玉置浩二『EARLY TIMES〜KOJI TAMAKI IN KITTY RECORDS』三曲目、「キ・ツ・イ」です。このシングル「キ・ツ・イ」と次のシングル「I'm Dandy」では、玉置さんは「玉置"流れ星"浩二」、松井さんは「松井"お月様"五郎」という名前を用いています、これはすでに言及しましたが、「このゆびとまれ」のモチーフでしょう。「このゆびとまれ」の記事を書いているときは「I'm Dandy」のことしか思いついておらず、この「キ・ツ・イ」が同様の名前を用いていることは気づいていなかったか忘れていました。うーむ。
当ブログでも何度か言及したことがあるのですが、ドラマ「キツい奴ら」テーマ曲で、あのドタバタコメディにはとても似つかわしい明るい雰囲気の曲でした。チェンジャー声の「O-A-OH-A」とか女声の「キ・ツ・イ」とか、玉置さんの歌に女声が混じると艶やかさ華やかさのほかに色気が爆上がりでいけません。
ドラマの話をちょっとしてしまうと、ヒモ暮らしとかサギとかヤクザとか金庫破りとか、まあろくなもんじゃないんです。およそ健全とはほど遠い連中なのに、決してお気楽ではなく邪気もなく「キツいなあ」と言いながら暮らしているんです。そんな連中が、とある施設を救おうと躍起になって努力するんですね。もちろん女がらみなんですけど(笑)、それがまた一途で健気なんです、犯罪ですけど。全編にちりばめられた玉置さんや小林さんの歌のよさに彩られて、無茶苦茶に犯罪がらみなのになぜか一種の美しい物語を見せられたような錯覚に陥ります。これが久世マジック?
さて、曲は「ビョワッ!」といきなりなんだかわからない音色からはじまり、ギターのアルペジオ、ドラムのバスドラと……リムのような音、なにやら管楽器(わたくし相変わらず疎い)、玉置さんの唸りで始まります。おお、これは『安全地帯V』で胎動を始め「じれったい」で爆誕、そして『All I Do』でその新境地を切り開いた玉置さんのリズム!こういうメロディーと並ぶほどの存在感を放つリズム、しかもブラックな感じのリズムを強調してくる曲は当時の日本では本当に珍しく、玉置さんがいかに異端だったかがいまから思えばよくわかります。玉置さんはシーンのど真ん中にいましたから異端だとは気づかなかっただけで、教父アウグスティヌスがじつはマニ教信徒だったくらいの衝撃なのです。
そして強烈なドラムで歌に入ります。玉置さんしょっぱなからトップギアで歌い始めます。Dancin' Shoesで男と女が走り出し、のちに涙も見せあう関係に……うん、順調じゃないですか(笑)。「O-A-OH-A」とか、ノリノリです。玉置さんファンの方でしたら玉置さんがダンスシューズを決して華やかな意味だけで使っていないことをご存知でしょう。『GRAND LOVE』収録の「Dance with Moon」におけるダンシングシューズは虚飾をすべて剥ぎ取り自分を丸裸にするくらいの意味があります。それに対しこの「キ・ツ・イ」におけるDancin' Shoesは虚栄そのものを意味するシンボルとして描かれていたのではないでしょうか。虚栄を張り続けて「いつまでだって踊りつづけ」る……華やかに、美しく、そして情熱的に……これは当時の玉置さんと女性たちのイメージでもあります。玉置さんは実際グレートな実力とサービス精神がありますから、体力さえあれば無限に人々を喜ばせようとしますし、それがムリして作っている姿だとは一見思えないんですね。でも松井さんはもちろん気づいています。「キツいなあ」「キツいよなあ」と。これは玉置さんに向けた、「このゆびとまれ」における「ともだち」であるお月様からの、いたわりソングだったとわたくしには思えるのです。
二度目の「O-A-OH-A」を経て、曲には管楽器が入り、いきなりサビに突入します。邪魔さ↑れたって、苦し↑くたってと、まあ辛そうな節回しと音程です。どうしてこんなに苦しそうなのにキャッチーで覚えやすいんでしょうねえ。これが天才ってやつなんでしょう。
