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2019年12月02日
モラビアのビーナス(十一月卅日)
現在、オロモウツの博物館では、特別展示が行なわれていて、入場を求める人たちが、博物館の敷地の外、共和国広場のトラムの停留所まで行列を作っているらしい。行列を作るのが好きなチェコ人とはいえ、オロモウツの博物館の前で行列を見るのは初めてのことである。それだけ今回の特別展が、いや、ある展示物が人々の注目を集めているということなのだが、チェコの国宝(そんなものがあるのかどうかはしらないが)ともいえるものなので当然といえなくもない。
その国宝はベストニツェのビーナスと呼ばれるものなのだが、南モラビアのドルニー・ベストニツェという村の外れの旧石器時代の遺跡から発掘された陶製の女性像である。1920年代に発見されたこの像は、世界中で発掘された陶器の中でも最も古いものの一つで、旧石器時代に焼き物はなかったという当時の定説を否定するきっかけになったものらしい。
チェコの国宝的な存在とはいえ、モラビアで発掘されたものなので、普段は、プラハの博物館ではなく、ブルノのモラビア博物館に収蔵されている。特別なとき以外は、一般公開はされておらず、展示されているのはレプリカという話だったと記憶する。それをオロモウツの博物館が2年ぐらいにわたる交渉を経て借り出すことに成功したらしい。そして、二週間ほどという短い期間だがレプリカだけでなく本物も展示されていて見ることができるという。うちのが見に行ったといっていた。
ニュースではブルノからオロモウツまで運ばれる様子が報道された。ブルノの博物館で専用の収納箱に入れられ、さらに特殊なトランクに収められた後は、博物館の担当者の手でオロモウツにまで運ばれたのだが、警備体制が厳重だった。前後を機関銃を手にした警察の特殊部隊が固めて車まで行き、車での移動も警察の車両に前後を挟まれていた。オロモウツの博物館の展示室の強化ガラス製の展示ケースに入れられ鍵をかけられるまで、特殊部隊の人たちが警備を続けていた。
本物の展示は、小さな専用室で行われ、一度に部屋に入れる人数も、いられる時間も制限されているようだ。展示ケースの脇には博物館の係員がいて来場者を監視していることになっているのだが、見に行ったうちのの話では、いすに座って携帯の画面に見入っていて監視の役をまったく果たしていなかったのだとか。あれだけ厳重な警備をして運んできておきながら、会場の監視がこれでは、あんまり意味がない。万が一に備えて警察の人も控えているという話、展示室の中にいるのかどうかは不明である。
考古学的な価値は高く、博物館の間で売買するなら一体どれだけの額になるのか予想も付かないようなものではあるけど、小さな陶器の人形だから、品物自体に価値のあるドレスデンで盗まれた宝飾品とは違って、盗み出したところで買い手が限られ売りさばくのは困難だろう。国や博物館に対して身代金を要求するのが一番金になりそうかな。でもそれやると、捕まる可能性も高くなるし、盗んでも割に合いそうにない。だからちゃんと監視していなくても、問題ないといえなくもないけど……。
博物館の人がニュースで語っていたところによると、このビーナス像の見学には、学校枠というのが設定されていて、クラス単位、学年単位で時間を予約できるようになっているらしい。その予約もほぼ一杯になっているから、一般の人の待ち時間が長くなる可能性があるという。オロモウツで展示されるという話を聞いたときには、久しぶりに博物館の展示も見たいし行ってみようかなと食指が動いたのだが、行列の話を聞いてその気が失せた。
特別な日に普段は入れないような政府関係の建物を一般公開するなんてイベントもあって、国会や政府の建物とか見てみたいと思わなくはないのだけど、行列好きのチェコ人が朝早くから列を作って並ぶことを知っているとどうしてもためらってしまう。行列というか、順番待ちはビザや滞在許可の書類を提出するときだけで十分である。
ちなみにベストニツェのビーナスが発見されたのは、南モラビアのディエ川に設置されたダム湖の南側で、ミクロフから10キロほど離れたところだという。パーラバと呼ばれる丘陵地帯にも近く、人間の居住に適した自然環境だったのだろう。ここに限らず、モラビア全体がそうだったのだ。モラビア各地で先史時代の遺跡が発掘されているし。チェコでは発見された村の名前を取ってベストニツェのビーナスと呼ばれているけど、そんな村の名前、チェコ人以外は、誰も知らないんだし、世界史的に見たら「モラビアの」という形容詞をつけてもいいんじゃないかということでこんな題名にしてみた。
2019年12月1日8時。
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