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2019年12月11日

スパルタ・プラハ2019秋(十二月八日)



 サッカーのチェコリーグも秋の部を1節残すだけとなった。19節まで終了して、スラビアが2位のプルゼニュに勝ち点14もの差をつけているから、下手すれば30節の通常のリーグ戦終了時点で優勝が決定してしまうかもしれない。16勝3敗という成績も凄いけれども、とんでもないのは19試合で失点3という守備の堅さである。得点も41でダントツだから、守備的に試合をしているわけではない。とにかく今のスラビアは、チェコリーグでは頭一つも二つも抜け出した存在なのだ。
 2位にプルゼニュがいるのは、普通のことというか開幕前の予想通りなのだが、スラビアとの差がここまで大きくなるとは予想していなかった。3位以下は、スパルタ、ムラダー・ボレスラフ、ヤブロネツ、オストラバ、チェスケー・ブデヨビツェ、スロバーツコの6チームが勝ち点3の中に団子状態で並んでいる。

 その中で現時点での最強チームを挙げろということになると、8試合負けなしを続けているチェスケー・ぶでよびつぇとスパルタの2チームだろう。11節が終わった時点で11位だったスパルタは3位に、最下位だったブデヨビツェは7位まで順位を上げている。ブデヨビツェは、移籍がなかなか決まらなかったシボクと、ドイツから帰国したキーパーのドロブニーが出場するようになって、一気にチーム状態が上がった。われらがオロモウツも0−4で惨敗したしなあ。
 ただ、今回のテーマは、今年の夏にオロモウツから監督のイーレクを買い取ったスパルタ・プラハである。以前の絶対的な強さはまだ戻ってきていないが、面白い試合、いや劇的な試合が多いのである。劇的な試合が多いのは、今のスパルタになら勝てるということで相手チームが簡単に試合をあきらめないからというのもあるが、スパルタの状態、特に攻撃の側の状態が上がってきつつあるのも理由となっている。ただ、守備が不安定で、不用意な失点をするから、相手チームは負けていても、一方的に押されていても諦めないのである。

 今日のボレスラフとの試合も、典型的な今シーズンのスパルタの試合だった。開始直後に先制点を挙げて、前半のうちに追加点も取って2−0にした。以前の強かったころのスパルタならこのまま勝ちきるところだけど、不用意に点を与える今年のスパルタは前半のうちに失点して2−1にされてしまう。そして、後半開始後しばらくして同点に追いつかれてしまう。同点になって開き直ったのか、その後はスパルタが3点決めて5−2で勝ったのだけど、見ていると面白かっただろうなあ。ファンにとってはスリル満点の試合だっただろうけど。
 スパルタとボレスラフの試合は、ボレスラフで行なわれた第5節も劇的だったのだった。ボレスラフがリードしてスパルタが追いつくという展開を繰り返して3−3。スパルタの3点目が決まったのは終了間際で、このまま引き分けかと思っていたら、アディショナルタイムにボレスラフが劇的なゴールを決めて勝利。これはスパルタが引き分け狙いに出ずに勝つために攻めた結果だったから、つまらない試合の多かった去年、一昨年に比べればこの時点でも随分印象はよくなっていたのだ。

 テプリツェとの試合でも、オロモウツとの試合でもリードしていたのに、試合終了間際にミス、もしくは軽すぎる守備から失点して同点に追いつかれたし、終了間際のミスからの失点で勝ち点を落としていなかったら、2位のプルゼニュを上回る勝ち点を獲得していたはずなのだ。攻撃のほうは前半駄目でも後半立て直してくることもあるし、かなり改善されてきている。守備もたいていの試合では失点シーン以外は堅実な守備をしているのだけど……。
 スパルタの守備の不安定さの原因は、システム上の問題ではなく、個々の選手たちが突然信じられないようなミスをおかし、それがほとんど毎回失点につながることにある。特にセンターバックの選手たちは、誰が試合に出てもほぼ必ず失点につながるミスをやらかしていて、その結果、監督のイーレクは理想的な組み合わせを求めて、毎回のように選手を入れ替えていた。それがまた不安定さを呼んでいた面もある。

 ボレスラフとの2試合は、ニュースでしか見ていないのでどこまで大きなミスがあったのかは覚えていないが、チェコテレビで中継してくれたちょっと前のチェスケー・ブデヨビツェとの試合では、スパルタの3つのミスをブデヨビツェがことごとく得点に結び付けて、スパルタは常に追いかける展開に追い込まれ3−3で引き分けるのがやっとだった。
 前半の1点目の失点は、攻めあがろうとした瞬間に中盤でボールを失いカウンターを食らったものだった。幸運なPKで同点に追いついた後の2失点目は相手のフリーキックで壁に入った選手のジャンプする方向がバラバラで二人の頭の間に開いた隙間を抜かれて、キーパーは全く動けなかった。後半に入って2−2の同点に追いついて、勢いに乗って攻め込んでブデヨビツェがほとんど何もできない状態になっていたときに取られた3点目は、相手がクリアしたボールをセンターバックの選手がトラップミスだったのか、胸で相棒にパスしようとして失敗したのか、よくわからないけど、こぼれたボールの相手にさらわれたものだった。

 三つのミスとも、大きなミスではあったけど、チェコリーグのレベルでは100パーセント絶対に失点すると言い切れるようなものでもなかった。その三つともきっちりゴールに結びつけたのは、ブデヨビツェのチームの状態のよさを反映しているのだろうし、同時にスパルタ相手でモチベーションが高かったというのもあるのだろう。見事なものだった。3点目を取られて今日は負けたと思ったスパルタが立て直して同点に追いついたのも、近年まれに見るしぶとさで、スパルタが確実に復活途上にあることを印象付けた。
 選手たちの話では、守備が不安定になる原因は、チャンスを決めきれない攻撃陣にもあるとのことだった。せめてもせめても追加点が取れないと、守備の選手たちが神経質になってしまってミスする確率が上がるのだとか。得点だけでなくチャンスの数も以前と比べると増えているんだよなあ。チェコでよく言われる「チャンスで決められないと失点する」という格言を地で行っているのが今のスパルタなのだ。

 これからもしばらくは不安定さが続くだろうけど、多少成績が落ちても監督を解任せず我慢できれば、強かったスパルタの復活もありそうな気がする。ファンも勝っても負けても引き分けても劇的な試合が多いから、結果はともかく内容には満足しているだろうしさ。
2019年12月9日24時。










