに気がつく……ダメだ、気力がなくなってきました(笑)。たまには帰らないとなあ。

そして後奏、スローになったガットギターのアルペジオが低音のメロディーをまじえつつ、曲を閉じます。シンバル、ベース、そしてボンゴ(らしき音)、必要最低限の装飾で曲は静かに終わります。ホントに最後の瞬間に「キラキラキラ……」とウィンドチャイムらしき音が聴こえますけども、シンセを使ったとは記されていませんので、「パーカッション」の一部として玉置さんが指でなぞったのだと思います。なんというこだわり!私だったらまずウインドチャイムを探してくるのが億劫でシンセでいれるか、思いつかなかったことにしてしまいます(笑)。一人で黙々と、しかし妥協せずに自分のサウンドをこつこつと録っていったこのアルバムを象徴するような曲だといえるでしょう。

カリント工場の煙突の上に [ 玉置浩二 ]

価格:2,852円
(2021/10/18 16:05時点)
感想(0件)


Listen on Apple Music

2021年10月09日

『カリント工場の煙突の上に』


玉置浩二ソロアルバム第三弾『カリント工場の煙突の上に』です。1993年九月、わたしにとっては予想していなかった時期のアルバムリリースでした。何気なく店にて「た」のコーナーを見てたら、ありゃ?あるよ?って感じです。

そして手に取って驚きました。段ボール製のジャケットに、黒のゴシック体で男女のロマンス的な要素が少しも感じられない曲名がズラッと並んでいたからです。キティからソニーに変わっていたことなんてどうでもいいくらいの衝撃です(笑)。

ただ、予兆が全くなかったわけではないのです。「パレードがやってくる」「海と少年」「あのMusicから」等、子ども時代や故郷を歌ったと思われる望郷ソングは『安全地帯V』のころからありましたし、『All I Do』にも「このゆびとまれ」、『安全地帯VI 月に濡れたふたり』にも「夢のポケット」、『安全地帯ベスト2 ひとりぼっちのエール』にも「あの頃へ」と、望郷ソングの系譜は脈々と継がれてきていたからです。でも、ここでこの路線に大転換するとは思ってませんでした。せいぜいアルバムに二〜三曲でしょう、それがもう全振りです。しかも「土手」とか「工場」とか「西棟」「納屋」「畑」という土臭い言葉たちがズラリと!驚きますよそれは。

そのときはまだ、安全地帯が崩壊したとは思っておりませんでしたので、玉置さんがこのような音楽の志向をもって安全地帯の音楽を脱却しようとしていたなんて夢にも思いません。インターネットなんてものは存在すらほとんど知られていなかったこのころのことです、ファンクラブに入って会報を読むとか、雑誌を買いまくってどんな小さい記事でも逃さないとかそういう情報収集態度を持っていればある程度分かったんだと思いますけども、わたくしそうではありませんでした。その意味では先入観なく入手して、先入観なく聴いて、先入観なく驚いたわけです。現代ではかなり難しい、有難い経験で、幸せだったのです。

このときに玉置さんに起こったことは、『幸せになるために生まれてきたんだから』で知ったことが大半でした。精神的に病んでしまって旭川で静養していたこと、キティ時代からひとりでもくもくとギター弾いて歌い、自分で楽器を演奏して重ねていったこと、その後須藤さんと二人でイメージを語り合いながら歌詞を作っていったこと……志田歩さんはこのときの玉置さんの精神状態を『ジョンの魂』、制作過程を『マッカートニー』になぞらえて説明しています。いや、どっちもさみしいじゃないですか(笑)。

「東京という大都会のシステムにやられたのかな」

玉置さんの才能と能力、メンバーたちの信じられないくらいの技能と結束、こうしたものを当時の日本は渇望し、その生産性をもっとも高めることを求めるようにマーケットが反応しました。その商業的な生産性をもっとも高める環境はもちろん東京でした。音楽を作ること以外は基本何もしなくていいんです。なんなら、音楽さえ分業で、自分で作りだす箇所はごくわずかでもいいという環境です。玉置さんでいえば、究極的にはメロディーつくってハイってスタッフに渡せば後日オケと歌詞が出来上がっているから歌入れすればいいんです。実際にはアレンジにかなり大きな役割を果たしてらっしゃるんですけども、その気になれば弾き語りのデモを渡してあとは寝ててもいいんです。ですが、人だからいろいろしますよね、恋愛とか(笑)。ところが玉置さんは恋愛どころか睡眠もろくろく時間取れずに、次々にメロディーを作り、歌入れし、コンサートに出かけ回らないといけなくなりました。マーケットが明らかにそれを求めたからです。

