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2017年11月20日

H先生の叙勲の話つづき(十一月十七日)



 先日、お世話になっているチェコのコメンスキー研究者にして歴史学者のH先生がドイツ政府から勲章をもらったという話を書いた。その直後ぐらいに先生のインタビューが、新聞「ムラダー・フロンタ」のオロモウツ地方蘭に掲載された。せっかくなので、ネット上の「iDNES.cz」に掲載されたら、H先生を知っている日本のコメンスキー研究者にも知らせようと思って、探すのだけどいつまでたっても掲載されない。仕方がないので新聞記事をスキャンして送った。
 オロモウツ地方版の記事だからネット上に公開されないと言うわけではないようで、H先生の名前で検索をかけると、去年の八月の記事が出てきた。
 これは、プシェロフ郊外で虐殺された犠牲者を火葬にしたあとの遺灰のうち女性と子供のもだけがオロモウツのネジェジーンの墓地に埋葬されていたのをH先生が突き止めて、プシェロフの男性の犠牲者が眠る墓地に移葬したことについての記事である。この件も、虐殺事件について本を出版したこととあわせてドイツから勲章をもらった理由となっている。

 この発見についてはH先生から伺っていたし、穴掘りの手伝いをさせられたという人物にインタビューしたという話も聞いていた。ただ、酒の席での話しだったし、そんなに詳しい話ができたわけでもなく、こちらが素人で先生の話を完全に理解できていないところもあって、この記事などを読んでいくつか新しい発見(個人的にね)があったので、プシェロフの、ひいてはモラビアの弁護のためにも紹介しておこう。
 このシュベーツカー・シャンツェというプシェロフからちょっと南にある丘の上での虐殺を実行したのがプシェロフの人たちではなく、スロバキアからやってきた再建されたチェコスロバキア軍の一部隊だったことはすでに記したが、犠牲者もまたプシェロフの人々ではなく、スロバキアの「ドイツ系」の住人だったらしい。

 そういえば先生が、「(ポット)カルパチュティー・ニェムツィ」と言っていたような気もする。そのときは、「カルパチアのドイツ人」だとは理解したけれども、その人たちがプシェロフに住んでいたのだと思い込んでいた。カルパチアというのは、チェコとスロバキアの国境地帯のベスキディなどの山地から、スロバキア、ポーランド国境のタトラを経てルーマニアのほうにまで延びる大山脈を全体として示す言葉である。だから、ベスキディや、その南のビーレー・カルパティの山の中に住んでいたドイツ人がプシェロフに出てきて生活していたのかなと考えたのである。
 しかし、実際には、この「カルパチュティー・ニェムツィ」というのは、チェコではなくスロバキアに12世紀から15世紀にかけての時期に殖民したドイツ系の住民をさす言葉である。チェコ領内のドイツ人が、「スデチュティー・ニェムツィ」と呼ばれたようなものだろうか。スロバキアのドイツ人としては、特にタトラ山麓のシュピーシュ地方に定住したサクソン系のドイツ人の集団が有力だったようだ。

 プシェロフで虐殺されたのもタトラの近くドプシナーという村のドイツ人たちだったという。そのスロバキアのドイツ系の住民が終戦直後にプシェロフで何をしていたかというと、帰郷の途にあったのである。ソビエトとの戦いが敗色濃厚になった1944年に撤退するドイツ軍は、スロバキアのドイツ系の住民をも西方に疎開させた。侵攻してくるソ連軍や周囲の住民による略奪、虐殺をうける恐れがあったのだろうし、西方のまだ比較的安全な地域に労働力を確保するという目的もあったのだろう。
 ドプシナーの住民も疎開させられていたボヘミアのズデーテン地方からスロバキアの故郷に帰るために鉄道に乗って、鉄道の要所であるプシェロフまでたどり着いたところで悲劇に見舞われたのである。このドプシナーの人々の移動が、チェコスロバキアで終戦後すぐに始まったドイツ系住民の追放の一環だったのか、本人たちが希望しての帰郷だったのかまでは確認できなかった。

 ブラチスラバからやってきた部隊の司令官は、移動する人々の中にドプシナーの住民を見つけると、ナチスのSSの関係者だという嫌疑をかけて、移動の集団から引き離した。身につけていたお金、貴金属、貯金通帳などを没収したうえで、郊外まで移動させそこで270人もの、そのうち約200人は女性と子供を無慈悲にも全員射殺したのだった。蛮行の目撃者を減らすために、深夜から明け方にかけて実行するという念の入りようである。
 プシェロフから駆りだされた人がやらされたのは、遺体を埋めるための穴掘りだったようだ。その後、司令官はこの事件から二年後の1947年に遺体を掘り出し火葬に付し、プシェロフとオロモウツに分けて埋葬させたのである。これは事件の発覚を防ぐための証拠隠滅の目的があったらしい。その甲斐もなく司令官自身は裁判にかけられたようだが、時の共産党政権の大統領ゴットワルトが恩赦の対象としたため刑務所に入ることはなかった。 ただ、もう一人の首謀者と目された人物は、逃走しハンガリーを経てイスラエルに亡命したのだとか。

 もちろん、女性や子供を中心にしたドプシナーの人々がSSの関係者だったと言う事実はなく、中には、ドイツ人ではなくスロバキア人、ハンガリー人として民族的に登録していた人たちもいたらしい。それなのに殺されなければならなかった事情は、殺された側ではなく殺した側にあった。司令官もドプシナーの出身で、その兄弟こそがSSの関係者だったという説がある。その過去を消すためには、事実を知るドプシナーの人々を生かしておくわけにはいかなかったのだ。
 ナチスの高官が過去を改竄して東側の共産諸国の高官に納まったという話は、かつて公然の秘密のように語られていたが、その一端がここに現れているということだろうか。本人がSSだったわけではないようだけれども。SSの隊員だったから、関係者だったから悪だと短絡するつもりはない。しかしこの司令官の行動は、人間というものが如何に悪になれるかの見本だと言えそうである。

 その忘れられた、もしくは抹消された過去の悪に気づき、目を閉ざすことなく調査を進め、遺灰の埋葬されていた場所を発見するという成果を上げたH先生の業績は、やはり賞賛にあたいする。先生自身は勲章のために研究をしているわけではないと仰るだろうが、ドイツからとはいえ叙勲されたのは素晴らしいことだ。チェコの勲章? ハベル大統領ならともかく、ゼマン大統領がH先生に、なんてことにはならないだろうなあ。
2017年11月18日23時。









2017年11月19日

中性名詞4外来語――チェコ語文法総ざらえ(十一月十六日)



 ということで「drama」などの「-ma」で終わる中性名詞である。ちなみにこの言葉、読みは「ドラマ」でいいけれども、日本語のドラマとは指すものの範囲が多少ずれる。最初にこの言葉を見たときに、日本語のドラマと同じ感覚でテレビドラマを指すのに使ったら何それという顔をされてしまった。日本風の連続ドラマは、チェコ語では「televizní seriál」と言うのである。単発のドラマは、「televizní film」かな。
 チェコ語のドラマは、日本語で「感動のドラマ」とかいうのと同じような使い方をする。だから、映画やドラマのジャンルみたいな形でドラマという言葉が使われることもある。よく聞くのはスポーツの試合で、劇的な結末を迎えたときなんかに、「最後にドラマが待っていた」なんて表現だろうか。一昨年のラグビーのワールドカップで日本が南アフリカに勝った試合は、チェコ語でも感動と驚愕のドラマだったのである。

