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2020年01月07日
Hで始まるいくつかの言葉〈私的チェコ語辞典〉(正月四日)
チェコ語の、本来は「糞」を意味する「ホブノ(hovno)」がハナー地方では、「いいえ」を意味することがあるという、冗談みたいな話は、確か以前書いたことがある。実際に使われたのを聞いたのは一度だけだし、それも本来の意味で使われたのか、「いいえ」の意味で使われたのか判然としない。いや、師匠にこの話を聞いていなかったら、本来の意味で使ったと思っていたに違いない。
この「糞」という言葉は、日本語でも本来の意味を離れて、失敗したときなど悔しがるときに口から出してしまう言葉としても使われる。残念ながらチェコ語の「ホブノ」には、この使用法はなく、こんなときチェコ語では「サクラ(sakra)」と言うことが多い。この言葉も本来は聖なるものを指す言葉から派生したらしく、聖と俗の関係を考えさせて興味深いのだけど、ここでは置いておく。
最近成文社から刊行された『チェコ語日本語辞典』では、この言葉に「〈乱〉」という記号が付いている。普通は使わない乱暴な言葉だということであろう。日本語でも「クソ」なんてちゃんとした言葉遣いが必要な場面で使ったりはしないから納得はできる。指小形にして「ホビーンコ(hovínko)」なら乱暴な言葉遣いにはならないかな。もちろん本来の意味で使う場合である。
Hで始まる乱暴な言葉といえば、「ホバド(hovado)」がある。これは本来、家畜の牛をさす言葉だが、牝牛を意味する「クラーバ(kráva)」がしばしば女性に対する悪口となるように、この「ホバド」も特に下品で粗雑な振る舞いの多い男性に対する悪口として使われる。「jí jako hovado」というと、けだもののように貪り食い、ぼろぼろ皿から食べ物を落とす姿をイメージしてしまう。
自分では本来の意味でも、悪口としても使ったことはないけれども、うちのは仕事でいやなことがあったときなど、怒り心頭のときに、「あいつはホバドだ」なんて形で使うことがある。そんなことでもなければ、こんな普通は使わない言葉を覚えることはなかっただろう。
さて、「ホバド」は悪口で使うときには、常に単数だが、複数でも使えるのが「ハイズル(hajzl)」である。本来は便所を意味する言葉らしいが、「do hajzlu」で「便所に落ちろ」と言うことになるのかな。もちろん、文字通りの意味ではなくて、かなりひどい罵倒の言葉になる。昔通訳の仕事をしていた会社で、トイレがきれいに使われないことに腹を立てた人が、こんなことをする奴らは「do hajzlu」だという張り紙を出していて、うまいと思ったことがある。
本来、この言葉は男性名詞の不活動体だが、活動体として使うこともできる。単数でも複数でも5格にして「ty hajzle」とか、「vy hajzlové」とか言うのは、チェコ語においては最強の罵詈雑言の一つになる。上に挙げた張り紙には「vy hajzlové, ... do hajzlu」と書かれていたのかな。トイレの使い方がひどすぎることを指摘する部分もあったと思うけど。これもこの張り紙がなければ覚えなかっただろう。
普通「ホウバ(houba)」というとキノコをさすが、複数形にして「houby」となると、違う意味で使われる。チェコ人は別な言葉だと言うもしれないけど、外国人には同じ言葉の別の用法にしか見えない。その使い方は「ぜんぜん駄目」とか、「全く意味がない」とか非常に否定的なもので、何か提案されたときに一言で「ホウビ」なんて返事を返すのは、なかなか強烈な否定になる。
それから「フバ(huba)」は、本来口を意味する言葉だが、人の口に使うにはちょっと不適切な言葉で、普通は動詞の「ムルチェット(mlčet)」を使う「黙れ」という命令も、「drž hubu」と言うと強烈なものになる。「フバ」だけでおしゃべりな、口の悪いひとを指すこともあるし、形容詞「フバティー(hubatý)」にすると、口から先に生まれてきたような、ああ言えばこう言うというタイプの人を指すことになる。あまり言いイメージの言葉ではない。
悪口で使われるHで始まる言葉で忘れてはいけないものとして、「フサ(husa)」もあった。本来は鵞鳥の雌を指す言葉だけど、クラーバ同様、女性に対する悪口として使われる。クラーバとフサの違いはと聞かれても、チェコ人ならぬ身にはわからんとしかいいようがない。どちらも頓珍漢なことを言う女性に対して使われるような気もするし、フサは、子牛という意味の中性名詞「テレ(tele)」と同じような状況で使うかもしれない。チェコ人に聞いても、考えて使い分けているわけではないようだから、ちゃんとした説明が帰ってこないことが多いんだよね。
とまれかくまれ、本日はHで始まる、知っていてもいいけど自分では使わないほうがいい言葉の説明であった。正月だけど、とりあえず三が日は過ぎたからいいよね。
2020年1月4日24時。