それが売れるということなんですけど、わたしだったらたぶん途中で暴れると思います。あ、いや、音楽売れたことないですからホントはわからないんですが(笑)、わたしだったらそんなのゴメンです。音楽はみんなとああしたいこうしたいってワイワイ言いながらデモを重ねて作りたいですし、そうでなかったらすべての音符を自分で書いて自分ですべての音を録音したいです。それをやるとアルバム一枚作るのに年単位でかかりますし、コンサートなどできて年に数回です。リハだってみんなでスケジュールあわせていつならいける?って話したいですよ。それが私の知るバンドですし、自分で作る音楽だからです。ですが「売れる」、しかも「爆発的に売れる」ミュージシャンはそうでない世界に入らざるを得なくなるのです。玉置さんの苦悩もこのようなことに端を発していたらしく、すべてを自分でやりたい!という意向を最優先にして、須藤さんの歌詞、星さんのストリングスアレンジと金子飛鳥グループの演奏以外はほぼ自分で音を出していらっしゃいます。あ、お兄さんがドラム、お父さんお母さんがコーラスもされてますね。でもみんな「玉置さん」じゃないですか(笑)。このように、おおよそ東京のシステムとは縁遠い音楽の作り方だったわけです。

「奇跡的なアルバム」と玉置さんはおっしゃいます。ほんとうにそうです。これ、『あこがれ』から半年ちょっとしか経ってないんです。この変わりようと、その製作スピードだけでも奇跡的ですが、それを自分でほとんど作り上げたこと、そしてこれをそもそもリリースしていいと判断したソニーレコーズの存在(須藤さんが所属する会社)、何もかもが信じがたい奇跡です。

では、一曲ずつの短いご紹介を。ほとんどバラードで、ほとんどアコギですから、ここではそれらは書かないことにしたいと思います。

1.花咲く土手に
 葬式でしのばれる北国での少年時代を歌っています。

2.カリント工場の煙突の上に
 少年時代を過ごしたふるさとの思い出、その中にはとてもつらいことがあるのですが、それも含めてのふるさとを歌います。

3.ダンボールと蜜柑箱
 わたしは祖父母の家を思いだしますが……きっとご実家のことなのでしょう。少年時代にはこんなメルヘン世界があったことを思い出させられます。

4.西棟午前六時半
 「西棟」は最初は団地のことかと思っていましたが、のちにそうではないことがわかります。奥様とのデュエットになっています。

5.大きな”いちょう”の木の下に
 コツコツ頑張るありさんを応援する歌なんですが、我が身を思って泣かされる歌です。

6.キラキラ ニコニコ
 「元気ですか」「おはよう」と爽やかな歌詞なんですが、曲がとんでもない哀愁ソングで、ぜんぜんおはようじゃないよ!朝から泣かせるんじゃない!とツッコみたくなります。

7.家族
 聴いているとわけが分からなくなるカオスな曲なんですが、家族に対する思いってこういうものかもしれないな、とオトナになってちょっと思わされる重い歌です。

8.納屋の空
 このアルバムで、いちばん頭にとつぜんメロディーが降ってくる曲です(超個人的感想)、あまり言及されませんが、これほど魂のど真ん中に迫り、そして居続ける曲はそうはないと思います。

9.元気な町
 爽やかポップスの皮をかぶった、鬼気迫る望郷ソングだと思います。中高生や若者時代でなくて、明確に小学生時代のワンシーンを思い出させる曲って他に知りません。

10.青い”なす”畑
 若いときはわかりませんでした。青いなすって僕のことじゃんと。そして「花咲く土手」のリプライズと組み合わされ、わたしたちは生者と死者とが共に・連続的に暮らしている「ふるさと」というステージへと想いを馳せるという、それを忘れよう、見ないようにしようとしている東京という大都会のシステム・それを支える他地方という構図の現代日本そのものへの疑いを抱かせる種を心のうちに蒔く歌です。