 この「drama」型の中性名詞を使う上での一番の問題は、単数一格が「a」で終わるものは女性名詞だという、チェコ語の勉強を始めてすぐに習う名詞の性の見分け方のルールである。そこから逸脱するものとしては、男性名詞の活動体の職業を表す名詞がすでに登場しているから、ルールが絶対のものでないことはわかっていても、「a」で終わって人を表さない名詞だということで、女性名詞だと思い込んでしまう。中性だということは重々わかっていても、中性名詞の中でも特殊な格変化をするということはわかっていても、実際に使うときには女性名詞のように変化させてしまうのである。

 自分の復習も兼ねて単数の変化を挙げておくと

  1格dram-a
  2格dram-atu
  3格dram-atu
  4格dram-a
  5格dram-a
  6格dram-atu
  7格dram-atem

 1格、4格、5格以外は、追加された「t」の後ろに男性名詞不活動体硬変化と同じ語尾を付ければいい。というか、7格の「-em」さえ覚えておけば、後は困ったときの「u」で問題ないから、覚えやすと言えば覚えやすい。問題は繰り返すけれども女性名詞だと思ってしまうことである。
 この「drama」型の中性名詞としては、「téma(テーマ)」「panorama(パノラマ)」「dilema(ジレンマ)」「aroma(アロマ)」「trauma(トラウマ)」など日本語にも、ほぼ同じ音で取り入れられているものが多いから、そんなのだけ覚えておけばいいかな。実際にチェコ語を使う生活をしていても、自分で使いそうなものとしては「ドラマ」と「テーマ」ぐらいしかないわけだし。

 そんな話はおいておいて、使うかどうかもわからない複数は以下の通り。

  1格dram-ata
  2格dram-at
  3格dram-atům
  4格dram-ata
  5格dram-ata
  6格dram-atech
  7格dram-aty

 こちらは、「t」が出てくることを除けば、中性名詞の硬変化「město」と同じ変化になる。全体的には覚えやすいし、正確に使えるとうれしい言葉ではあるのだけど……。
 外来語ではないと思われる「kuře」と比べると複数は完全に一致するけれども、単数は軟変化的な「kuře」と硬変化的な「drama」で結構ずれている。なにがしかの関係はあるのだろうけど、思い浮かぶものとしてはラテン語で動物の子供を表す言葉の格変化に「t」が出てくるのかなというぐらいである。


 もう一つ中性名詞には外来語の変化のタイプが存在するのだった。男性名詞の「-us」で終わるものを取り上げたときにもちょっと言及したけれども、「-um」で終わる名詞である。そうか「-us」で終わるものは男性、「-um」で終わるものは中性と区別できるのかもしれない。
 例としては「muzeum(博物館)」を使う。この言葉、日本語のカタカナ語風に「ミュージアム」と読んではいけない。そのままローマ字読みして「ムゼウム」と読むのである。同じように日本の人が読みに注意しなければいけない言葉としては、「centrum(中心)」がある。「セントラム」と読んじゃう人がいるんだけど、「ツェントルム」である。
 このタイプの名詞の単数の変化は「-um」を取って、必要なところには硬変化「město」型の語尾を付けてやればいいから簡単である。もちろん正確に使えるかどうかはまた別の話であるけれども。

  1格muze-um
  2格muze-a
  3格muze-u
  4格muze-um
  5格muze-um
  6格muze-u
  7格muze-em

 7格の「muzeem」と母音の「e」が重なる辺りチェコ語としてどうなのという気がしなくもないし、自分で使うのに何となく落ち着かない。それはともかく、これで複数も硬変化と同じだったら幸せなのだけれども、残念ながらそうは問屋が卸さない。1格、4格、5格、つまり1格と同じ形をとらない格では、軟変化「moře」型の語尾が必要になるのである。

  1格muze-a
  2格muze-í
  3格muze-ím
  4格muze-a
  5格muze-a
  6格muze-ích
  7格muze-i

 やはり、チェコ語では母音「e」と「y」や「u」の連続は好まれないのかなあ。ないわけではないと思うんだけど。でも単数の7格で「muzeem」という無茶をしたのだから、複数でも「muzeů」とか「muzeech」なんてやってもいいんじゃないかと言いたくもなる。ちなみに同じ「-um」で終わる名詞でも、その前が硬子音の場合には、複数でも語尾が硬変化と同じになる。例えば「datum(日付)」の複数は2格「dat」、3格「datům」、6格「datech」、7格「daty」である。
 だから、言っても詮無きことながら、「muzeum」もそれでいいじゃないかと言いたくなる。「-um」が落ちるところまではラテン語の影響でも、語尾の母音をどうするかはチェコ語に於いて解決されたはずなんだし。複数3格が「muzeům」なると、単数1格と複数3格の違いが母音の長短だけという楽しいことになるのだけどなあ。

 ここまで書いて、外来語では女性名詞にも厄介なのがあることを思い出してしまった。チェコ語は名詞の格変化だけでも、一度踏み入れたら抜け出せない泥沼のようなところがあるのである。次はその泥沼の中に入ってみよう。
2017年11月16日23時








2017年11月18日

このうざったさは何だ?(十一月十五日)



 先日、知人のブログに触発されて吉田拓郎の歌を何曲も聞きまくってしまったときに、「ああ、このけだるさは何だ?」というフレーズが耳に残った。あれは「たどりついたらいつも雨降り」だっただろうか。ちょうどその頃に、うざったいと思うことが、ブログ関係で頻発したので、こんなタイトルになってしまった。この記事を書くのは、そのうざったさの原因になったことがひとまず終結したようだからである。
 初めてコメントを頂いたのは、ブログを初めて一年以上経ってからのことだった。今でもなんだかどきどきしながら読ませてもらったのを思い出す。その後、少しずつ増えて、今では二桁にまでなっているのだけど、他のブログでよく見かけるコメントへの返信というのがよくわからないので、頂いたコメントには、本文中で触れて関連するような内容の文章を書くことで返事代わりにさせてもらっている。

 すでに700本近くの文章を書いて、ネタは多分いくらでもあるのだけど、ちょうどいいタイミングで思いつけないことが増えている。あのとき中途半端な書き方したし、今更これについて書いてもなあなんてことが多いのである。それが頂いたコメントを読むことで、文章を書く際の方向性が見えてくるというか、頭の中にあるネタの使い道が見えてくる。それで、特に具体的に何を書くか決めかねているときには、コメントを頂くのを待ちかねるようになっていた。
 チェコ語の文法復習シリーズは、書こうと思えばいくらでも書けるのだけど、万人向けじゃないし毎日この手のテーマで書いているとうんざりしてくるので、政治ねたでも何日も続くといやになるし、頂いたコメントをヒントにちょっと違ったことを書くのは楽しくもあるのだ。それに何を書くのか悩んでなかなか思いつけないこともある。

 そんな期待を裏切るかのように、管理ページでコメントの数が増えているのを見て、いそいそと内容を確認に行くと、このブログとは関係のないコメントだったというのが頻発したのである。そのうざったさと来たらない。それは、「うざったい」を「うざい」と言い、「何気なく」を「何気に」という東京の連中の話し方と同じくらいうざったかった。
 コメントの内容は、どこぞのブランド品、いやその模造品を販売するサイトを宣伝するもので、サイト側から書き込んだように見えるものと、そのサイトを利用した人が御礼を言う形で宣伝につなげようという書き込みの二種類あるようだった。ちゃんと読んだわけじゃないけど。