2019年12月10日

ハンドボール女子世界選手権 v 熊本(十二月七日)



 十二月は朔日に早起きしなければならなかったせいか、すっかり忘れていたのだが気が付けば熊本でハンドボール女子の世界選手権が始まっていた。チェコ代表が出場権を獲得できなかったため、チェコではニュースにもなっていないのも、気づくのが遅れた理由になっている。マイナースポーツの扱いなんて国は変わってもこんなものである。
 熊本は、以前男子の世界選手権も行なわれているし、日本の中ではハンドボールが盛んな県だといっていいのだろう。ただ、ラグビーのワールドカップの会場になっていたせいもあるのか、いまひとつ盛り上がりに欠け、観客動員でも苦戦しているようである。日本で行なわれる、この手のスポーツイベントが多すぎるというのもあるのだろう。年に何度も世界的な大会を観戦に出かけられるような時間とお金がある人というのは限られている。

 ハンドボールの国際大会はしばしばフォーマットが変わって混乱することがあるのだが、今回は出場国24、そのうち13がヨーロッパの国である。これは本来のヨーロッパの枠である12に優勝国枠が1足されたものだろう。とはいえ、ヨーロッパ以外の国が優勝することなどありえないのだから、最初から13と考えてもいい。アジアは4ヶ国。3つの出場枠に開催国日本を入れて4となる。以下アフリカ3、南米2、北中米1、オセアニア1となるのかな。

 最初のグループステージでは、その24国が6カ国ずつ4つに分かれるのだが、今回の組み合わせを見て最初に思ったのは、日本配慮されすぎということだった。日本の入ったグループは、ロシア、スウェーデンというヨーロッパの強国2つ以外は、中国、アルゼンチン、コンゴというこれで一次グループを勝ち抜ける3位以内に入れなかったらどうしようもないという組み分けである。開催国に過度の配慮をするのは毎度のことではあるのだけど。
 前回はフォーマットが違ったとはいえ、かなり厳しいグループに放り込まれたのを、敗退確実の予想を覆してグループステージの突破を果たしたんじゃなかったかな。そうなると自国開催の今回はさらに上位進出をといいたくなるのだけど、ロシア、スウェーデンに勝てるとも思えないからなあ。ここはヨーロッパ代表でも下位の日本ががんばれば勝てそうなチームが入っていた方が、勝てれば二次グループに向けて勢いがつくという意味で、よかったかなあ。

 アルゼンチン、コンゴに勝って、ヨーロッパの2チームに負けた時点で、中国が4試合全敗だったおかげで日本の一次グループ突破が決まった。正直あまり喜ぶ気にはなれかった。ハンドボールはやはりヨーロッパのチームに勝ってこそというところがある。今回は前回開催されなかった二次グループがあるので、さらに三試合、今度はヨーロッパのスペイン、モンテネグロ、ルーマニアとの対戦である。
 一次グループでは同じく勝ち抜けたロシア、スウェーデンに負けているので持ち越せる勝ち点は0。二位に入って準決勝進出というのは非現実的である。願わくは、1試合でも勝って、ヨーロッパのチームにも勝てるということを示してほしいものだ。ロシア、スウェーデンとの試合の負け方を見るに難しいかなあ。チェコ代表が出ていない大会なので、そこまで注目して結果を追いかけているというわけではないけどさ。

 一次グループ終了時点で、最大の驚きは、前回優勝チームのフランスがグループ4位で敗退したことだろう。このチーム二年前も優勝したとはいえ、不安定なチームだったから、ころっと負けてもおかしくはないという印象は持っていたが、さすがに一次リーグ敗退には驚いた。逆に韓国が無敗で勝ちぬけているので、久々の上位進出があるかもしれない。このチームに関しては北朝鮮の選手が追加になっていないことを祈っておく。

 前回熊本で男子の世界選手権が行われたときには、グループステージで敗退したチームの順位決定戦は行なわれず、グループでの成績を元に順位がつけられて不満を感じたのを覚えているのだが、今回は普通の大会と同様に下位の順位決定戦も行なわれるようである。これでやっと日本で本来の形で世界選手権が開催されたといいたくなるのだけど、ハンドボールの世界選手権は大会ごとにフォーマットがころころ変わるので、これが本来の形だと言えるようなものがあるのかどうか。
 久しぶりのハンドボールの話題なのに、気分がいまいち盛り上がらないのは、チェコ代表が出ていないからに違いない。1月の男子のヨーロッパ選手権にはチェコ代表が出場するから、もう少し気の入ったものが書けると信じたい。でも、テレビ中継はないのかあ。
2019年12月8日23時。





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2019年12月09日

中村哲氏の死を悼む(十二月六日)



 パキスタン、アフガニスタンで、長年にわたって医療活動、および人道的援助活動に携わってこられた医師の中村哲氏が亡くなられた。あの日の朝読んだ最初のニュースでは、襲撃を受けて、運転手は亡くなったものの、ご本人は命に別状はないということだったので、一安心していたのだが、仕事を終えて家に帰ると、ニュースは訃報に変わっていた。最初は情報が錯綜していたようだ。惜しい人を亡くしたとは、陳腐な常套句ではあるが心の底からそう思う。いや、亡くしてはいけない人を亡くしたというほうが正しいかもしれない。

 中村医師の存在を知ったのはいつのことだっただろうか。具体的な活動の内容を知ったのは、『オバハンからの緊急レポート』という一読抱腹絶倒だけど、実は日本の問題点を痛烈に批判している本によってだった。この本は、2001年のアメリカでのテロ事件の後、首謀者とされたアフガニスタンのタリバン攻撃の拠点となったパキスタンにやってきた政治家、官僚、そして特にマスコミの出鱈目ぶりに憤慨した、現地在住で取材のコーディネーターも務める方が書かれた本である。奇書と言ってもいい。
 政治家の海外での使えなさというのは意外でもなんでもなかったが、マスコミがどうしようもないというのは、ろくでもない記者が多いのは知っていたけれども、タリバン取材というのは当時最も重要なものだったはずで、各社最高の人材を送り込んでいるだろうことを考えるとちょっと意外だった。いや、特権意識にかられた日本のマスコミの腐敗はここまで進んでいたのかと納得したというのが正しいかもしれない。