このアルバムは、玉置さんが子どものころにお書きになった絵がたくさんブックレットに掲載されていて、まるで画集のようになっています(当時のものですから、いまお買いになっても同様かはちょっとわかりません)。その中に、こんなメッセージが載せられた絵があります。

「ぼくのだいじなおかあさん うんとながいきしてね」

2018年にお母さんはお亡くなりになっています。このアルバムでコーラスにクレジットのある玉置房子さんです。この人がいらっしゃらなければ、わたしたちは今日玉置さんの音楽を楽しむことができていたかどうかわからないということが、『幸せになるために生まれてきたんだから』を読むとよくわかります。ぜひ、このブックレットと『幸せになるために生まれてきたんだから』とをあわせてこのアルバムをお聴きになることをおススメしたいです。

玉置浩二★幸せになるために生まれてきたんだから【電子書籍】[ 志田歩 ]

価格:1,419円
(2021/10/9 17:58時点)
感想(0件)



カリント工場の煙突の上に [ 玉置浩二 ]

価格:2,852円
(2021/10/9 15:04時点)
感想(0件)


Listen on Apple Music

2021年10月02日

ひとりぼっちのエール


安全地帯ベスト2 ひとりぼっちのエール』十五曲目「ひとりぼっちのエール」です。ベスト2のタイトルナンバーになります。立ち位置としては初代ベストのタイトルナンバー「I Love Youからはじめよう」と同じといえば同じなのですが、「I Love Youからはじめよう」がすでにアルバム『月に濡れたふたり』に収録されていてシングルカットもされていたのに対し、この「ひとりぼっちのエール」はこれがアルバム初収録です。シングルのジャケットにはTVドラマ「お茶の間」の主題歌だったとの記載がありますが……全然知りませんでした。「I Love Youからはじめよう」に比べて、ずいぶんと露出が少ない曲だったように思われます。

カップリングは「あの頃へ 〜'92日本武道館〜命〜「涙の祈り」」、「あの頃へ」のライブバージョンです。日本武道館ですから『unplugged』に収録されているラストライブバージョンではありませんが、非常にナイスな出来になっていまして、のちに『アナザー・コレクション』に収録されます。

その「あの頃へ」を最後に安全地帯チームを離れた松井さんにかわり、この「ひとりぼっちのエール」では『あこがれ』の歌詞をお書きになった須藤さんが作詞を担当しています。もちろんマーベラスな歌詞なんですが、松井さんぬきでまでやらなくてもいいのに……しかもこんな、下手すると安全地帯ラスト曲になったかもしれない曲を……須藤さんがみても「(玉置さんは)ぜんぜん積極的ではなかった」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)ような状況で……と傍からは思うんですが、契約関係で出さざるを得なかったんじゃないかしらねえと愚考いたします。

ともあれ、とんでもない精神状態で収録・リリースにこぎつけたこの曲ですが、これがまた「エール」という言葉とは裏腹に、いやあんた人にエール送ってる場合じゃないでしょあんたがエールを送られるほうだよ、と思いたくなる悲愴な曲です。なんですかね、むかし「あぶない刑事」で大下刑事役の柴田恭兵が「いつもおまわりさんに追いかけられてイヤだったから、自分が追いかける側に回ることにした」と言っていたような記憶があるんですが、人間は自分がしてほしくないこと、それとは逆の自分がしてほしいこととを他人にすることとして選択して行動する傾向があるのかもしれません。それ以外のどうでもいいことはしないか、しても無意識だし覚えていません。どうでもいいから。そんなわけで、もしかしてなんですが、これは須藤さんから玉置さんへのエール、そして自分へのエールでもあるんじゃないかと思う次第です。須藤さんは松井さんのような玉置さんとシンクロ率400パーセントな歌詞をお作りになるスタイルではありませんでしたので、須藤さんに玉置さんの思いを代弁するような意図があったわけでなく玉置さんに対する須藤さん個人からの思いがこの歌詞には込められているのではないかとわたくし思うわけです。尾崎豊を失って失意の中にいた須藤さんが、『あこがれ』を経て玉置さんと出逢い、エールを送りたい、そして送られたいという思いをこめて作られたものだと。あ、いや、もちろんいつもの妄想ですとも!(笑)