 不思議なのは、そんな宣伝めいたものをこのブログに置いても何の役にも立たないだろうに、どうしてそんなことをするのだろうかということだ。所謂ブランド品なんて、それがコピーであってもほしいとは思わないし、それについて記事を書いた覚えもない。アルバイトでも雇って手当たり次第に書き込みさせてでもいるのだろうか。下手な鉄砲数うちゃあたるとは言っても、下手すぎるだろうに。
 もう一つ不思議なのは、この手の似非コメントがつけられる記事が、閲覧数が最も多いはずの最新の記事でも、長期的に閲覧数の多い記事でもないことで、なぜか、昔の一つはチェコで頻発した雪の重さで建物が落ちる記事、もう一つは飲食店の全面禁煙が導入されたことについての記事につくのである。なぜなんだろ。思い返してみれば、最初のちゃんとしたコメントを頂く前にも、何回か似非コメントがついたことがあるのだけど、それが屋根が落ちる話だったかもしれない。でもそのときも、すでに最新の記事ではなくなっていたと思うんだよなあ。

 そんなコメントもどきを置いていく側の魂胆はともかくとして、うざったさに耐えられなくなったので、抹消しておしまいではなく対策をとることにした。ブログの管理画面からコメントやトラックバック(いまいちよくわかっていないのだけど)の削除は、これまでもしていたのだが、コメントにコメントした人のサイトのURLが記入されている場合には、禁止することができるようなのである。それで、似非コメントにURLがある場合には、禁止設定をしてから削除することにした。しかし、効果がないので、IP(IPアドレスかな?)も禁止してみた。それでも似非コメントがなくなるわけではなかったし、禁止リストに入っているのと同じIPが表示されていることもあったような気がする。うーん。
 このまま放置するのもいやなので。「禁止設定」の項目を確認した。最初にブログを開設した時に半角英数字だけのコメントとかトラックバックは禁止したけど、それ以外は触らなかったのだ。コメント時の認証も設定できるようだけど、そんな面倒なことにしたらちゃんとしたコメントをくれる人もいなくなってしまいそうである。名前やメールアドレスを必須にするのも、自分自身が匿名でやっているのに、コメントする人に強要するのも申し訳ない。

 もう、諦めようかと思っていたら、「禁止WORD」というのがあるのに気づいた。コメント内に特定の禁止されている言葉が出てきたらコメントできなくなるということだろうか。試す価値はありそうだったので、禁止すべき言葉を検討することにした。似非コメントをまともに読まずに削除してしまったのを、ちょっと後悔してしまった。
 ブランド品についてのコメントだったのは覚えているので、「ブランド」という言葉を禁止しようかと思ったけれども、これではバテャ、ボタスキなんかのチェコの、この場合は靴のブランドについてのコメントが来ないとも限らない。具体的なブランドの名前は、何が出てきたか覚えていない。どうしようと悩んでいたら、タイミングよく似非コメントが飛び込んできた。
 その中に出てきた「コピーブランド」という言葉を登録してみたら、あら不思議、それ以来似非コメントが、全く来なくなった。それまでは十日ほどとはいえ、毎日のように、ひどいときには日に何回かこの手の似非コメントが来ていたのに、完全に止まったのである。

 今確認のために数えてみたら禁止URLは23、禁止IPは35も登録されていた。これだけ登録してどうにもならなかったものが、言葉一つの禁止でうまくいくのだから、不思議なものである。そのおかげでちょっとだけ今までよりブログを使いこなせるようになった気がして気分がいい。その気分のよさのままに、こんな文章を書いてしまった。
2017年11月16日21時。






posted by olomoučan at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ

2017年11月17日

中性名詞3――チェコ語文法総ざらえ(十一月十四日)



 今回は、中性名詞のうち「e」で終わるものの復習である。一般的に中性名詞の軟変化というと、このグループを指すことになるのかな。例として取り上げられることが多いのは「moře(海)」であるが、この海が中性というのに関しては、以前日本語のできるチェコ人に、日本語だと「母なる海」と言うから、女性ではなく中性名詞だというのは、理解しにくいかもしれませんねなんて説明をしてもらったことがある。理解しにくいのは、海が中性だということではなくて、名詞に性があるという事実そのものだったのだけどさ。初学の頃だったから仕方がなかったんだよ。こんな感想持つのも。もう少し勉強が進んでからなら、この話を上手いと思えたんだろうけどさ。今となっては、海が中性であることを疑うこともできないところまでチェコ語にどっぷりとつかってしまっている。
 ということで、「moře」の格変化である。

  1格moř-e
  2格moř-e
  3格moř-i
  4格moř-e
  5格moř-e
  6格moř-i
  7格moř-em

 これもまた、軟変化の男性名詞と女性名詞が混ざった感じの格変化である。中性名詞の特徴として1格、4格、5格が同じになるということ、中性名詞の7格は男性名詞と同じになることがわかっていれば、あとは2格、3格、6格だけである。一般に名詞の単数変化では、困ったときはUという合言葉が使えるのだが、これは硬変化の名詞向けのものなので、硬変化と軟変化の区別が付けられるようになったら、軟変化の場合には、困ったときは「i」なのである。「e」でもいいけど、1格と同じになることがあることを考えると、各変化させようとしていることをアピールできる「i」のほうがいい。
 複数は以下の通り。

  1格moř-e
  2格moř-í
  3格moř-ím
  4格moř-e
  5格moř-e
  6格moř-ích
  7格moř-i

 7格以外は「e」で終わる女性名詞の軟変化と同じ。同時に2格と3格の長母音が「í」になっているのを除けば男性名詞の軟変化と同じだともいえるので、何とも微妙なことである。数が少ないから覚えるのは最後にまわしてもいいと思うんだけどね。

 中性名詞の「e」で終わるものには、もう一つ男性名詞の活動体の伯爵と侯爵を説明したときに出てきた「kuře」型の名詞が存在する。これは、動物の子供を示す名詞が含まれるグループで、人間の子供「dítě」も、このグループである。ただし、「dítě」は複数では女性名詞になるという困ったやつである。本来男性名詞の伯爵や侯爵も複数では中性扱いになるんだったなあ。なんでこんなややこしいことになるんだと言ったら、師匠には例外中の例外で数が少ないんだから我慢しろと言われたんだったか。
 とりあえず単数の変化を示すと、

  1格kuř-e
  2格kuř-ete
  3格kuř-eti
  4格kuř-e
  5格kuř-e
  6格kuř-eti
  7格kuř-etem
 
 見ての通り、1格と形が異なる2格、3格、6格、7格で「t」が現れるが、その後ろに来る語尾は、「moře」型の名詞と全く同じである。これならいっそのこと、1格から「t」を出してくれればいいのになんてことを考えてしまう。この手の子供を表す中性名詞として覚えておいた方がいいのは、「kotě(子猫)」「štěně(子犬)」「děvče(女の子)」、子供ではないけど「prase(ブタ)」ぐらいだろうか。後は出てきたときで十分である。強制収容所を生き延びたユダヤ系の作家アルノシュト・ルスティクが「Němci jsou prasata」と語っていたのを思い出す。
 複数は、

  1格kuř-ata
  2格kuř-at
  3格kuř-atům
  4格kuř-ata
  5格kuř-ata
  6格kuř-atech
  7格kuř-aty

 注意が必要なのは、「t」の前の母音が「a」に変わっていることである。語尾は2格が女性、3格、6格、7格が男性名詞の硬変化と同じである。4格、5格が1格と同じになるのは中性名詞の特徴でこの名詞も例外ではない。
 中性名詞はこれでお仕舞と言いたいところだけど、この前コメントで指摘してもらったラテン語起源の「drama」というのがあるのだった。短くなるかもしれないけど、これについても一文物することにする。
2017年11月14日22時。






2017年11月16日

ミハル・ホラーチェク氏をめぐるお話、逸脱するけど(十一月十三日)