 取材のために来たはずなのに、日がな高級ホテルに閉じこもって、日本で書いてきた予定稿をそのまま提出したり、コーディネーターの話だけ聞いて現地の住民の話に書き換えたり、わざわざ高い金をかけて、いや、コネを使って政府の特別機に政治家と一緒に便乗しているから経費はそれほどかかっていないのかもしれないが、パキスタンで取材する意味のない記事を量産していたらしい。取材したというアリバイ作りに難民キャンプまで足は運んだという記者もいたようだけど。当然、同行した政治家たちの醜態が新聞や雑誌の紙面を飾ることもなかった。
 そんな記者たちから、あれこれ理由をつけてコーディネート料をふんだくって、一部を従業員にボーナスとして支給した以外は、全て難民への援助にまわしてしまう著者のオバハンは凄い。こんなあぶく銭なんて持っていてもしょうがないという感覚が理解できる記者なら、肝心の取材をおざなりにして、適当なことを書き飛ばしたりはしないのだろう。最近世を騒がしているフェイクニュースなんてのは、別段新しいものではないのだ。昔から新聞などのマスコミはこれが真実でございと出鱈目を書き飛ばして間違いがあっても訂正もしないことが多かったのだから。

 そんなマスコミの記者たちと、全く反対側の存在、つまりは尊敬してもしきれない存在として登場するのが中村医師と、ペシャワール会の若者たちである。記憶があやふやなのだが、著者は、中村医師の「難民を物乞いにしてはいけない」という言葉に心の底から賛同しながらも、当時のアフガニスタン、パキスタンの国境地帯では、支援物資を配るしかできないという現実を受け入れ、諸給料などの配布に全力を上げる。
 中村医師の活動については、難民たち、家や盛業を失った人たちに、仕事を与え給料を与えることで自立させようとしているのだと書かれていたと記憶する。それが、戦争による荒廃で農地が荒れ砂漠化も進んでいた地域で、井戸を掘り農業用水路を開削するという活動だったのだろう。現在ではすでに農業用水は完成し、多くの人々が農業に従事して生活できるようになっているらしい。農地の周囲には植林も進められてある程度の森もできているというから、素晴らしいとしかいいようがない。この形の支援が世界中に広まれば、ヨーロッパにまで逃げてこなければならない難民の数は減るはずなのだけど、そうなっては困る連中がいるのだろうなあ。
 著者の批判は、ボランティア活動を自分のキャリアのために行う若者にも向けられる。中村医師率いるペシャワール会で支援活動に従事する若者たちはボランティアではなく、給料をもらっている。ただし、その給料も住居などの生活条件も現地で採用された地元の人たちと同じなのである。それに比べて、ボランティアと称してやってくる連中は、住処の提供を求めて、それが現地の人々と同じだったら、こんなところ住めないと駄々をこねる。これなら来てもらわない方がはるかにましだと、オバハンは憤るのである。ここからも中村医師が目指された支援の形が見えてくる気がする。

 最後に中村医師に哀悼の意を表するとともに、氏が体現してこられた、本当のあるべき支援が、薫陶を受けた方々の手で今後も継続されることを願ってやまない。それが、アフガニスタンだけでなく世界を救うことにつながるのだと確信する。
2019年12月7日23時。










posted by olomoučan at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 本関係

2019年12月08日

発音のまとめ〈いんちきチェコ語講座〉(十二月五日)



 ここではまずチェコ語の発音について書いたものを、簡単に内容を紹介しつつ一覧にしておく。重複は恐れず、チェコ語の発音について部分的に触れたものについても入れることにする。

@「チェコ語 その一 発音
 まず、チェコ語の発音について全体的に書いたのがこれである。ブログをはじめたばかりということもあって、チェコ語を勉強している人向けではなく、チェコ語を知らない人が読んでもある程度はわかることを意識して書いたつもりなのだけど、それが成功しているかどうかは保証の限りではない。意識はしていても、ついつい無駄に詳しく、余計なことまで書いてしまうのが、我が文章のスタイルなのである。
 チェコ語を勉強している日本人が気をつけなければならない発音についてもいくつか触れている。ただし、「H」と「Ch」の区別については、詳しすぎると考えたのか書いていない。一番詳しく書いてあるのが「Ř」に対手なのは、チェコ語についての最初の記事であることを考えると仕方がない。チェコ語の発音といえば、「Ř」がでてくるものなのだし、これがある程度できるとチェコ語ができるように聞こえるのである。


A「いんちきチェコ語講座(?回目)
 チェコ語を学習する知人の依頼で、チェコ語を勉強している人向けに、発音のルールについて詳しく何本か書いたうちの最初のもので、英語を勉強する際にも問題にされることの多い「R」と「L」の発音の違いについてである。チェコ語における二つの音の境目は、英語の場合とは微妙に異なるのだが、実際の音の違いよりも、どうすれば発音し分けられるかというところに重点が置かれている。耳で聞いても区別がつかないものは言葉でも説明できないのである。
 今にして思えば、正しく発音しわけるためには、そして聞き分けるためにも、つづりを覚えておかなければならないという結論は、もう少し強調してもよかったかもしれない。


B「いんちきチェコ語講座(第?+1回)HとChの発音
 二つ目の詳しい説明は、実はチェコ語の発音の中で最難関である「H」と「Ch」の区別についてである。これも実際の音の違いよりは、発音のしわけ方に重点が置かれている。またこの二つは、有声子音、無声子音のペアをなすことから、有声子音の無性化、無声子音の有声化と日本語に音写する際の問題点についても触れてある。


C「フラット〈私的チェコ語辞典〉
 RとLの違い、HとChの違いをテーマにしてでっち上げた文章。発音の問題はチェコ語の言葉をどのようにカタカナで表記するかという問題ともつながっているが、この記事でも触れられている。


D「有声子音と無声子音のややこしい関係(一)
E「有声子音と無声子音のややこしい関係(二)
F「有声子音と無声子音のややこしい関係(三)
 ➂でさらっと触れた有声子音の無声化、無声子音の有声化についてこれ以上書けないぐらい詳しく書いたのが、この三本である。具体例を挙げながら詳しく書いたので、一本に収まりきらなかった。例外とか、規則通りになっていないぞとか、例によってチェコ人が過度に主張する規則性に対するいちゃもんもつけてあるはず。
 Dでは、語末の有声子音の無声化と、無声子音、有声子音が連続しているときの発音について説明してある。Eは有声子音と無声子音が前後に並んでいるときの発音のルールについてである。個々の有声子音、無声子音に関して発音が変わる具体例が挙げてある。Fは原則から逸脱する有声子音と無声子音の組み合わせについてである。これも可能な限り具体例を挙げた。


