玉置浩二『JUNK LAND』一曲目、「太陽さん」です。このオープニングナンバーで一気にハートはわしづかみ、歌詞カードの基調たる黒の雰囲気、皆既日食の闇に太陽光を求めて叫ぶかのような張り詰めた境地へと一気にダイブインです。
カッカカ!ンカッカカ!(バアン!)……と玉置さん自ら叩くパーカッション、そこへ玉置さんの「たいよう〜さ〜ん」と歪んだ声、ガットギターの低音弦アルペジオ、エレキギター、そしてベース……これはすべて玉置さんが自ら演奏しています。自分で全部これを思いついて演奏しちゃうからすごいですよねえ……このアルバムでは、半分の曲でベースを須藤さん、キーボード全部を安藤さん、基本的にはこの三人だけでほとんど演奏していまして、この「太陽さん」では玉置さんと安藤さんだけです。「まったくデモ・テープのまま」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)と玉置さんは語っていますが、プレスしてリリースしたんだからそれデモテープって言わないんじゃないかと思います。
ちょっとうんちくを言いますと、まず曲を作る人がデモを作るんですよ。こんな感じの曲ねってメンバーに聴かせるやつです。自分の得意な楽器はそこそこちゃんと弾いて録音しますけど、そうでない楽器は超テキトー、ドラムはしばしば打ち込み(ドラム録音するの超ダルいんです)、ひどいときはキーボード弾けなくてギターで代わりをさせたりします(あちき)。ですから、通常はデモなんて恥ずかしくてメンバーにさえ聴かせたくないレベルのものであることがしばしばなのです。玉置さんは「テープ」って言っていますけど、それはおそらくカセットテープで作る時代の名残か、もしくはいきなりオープンリールテープで録音できる施設設備を使い放題だったかのどちらかでしょう。あるいは、当時はA-DATといってVHSテープを用いた簡易的なデジタルレコーディング機器が流行っていましたからそれかもしれません。レコーディングは信濃町スタジオで行ったそうですから、この「デモ・テープ」がそもそも信濃町スタジオで作られた、そこの施設設備を使用していたということなのでしょう。つまり玉置さんは平素からこのような形でデモを作るわけです。わたしからみるといきなり本番、専門ミュージシャンに頼む意味がないくらいの演奏をして重ねていくということです。もうこれでいいじゃん!というレベルのデモをこれまでも作っていたのでしょう。さすがに安全地帯の時代はメンバーに渡すカセットテープに生ギター弾き語りのようなデモが多かったと推測されますが(松井さんが作詞用に初めて受け取ったのもそのようなカセットテープ)、この時代にはへたすればちょっとしたアマチュアなら持っているくらいデジタルレコーディング機器(MDとかA⁻DATとか)は一般的になっていましたし、玉置さんはスタジオを自由に使える環境にあったわけですから、これはソロの自由さと技術の進化となにより玉置さんの勝ち得た立場によってこうした環境が成立し、奇跡のアルバムが生まれる土壌が整備されたといえるでしょう。
さて曲は半音階でババババ〜と下がって唐突に歌が始まります。「あなたが常に大事に思っているもの」……うん、愛だろ(笑)。でも「愛はどこかたよりなく」って否定的にわざわざ歌っているしなあ、などと考えているとなんだかよくわからないのでしょう。玉置さん的には「音楽」なのかもしれませんし、わたくしのような卑しい小市民には「金」とかしか思いつかないかもしれませんし、みなさまにはみなさまのさまざまな「常に大事に思っているもの」があるのでしょう。しつこいようですがわたくし、影になっても毎日けして絶えてほしくないです、金は。ここで玉置さんはディレイ(ヤマビコ)をかけて暗闇の広い空間をイメージさせる歌声で歌います。きっと眉間にシワ寄せて歌っているであろう、絶好調の玉置さんです。安全地帯のときと比べると高音域の倍音がやや減ったかな……くらいの、まだまだ絶頂時というか、玉置さんソロといえばこの声でしょ!安全地帯の玉置さんとは違ったもうひとつ確立されたスタンダードともいえるイメージ通りの声です。
歌はBメロに入りますが、伴奏は相変わらず、低音弦のアルペジオ……これ効いてますよね、同じことずっとやってるのがまた。当時はガットギターが家になかったのでフォークギターでずっと一緒に弾いてました。途中で我慢できなくなるんですよ。うわもう限界!って。現代だったらDAW上でコピペすりゃいいんですけど、当時はホントに全部弾かないといけませんでしたから、玉置さんの指と忍耐力どうなってんの!と訝しく思ったものです。
「とりとめのない今日」は今日なんですが、とくに言及すべきことのない今日、いつも通りの今日、日記のネタがない今日です。聞くがよい現代っ子よ!当時は日記を書く人がたまにいたんだぞ!twitterとかじゃないぞ!紙だぞ!どうしてそんなもん書くのって不思議に思うかもわからないかもしれないけど、人間がものを書く動機には承認欲求だけでない何かがあるんだ!魔太郎日記みたいにひどい目に遭わされたとか殺したいとかそういうことを書く人もいないわけじゃなかったけども!(若い人にわかってもらう気があるんだかないんだかわからないメッセージ)ともあれ、SNSなど影も形もなかった時代、他人が何をしているかは電話とかで断片的にしかわからなかったし、そもそもそんなに関心もなかったのです。だから愛しい人と「二人でいれるように」なのです。この人がいなければほかの人でいいやとか、そういう向きもなかったわけじゃないですが、現代よりはかなりそういう感覚は薄かったのです。