 大統領選挙に立候補したミハル・ホラーチェク氏について、作詞家らしいけどこの人の書いた詞を知っているチェコ人なんていないとか書いたら、hudbahudbaさんがご存知だった。さすが「hudbahudba」と名乗られるだけのことはある。それにしても、ハナ・へゲロバーかあ。歌手だということは知っているし、テレビ番組で歌を歌っているのも見たことはある。だけど、そんなに熱心に聴いたことはなかった。
 チェコがチェコスロバキア第一共和国の時代にフランスとの関係が深かったことは、歴史を勉強したときに学んだけれども、そのフランスとの関係が共産主義政権の時代にも、特に文化の面で強かったのを知ったのはチェコに来てからだ。テレビでは当時吹き替えが制作されたフランス映画がひんぱんに放映されるし、ちなみにチェコで最も有名で人気のあるフランス人の俳優は、日本でも知られているアラン・ドロンではなく、ジャン・ポール・ベルモンドである。吹き替えにも専門の俳優が用意され、最初は最近亡くなったヤン・トシースカが、トシースカの亡命後は似た声を出せるイジー・クランポールがベルモンドの声を担当している。

 話を戻そう。音楽の世界でフランスの影響を強く感じさせるのが、チェコでは結構シャンソンを歌う歌手が多いことだ。あのマルタ・クビショバーもシャンソンを歌うことがあるようだし、ボレク・ポリーフカの元奥さんのフランス人、シャンタル・ポリーフコバーも歌うときはシャンソンだったかな。そのチェコのシャンソン界で最も高く評価されている歌手の一人が、ハナ・へゲロバーだというところまでは知っていたけれども、それにミハル・ホラーチェクとペトル・ハプカがかかわっていたということは知らなかった。

 日本でも歌手の歌を聴いて、歌手の名前は覚えても、その歌の作詞者、作曲者まで覚えているなんてよほどのファンだけだろう。だから、ホラーチェク氏も、作詞家としては名前が売れていても、実際に書いた歌はとなると知らない人が多いということになるのか。そんなホラーチェク氏が圧倒的な知名度を獲得したのが、すでに十年ほど前のことになるが、民放のノバで外国の番組のフォーマットを購入して制作された、素人やセミプロを対象にしたオーディション番組「チェスコ・フレダー・スーパースター」(ただのスーパースターだったかもしれない)で審査員を務めたことである。
 この番組も何年か連続で放送されたし、同じようなオーディション番組が毎年のように、ノバ、プリマで放送されていたのだが(今もやっているかもしれない)、一番盛り上がったのがホラーチェク氏が審査員の中心となっていた第一回の「スーパースター」で、本当の意味でスーパースターになったのも、第一回の優勝者アネタ・ランゲロバーしかいないのである。この第一回の放送をチラ見していたおかげで、ホラーチェク氏が作詞家で、90年代にフォルトゥナという賭けの会社を設立し、後にその株を売却することで資産を築いたなんて話を知っているわけである。

 ホラーチェク氏は、その後も何度か審査員を務めていたようだが、最近見かけなくなったと思っていたら、一年半ほど前に大統領選挙への出馬を表明して(その前から言っていたのかもしれないけど)、驚かされたのである。この人のオーディション番組での審査の仕方を、素人の視聴者と同じレベルだとか批判する記事を読んたこともあったし、大統領になるほどのカリスマ性というか、大物感は感じられず、本気なのだろうかと疑ってしまった。やはり大統領になるぐらいなら、他の審査員や視聴者の意見をはねのけて、自分の選んだ人を強く推すぐらいのことはしてほしいものである。そんな出場者がいなかっただけなのかもしれないけどさ。
 去年の秋のダライラマ騒動で反ゼマンの集会を組織したのがホラーチェク氏だという話を聞いて、これは本気で大統領選に出るつもりなのかと認識を新たにした。その後は各地で有権者の署名を集める活動をしていて、確かオロモウツにも本人が来ていたんじゃなかったかな。ホルニー広場の署名集め用のテントで見かけたような気もするけど、確信はない。存在感があまりないんだよ、

 今回トポラーネク氏が政界への復帰と大統領選挙への出馬を表明したことで、ホラーチェク氏が選ばれる可能性はさらに下がった。意外なことに現在の下馬評では、ゼマン大統領の対抗馬は、ドラホシュ氏ではなくトポラーネク氏だというのである。それはともかく、ゼマン大統領が完全に引退する次の大統領選挙であれば、ホラーチェク氏にもチャンスが出てくるかもしれない。それは他の候補者たちにも言えることである。

 ついでなので、ペトル・ハプカについても書いておくと、ノハビツァが秘密警察の協力者名簿に載っていたことを知って、口を極めて罵倒し絶交した人物である。それに対してノハビツァは、お前にはわからんとか何とか言っただけでほとんど言い訳することもなかったのかな。ハプカが音楽家であることは知っているけれども、その歌を聞いたことがあるかとなると心もとなくなる。ニュースなどの映像で一部聞いたのは確かだけど……。
 かつてのチェコスロバキアでは、スポーツ選手が国外に遠征に出るときでさえ、秘密警察に協力するという書類に署名させられたという話だし、その署名した事実をネタに脅されてさらなる協力を強制されたなんて話もあるから、名簿に載っているから悪だとも決めつけられないし、秘密警察の書類に記載されていることが、どこまで事実を反映したものなのかよくわからないという面もある。自分のキャリアのために共産党に入党したというような人と、秘密警察に脅迫されて協力を強制されたという人と、どちらがマシなのだろうか。
 ビロード革命から四半世紀を経てなお、秘密警察などの旧共産党支配の時代の遺物はチェコの社会に暗い影を投げかけているのである。
2017年11月14日15時。

ノハビツァ、歌手としては、素晴らしいと思うんだけど……。サッカーのバニークファンとつるんでるし、この前の選挙ではオカムラ党への支持を表明していたし……。うーん。







2017年11月15日

中性名詞2――チェコ語文法総ざらえ(十一月十二日)



 この変化は、軟変化と呼んでもいいのだろうけれども、そう呼びたくないので、とりあえず今回は番号で処理する。長母音の「í」で終わる中性名詞である。チェコ語ではイ段の母音は、「i」と「y」で書き表され、どちらも使える場合もあるが、前に来る子音によってはどちらかしか使えない。この名詞も「í」で終わるということは、前に来るのは軟子音か中立子音ということになるので、軟変化でもいいのだけど、そう呼ぶと、後述するこの名詞特有の問題が見えづらくなるのである。
 とまれ、我々チェコ語学習者は、名詞の格変化を覚えようとして苦労する初学の頃、「nádrží(駅)」「náměstí(広場)」などの名詞にぶつかって、幸せな気分に浸ったものだ。チェコ語にもこんなに格変化が簡単な名詞が存在するのだと。少なくともこの中性名詞だけは格変化を間違えずに使えそうだと思ってしまうわけである。何せ、1格から6格まで同じ形で、7格も末尾に「m」をつけるだけでいいのである。

 念のためにまず単数の格変化表をあげておく。

  1格nádrž-í
  2格nádrž-í
  3格nádrž-í
  4格nádrž-í
  5格nádrž-í
  6格nádrž-í
  7格nádrž-ím

 自分が使う分には確かに楽なのだ。動詞によって区別しなければならない前置詞「na」の後に来る格も、この名詞なら4格も6格も同じだし。しかし、そのうちに、気づくことになるのだ。見ただけ、聞いただけで何格なのかがわからないのは結構不安なものだということに。この名詞が格変化しないことへの不安を感じられるようになったということは、チェコ語に十分毒されているということだから、チェコ語を勉強する上では喜ぶべきことである。ただ、日本語は助詞を使うので問題ないのだけど、英語で話そうとするときまで、格変化させたくなるのは少々問題である。


 複数はもう少し難しくて以下のようになる。

  1格nádrž-í
  2格nádrž-í
  3格nádrž-ím
  4格nádrž-í
  5格nádrž-í
  6格nádrž-ích
  7格nádrž-ími