さて曲はシンセのフェードインから始まります。田中さんがシンバルに続けて、カツカツカツとリズム、六土さんが何ともいえない柔らかい音でズシーン・ズシーンと曲の基調を支えます。おそらく武沢さんがカッティング、おそらく矢萩さんのメインテーマ弾きがメロウな音で響き、玉置さんが「ア〜アア〜」と歌います。

Aメロ、スキマの多いとても寂しいアレンジで、うすーいシンセのほかにはリズム隊のお二人だけの音が目立ちます。ギターのお二人は、合いの手を入れるように時折「キュイーン!」とか「ピョッピョー」とか入れるだけです。玉置さんの歌が「ひとりぼっち」で響き、また歌詞が思わせぶりで(笑)、夢や幸せが壊れてしまったことを示唆してきます。須藤さん、よりによってこんな時期に!いやこんな時期だからなのでしょう、旭川のアマチュア時代、売れなかったデビュー当時、「ワインレッドの心」でドカンと一変し公私ともに限界まで突っ走った日々、そして活動休止と活動再開以来のエネルギッシュな日々……それらすべてを表現する見事な歌詞です。あまり積極的ではなかったのかもしれませんが玉置さんもさすがのボーカル、というかそういう日々の当事者ですから(笑)、ものすごい説得力です。

Aメロ最後ころからおそらく武沢さんのアルペジオが薄く入ってきて、Bメロへの導入的な役割を果たします。「ギューン!」と歪んだギターがスライド音を響かせ、ギターとベースで強めのリズムを入れつつ「寒い夜はいつか終わる」と玉置さんが力強く歌います。アルペジオが大きくなり、ドラムのシンバルが響き、そして田中さんがドカンとスネアを打ち、ドラムとベースが八分を刻み始めて曲はサビに入ります。Bメロの時点でドラムを打たないのが凄いです。わたしだったら絶対我慢できないで入れちゃいますね。

さてサビです。ズンズンズンズンとルート弾きを行う六土さんが牽引するかのように、安全地帯はいつもの安全地帯で前へ前へと進んでいきます。ギターのお二人がストローク、アルペジオ、カッティングを組み合わせた華麗なコンビプレイを聴かせてくれます。「熱さが僕を支えてきたんだ」と歌う玉置さんに寄り添うようなギターフレーズ、悲しいくらいの定番安全地帯アレンジです。でも安全地帯はこの曲で(いったん)終わるのです。

間奏を経て曲は二番に入り、ベースが大きく響きます。ギターの合いの手も一番に比べて多めです。一番は無用の用というか、対比を効かせ徐々に盛り上げてゆくためにスキマを多くしていたのでしょう。ここもスキマ多めではあるのですが、一番に比べると違いがよくわかるくらいには埋められています。

曲はすぐにBメロ、サビへと向かいます。ここはサビを二回繰り返し、なんと歌詞がある部分はここで終わってしまいます。ただ、曲が始まってすでに三分四十秒、一曲としてはけっして短すぎる時間ではありません。20-30秒程度のアウトロで四分強となりますから、ここで終わってもよかったのだと思います。

ところが曲は終わりません。皆さんご存知かと思いますが、ここからなんと三分間の「ラーラララー」が入るのです。最初はたまげました。なんだそりゃ、曲の半分近くラララかよ!しかもそんだけラララしておいてちゃんと終わらずにフェードアウト……どんだけ終わりたくないんだよ……そう、終わりたくなかったんだと思います。

「積極的ではなかった」玉置さんと、おそらく気分良くは収録できなかったであろうメンバー、それでも崩壊の気配濃厚、もはや終焉は決定的ですらあったであろうこのとき、でも安全地帯が終わるということを惜しむ気持ち、どこかで信じられない気持ち、おそらくライブで披露する機会はかなり限られるか全くないかのこの曲を、みんなで歌って収録するんだ……という気持ちがあったのでしょう、そんな気持ちを込めたか込めなかったか、ともあれみんなで歌います。最初はメンバーだけの声のように聴こえます。玉置さんだけが多重録音したのでない、矢萩さんや六土さんの声が聴こえるように思えます。それから徐々に人が増えていって……増えていった声は多重録音なのかもわかりませんけど、大合唱っぽい声に変わっていきます。ギターのお二人が惜しげもなく、おそらくはアドリブ一発に近い状態で弾きまくっている音が入っています。リズム隊のお二人はひたすら堅実にサビのバックを繰り返します。低めのストリングスが時折大きく響く中、合唱は続いていきます。惜別の念ここに極まれりといった感が濃厚に漂います。