➇「いやらしいEの問題
 これは、発音よりも名詞の格変化がテーマで、格変化の際に「E」が落ちたり、出てきたりする現象について説明したものである。ただ、「E」が消えたり増えたりすることで、有声が無声になったりその逆があったりするということについても記してある。発音についてはそれほど詳しくは書いていないかもしれないけど。このころは、チェコ語について書くのに「いんちきチェコ語講座」という名称を使っていたのを思い出したので、このまとめシリーズもそういう名前にしよう。


H「チェコ語のtiは、「チ」か「ティ」か
 これはチェコ語の固有名詞に出てくる「ti」を、日本語でどう書くかという問題がテーマだが、表記を決めるためにはチェコ語における発音をある程度体系的に処理しなければならないので、「ť」「ď」と母音の組み合わせからなる音節に分析を加えて(そんなちゃんとしたもんじゃないけど)、日本語の表記をどうするべきなのか考察した。結論は、あえて「どちらでもいい、両方使う」というものであるが、それは「ti」は「チ」でなければならないという声が強すぎるせいで、日本人のチェコ語学習者の発音が微妙なものになっていることを危惧するからである。


I「カタカナの罪
 語学書の出版関係者がないと売り上げが落ちると主張しているらしい、語学の教科書にはつきもののカタカナによる読み方を示すルビが、勉強し始めのころはともかく、ある程度勉強が進んでくるとないほうがいいものになってしまうことを主張した文章。大体の発音を知るにはカタカナは有用だが、正確な、わかりやすい発音をするためには逆に有害ですらある。カタカナに頼っている人の発音は、ある程度まで行くとそこからうまくならない嫌いがある。


J「centrum〈私的チェコ語辞典〉
 一見普通の言葉である「ツェントルム」が、日本人がどの程度チェコ語の発音になじんで、チェコ語的は夏音ができるようになっているかのバロメーターになるというお話。


K「二日目其の二、あるいはチェコ語の発音は難しい
 2018年のチェコ語のサマースクール体験記(何か微妙だなあ)の中で、発音の矯正クラスに出たときのことを書いたもの。20年近くチェコに住んでいて、チェコ語でしゃべり続けている人間でも、細かい発音を意識してしゃべるとボロボロになることがあるという実例である。


L「アクセントの問題1
 発音の一部ともいえるアクセントについては、あまり書いていないのだが、書くこともそれほど多くないし。この記事では日本語のアクセントを中心にしながら、チェコ語のアクセントの問題についても少しだけ触れてある。自分の苦労話なので、勉強には役に立たないかな。

 以上がこれまでに書いたチェコ語の発音に関係のある記事である。多少なりとも勉強する人の役に立っていれば嬉しい。
2019年12月5日23時。











タグ:発音 まとめ

2019年12月07日

チェコ語について今まで書いてきたこと(十二月四日)



 久しぶりにチェコ語について書こうと思ったのだが、はて何か書いていないことはあったかなと首をかしげてしまった。このすでに記事数の1400を越えたブログを最初から最後まで読み通すなんて人はいないだろうし、いたとしても読んでいる途中で忘れてしまうだろうから、部分的な重複を恐れるつもりはないのだが、チェコ語についてテーマを決めて書くと、テーマが重複した場合に内容も一部どころかほぼ完全に重なる可能性が高い。

 ということで、これまで書いてきたチェコ語の説明を分類して、ちょっと説明を付けて、リンクを張っておこう。そうすれば、自分が今後チェコ語について書くときにも便利だし、このブログの記事を読んで、チェコ語を勉強しようなんて恐ろしいことを考える人にとっても有用だろう。ついでに、間違いを修正することができたら最高なのだけど、どうなるかな。
 今日はその最初ということで、具体的なことはせずに、何を書いたか、思い出せるだけ思い出してみよう。廃品利用などという勿れ。師走に入って、師ならざるとはいえ、気ぜわしい日々が始まってのんびり記事を書いている時間が無くなりつつあるのだ。ただでさえ文章が粗いのだ。ちょっと余裕を作らないと粗すぎて読めないものが出来上がりかねない。以前は全面改修したこともあるけど、そんな時間が取れるとも思えない。

 チェコ語の発音に関しては、チェコ人の誇りである「Ř」の発音も含めて書くべきことはすべて書いたと思う。有声子音の無声化、無声子音の有声化なんて、中級以上向けの説明も、どこまでわかってもらえたかどうかはともかく書いたはずだ。ドイツ語の影響による例外的な読み方なんてのも、外来語のチェコ語読みについても、触れた記憶がある。

 チェコ語の勉強に役立つかどうかはわからないが、チェコ語の日本語への音写については、事あるごとに、新たな問題に気づくたびに書いている。日本の新聞雑誌に踊るチェコの人名、地名の表記の中にはひどすぎて、元のチェコ語に復元できないものが多々あるのだ。ここに取り上げたことで、日本語の表記とチェコ語の表記が結びつけられたなんて方がいたら嬉しい。

 名詞の格変化は、双数も含めて全部取り上げた。国語文法では名詞の一部としてあつかう数詞も説明したはずだ。もしかしたら、分数とか少数は説明していないかもしれない。確認した上で、書くべきことがあるかどうか考えよう。どう読むかを説明してお仕舞という気もするし。

 代名詞は、物をさすものも、人を指すものもすでに説明したと思う。所有代名詞はまだかな? チェコ人でも間違える「můj」と「svůj」の使い分けも、まだ説明していなかったような気もする。

 形容詞も、人名などの人を表す名詞の単数から作られる所有形容詞も含めて格変化の説明をした。数詞と組み合わせた形まで紹介した気がする。形容詞の比較級、最上級も済んだし、形容詞から副詞を作る方法、副詞の比較級、最上級も説明済みである。形容詞関係でやっていないとすれば、名詞や動詞から形容詞を作る方法ぐらいかな。でも、地名から作る形容詞は、チェコのも日本のももう説明したか。