 それでも、3格、6格、7格を除けば、単数1格と同じだから、この手の名詞は単数と複数の区別でも苦労することになる。救いはこのタイプの名詞には、「vítězství(勝利)「přátelství(友情)」などの、「-ství」で終わる概念語、動詞の受身形から作られる名詞など、複数形では使いにくい、別な言い方をすると、チェコ語で複数として認識しえるのかどうかわからない名詞が多いことで、とりあえず、「utkání(試合)」などの数えられることが確実なもの以外は単数で使うようにするしかない。あれ、救いにはなっていないかな。
 厄介なのは、軟変化の形容詞の複数の変化とほとんど同じでありながら、2格で形容詞の複数2格の特徴である「ch」が出てこないことで、ここでよく間違えてしまう。ということで複数で使うのは避けたい名詞だということになる。

 さらに厄介なのは、形容詞の軟変化型の人を表す名詞が存在することで、「rozhodčí(審判)」「průvodčí(車掌)」など、仕事をしている人が男性か女性かで格変化が変わるのである。特に女性の場合には、単数では1格から7格まで形が変わらないし、複数になると形容詞の軟変化は男性、女性、中性の区別がなくなるので、中性名詞と混同してしまいがちである。
 救いはこの手の形容詞の軟変化型の名詞そのものは数が多くないことなのだけど、動詞からこの手の名詞が作れてしまう。名詞としてだけでなく形容詞的に名詞の前でも使えるこの手法、使えるようになると、使う分には重宝する。他の国の人は知らないけど、日本人なら絶対に使いたくなるはずである。

 チェコ語では、動詞の三人称複数の形に「-cí」を付けることで、その動作をしているという意味の形容詞(連体修飾節と言ったほうがいいかも)、もしくはその動作をしている人という意味の名詞を作れるのである。例えば、「jít」の三人称複数の形「jdou」から、作られる「jdoucí」を使うと、普通は「člověk, který jde kolem」となるものが、「kolem jdoucí člověk」と日本語の語順と同じようにできてしまう。普通のチェコ語の語順にして後ろからかけることもできるし、この語法が使えるようになると表現の幅が広がる。さらに「kolem jdoucí」だけでも「近くを歩いていく人」という意味で使えるのである。
 自分で使う分には、どういう品詞で、どういう意味で使うのかをしっかり意識して使えば、それほど大きな問題にはならないのだけど、相手に使われたときにとっさに判断するのが難しい。まあ、この辺は本来の中性名詞の話から完全に逸脱しているので、動詞の話になったときに改めて説明することにしよう。

 とにかく「-í」で終わる中性名詞というのは、最初のうちは簡単そうに見えるけれども、勉強を続けていくうちに、混乱のネタが増えていって厄介になっていくものなのである。この手の名詞が嫌だなあと思えるようになったら、チェコ語学習者として一人前と言ってもいいのかもしれない。
2017年11月13日14時。





2017年11月14日

中性名詞硬変化――チェコ語文法総ざらえ(十一月十一日)



 チェコ語の例外的な格変化の仕方について、コメントをいただいた。言語学の知識のある方なのかな、チェコ語は外来語の場合にもともと言語における格変化を尊重する傾向があるということである。あの手の厄介者たちがラテン語からの外来語であることは重々承知していたけれども、ラテン語における格変化がチェコ語の格変化に反映しているというのは、考えたことがなかった。ということはラテン語の知識があった方が、ラテン語起源の言葉の各変化を覚えるのにいいのか。うーん、出没母音の「e」のときの古代スラブ語と同じで、チェコ語の中の例外的な現象を理解するために新たな言葉を勉強するのは、本末転倒なきがしてしまうんだよなあ。
 こういう情報を手にすると、言語学の人だったら、ラテン語起源の言葉が、スロバキア語とかスラブ系の言葉だけじゃなくて、ドイツ語なんかの別の言葉ではどんな扱いを受けているのだろうかなんてことを考えて、あれこれ調べるのかもしれないが、こちとら外国語はチェコ語ひとつでおなか一杯の人間である。自分では調べる気になれない。だからと言って知りたくないと言うわけではないので、情報をお持ちの方に教えてもらえるとありがたい。
 自分で調べようかなと思うのは(思うだけだろうけど)、外来語である「drama」の格変化で語幹を拡張する「t」が現れてくるのと、外来語だとは思われない「kuře」型の名詞の格変化に「t」が現れるのに関係があるのだろうかということである。「drama」も「kuře」も中性名詞で、中性名詞については、まだ復習をしていないので、久しぶりにチェコ語の文法について真面目に書くことにする。

 チェコ語の勉強を始めて最初に出てくる中性名詞は、「o」で終わるものである。「město(町)」「místo(場所)」のどちらかに最初に出会うはずである。いや「nádraží(駅)」という可能性もあるか。とまれ、中性名詞の第一回は「o」で終わる名詞である。

 単数の変化は以下の通り。

  1格 měst-o
  2格 měst-a
  3格měst-u
  4格měst-o
  5格měst-o
  6格měst-u/-ě
  7格měst-em

 中性名詞はどれも1、4、5格が同じ形をとる。そして、中性名詞の硬変化で、2格が「-a」で7格が「-em」となるのは、男性名詞活動体硬変化と同じである。これらの覚えやすいところを覚えてしまえば、あとは困ったときの「u」で何とかなる。6格は「 -e」「-ě」になることもあるけれども、「-ko」で終わるものなど「-u」しか取れない名詞もかなりあるのである。1、4、5格を除けば男性名詞活動体の硬変化と同じだと言ってもいい。

 複数はちょっと違う。

  1格 měst-a
  2格 měst-
  3格měst-ům
  4格měst-a
  5格měst-a
  6格měst-ech
  7格měst-y

 複数1格が、ということは4格と5格も、単数の2格と同じだというのは、女性名詞の硬変化と共通する。2格で語尾が消えるのも女性名詞的で、「město」は「st」で発音しにくくはないのでそのままだが、二つ以上の子音で終わる場合に、例の出没母音の「e」が出てくるものがあることを忘れてはいけない。例えば「divadlo」の複数2格が「divadel」になるが如きである。この辺は名詞から形容詞を作るのにもかかわってくることがあるので、しっかり覚えておいたほうがいい。「divadlo」から作られる形容詞は、発音上の問題もあるのだろうけど、「divadelní」になるのである。
 その一方で、3格、6格、7格は男性名詞と共通の語尾になる。6格で語尾の前に来る子音によっては子音交代が起こって、語尾が「-ích」になるのも、男性名詞の硬変化と共通する。こういうのに気づくと名詞の文法上の性の中性とは、男性と女性の間であることの謂いだったのかと納得してしまいそうになる。問題はそれがわかったからと言って覚えるのが楽になるというわけではないところにある。

 中性名詞というのは、数が少ないこともあって、ついつい男性名詞、女性名詞を優先してしまい、覚えるのを後回しにしてしまうところがある。だから、この一番基本的な中性名詞である「o」で終わる硬変化だけは、正確に使いたいのだけど、現実というものはままならぬものなのである。
2017年11月12日14時。


 改めてチェコ語で、外来語のもともとの言語での格変化を尊重するというのが意外だった理由を考えると、綴りや語末が変わってチェコ語化してしまった外来語がたくさんあるからである。日本語でもチームと発音が変わってしまった英語の「team」は、綴りがチェコ語化して「tým」になっているし、タクシーは男性名詞が子音で終わるという原則に合わせるために、「k」をつけて「taxík」、日本語から入った盆栽や侍は、母音の「i」が「j」に変わって、それぞれ「bonsaj」「samuraj」になってしまっているのである。ただし、「bonsai」と「bonsaj」の発音の違いは聞き取れない。11月13日追記。