たぶんですが、平素から明確な終わりのない曲はこうやってかなり長めに繰り返して録音しているのだと思います。そして、あとから適当なところでフェードアウトをするんでしょう。でもこの曲は途中で切れなかった、惜しくて、切りどころが見つからなくて、というのが真相じゃないかなと思います。演奏する側もですが、編集する側も、安全地帯ラスト曲となるであろう(あやうくそうなりかけた)この曲を、なかなか終わらせられなかったのではないでしょうか。聴く側はそんなこと思ってませんから、多くの場合なんだこりゃ長いぞと思うだけなんですけども。この当時、この長い「ラララ」から安全地帯が崩壊したことをリアルタイムで感じられた方はどれくらいいらっしゃったのでしょうか。わたくし無念ながら気がつきませんでした。夢にも思いませんでした。後から気づくんですね、この「ラララ」の意味を。10年近くもかけてゆっくりと……。

壊れていった夢を拾い集めようとしてしまう悲しい日々、それでも雨はいつか止む、夜はいつか明ける、だからもう一度頑張れ、生きていくんだ命は美しい、これまでの日々は無駄じゃない、涙の熱さが僕を支えてきた、叫んだ時間の長さが僕を強くした……

僕も君も、またひとつ夜をこえて「新しい朝」を迎える。太陽がまた昇り僕たちの命をつむぐ。君はひとりじゃない、僕もまた、同じように朝を迎え、太陽に祈るんだ。そうしていままでやってきたのだから、新しい朝が来るたびに何かが少しずつ変わってゆき、いつか新しい喜び、夢がつくられていくんだ、時を刻みながら……

まったくの偶然でそうなっただけといえばそうなんですが、氷河期世代のわたくし、この曲の意味が心身に沁み込んでゆく90年代後半以降、たいへんつらい日々を送りました。もちろん若かったですから、傍から思うほど悲愴な感じじゃなかったんですけども、それでもいま思えば冷や汗が出るような日々でした。どんなブラック企業に勤めていても正社員を辞めさえしなければ食ってはいける現代の若者と、どっこいどっこいですかね……わたくしもたいがい職がなくてショック(笑うところ)な不安定さと不安をかなり味わいましたけども、現代の若い人だって、会社と自分のどっちが先にダウンするかわからないという不安はきわめて大きいと思います。ともあれ辛い日々でした。バイトに行くためのガソリン代もろくに捻出できない日々に、食費節約のためまとめ買いしてきた60円のハンバーガーとかを食いながらこの「ひとりぼっちのエール」をうっかり聴くと、泣けてくるんです。リリース直後はまだバブルの余韻がありましたし、わたくし自身も余裕こいてましたからわからなかったんですよ、この「ひとりぼっち」と「エール」の凄みを。

いまでもアンコール前のラスト曲としてしばしば演奏されるこの曲、わたくし生で聴いたときにはああこの曲ライブで聴ける日が来てよかったな……あのまま安全地帯が終わっていたらライブもヘチマもなかったものな、そしてわたくし自身もあの時期にあのまま不安につぶされていたらこんなコンサートを聴きにくるどころじゃなかったものなと、とても感慨深かったです。そして、Bメロ前のギターが大音量ともの凄い音圧で身体に届いたとき、安全地帯の復活を、そして自分自身の再生を、本当の意味で感じることができたのだと思います。

さてこのアルバムも終わりました。次は玉置さんソロ『カリント工場の煙突の上に』になります。翌年には安全地帯の『アナザー・コレクション』がリリースされますから、まだまだ安全地帯の作品レビューは続きますけども、実質的にここから10年程度の活動休止となりました。その間、玉置さんソロのアルバムが……七枚?きゃあー!いったい弊ブログはあと何年たったら『安全地帯IX』の「スタートライン」までたどり着けるのかしらってくらいまだまだ続きます。引き続きご愛顧いただければと思います!

【中古】 ひとりぼっちのエール 安全地帯BEST2 /安全地帯 【中古】afb

価格:859円
(2021/10/2 10:08時点)
感想(2件)


Listen on Apple Music