トゥットゥットゥルッ!トゥットゥットゥルッ!……とハモリの入った鮮やかなボーカルリフで「ジャイーン!」と武沢さんのようなギターを合図に一気に曲は急展開、サビに入ります。ベースはズイーン!ズイーン!と重くこの急展開をせわしなく聴かせない安定感をもって曲を支えます。うーん、たしかにこりゃ玉置さん自分でベース弾いたほうがいいですね。呼ばれたベーシストにこれはできない気がします。
輝く星の夜なのにあの娘に逢えない、あの娘にさみしい、せつないと伝えておくれ太陽さんよ……いやLINEすればいいじゃんと思う人にはわかりません。いや現代でもわたくしLINEできないっすね、昭和の男ですから。若い人にはしばしば露骨に何言ってんのバカじゃないのって顔をされるんですが、できないんですよ。そもそもLINE仕方なく連絡に使うことがあるだけであんまり語りたくないし。西部警察で事件解決後に裕次郎と渡哲也が「いやボス!じつはあそこでホシがわかっていたんでしょうさすがです」「まあな」みたいなLINEしてたらコケちゃうじゃないですか。直接顔を見て酒を酌み交わすだけで語らない、それだけで伝わる、そういう呼吸を失ったら人間の尊厳は終わりです。甘ったれた一部の若者に合わせろといわんばかりに「昭和モデルから脱却しよう〜令和型のコミュニケーションとは」みたいな下劣極まりないヤング提灯記事を書くライターがウジャウジャいる時代にはすでに終わっているのかもしれませんが……。でも「太〜陽〜さ〜ん〜」のこの歌声、まさに太陽神ヘリオス、大日如来に祈りを捧げるかのようなすさまじいボーカル、これはもう神秘の域にすら達しているんじゃないかと思えてくるほどですが、これを聴くとまだ人間を信じられる気がするのです。
ドラムが入り、ベースも短く刻まれ始めて二番に入ります。展開は同じ、ですが今度は男の生きざま的な話になります。思ったまま、まっすぐに信じてきたように生きて、誠実であろうとする。「人を困らせるような強い正義はなく」と心がけて生きる。なんということだ、イメージの玉置さんそのままだ!傷つき倒れて、復活して、大きく成長した玉置さんだ!だからこんなに胸をうつ生き様を描き、そして歌えるんだ……わたくしここを聴くだけでいまだに涙が出てきそうになります。あ、いえ、令和型のコミュニケーションとかわけのわからないことに大迷惑を受けて憤慨している毎日に疲れているわけではなく(笑)。若い人に挨拶や労いのLINEなんか送れねえよ!そもそも若いころ女の子にそんなに電話したか?若いころにオバサン世代の上役から頻繁に電話きてたか?それと同じことだぞ!おはようからお休みまで暮らしをみつめる感じでLINEなんかしてられるか!ああ、やはり疲れているようです(笑)。
Bメロ、「年老いたオヤジのほこりになれるような」にも胸が締め付けられます。いや、うちのオヤジももう人生の半分近くは平成〜令和なんですが、昭和の男の見本はオヤジなのです。オヤジに顔向けできるできないは昭和の男として大問題です。もはや道徳規範です。太陽さんは何も語りませんが、オヤジはたまに語ります。たまにしか語らないから言葉を選ぶんでしょうけども、短く、説得力のあるセリフを吐きます。ちくしょういつまでも敵わねえな、ぜんぶ見通してるぜ、と思わせられるのです。実際はたぶんよくわかってないんだと思いますが(笑)、だからこそ口数は少ないのが吉なのだと教えてくれるのです。おれはオヤジの誇りになれているんだろうか……自分が子のオヤジになったいまでも思うのです。
そしてボーカルリフ、サビへと入ります。今度は星も見えない真っ暗な夜です。さっきと逆ですが、だからこそ逢いたくなるあの娘に、さみしくなっている、せつなくなっているあの娘にキスしてやってほしいんだ、たのむよ太陽さん!自分がキスしたいんじゃない、太陽さん、あなたの恵みを与えてやってくれ、祝福してくれ、God save, God bless, の境地です。玉置さんがビブラートでのばす「太陽さん」の心境はひたすらに敬虔なのです。 鑽仰なのです。自分が自分の利益のために祈るのではありません。星が見えない日に切なくなっているあの娘に届けたい恵みがあって、それを施すことのできる唯一の存在である太陽さんにただ祈るのです。
そして教会の鐘のように、パイプオルガンのように鳴り響く、安藤さんのピアノが、この神聖な祈りに光を与えんばかりに響き渡ります。ギター、ベース、ドラムはいきおい不規則さを増してゆき、混濁してゆく祈りの意識を支え続けるかのように鮮やかに曲を最後までリードします。ギターがハーモニクスをまじえて壊れ、つづいてピアノも砕けてゆきます……。
一曲目からとんでもない曲が来てしまった!と大当たりを確信したわたくし、もうここからラストまで完全に虜です。この曲があんまりよかったので、しばらく『GRAND LOVE』の意味が分からなかったくらいです(笑)。そんなわけで、この曲は一気にワープさせてくる曲ですので、それなりの覚悟をもって臨んでください!
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