2017年11月13日

鳩と雀 チェコの慣用句2(十一月十日)



 一回で終わってしまうのは申し訳ないので、よく使われる慣用句の紹介も、折を見て続けていくことにする。「働かざるもの食うべからず」に次いでよく聞くのが、本日取り上げる「Lepší vrabec v hrsti než holub na střeše」である。

 例によって個々の言葉の説明から始めると、「Lepší」は、「いい」という意味の形容詞「dobrý」の比較級。一般にチェコ語の形容詞の比較級は、末尾の「ý」を「-ejší」に換えることによって、場合によっては子音交代も起こして、作られる。しかし「dobrý」などの重要な形容詞の中には、不規則な変化をするものが結構多いのである。
 ちなみに最上級は比較級の前に「nej」をつけて作るのだが、「dobrý」から作られる「nejlepší」は、90年代末の日本では、チェコ語を勉強していない人でもこの「nejlepší」という言葉を聞けたはずである。キリンビールがテレビのコマーシャルに「nejlepší pivo」とかいう表現を使っていたらしいのだ。当時テレビを持っていなかったので自分では見ていないのだけど、チェコ語の先生が教えてくれた情報である。まあ、どのビールか知らないけれどもキリンのビールを「nejlepší pivo」なんていうのはなあ。そんなこと、英語でならともかく、ピルスナー・ウルクエルを生んだ国の言葉、チェコ語で言っちゃあいけねえ。

 次の「vrabec」は、雀である。日本の雀とチェコの雀が完全に一致するのかどうかまではわからないか、日本の雀と同様に小さな鳥を「vrabec」と言う。「hrsti」は女性名詞「hrst」の単数6格、意味は手なのだが、握った形の手を表す。前置詞の「v」とあわせると、「握った手の中の」ということになり、この部分全体では、「手の中に握った雀」と訳しておこうか。
 「než」は、形容詞の比較級とともに使う言葉で、日本語の「より」をあてておけばよかろう。「holub」は鳩。「na」は場所を表す前置詞で6格をとる。「střeše」は、屋根を意味する女性名詞の「střecha」の単数6格である。この部分は「屋根の上の鳩より」となるわけだ。
 ということで全体を直訳すると「屋根の上の鳩より手の中に握った雀のほうがいい」ということになる。手に入るかどうかわからない屋根の上の鳩よりも、確実に手に入る、もしくはすでに手に入った雀のほうがいいということなのだろうが、もう一つ大切なのは、鳩と雀を比べると鳩の方が価値が大きいという点である。

 日本人からすると、鳩の方が大きいからぐらいの理由だろうと思ってしまうのだけど、実はチェコでは鳩は食べるのである。いや実際に食べたり食用として売られているのを見たことがあるわけではないから、食べていたらしいというのが正しいか。日本でもよく知られているチェコ映画の一つ「スイート・スイート・ビレッジ」(この邦題はあれだけれども、映画としてはノバー・ブルナの映画よりははるかに見ごたえがある)で、主人公のオティークが、仕事で失敗したお詫びに同僚というか上司というか、自分を助手として使ってくれているトラックの運転手のところに、自宅で飼っていた鳩の首をひねって殺して持っていくシーンを覚えている方もいるのではなかろうか。
 あの映画で鳩の料理が登場したかどうかは覚えていないが、師匠の話では昔、農村ではウサギやニワトリ、ブタなんかと同様に鳩を食用に飼っていたということだった。師匠本人は食べたことはないと言っていたけど、師匠の旦那は食べたことがあるって言ってたのかな。とまれ大小だけでなく、食用になるならないでも鳩の方が価値が大きいのである。

 ではどんな使い方をするかというと、それがしばしば耳にする理由でもあるのだけど、クイズ番組の最後で使われるのである。チェコテレビで以前放送されていた「タクシーク」でも、現在放送中の「いづこなるや、我が祖国」でも、番組の最後にそれまでに獲得した賞金が倍になる問題が用意されている。回答者はその問題に挑むかどうか自分で決められるのだが、挑戦しないですでに獲得した賞金をもらうことを選ぶときに、この言葉がいいわけのように使われる。
 確実に手に入る賞金の方が、二倍になる可能性はあっても同時にすべてを失うかもしれない賞金よりもいいということなのだろう。鳩を捕まえるためには、手に握った雀を放さなければならないわけだから、こちらもすべてを失う可能性があるのだし。クイズ番組では、この言葉を使って挑戦を断った後に、参考までに問題を教えてもらったら、答えがわかっていたなんて事もままあって、つねに「Lepší vrabec v hrsti než holub na střeše」ではないところが、ことわざのことわざたるところなのだろう。

 では、日本語にこんな状況で使える言葉があるだろうかと考えてうなってしまった。確実性を重視するという意味では「急がば回れ」という言葉があるけれどもかなり意味がずれる。クイズ番組での使い方のように、リスクを犯さないことを重視すれば、「安全第一」という言葉が思い浮かぶが、これはことわざとか慣用句と呼べるものではない。
 あれこれ検討して一番近いと思ったのが「明日の百より今日の五十」で、五十と百で倍になっているからクイズ番組の最後の問題にも対応している。ただ、クイズ番組のほうは、明日まで待たなくてもその場で結果が出るから、微妙にそぐわないところもある。まあ、ことわざや慣用句の類ってのは、損なもんだと言ってしまえばその通りなのだけどさ。

 クイズ番組では、賞金がもらえなくてもマイナスになるわけじゃないんだからという感じで、最後の問題に挑戦する人もいる。そんなときには、「Lepší holub na střeše než vrabec v hrsti」と言ってもよさそうな気がするのだけど、こちらはまだ聞いたことがない。
2017年11月11日15時。







2017年11月12日

2018年大統領選挙立候補者2その他の候補(十一月九日)



 有権者の署名を五万人分以上集めて立候補したのは、ゼマン大統領を除くと、二人だけである。一人目は元チェコ共和国科学アカデミーの所長を務めていたイジー・ドラホシュ氏である。最近の世論調査では、ゼマン大統領に差は付けられているが二番目に多くの支持を集めている。ゼマン大統領が一回目の選挙で過半数をとることなく二回目の選挙が行われた場合には、反ゼマン派の支持がドラホシュ氏に結集する可能性が高いので、それなりの戦いができると予想されている。
 一番の問題は、学者の世界では有名であるが、一般のチェコ人の間の知名度がほとんどないことである。そのために署名集めでチェコ全国を回っていたようだが、現職の大統領の知名度には太刀打ちできない。ゼマン大統領の場合には大統領としての職務が、そのまま選挙運動になるのだから、不公平感は否めない。次回の選挙にはゼマン大統領は出馬できないから、次回は公平な選挙戦になりそうだけどね。
 ドラホシュ氏が二回目の選挙でゼマン大統領と一騎打ちということになった場合の問題点は、やはり前回のシュバルツェンベルク対ゼマンのときと同様に、チェコ社会の分断が明確に反映されてしまうところにある。高学歴で高収入の人たちはドラホシュ氏を支持し、低学歴で低収入の人たちはゼマン大統領を支持するという社会的な格差が投票先を決めることになりかねないのである。

 社会的な階層間の対立をあおりかねないという意味で、ドラホシュ氏の出馬はチェコ社会にとってはあまり歓迎できることではない。ただ、他の立候補者を見渡した場合に、ゼマン大統領に少しでも対抗できそうな存在が皆無であることを考えると、ドラホシュ氏の出馬は必然だったのかとも思われてくる。現実的な意味で対立候補と呼べる存在のいない大統領選挙は盛り上がらないし、有権者にとっても選ばれた大統領にとってもいいことではない。
 ドラホシュ氏に勝つ可能性があるとすれば、ゼマン大統領があれこれ問題のある言動を繰り返していることで、これで、何となくゼマンに入れようと考えている人たちが、ゼマン大統領の支持から離れてくれればドラホシュ大統領の誕生の目もあるんだけど……。現実は雪崩を打ってゼマン大統領、バビシュ首相の実現に向かっている。頑張ってどうなるものでもないだろうけど、ドラホシュ氏には頑張ってほしいものである。