二番もアレンジは基本的に変わりません。虚栄を張りまくってヘロヘロだけど走りまくって踊りまくる玉置さん、幼い感じ、いや小山内完次が歌いまくって人々を楽しませながら、迷いながら奔走する姿にも重なります。小山内完次は有名人でなく、金持ちでもなく狭く古いアパートで兄貴分の大曾根吾郎と共同生活を営むお調子者の青年です。でもあれが玉置さんの真実の姿なんじゃないか、ほんとに酒場でビリーバンバンとか歌って人々を酔わせているんじゃないか……と思わされる強烈な魅力がありました。で、「ぎりぎりで純情」なんですよ。鷲尾いさ子さんと肩を寄せ合って陽水さんの「いっそセレナーデ」を歌うシーンは、屈指の名場面といってもいいでしょう。チンピラにあの歌は歌えない……!純情で、おセンチで、実は義理堅くてと、虚栄を廃した青年玉置浩二その人そのものが、こういう人であってほしいという私たちの願いをドンピシャに反映していました。だからやるときゃやるよ、邪魔されようが苦しかろうがいつまでも踊るよ!でもキツいから、きみのそばでだけは休ませてね、というこの歌には登場しない裏の姿が暗示されるところまでを「キ・ツ・イ」で表現しているといえるでしょう。ちょっと冴えすぎです松井さん!ドラマのプロットをご存じだったかは知りませんが(「ヤバい奴ら」だったのを「キツい奴ら」に変えたというエピソードは知っていますが、それが松井さんがドラマの内容を知らなかったという根拠にはならないな、と判断しています)、現実の玉置さんとドラマの玉置さんとを行き来する見事な切り取り方のように思えます。
変拍子を挟み曲はサビ、今度は二回繰り返しですね。玉置さんの唸りが多めに入って実にソウルフルです。そしてテンションを上げたまま間奏に入ります……とさらっと流そうとしましたが、ここにも松井さんの仕掛けが!ここでは「燃えつきそうさ」「魅せられそうさ」と、まだ燃えつきてない、魅せられてない状態が歌われています。これを覚えていないとわたくしのようにあとから歌詞カードを見て「うっ!」と気づくハメになります(笑)。
間奏は……Aメロの伴奏になにやら高音の……なんでしょうね、相変わらず楽器の音に詳しくなくていけません。笛的な音です。あまりメロディーで泣かせに来る気はないようであっさり終わってサビを繰り返す終盤に突入します。
「キ・ツ・イ」のブレイクがないまま繰り返されるサビ、つまり本音を漏らすゆとりもないまま踊り続けるのです。「アオー!」とか「イエーイ!」とか、ノリノリだけとキツそうなシャウトがしばしば入ります。一回だけ武沢トーン的なギターが「ギャイーン!」と入ってブレイクがあります。「うーYEAH」「うーYEAH」「YEAHYEAH」「YEAHYEAH」と玉置さんと女声が掛け合いで胸の内を探り合いしているかのような場面があります。「俺は大丈夫だけどきみは疲れたから休みたいだろ?」なんですかね。もちろん続行になります、キツいですねえ(笑)。そして最後のサビ、歌詞が「燃えつきちゃって」「魅せられちゃって」に変化します。陥落です。体力的にも参っちゃってますが、精神的にもシビレちゃってます。この二人はそうなっても踊り続けるんですね。フェイドアウトで曲は終わらないままに遠くなってゆきます。
安全地帯を休止させたあと、怒涛のソロ活動を始めた玉置さん、これは松井さんからみてそうとう心配になるほどのハードワークだったことでしょう。休めばいいのに休まないんですから。本マグロみたいに止まると死ぬんじゃないかってくらいの勢いで数人分の仕事に全力投球です。ただ、この年か次の年に予定されていたアルバムが出なかったことが、この活動に無理があることを象徴していたのだと思います。『夢の都』があったことは、『太陽』で崩壊する安全地帯と不可分に連結する事実ですが、『夢の都』がなければ玉置さんはあのまま突っ走り続けてもっと早い時期に倒れてしまったのではないかと思われるほどに「キ・ツ・イ」のがこのときの玉置さんの姿だったのでしょう。
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