 動詞は、現在人称変化、過去形、命令形、受身形、仮定法はやったと思う。未来形と完了態動詞の現在変化が表わすものについては自信がないので確認が必要。そもそも完了態と不完了態の詳しい説明ってしてたっけ? 素人の説明でわかりやすくなるとは思えないけど、してなかったら、これも追加だな。日本語の観点から考えると使役をどうやって示すかも、一まとめにしておいた方がいいのかな。要検討である。繰り返しを表す動詞なってのもあったなあ。一部を除いて自分では使わない、否使えないものについて書くか。頑張ろう。

 それぞれの格の使い方については、前置詞との組み合わせも含めて途中で止まっている気がする。前置詞も全部は説明していないし、何を説明して何をしていないか確認しないと次が書けない。2格、3格、7格は取り上げた気がするけど、4格と6格はまとめては説明していないはずだ。

 前置詞と意味が共通することも多い接頭辞についても、一部紹介しただけで、あまりの細かさに、誰がこんなの読むんだろと疑念を持ってしまった結果、途中でやめてしまったのだった。これもどこまでやったのか確認して継続しよう。ネタがつきかけている以上、細かすぎることまで取り上げるしかない。

 慣れるまではなかなか大変な語順については、これ以上書くことがないぐらい書いた。残っているとすれば例外的に語順のルールを壊す場合だけど、これチェコ人も感覚でやっているらしいので、説明できない。チェコ人に聞いても、こういうときはいいんだよ、という答えしか返ってこないんだよなあ。大抵は詩とか、歌の歌詞とかである。「芸術」が絡むとルールは忘れられるのである。

 このぐらいだろうか。次からそれぞれの項目に関係ありそうな記事を抜き出して、この場合にはここを見よとか、ここにもこれについて書いてあるなんていう記事を作ろう。毎日ではなく、普通の文章が書けないときの穴埋めにする予定である。クリスマス対策とも言わなくはないけど。
2019年12月4日24時。










2019年12月06日

シグマ内紛(十二月三日)



 最近負けが込んで順位を落としつつあるシグマ・オロモウツだが、成績が上がらないのに対応するように、監督ラータルの求心力が落ちているのか、造反と言われてもおかしくない事態が二件発生した。どちらも引き分けに終わったスラビア・プラハとの試合に前後して起こったようだ。

 まず、長年にわたってシグマのゴールを守り続けてきたブフタが、ベンチ入りメンバーにも入らなかったことに不満を漏らした。試合直後だったのかな、スポーツ新聞の記者に、自分がベンチ入りしないのは驚きだとか何とか言ったらしい。今シーズンは開幕前の怪我もあって出番を若手のライトルに譲ることが多かったのだが、最近は負けが込んでいることもあって、当初は第三キーパー扱いだったモンデクが試合に出ることが多く、不満を募らせていたのかもしれない。
 この件に関しては、超の付くベテランのブフタが大人の対応を見せ、後日謝罪の会見を開いた。それによると怪我でスラビア戦に出られないのはわかっていたけれども、ベンチにも入れないような大怪我だというのを認めることができなくて、あんな発言をしてしまったのだと言う。当初予想されたよりも大きな怪我で復帰まで時間がかかりそうだという苛立ちもあったのだとか。
 そして、あと何試合か残っている秋のシーズンに関しては、ベンチ入りせずに治療に専念して、春のシーズンが始まるまでに体調を完全にして戻ってきたいと付け加えた。この怪我云々が本当のことなのかどうかはわからないが、チーム内ではこれでこの問題はおしまい。選手に対する処罰話ということになったようだ。

 それは、もう一つのかつてのチェコサッカーの期待の星ピラシュが起こした問題が大きかったからでもある。ピラシュに関しても監督のラータルは、最近出場していないのを怪我が原因だと説明したのだが、ピラシュがその発言に噛み付いた。自分はどこ悪いところはなく、いつでも試合に出られる状態なのに出られないのは、監督のせいだとか何とか。
 これで以前からうわさになっていた、ラータルとピラシュの関係の悪化が完全に表に出た。その後もピラシュは、このままだとシグマを出るしかないなどと移籍を希望するような発言をして、問題を大きくした。それで、造反選手によくあるBチーム送りにされてしまった。チームが仕方ないとあきらめて、冬の移籍期間に移籍させるのか、反省を求めて夏まで在籍させるのかは、まだわからない。ピラシュを獲得したときには期待したんだけどねえ。その期待にこたえるような活躍はオロモウツでは見せていない。
 この件で興味深いのは、ほかの選手たちがピラシュを批判して監督擁護に回ったことだ。先週末のリベレツとの試合に勝った後、選手たちがほぼ総出で特別に記者会見を開いた。そこで、具体的に何をしたかは述べられなかったが、ピラシュが選手として越えてはいけないラインを超えたのが今回の騒動の原因であり、自分たちは監督を支持すると、キャプテンのベネシュが代表して語っていた。

 現在のシグマの最大の問題は、チャンピオンズリーグのスラビアと同様決定力である。得点力のあるフォワードが不在で、ベテランのネシュポルも、若手のユニスもほとんど得点を挙げていない。チーム内での得点王は中盤のプルシェクなのだ。そのプルシェクもいいときには、ほとんど何でもゴールに結びつけるのに、一度調子を落とすとゴールが遠くなる。そのプルシェクに変わる得点源の一つとして、かつて一瞬だけ輝いたピラシュも期待されていたのだけど……。

 今のシグマ・オロモウツの問題点は、かつてはチェコで一番とも言われた自前の選手を育てて戦力にする育成システムが、機能しなくなっているところにある。2000年前後のブリュックネルに率いられてヨーロッパ選手権を制したころから、U21代表にはオロモウツの選手、オロモウツ育ちの選手が何人も名を連ねているのが常だった。それが近年はUのつく世代別代表でオロモウツの選手を見かけることがまれになっている。
 この点で、批判されているのは現在スパルタで苦労している前監督のイーレクである。プルシェクやファルタ、ホウスカなどの廿代半ばの世代にいい選手がたくさんいて、廿歳前後からAチームで活躍してきた。イーレクはマンネリに浸りつつあったその選手たちを鍛え直して、シグマを二部から一部に引き上げ、一部でも上位を争うチームを作り上げたのだが、その代償として下の世代のチームから新しい選手を引き上げることがほとんどできなかった。