 二人目が、オーディション番組の審査員としてチェコ中に名前を売ったホラーチェク氏で、昨年ダライラマ問題でゼマン大統領が批判を受けていたときに、プラハ城での勲章の授与式の裏で、反ゼマン派の集会を主催していた人物である。当時はすでに出馬を表明していたから、ダライラマや文化大臣などを出汁に使って選挙運動の一環にしていたわけだ。あの集会が自然発生的な物だったら、民主主義の発露とか言ってもいいのだろうけど、大統領選の候補者の選挙運動に使われたと考えると、評価は微妙なものになる。
 ホラーチェク氏は、もともとはチェコの芸能界で歌謡曲のための詞を書いていた人である。この人の書いた歌を聞いたことがあるかどうかはわからないけど、カレル・クリルやノハビツァのような印象を残す詞ではないのだろう。この人の詞を知っているなんて人にはあったことないしさ。その後フォルトゥナという賭けの会社(特にスポーツの結果にかけられる)を共同で設立して資産を築き、その金で何をするかとなったときに、大統領になろうと考えたようだ。選挙資金は基本的に自腹だと語っていた。
 ドラホシュ氏の場合とは違って、テレビで稼いだ知名度はある。ただ、大統領としてふさわしいと評価してもらえるかどうかは別問題である。実業界や芸能界から大統領を出すのであればもっとふさわしい人はいくらでもいると思うんだけどねえ。芸能界であれば、防衛大臣の俳優スロトロプニツキーでもいいし、ちょっと高齢すぎるかもしれないけどズデニェク・スビェラーク、マルタ・クビショバーあたりも、ホラーチェク氏よりは大統領として想像できる。スポーツ界だったら、チャースラフスカー氏に期待したかったのだけど……。


 残りの候補者たちは、国会議員の推薦による立候補である。中には有権者の署名を集めきれずに方向を転換した候補者もいる。現時点で必要な数の署名を集めたことがわかっているのは六人しかいない。残りは何で立候補の届け出ができたんだろうね。この不思議さがチェコという国である。

 さて、大物から行くと、先週突然出馬を表明したのが元首相のトポラーネク氏である。市民民主党の上院議員だったのだが、最後には党と喧嘩別れして今では無所属。それでも古巣の市民民主党を中心に、こちらも古巣の上院で署名を集めて立候補を届け出た。ただし、トポラーネク氏を推薦した議員の中には、すでに別の候補者のために署名していた人も含まれるようで、一人の議員が二人以上の候補者を推薦できるのかどうかは、これから裁判で決めることになるようだ。有権者の場合には、何人の候補者に署名を与えてもかまわないことになっているのだけど。
 この人も、古き悪しき市民民主党にどっぷりつかっていた人なので、今更支持を集められるとも思えない。元側近のダリークというロビーストが、チェコ軍の装備の導入に関して外国企業に賄賂を要求したという罪で刑が確定して、刑務所に収監されたというニュースが世をにぎわしているのだし。本人たちは否定しているけれども、どう見ても、賄賂の行先は、少なくとも要求された側が想定した行先は、首相であったトポラーネク氏だったとしか思えない。それにEUの議長国だったチェコで内閣が倒れるという恥をさらしたときの首相がトポラーネク氏である。立候補が取り消されることを期待しておく。

 二人目は武器製造業者の作る団体の長を務めていたらしいイジー・ヒネク氏。申し訳ないけれども知名度は皆無だと言うしかない。現実主義党から下院の選挙にも立候補したようだが、もちろん議席は獲得できていない。

 次はペトル・ハニク氏。音楽業界でプロデューサーなどを務めていたというけれども、知らん。これまで何度か上院の選挙に立候補し、今回の下院の選挙にも自分の党(名前がころころ変わるらしい)から候補者を立てている。

 四人目が、元シュコダ自動車の社長のブラスティスラフ・クルハーネク氏。シュコダの社長には知名度はあるが、固有名詞、つまり社長本人の名前には知名度はない。復活した市民民主同盟(ODA)からの立候補となるようである。

 次は、政治家で外交官らしいパベル・フィシェル氏。ハベル大統領の顧問官を務めていたこともあるらしい。フランスやモナコでチェコ大使も務めたというのだけど、知らないとしか言えない。

 最後は、有権者の署名を集めきれず上院議員の推薦に切り替えて立候補したマレク・ヒルシュル氏。本業はお医者さんで、人道支援組織のADRAなんかとも協力関係にあるようである。国会議員の推薦で立候補した人たちの中では、一番理知的な印象を与えるのだけど、同時に知名度の低い人たちの中にあってさえ圧倒的に知名度が低いのが難点である。本人は選挙戦が始まった後の討論番組などで自分の見解を表明することで、知名度を上げ支持を広げることができるのではないかと語っていた。もしかしたら、今回は様子見で、知名度の高まった次回以降への布石なのかもしれない。

 この次回以降への布石というのは、ほとんどの候補者に適用できそうである。圧倒的な知名度と業績を誇る、その分悪名も高いけど、ゼマン大統領に今回の選挙で太刀打ちできる候補者はいないだろう。次回の選挙にはゼマン大統領は出られないのだから、今回の選挙で存在を有権者に知らしめることができれば、次回の選挙では知名度を上げる必要はなくなる。その分少しは当選に近づくのである。
 個人的にはドラホシュ氏に頑張ってほしいというのもあるのだけど、頑張りすぎてチェコの社会がポーランドのように完全に分断されるのも見たくはない。心配なのは反ゼマンの既存の政党(共産党は除く)が、雪崩を打ってドラホシュ氏への支持に向かうことで、そうなると既存の政党に絶望した層は、ドラホシュ氏を支持できなくなる。かくて、ゼマン大統領の再選が一回目の選挙で決まる可能性も高くなるのである。

 外国人という立場なので、誰が大統領になってもそれほど影響はないのだけど、本当の意味でチェコを代表できる人が選ばれてほしいと思う。数々の欠点はあってなお、ゼマン大統領もクラウス大統領も、いい意味であれ悪い意味であれ、チェコを、チェコ人を代表するという点では、適任だったのかなあ。
2017年11月10日18時。






2017年11月11日

2017年下院総選挙その他の党(十一月八日)



 無駄に回数を積み重ねてきたこのシリーズも今回でおしまいにする(すくなくともそのつもりである)。残りの党についてはそれほど特記することもないので、一まとめにしてしまう。


海賊党
 ANOに続く勝者と言えるのが、結党から八年になるという海賊党である。社会民主党をはじめとする既存政党の多くを下に押しやって得票率で第三位に入ったのには正直滅茶苦茶驚かされた。この結果をもたらした原因としては二つのことが考えられる。
 一つは、既存の政党に対して辟易している層のうち、だからと言ってバビシュ氏は支持したくないと考えている層の支持を集約できたことである。これまであれこれバビシュ氏が支持を失わない理由を考えてきたけれども、やはりあれこれ不祥事の出てきたバビシュ氏とANOは支持できないと考えるチェコ人は一定数いる。同時に既存政党も支持できないとなれば、投票する先は海賊党か緑の党ぐらいしかない。
 この二つの党の比較で海賊党が勝ったのは、地方選挙で地方議会に議員を送り込み、町によっては首長を務め、意外な実務能力を見せ付けたことが大きい。緑の党は以前課員に議席を獲得したときに連立与党に参加したものの実務能力のなさを露呈し政権の不安定化に貢献した。それで議席を失ったわけだが、現在でも地方政界レベルで、独善的な非現実的な「理想」を振りかざして、混乱を引き起こす迷惑な存在となっている。

