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2020年03月16日
田才益夫訳のチェコ文学〈チャペク以外〉(三月十三日)
2000年代に入ってチャペク専門の翻訳者と化した感のある田才益夫氏だが、90年代の半ばから、2000年代の初頭にかけては、何冊かチャペク以外の作品の翻訳も手がけている。中には何でこの人の作品をと驚くようなものもある。
最初の作品はパベル・ヘイツマンの『鋼鉄の罠』で、有楽出版社から1996年に刊行された。有楽出版社は実業之日本社の子会社で、この本の販売も実業之日本社が担当している。実業之日本社の小説というと新書版のジョイノベルズが思い浮かぶのだけど、外国文学の翻訳も出版しているとは思わなかった。
作者のパベル・ヘイツマンは、チェコ語版のウィキペディアによれば、1927年生まれの作家で、冒険小説、歴史小説、推理小説を得意としているという。共産主義の時代、プラハの春の後の正常化の時代には、その思想性から秘密警察の監視の対象となったため、作品を出版する際にはさまざまなペンネームを使用していたらしい。この『鋼鉄の罠』も、もともとはミロスラフ・ノイマンという別人名義で出版されたようである。歴史小説とか読みたいのだけど、邦訳は残念なことにこの一冊のみ。
➀パベル・ヘイツマン『鋼鉄の罠』(有楽出版社、1996)絶版
二番目に訳されたのはイバン・クリーマの短編集である『僕の陽気な朝』で国書刊行会から1998年に刊行されている。国書刊行会というと、手元にある藤原定家の日記『明月記』の版元なので、何でチェコ文学? と言いたくなるのだが、よくよく記憶を探ってみれば、今でもカルト的な人気を誇るアメリカの怪奇作家ラヴクラフト(節を曲げて「ヴ」を使う)の作品を刊行したり、西洋のマニアックな文学潮流や思想関係の本を、採算度外視(という印象を与える)で刊行する出版社だった。チェコ文学の翻訳、それも日本では知られていない作家の翻訳を刊行しても何の不思議もない。あれ、大学時代に持っていた『玉葉』もここだったかな。いや、あれは奥付のない海賊版だったような気もする。題名も微妙に違ったし。
Aイバン・クリーマ『僕の陽気な朝』(国書刊行会、1998)
クリーマの作品の刊行は、小説だけではなく、評論集が2003年に刊行されている。これは田才訳のチャペク作品を熱心に刊行している青土社が版元で、その名も『カレル・チャペック』。原典は『Velky věk chce mít též velké mordy』で、邦題とは全く違うのだが、チャペクについての評伝であるのは間違いない。無理して直訳すると「大きな時代は大きな殺人を求める」とでもなろうか。
➂イバン・クリーマ『カレル・チャペック』(東京、青土社、2003)
三人目はパベル・コホウト。この人は、もともとクンデラと同じくバリバリの共産党員だったのだが、プラハの春の民主化運動とその弾圧の過程で、共産党と決別し弾圧される立場となった。プラハの春の際に発表されたいくつかの文書の作成にもかかわっているし、憲章77の関係者でもあり、旧チェコスロバキアの民主化運動の中心人物のひとりであった。その後、国の許可を得て1978年にウィーンに滞在していたところ、滞在期間終了後も帰国が許されなかったらしい。亡命というよりは国に追い出されたという形である。
翻訳されたのは、『Hvězdná hodina vrahů』(1995)で、邦題は『プラハの深い夜』。舞台は確かプラハだから、日本語の題名にプラハが出てくるのはそれほど問題ではないのだが、問題はチェコと言えばプラハを表に出さないと売れないと考える出版社の考え方である。版元は早川書房で刊行は2000年。内容はナチスドイツによる占領の最後の何週間かを、推理小説的に描いたもの。ちょっと恐怖を感じさせるような描写もあったような気がする。
Cパベル・コホウト『プラハの深い夜』(早川書房、2000)絶版
田才訳の『プラハの深い夜』は、残念ながらコホウト作品の初訳ではなく、小説としては、1993年に、恒文社から大竹国弘訳の『愛と死の踊り』が刊行されている。こちらも第二次世界大戦の末期が舞台になっていた。
訳者の大竹国弘氏は、同じく恒文社から1980年に刊行された『チェコスロバキアの民話』の訳者として知っていたが、実は文学作品以外に大量のスポーツやゲーム関係の本の翻訳をベースボールマガジン社から出している人でもある。そもそもスポーツの歴史や戦術、練習法や、ゲームの紹介などに関して、チェコスロバキアで出版されたものが、1970年代に日本語に翻訳されて、刊行されていたなんて意外以外の何物でもない。残念ながら購入できるものは一冊もないのだけど、見てみたい気はする。
ちなみに田才氏は、浦井康男氏によれば、自らのHPで『チェコ文学史』という書物の翻訳を公開しているらしい。興味のある方は探してみるのもいいかも。
2020年3月13日24時。