 その結果、シグマを離れて別のチームに移籍する選手や、最初からシグマを選ばない選手が増えて、シグマの若手育成力に問題が発生したのだという。現監督の息子も、期待の若手だったのだけど、Aチームでの出場機会が得られないのに業を煮やしてレンタル移籍を求めたなんて話もある。父親が監督になった結果、残留して、けが人が続出したシーズン序盤には出場機会が与えられていた。個人的にはあんまり好きじゃないんだけどねこういうの。
 ただ、中途半端に実績のある選手を連れて来て、戦力になるかならないかぐらいで終わるぐらいなら、オロモウツ育ちの若い選手を使ったほうが、先につながると思うのだけど。このままだと以前の残留することが目的のつまらないチームに戻ってしまう。経済面で問題を抱えていて、大きなスポンサー企業を見つけることが急務のチームなのだから、今の成績以上に将来性を感じさせる必要があるはずである。ラータル監督で大丈夫なのか。現時点では不安である。
2019年12月3日23時。










2019年12月05日

ビール巡礼(十二月二日)



 先日何気なくチェコテレビを見ていたら、とんでもない番組に出会ってしまった。その名も「ビール巡礼」、気分的には「ビール巡礼の旅」と訳したくなるけど、チェコ各地のビール醸造業について歴史的に紹介し、また現存するビール工場を訪問して、紹介する番組である。たまたま第一回に気付いて、それがオロモウツ地方のリトベルやプシェロフのビール工場を紹介していたので、作業をしながら見ていたのだが、いいのかこれと言いたくなるような番組だった。
 一言で言えば、ビールを擁護するためにありとあらゆる言説を利用するというもので、チェコにおけるすべてのすばらしいことは、ビールのおかげだと主張していた。コメンスキーもちょっと引用されていたのだが、古いチェコ語だったのかなんだったのか、ビールとの関係性が読み取れない引用だった。ビールの専門家なら理解できたのかな。

 もちろん、そんなとんでもない話ばかりではなく、チェコ人の一人当たりのビール消費量が世界最高だと言うのには気をつけなければならないところもあるなんてことも言っていた。最近はチェコ人一人当たり一年間に150リットル弱のビールを消費するというデータが紹介されることが多い。ただ、そのチェコ人の中には、未成年でビールを飲んではいけない人や、体質的に飲めない人など、ビールを飲まない人も含まれている。だから、そんな人たちを除外して飲む人だけの平均値を出せばはるかに大きい数字が出てくるはずである。
 同時に、消費量のほうには、チェコに来た外国人が飲んだ量も含まれている。チェコに来る外国人の多くがビールを飲むことを目的にチェコに来ることを考えると、観光客が平均的なチェコ人以上に呑んでいる可能性も高い。そんなことを考えると、この平均値に大きな意味を与えるのは危険だとか何とか言っていた。それでも、チェコ人が世界で有数のビール好きであることには疑いの余地はない。こんな番組作ってしまうぐらいだし。

 チェスケー・ブデヨビツェの回では、今のサムソンにつながるドイツ系の市民の設立したビール会社と、チェコ系の市民が設立した現在のブドバルの関係について解説してくれて、この問題に新たな始点を得ることができた。チェコ系の市民がブドバルを設立したのは市政におけるチェコ系の発言力を強化するためだったのだと言う。当時は納税額によって市政に与える影響力が変わっていたらしいのである。その計画は成功し、ビールのおかげでチェスケー・ブデヨビツェにおけるチェコ系市民の発言力が高まったのだというオチが付く。

 この時点で、この番組であれこれビールについて解説している爺さんをどこかで見たことがあるのに気付いた。やさしげな風貌でゆっくりしゃべるのはありがたいのだけど、ちょっと発音が微妙で聞き取りにくいところがある。カレル・シープか、ヤン・クラウスのトークショーだったと思うのだけど、ビールに関するとんでも理論、ありえなくはないけど証明の仕様のない説を披瀝していた人だ。本業は医者だったかな。
 確かカレル・ヒネク・マーハだったと思うが、チェコの誇る詩人、特に自然の美しさを描かせたら右に出るもののない詩人が、北東ボヘミアのリベレツ地方からフラデツ・クラーロベー地方のあたりを旅してすばらしい紀行文を残しているらしい。定説によれば、というか内容に即すと、詩人は有名なお城いくつも巡り歩いて、そのときの感動を文章にしたことになっている。

 しかし、この爺さまは違うと言う。詩人が本当に訪ね歩いたのは、お城ではなく、ビール工場だと言うのだ。証拠としては、詩人が訪れたお城、もしくはその近くに必ずビール工場があったこと、ビール工場が近くになかったお城には、訪れる甲斐がありそうなところにも訪れていないことを挙げている。
 つまり、詩人は城を訪問するとまずビール工場に行ってビールを飲み、ほろ酔いの状態でお城を見、ビール工場からビール工場へ向かう間に見た自然の美しさを書き留めたのだと。うーん。チェコ人ならやりかねないとは思うけど、これで証明になるのかね。地図を持ち出して、ビール工場のあったこの城は行っているけど、なかったこっちは行っていないなんて説明を受けると、説得されたくなってしまう。とりあえず飲み屋の馬鹿話としては最高だということで最終的な評価にしておく。

 この爺さまと組んで番組をやっているのは、最近チェコテレビに重用されているマテイ・ルップルト(読み方違うかも)という歌手。ビールを飲みながら二人で掛け合いをするシーンも多く、酔っ払いの与太話は多少わからないところはあっても楽しいよなあと思わせてくれる。番組表で時間を確認してまで見ようとは思わないけど、たまたまチャンネルが合うとしばらく見てしまう。
 興味のある方はチェコテレビのネット放送で見られると思うのでぜひ、ここから。何これとあきれて見るのをやめてしまう人が多いと思うけど。
2019年12月2日22時。