 本来3〜4パーセントの得票が予想された緑の党が、1.5パーセントにも満たない得票に終わったという事実も、緑の党を見限った層の支持が海賊党に流れたことを示唆している。今回の選挙後の交渉でも、特に舞い上がることもないようなので、この党には健全な野党としての役割を期待したいところである。本人たちもANOの政策で支持できるものは支持するし、できないものは反対すると断言しているから、既存の政党よりはましな存在になりそうである。
 日本の報道ではオカムラ党について触れられてはいても、海賊党の名前は出てこない。しかし考えてみれば、オカムラ党的な存在はチェコに限ったものではない。スロバキアにもオーストリアにも、ドイツにだって存在し、勢力を増しつつあるのだ。それに対して海賊党が国会に議席を、しかも二十以上も獲得したなんていうのはチェコでしか起こっていない現象である。チェコの今回の選挙を象徴するのは、オカムラ党よりも、むしろ海賊党の台頭なのである。それを右傾化という先入観で眺めるから気づけないのだ。


共産党
 この党も、ビロード革命以後、二ケタの得票を続けていたのだが、社会民主党に付き合うように、固い支持層である6から7パーセントにほとんど上積みできなかった。右よりの支持者をANOに左寄りをオカムラ党に奪われた結果である。共産党の問題点としては、誰が党首なのかいまいち印象に残らない点だろうか。以前長年にわたって党首を務めていたグレベニーチェク氏はよきに悪きに強い印象を残す人だったけど。


キリスト教民主同盟=人民党
 与党三党の中で最も小さく、もっとも存在感のなかった党。第二次世界大戦後に没収された教会資産の返還に関する問題で、常に教会、つまりはキリスト教側に立って発言し続けていたのも、キリスト教徒の少ないチェコでは支持を減らす原因となったはずである。信者のいわゆる浄財で運営されるべき宗教組織が国費で運営されることに何の疑問も抱かず、国や地方公共団体の管理のもとに活用されている資産に関しても、返却を強要する姿勢は、キリスト教というものがやはり銭ゲバ宗教の一つで、それを支持する、いやキリスト教的な考え方を政策の柱としているキリスト教民主同盟も、政教分離の問題はひとまず置くにしても、信用ならんという印象を与えている。

 ちなみに、この辺のヨーロッパの政教分離の現実を見て、日本で政教分離政教分離とうるさい連中が何を考えるのか聞いてみたいところである。昭和天皇の大喪の礼に現職の首相をはじめとする閣僚が参列するのはけしからんとかほざいた連中は、ハベル大統領の国葬がプラハ城内の聖ビート教会で行われ、プラハの大司教も参列している中に、外国から弔問に来た政治家たちが並んでいるのを見て何を語れるだろうか。
 日本的な厳しい政教分離の目から見ると、ヨーロッパの政教分離はまやかしに過ぎない。その象徴がこのキリスト教民主同盟で、チェコのキリスト教徒の数が増える傾向にないことを考えると、これ以上党勢を延ばすの難しいだろう。そして、それは悪いことではない。


TOP09
 党名についた09という数字からもわかるように、2009年にキリスト教民主同盟から分離して成立した政党である。中にいる政治家は決して新しくはなかったのだが、ガワを変えることで新しさを演出することに成功した。しかも、実質的な党首であったカロウセク氏が自らの人気のなさを補うために、人気者のシュバルツェンベルク氏を担ぎ出すことに成功したことで、直後の下院選挙では、分裂前のキリスト教民主同盟を越える票を獲得することに成功した。そのせいでキリスト教民主同盟は議席を失ったのだが。
 その後新鮮味の切れ始めた前回の選挙では、バビシュ氏のANOに支持を奪われることで得票を減らし、今回も支持の低下を止めることはできなかった。正直賞味期限切れだということもできそうである。今回議席を確保できたのは、すでに引退したと思っていたシュバルツェンベルク氏が、プラハの選挙区から出馬したおかげである。もう一人の人気者二十歳を超えたばかりのアフリカ系チェコ人のフレイ氏の活躍もあって、プラハで10パーセントを越える票を獲得し、これによって5パーセント以下に低迷していた得票率を押し上げることができたのである。

 チェコの政党で、個人の人気にたよっているという面から言うと、最右翼に位置するのがこのTOP09である。結党以来の中心人物のカロウセク氏は、恐らく有能な人ではあるのだろうが、インタビューや対談番組で、テレビのレポターや対談相手を馬鹿だと思っているのが見え見えで、それを不快に思うチェコ人は多い。その不人気をひっくり返せたのがシュバルツェンベルク氏の存在で、今回はフレイ氏がそれに続いた。
 選挙後カロウセク氏は党首を引退することを表明したが、これでカロウセクが嫌いだからTOP09は支持できないと言っている層を引き寄せることができるかもしれない。ただ、次の党首になれそうな人材がいないのもこの党の弱点で、今更最年長の国会議員であるシュバルツェンベルク氏を引っ張り出すわけにはいかないし、最年少の現時点では海のものとも山のものともつかないフレイ氏を担ぐわけにもいくまい。バビシュ氏のANOをバビシュ氏の個人政党だという批判をするTOP09こそが、実はカロウセク氏とシュバルツェンベルク氏の二人政党だったのである。
 その二人とも党首の座を離れることになった現在、無理やり存続させるよりは、キリスト教民主同盟か市民無所属連合と合併する道を考えたほうが、今後も国会に議席を獲得することを考えたらよさそうにも思われる。ただ、よほどうまくやらないと、生き残りのための合併として嫌がられるかな。それぐらいなら消滅したほうがいいなんてことをカロウセク氏なら考えそうな気もする。外国人からお金をとろうとする政策(結果的にそうなっただけかもしれないが修正しなかった時点で同罪である)を導入したカロウセク氏に対しては、チェコ在住の外国人としては「カロウセク許すまじ」という感情を抱かないわけにはいかないので、TOP09の凋落、場合によっての消滅は歓迎すべきことである。緑の党よりはましだけどさ。


スポーツマン党
 本来なら市長無所属同盟についても書くべきなのだろうけど、無駄に長くなったし大して書くことないしなので、最後にひそかに期待していたこの党についてコメントしておく。勝てるわけねえよ、ほとんど選挙運動してねえんだもん。本気でチェコのスポーツ選手たちがスポーツの活性化を目指して政界に進出するというのなら支持する人は結構いたと思うんだけどねえ。もったいない話である。
 だからと言って、スポーツ界出身の議員がいないというわけではなく、以前社会民主党から例外的に外部からの候補者として立てられたアイスホッケーのシュレーグル氏(パロウベク元首相の引きね)に続いて、今回の選挙では、二人のスポーツ選手が議席を獲得した。一人はアイスホッケーのチェコ代表で長年活躍したゴールキーパーのフリニチカ氏で、ANOからの出馬だった。もう一人が、近年は調子を落として低迷していたけれども、一瞬だけ大きく輝いたスキーのジャンプ競技のヤンダ氏である。こちらは市民民主党からの出馬である。ただしどちらも党員にはなっていないんじゃないかな。
 二人も旧来の政治家のいじめにめげずに議員として活躍してくれることを願おう。それで、いずれは、政界出身ではない大統領候補として元スポーツ選手が出馬する土壌を作ってくれないかなあ。大統領と言えば、元首相のトポラーネク氏とか、何考えて今更出てきたのだろうか。正直、チェコ人ではないけれども、もううんざりだという気分は否定できない。
2017年11月10日17時。






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プロフィール


チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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