タグ:ビール

2019年12月04日

緊急事態発生



 夕方というよりも夜といいたくなる暗さと寒さの中、仕事を終えて自宅に戻ってきたら、テレビがついていてチェコテレビのニュースが流れていた。チェコスロバキアに捨てられた作家ミラン・クンデラにチェコの国籍が与えられ、クンデラもそれを受け入れたというのだ。駐フランスのチェコ大使が登場して、国籍の再付与は淡々と手続きとして行なわれただけで、特にイベントにはならなかったと語るだけで、クンデラ本人は出てこなかった。
 チェコだけでなく居住しているフランスのマスコミにも、すべては作品が語っていると言って、登場しない作家の矜持は、国籍が回復されたぐらいでほいほいとマスコミに見顔を出すほど軽くはないのだろう。日本ほどではないとはいえ、チェコもフランスもマスコミが腐敗しつつあるのは同様だから、クンデラの態度も納得ではある。
 ちょっと納得できないのは、国籍を与えるというのを素直に受け入れたことである。確かこれバビシュ首相の発案で、人気取りというかイメージ向上のためだと批判する向きもあったから、ひねくれ物のように思われるクンデラなら拒否してくれるんじゃないかと期待していたのに、ちょっと残念である。わざわざ自分から申請してまで国籍の回復をする気はないけど、勝手にくれるというなら害があるわけでもないからもらっておこうというところなのかなあ。奥さんと連名で感謝の言葉を発表していたけど、社交辞令のように聞こえなくもなかった。

 ただし、緊急事態というのは、このクンデラの話ではなくて、クンデラのニュースが終わったところで、PCに向かって、すでに書き上げた昨日の分の記事の最終チェック(こんなことするの久しぶりなのだけど)をしようと思ったら、どこを探してもマイクロSDカードを入れてUSBにさせるようにしたものがなかったことのである。どうも職場に忘れてきたらしい。今更取りに戻る気にもなれないので、昨日の文の記事は明日投稿することにした。明日休みとってるんだけど、職場に出るしかない。
 今までも職場を出ようとして忘れたことに気づいて取りに戻ったことは何度かある。そのたびに二度とするまいと思うのだけど、なかなかこの注意力不足というのはよくならない、というより悪化する一方である。それでも完全に持って帰るのを忘れたというのはこれが最初のはずである。疲れがたまっていてぼんやりしているのかなあ。明日休みにしたのは正しかったようだ。

 さて、今日投稿する分をどうするか考えて、先日偶然サルベージに成功した昨年末に消えてしまった記事を、書き直したものとリンクさせてあげることを思いついた。そのまま上げて、間違い探しにしてもいいし、変わっているところを指摘しながら新しい記事にしてもいい。しかし、これも不可能なことがすぐに判明する。
 これにコピーしたと思い込んでいたUSBメモリーの中に入っていなかったのだ。念のためにもう一つのも確認したけどこちらにも入っていない。どうやらコピーしたのは職場においてきたマイクロSDカードだったようだ。念のためにバックアップ用の外付けHDにもコピーしておけばよかった。一次復活してコピーできたことに舞い上がって次を考えなかったのが問題である。

 他に手がなくなって慌てて、こうやって一文をでっち上げようとしているのが現状なのだけど、日曜日の早起きのせいで眠くてたまらない。年をとると体力の回復に時間がかかるのだよ。明日朝一で職場に出てメモリーを持って帰ってきて昨日の分を投稿しようかとも思ったのだが、明日は朝寝をすると決めたのだ。それをやめるくらいなら、頑張って新しい文章を書いた方がましだ。
 頑張った結果がこれなのだけど、いつも以上にぐだぐだになってしまった。それではまた明日。
2019年12月3日24時。





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2019年12月03日

ブルノ行き(十二月朔日)



 今日は年に一度のブルノ行きである。もちろん事情があって、二回以上行くこともあるけど、確実に、行きたくなくても行かなければならないという意味では、年に一度なのである。今年はブルノの中央駅の改修工事で厄介なことになっているから、避けたかったのだけど仕方がない。この時期日本に来ないかという話もあって、その話に乗っていれば避けられたのだが、ブルノと日本、どっちに行くのが面倒かと考えると断然日本である。日本行きの話は同僚に回した(押し付けたかも)結果、ブルノ行きが義務として残ってしまったのだ。
 厄介さはすでに切符を買うところから始まった。電車の接続を調べる「idos」で確認すると、オロモウツからブルノのジデニツェ駅まで行ってそこからトラムに乗ることになっている。中央駅とジデニツェの間は電車が往復しているのではなかったのか。しかも、セズナムの地図で確認するとジデニツェの駅のほうにはトラムは伸びていないようなのである。

 どうせ切符を買うにはチェコ鉄道のページを使うのだからと、そちらで確認してみたら、なぜかジデニツェではなく、終点のクラーロボ・ポレでトラムに乗ることになっている。頭を抱えてバスを使おうかとも思ったのだが、せっかくブルノに行くのだから、このチェコ的な混乱を経験しない手はない。どっちの情報が正しいにしろ、行ってみれば何とかなるものである。ということで再度チェコ鉄道のページで接続の検索をしたらジデニツェでの乗り換えに変わっていた。
 こうなると、もう考えるだけ無駄である。適当に切符を購入した。帰りはまだ行ったことがないので始発のクラーロボ・ポレから乗ってみることにする。こういう文章を書く関係上、ドルニー駅から、ブジェツラフ周りの便を使うことも考えたのだけど、260コルナというプラハに行くのと大差のない額にあきらめた。ブジェツラフ周りのほうが快適だとはいえ、ブルノ−オロモウツを走る電車内でも書けないというわけではないのだ。明日もまた朝が早いから、少しでも早くオロモウツに戻れたほうがありがたいし。

 久しぶりに4時45分という早い時間に起きて7時過ぎの電車に乗ったのだが、土曜日から急に気温が下がっていて、家を出てからもう少し温かい格好をして来ればよかったと後悔した。シュンペルクからオロモウツを経てブルノに向かう電車だというのに、普段はプロスチェヨフ行きの普通電車が停まる駅の外れのホームに停まっていた。乗り込むのに時間がかかって、席に着いたと思ったらすぐ出発。
 電車の中は妙に暖房が利いていて窓際の席に座ると暑いぐらいだった。それで窓側に荷物を置いて、通路際に移動してPCを開いたのだが、大失敗をしてしまった。お茶を入れた水筒を窓のところの小さなテーブルの上においていたのだが、もう少しでブルノのジデニツェの駅に到着というところで、急ブレーキをかけられたためにその水筒が転落。おっちゃんの店で買った肩掛けカバンと、セーターにかかってしまった。自分のものには問題になるような被害は出なかったのだが、座席には申し訳ないことをした。

 ジデニツェの駅で降りると、日本の人が中央駅に行きたいと言いつつクラーロボ・ポレ行きに乗ろうとしていたので、引き止めてなぜか電車ではなくトラムに乗らなければならないことを説明。案内がわかりにくかったこともあって、遠回りした結果、切符に書かれたトラムには乗り損ねたけど、すぐに次のが来たので問題なし。
 問題が発生したのは中央駅前のトラム停で切符を買おうとしたときのこと。出てきた切符が白紙だったのである。二枚買って二枚とも白紙というチェコでも珍しい出来事に、行きの一枚は使用したけど、帰りは改めて買いなおして、残りの一枚は記念品としてオロモウツに持ち帰ることにした。白紙の切符でトラムに乗って検札が来たら思いっきり罵詈雑言を投げてやろうと準備していたのに来なかった。残念。
 ブルノの市内交通のチケットの料金体系は妙に複雑でわかりにくいのだが、市の中心部は乗り換えしなければ20コルナで15分有効のチケットで十分のようである。待ち時間も有効時間の中に入ってしまうので、乗換えをするときにはもう一つ上のチケットを買ったほうがいいようである。ゾーン100、101というのがあって、境目で注意するように車内放送が入っていたけど、20コルナのチケットには2ゾーンと書いてあるからまたがっても大丈夫のはず。

 初めて利用したクラーロボ・ポレの駅は、改修の済んでいない、昔の共産主義時代の面影を残すものだった。クラーロボ・ポレ行きのトラムの乗り場を探して、ブルノの街を歩かなければならなかったことも含めて、まあ一度利用したから、それで十分だという印象である。十二月の半ばに、ダイヤが改正されるのにあわせて中央駅の工事も終わって、オロモウツから中央駅まで直通で行けるようになるはずだから利用する機会もなさそうだけど。
 心配なのは、ブルノ−オストラバ間をレギオジェットが運行することになるので、直行便を逃した場合に、プシェロフ周りでブルノから戻ってくるのが面倒にならないかということだけど、次に必要になるのはまた来年だから、来年のことは来年考えることにしよう。
2019年12月1日17時30分。












2019年12月02日

モラビアのビーナス(十一月卅日)



 現在、オロモウツの博物館では、特別展示が行なわれていて、入場を求める人たちが、博物館の敷地の外、共和国広場のトラムの停留所まで行列を作っているらしい。行列を作るのが好きなチェコ人とはいえ、オロモウツの博物館の前で行列を見るのは初めてのことである。それだけ今回の特別展が、いや、ある展示物が人々の注目を集めているということなのだが、チェコの国宝(そんなものがあるのかどうかはしらないが)ともいえるものなので当然といえなくもない。
 その国宝はベストニツェのビーナスと呼ばれるものなのだが、南モラビアのドルニー・ベストニツェという村の外れの旧石器時代の遺跡から発掘された陶製の女性像である。1920年代に発見されたこの像は、世界中で発掘された陶器の中でも最も古いものの一つで、旧石器時代に焼き物はなかったという当時の定説を否定するきっかけになったものらしい。

 チェコの国宝的な存在とはいえ、モラビアで発掘されたものなので、普段は、プラハの博物館ではなく、ブルノのモラビア博物館に収蔵されている。特別なとき以外は、一般公開はされておらず、展示されているのはレプリカという話だったと記憶する。それをオロモウツの博物館が2年ぐらいにわたる交渉を経て借り出すことに成功したらしい。そして、二週間ほどという短い期間だがレプリカだけでなく本物も展示されていて見ることができるという。うちのが見に行ったといっていた。
 ニュースではブルノからオロモウツまで運ばれる様子が報道された。ブルノの博物館で専用の収納箱に入れられ、さらに特殊なトランクに収められた後は、博物館の担当者の手でオロモウツにまで運ばれたのだが、警備体制が厳重だった。前後を機関銃を手にした警察の特殊部隊が固めて車まで行き、車での移動も警察の車両に前後を挟まれていた。オロモウツの博物館の展示室の強化ガラス製の展示ケースに入れられ鍵をかけられるまで、特殊部隊の人たちが警備を続けていた。

 本物の展示は、小さな専用室で行われ、一度に部屋に入れる人数も、いられる時間も制限されているようだ。展示ケースの脇には博物館の係員がいて来場者を監視していることになっているのだが、見に行ったうちのの話では、いすに座って携帯の画面に見入っていて監視の役をまったく果たしていなかったのだとか。あれだけ厳重な警備をして運んできておきながら、会場の監視がこれでは、あんまり意味がない。万が一に備えて警察の人も控えているという話、展示室の中にいるのかどうかは不明である。
 考古学的な価値は高く、博物館の間で売買するなら一体どれだけの額になるのか予想も付かないようなものではあるけど、小さな陶器の人形だから、品物自体に価値のあるドレスデンで盗まれた宝飾品とは違って、盗み出したところで買い手が限られ売りさばくのは困難だろう。国や博物館に対して身代金を要求するのが一番金になりそうかな。でもそれやると、捕まる可能性も高くなるし、盗んでも割に合いそうにない。だからちゃんと監視していなくても、問題ないといえなくもないけど……。

 博物館の人がニュースで語っていたところによると、このビーナス像の見学には、学校枠というのが設定されていて、クラス単位、学年単位で時間を予約できるようになっているらしい。その予約もほぼ一杯になっているから、一般の人の待ち時間が長くなる可能性があるという。オロモウツで展示されるという話を聞いたときには、久しぶりに博物館の展示も見たいし行ってみようかなと食指が動いたのだが、行列の話を聞いてその気が失せた。
 特別な日に普段は入れないような政府関係の建物を一般公開するなんてイベントもあって、国会や政府の建物とか見てみたいと思わなくはないのだけど、行列好きのチェコ人が朝早くから列を作って並ぶことを知っているとどうしてもためらってしまう。行列というか、順番待ちはビザや滞在許可の書類を提出するときだけで十分である。

 ちなみにベストニツェのビーナスが発見されたのは、南モラビアのディエ川に設置されたダム湖の南側で、ミクロフから10キロほど離れたところだという。パーラバと呼ばれる丘陵地帯にも近く、人間の居住に適した自然環境だったのだろう。ここに限らず、モラビア全体がそうだったのだ。モラビア各地で先史時代の遺跡が発掘されているし。チェコでは発見された村の名前を取ってベストニツェのビーナスと呼ばれているけど、そんな村の名前、チェコ人以外は、誰も知らないんだし、世界史的に見たら「モラビアの」という形容詞をつけてもいいんじゃないかということでこんな題名にしてみた。
2019年12月1日8時。



どんなものかは、こちらから。





 


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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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